サイモン・レン=ルイス「メディアマクロなお健在:それが暗示する根深い問題」

[Simon Wren-Lewis, “Mediamacro is in rude health, and is also indicative of a deeper failure,” Mainly Macro, November 2, 2018]

今度出版された拙著 [AA] で大きく取り上げている問題に,メディアマクロがある.メディアマクロとは,あたかも政府が家計と同じであるかのように財政政策がメディアで扱われている有様のことだ.メディアでは,まるでケインズなんていなかったかのようだ――学術分野としてのマクロ経済学のはじまりとなった『一般理論』が存在しなかったかのような状況になっている.大学1年生向けの経済学教科書では,かならず「政府は家計とはちがう」と解説しているにもかかわらずだ.

イギリスのメディアでこれほどまでにメディアマクロが定着するにいたったのには,2つ理由がある.第一に,二大政党の片方〔保守党〕とこれにつながりをもつ報道機関がこれを大いに喧伝してきた一方で,もう片方の政党〔労働党〕は筋道を立ててこの考えを批判してこなかった.ただ,労働党の議員たちに「どうしてこれまでメディアマクロを批判してこなかったんだ」と訊ねたところで,彼らの多くはきっとこう答えるだろう――「あれを批判するのは至難なのです.」 これが2つ目の理由につながる.

大半の政治ジャーナリストたちは,経済学者ではない.家計ならなにがどうなるか理解しているけれど,景気後退の際に財政政策を使って経済を支えるというアイディアを理解するとなると,彼らには難しい.政治ジャーナリストについて言えることは,大半の有権者にも当てはまる.そして,ジャーナリストたちは話を単純でわかりやすくしようと思って,結局はメディアマクロを強化するばかりの結果になる.大事な票田の要望に耳を傾ける政治家たちにも,これと同様の影響が及ぶ.

こんなことを思い出したのも,「2017年の労働党マニフェストは数字の帳尻が合わないとレンルイスが言った」とメイ首相がでたらめを言ったのを聞いたからだ.私が実際に言ったのはこういうことだ――マニフェストの数字の帳尻が合わなくてもそれはいいことだ,なぜなら,当時のイギリス経済は政策金利のゼロ下限 (ZLB) にはまっており,財政政策による後押しを必要としていたのだから.メイ首相はこれに関心をもっていなかった.彼女と保守党にとっては,「数字の帳尻が合わない」というだけで,税金は高くなり雇用が失われると言うのに十分だった.私が言わんとしていた要点は,単純なケインジアン効果により,雇用は増えるし税金はべつに高くならなくてもすむということだった.

この一件のとき,財政研究所 (IFS) の分析では,労働党のプログラムでは租税についてあまりに楽観的だと言っているだけではなかったのを失念していた.IFS のプレゼンテーションでは,こんなグラフを示している:

このグラフは,労働党による〔上位5%の所得層と企業への〕増税がもたらすものについて IFS が試算した結果に基づいている.労働党の財政ルールでは,連続5年の期間で財政収支を均衡させるものとしている.このグラフを見てわかるように,IFS の数字の「帳尻が合わな」かったとしても財政ルールは210億ポンドの余裕をもって無理なく達成される.

当時,これがメディアで広く報道されたのをご記憶だろうか.もちろん,覚えているはずがない:IFS のプレゼンテーションからメディアがお持ち帰りした要点は,「数字の帳尻が合わない」という話だった.労働党がみずからの財政ルールをたやすく達成するだろうといった話よりもその方がずっと単純で,耳目を集めやすい.保守党がなんら試算を示さなかったおかげで,この話が選挙に及ぼした力はいくぶん弱まったものの,彼らも同じ間違いは繰り返さないだろう [1].だが,予算編成の日が来るたびに,5カ年のあいだに財政赤字に生じる増減変化に関心が集中するけれど,そうした増減の経済的な重要度はゼロにひとしい.

経済の議論をメディアに都合よく単純化してしまう問題は,メディアマクロにかぎらない.各省庁の予算が増えたの減ったのという話ばかりが取り上げられるが,そうした予算額はひどく誤解を招くことがある.いまなら,教育がいい例だ:文教予算を実質値でずっと一定に保っていては,児童・生徒の人数が増加しているために1人当たりの教育支出が減少するという状況に対応がなされなくなってしまう.

なにより明快な例が国民保健サービス (NHS) だ.「NHS 予算は徐々に増加する必要がある,GDP比で見ても増加する必要がある」という話を耳にする機会はめったになかったはずだ.この半世紀に GDP 比がどう変わってきたか見てみるといい〔50年代から NHS 支出は上昇傾向が続いている〕.この傾向はかんたんに説明がつく.それなのに,ジャーナリストがこれを説明することはめったにない.彼らは,実質の支出を一定に保つことで NHS が「守られる」という話を信じ込んでいる.NHS に対するイギリス国民の考え方にこの説明が欠落しているのが読者にもわかるはずだ.

これは,メディアの報道が重要な理由を示すほんの一例にすぎない.メディアは国民の考え方・意見に強い影響力をもっている.いまや,これを支持する証拠は圧倒的なものとなっている.ウィル・ジェニングスは,いくつもの研究を挙げてこれを論じているし,私もいろんな記事で他の研究に言及してきた(一例〔翻訳〕).緊縮と赤字に関する世論にメディアがどんな影響を及ぼしたかに着目した研究についてここ翻訳〕で語ったりもした.これは前に書いたかどうか思い出せないのだが,この論文では1997年選挙の前に〔メディア王の〕マードックが支持を切り替えたことの影響に着目している.同様に,この興味深い研究では福祉受給者への態度が2011年以降に悪化していることを示している――しかも,態度を悪化させたのは新聞購読者だけだったのだ.また,この論文では,出版メディアが現実世界の解釈に機会主義的な影響を振るうことがあることも示している.それによって,ガマの油売りのような連中がインチキを売り歩きやすくなるのだ.

出版メディアのバイアスがあることで,出版以外のメディアが娯楽だけでなく啓蒙・説明する必要はいっそう高まる.それには,証拠が豊富に存在する経済政策・その他の政策について,政治問題ではなく科学問題のように考え,専門的知識を求め,問題の解説にあたって専門知識を参照するといい.ウェストミンスターの政治ゴシップを優先して報道するのをやめ,事実と証拠よりも政治的なバランスとりを優先するのをやめる必要がある.


原註 [1]: 当時,私が IFS の分析を批判したのは,(OBR の数字を使って)追加の公共投資にプラスのマクロ経済的な効果のみを認める一方で大規模な財政拡大の効果を認めていなかったからだ(もし彼らが正しいとすると,赤字による財政拡大はより小さくなる).

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