サイモン・レン=ルイス「インド変異株がイギリス国内に広まったのは,コロナウイルスと暮らす必然的な結果か?」(2021年5月17日)

[Simon Wren-Lewis, “Is the spread of the Indian variant in the UK an inevitable result of living with COVID?” Mainly Macro, May 17, 2021]

迅速に手を打つ

COVID-19 のインド変異株 (B.1.671.2) は,いまやイギリス各地にかなり定着してしまい,急速に広まってきている.北東部の感染者数は増加中で,とりわけ若年層で急激だ.この変異株についていま何がわかっていて,どう感染拡大しているか(インドから来た感染者を除外)を詳しく分析した話を読みたいなら,Christina Pagel (@chrischirp) をフォローするのがいちばんいい.たとえば,これを参照.Pagel をはじめとする専門家たちの考えでは,この変異株は大いに懸念すべきであり,今日の都市封鎖緩和は取りやめるべきだったそうだ.

コロナウイルス対応から学ぶべきだったことをひとつ挙げるとすれば,それは,迅速に手を打つことだ(この点は,これまで幾度か起きたパンデミックに対応してきた人たちならすでに知っていたことでもある.たとえば,Mike Ryan がここで言っているように).状況の見極めがつくまで様子を見ようとすると,負けてしまう.なぜなら,そのときまでにウイルスが勝ってしまっているからだ.迅速に動くのは,予防原則の一例だ:つまり,行動をとる必要があると確信がもてなくても,最悪の結果に備えた計画を立てるという原則の一環として,迅速に手を打たなくてはならない.

この新しい変異株を食い止めるうえで,私たちの各種ワクチンはどれほど効果的なのか――現時点では,これに関する情報はかなり貧弱だ.だが,この問いに明快な証拠がえられるまで様子を見ていたら,遅きに失してしまう.なぜなら,そのときまでに変異株が拡大しすぎてしまって,感染拡大を食い止めるには都市封鎖を実施するしかなくなってしまうからだ.なぜそうなるかと言えば,インド変異株は他の変異株よりもさらに拡大しやすいからだ.

コロナウイルスとともに暮らす

先日,ワクチンが出回り始める前に西洋諸国の大半でとられた対応に比べて駆逐戦略がいかにうまくいったかについて書いた.あの記事日本語版〕を読んだ人たちのなかには,こう問いかけてきた人たちもいた――「ワクチン接種がすすんだ世界には,あの話はどれくらいあてはまるのだろう?」 2月に書いた記事では,ひとたびワクチンが出回ったあとのコロナウイルス対応で考えうる2とおりの道筋について話した.ワクチンがない状況では明らかに駆逐戦略の方がすぐれているが,他方で,みんながワクチン接種をすませたあとでは,2つのアプローチの差はそこまで大きくない.

2月の記事ではうまくこの議論をできていなかった.そこで,ここで修正版を提示させてほしい.駆逐戦略にも大きな短所がある.駆逐戦略では,「コロナウイルスと共生する」戦略をとっている国々との国際的な往来がずっと難しくなる.他にも十分に多くの国々が駆逐戦略をとっていれば,この点は問題にならない.だが,ワクチンが出回った現時点では,西洋諸国は共生戦略をやる見込みが大きそうだ.いまイギリスでもとられているコロナウイルス共生戦略に切り替えた場合の大きな短所は,その国がコロナウイルス変異株に影響されやすくなるという点だ.

2月の記事ではとりあげるべきだったのにそうしなかった問いが,これだ――「これら2つの戦略の中間をとる妥協案は可能なのか,また,それはのぞましいのか.」 妥協案では,あらゆる旅行者の隔離を放棄しつつも,いざ隔離する場合にはずっと厳格な隔離を行う.新しい変異株が深刻な懸念対象なのかどうかはっきりわかるまで数週間にわたって様子を見てから入国者(イギリスでの「レッドリスト」該当者)をホテルに隔離することはない.かりに,変異株への予防アプローチでこの妥協案をイギリスがとっていたなら,インド変異株の感染拡大は現状よりもずっと少なかっただろう.イギリスにおけるインド変異株の状況は,コロナウイルス共生戦略の結果ではない.これは,パンデミック全般における予防原則を無視した結果だ.

