経済学者がコミュニケーション技能を磨くのには大賛成だし、いま進行中のすぐれた改善計画もいくつかある。とはいえ、政治家とメディアがダメ経済学を世間に触れ回っていては、そんな努力も無に等しい。
なかでもとくに目につくのが、産出より雇用に注目してしまうことだ。そうするのが理にかなっている状況もある。いちばんわかりやすいのは景気後退が起きて失業率が高くなっている状況だ。この状況では、失業率を下げることに政策は傾注すべきだ。また、雇用の地理的な分布を考えるときにも、産出より雇用に注目するのは理にかなう。だが、失業率が低いときには、産出ではなく雇用に注目すると、非常に見当違いなことになってしまう。理由は単純だ。技術を退歩させればかんたんに雇用がつくれてしまうのだ。
緊縮が無理強いされてその翌年からずっとイギリスで起きているのは、労働時間あたりの産出や労働者1人あたりで測った生産性がほとんど増えていないという事態だ。景気が回復していくさなかには、通常、生産性は上がっていくものだし、2011年の中盤までは上昇をはじめていた。ところが、そこからぱったりと生産性がほとんど伸びなくなっている。これはおそるべきニュースだ。なぜなら、生産性がほとんど伸びていないということは、平均的な生活水準が向上していないということだからだ:EU離脱にともなうポンド安もあったし、実質賃金は大幅に下がった。
ところが政治家も新聞も、ずっと雇用をほめそやしている。まるで、それが偉業であるかのような口ぶりだ。数日前の『デイリーメイル』紙の紙面にはこうあった:
「EU残留派の破滅論者は経済を悪し様に言うが、イギリス人就労者は記録的な人数に達し外国人も国民投票以前より雇用を得ている」
産出の伸びの実績について批判が向けられるたびに政権の閣僚たちが雇用をほめそやして反論するのを何度も耳にした。だが、すぐに思いつきそうな反論を言い返されているところは一度も見たおぼえがない――「じゃあ、生産性が停滞して実質賃金が下がっているのはかまわないんですか?」[1] 非常に堅調な雇用の伸びと弱い産出成長が組み合わさっているということは、生産性がなにかまずいことになっているということだ。そして、生産性の成長なしに、実質賃金と生活水準の持続的な成長はありえない。
隙さえあれば政治家たちはナンセンス経済学でやりすごそうとするだろう、右派系新聞は現実をさかさまにして大事な大事なEU離脱を守ろうとするだろうと予想がつきそうなものだ。だからこそ、放送メディアではたらいている政治ジャーナリストたちは基本的な経済学をいくらか理解して一部政治家たちによる歪曲に批判の声をあげるのがとても大事なのだ。そうなるまでは、単純な経済の関係について基本的な誤解が蔓延しつづけることだろう。
[1] BBC のとあるジャーナリストが試みて、その結果面倒なことになったことはある。こちらの拙文を参照。