国境のコントロールなし

インド変異株が最初に特定されたのは,10月のことだった.3月になるとインドでの感染者数は急速に増えはじめ,3月24日にインド当局は変異株に関する懸念を表明した.だが,〔イギリスで〕インドが「レッドリスト」に入れられたのは,4月23日になってのことだ.

パキスタンやバングラデシュが4月9日にレッドリストに入れられたのを考えると,これだけレッドリスト入りが遅れたのはいっそう不可解だ.4月9日時点で,どちらの国も人口当たりのコロナウイルス感染者数はインドよりも少なかった.レッドリスト登録をきめる規準はいくつもの項目が連ねられていて,あやふやだ.そのため,政治的な要因がはたらいてインドをレッドリストに入れるのを遅らせた見込みは非常に大きそうに思える.ジョンソンがインド訪問をとりやめた数時間後にインドがレッドリストに入れられたのは,本当に偶然だったのだろうか? インドをレッドリストに入れるのを遅らせた理由をジョンソンはこう語った――インド変異株が懸念すべき変異株だとはまだ特定されていなかったからだ.だが,バングラデシュと同じくインドには南アフリカ変異株も広まっていたし,パキスタンではその変異株がまだ特定されていない.

また,公表の日(4月19日)からその決定の実施日(4月23日)まで間があいた理由もはっきりしない.隔離体制には余分な収容能力を組み込んでおく必要がある.対象国がレッドリストに入る前に旅行をはじめた旅行者を扱うためだ.最低限,公表から実施までの2日間の旅行者たちは,空港で検査できただろう.だが,実際にはそのまま公共交通機関を利用してしまった.周知のとおり,レッドリストの決定をしながら実施しないでいたために,インドから渡英する人たちの数を急増させる結果となった.

「こうした変異株の国内流入を早期に食い止める必要がある理由は?」 なぜなら,感染者数が少ないうちであれば,検査・追跡・隔離 (TTI) インフラが感染者に対応する時間の余裕があるからだ.もちろん,その場合には検査・追跡・隔離の体制が効率的だと想定している.それはつまり,(地域の知識がない民間部門の企業に立脚する現政権の体制とは対照的に)この仕事に携わる訓練を受けた人たちに支えられた体制があり,(現行のイギリスの仕組みとはちがって)適切に隔離するインセンティブがあるということだ.

誰もがワクチン接種をすませている国であれば,3とおりの選択肢がある.無理もない各種の事情で駆逐戦略を選ばなかった場合,その国では,必要だとわかったときに入国者をホテルに隔離する選択肢もあるし(いまのイギリスのように),必要かもしれないと判断したときに入国者をホテルに隔離する選択肢もある.前者では必要だと確信がもててから制限を課すのに対して,後者では拙速に動く.前者でいくと,どこかの時点で後手に回り,ワクチンに敗北を喫する.

イギリス政府は様子見を決め込んでいる

先週金曜の記者会見で,ジョンソン首相は今日に予定されていた都市封鎖の緩和を中止しないと発言した [1].あの記者会見で,「自分たちが正しくやっていると確信がもてるまでこの政権は様子見をするんだな」ということが明白になった [2].それどころか,NHS が対応しきれなくなる様相を呈してはじめて行動をとるとも首相は語った.対応が必要だと確信がもてるまで様子見をする政府に,行動をとるハードルをここまで高く設定すれば,パンデミックのさなかに悲惨な事態が起こるお膳立てが整う.ちょうど,2020年のあいだずっとそうだったように.

最新の分析で,〔政府の〕「緊急事態における科学的助言グループ」(SAGE) は,こう述べている――「B.1.1.7〔イギリス型変異株〕と比べて,この変異株の感染力が全国的に 40~50% 上回っているとすると,イギリスにおけるロードマップのモデルの感度分析 (SAGE 88) から,次の点が示される.すなわち,ステップ 3 に進めるだけでは(他の地域・地方・全国で対策の変更がなされなかった場合に),入院者数がふたたび大幅に増加することになるだろう(これまでのピークに近いか,さらに上回る数にまで).」 この分析では,感染力の増加は「現実味のある可能性」と述べている.SAGE に対策の責任が与えられていたなら,これで無策のまま様子見を決め込んだら私は驚愕する.またしても,イギリスは科学の知見にしたがっていない.

もしかすると,インド変異株はワクチンに対してかなり弱いと判明するかもしれない.ワクチン接種をすませた人が増えるにつれて,変異株も追いやられていくだろう.そうなることを願ってやまない.だが,海外からイギリスにやってくる変異株がインド変異株で打ち止めにはならないだろう.レッドリストに国々を加える際に,リストに入れておくべきだと確信がもてるまで様子見を続けていれば,そうした新たな変異株がイギリスに広まるにまかせてしまう.今回の変異株は大丈夫でも,次はどうなるかわからない.

さらに,「コロナウイルスと共に暮らす」のにともなう危険は他にもある.それは,ワクチン防衛戦を迂回できる国内発の変異株が生まれるケースだ.イギリス国内のコロナウイルス感染者数は,いまなお多い: ONS 調査によれば感染者数はゆるやかに減少しているらしいとはいえ,検査実績によれば,感染者数は,ようやく一日あたり 2,000人強にまで下がったにすぎない.そのため,いま R が 1 を超えているのか下回っているのかはっきりわからない.いまは,都市封鎖をさらに緩和することなく,新規感染者数を下げる方がずっと賢明だ.なぜなら,感染者数が下がれば下がるほど,自国発の変異株が生じる確率も下がるからだ.

ようするに,大半の人たちがワクチン接種をすませたからといって「コロナウイルスと共に暮らす」のを選んだ国では,予防アプローチを採用せざるを得ない.その場合,新しい危険な変異株が入り込む確率が小さくてもあるならば,レッドリストに対象国を入れて,検査・追跡・隔離の体制が確実に機能するようはかることになる.そうしないかぎり,海外発や国内発の新しい変異株にたえまなく脅かされるのを回避できない.正解がわかるまで様子見を続けていては,いずれウイルスに負ける.

ざんねんながら,私たちの政府は予防アプローチをとる力量がない.この点を「本当かな」と思うなら,ぜひ,Sunday Times のジャーナリストたちが書いた「国家の失敗」を読んでほしい.ジョンソンは科学的な助言をふまえて行動できなかったために,死ななくてすんだ人たちを何千人も死に至らしめた.1度や2度ではない,3度にわたってだ.ざんねんな真実だが,パンデミックでイギリスに生じた死者の大半は,避けられた死だった.[n.3]

労働党がなすべきことについて書いた前回の記事では,だいたいこういう趣旨のコメントをいくつかもらった――「ジョンソンが嘘をついているのは織り込み済みで,ジョンソンや政権の嘘を暴いたところで,得られるものはほとんどない.」 いまの政権がなすべきことをしないでいるために,数千人もの市民が直接に殺されている.最大の嘘は,これだ――「今回のパンデミックで政権は科学の知見にしたがって,できることをすべてやりきった.」 もし,今回のパンデミックで政府が実際にやったこと,いまやり続けていることのい実態を有権者たちが理解すれば,次の選挙で労働党が勝つだろうという話を私は断固として信じない.いまの政権の人気は,真実を抑圧することに立脚している.


原註

[n.1] 大半の地域で都市封鎖を緩和し続ける一方で,インド変異株が集中している地域ではもっと厳格な体制を敷くかもしれないと私は思っていた.昨年イギリス変異株が台頭した件から得られる教訓を考えれば,これはうまくいかないとわかる.宰一に,どんなルールが自分たちに適用されるのか知らない人が多い.第二に,ルールがどう言っていようと,人々はあちこち出歩く.まるで,こちらの建物には消火隊を鎮火に向かわせる一方で,近隣の建物に燃料をかけて回っているようなものだ.だが,ジョンソンはそれすらしなかった.そのかわりに,ボルトン地域に移動する際に用心して行動してはいかがだろうかと示唆しただけだった.そうやって個々人には用心を助言する一方で,政府の方は用心を怠っている.

[n.2] 同じことは,学校でのマスク着用中止にも当てはまる.

[n.3] ジョンソンは相変わらず国民に嘘をつき続けている.レッドリストの国々以外の旅行者に「非常に厳しい」隔離体制を敷いているとジョンソンは言う.同じ世帯の人から容易にウイルス感染する体制を非常に厳しいと称するのは,たちの悪い冗談だ.いまの隔離体制が非常に厳しいというなら,いったいどうして,インド変異株がこれほど容易にイギリス住人たちに広まっているのだとジョンソンは考えているのだろうか?

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