サイモン・レン=ルイス「景気後退時の量的緩和(お金の創出)はいいことだ,ただし効果的な財政刺激をともなっているかぎりで」(2021年7月27日)

[Simon Wren-Lewis, “Quantitative Easing (creating money) is fine during a recession, as long as it goes alongside effective fiscal stimulus,” Mainly Macro, July 27, 2021]

誰もが知っているように,イングランド銀行のような中央銀行はお金を創出している.このことを指して,「中央銀行がお金を刷る」と言ったりもする.だが,現実に中央銀行がお金を創出したいとのぞんだ場合には,市中銀行が保有する「準備金」という
一種の電子的なお金を中央銀行がつくりだすことで,それをなしとげる.量的緩和とは,中央銀行が準備金を創出して自国政府の債券を買う場合を言う.

短期金利が下限に達しているなかでの景気後退期に,中央銀行はそうやって政府の債券を買う.短期金利は中央銀行によって設定されるが,あまりに低くなると,それ以下には中央銀行として下げられない限界に達する(金利の下限).だが,それでもなお,経済を刺激しなくてはならない場合もある.「短期金利はもう下げようがなくなっても,長期金利(長年にわたって保有される資産の金利)なら下げられるのではないだろうか?」  そこで,こういう発想が生まれる――中央銀行が政府の債券〔国債〕を買えば,民間部門が買える政府債券の量は減る.すると,民間部門としては,政府債券の金利が少しばかり低くなってもこれを受け入れる気になる.すると,それによって他のもっと期間の長い金利にも押し下げ圧力が生じて,これが経済を刺激する.

この《量的緩和》(Quantitative Easing; QE) による経済の刺激がどれくらい効果的かについては,大量の研究文献がある.だが,この点はこの文章での関心事ではない.ここで仮定しておく必要があるのは,経済を刺激する効果が限定的だという点だけだ.問題は,景気後退期に中央銀行がすべきことがそれなのかどうかだ [*1].たとえば,Lords Economic Affairs Committee による最近の報告で,イングランド銀行は QE の中毒になっていると議長が述べている.

QE に関する世間の議論の多くは,QE を財政刺激に代わる選択肢だと受け取って財政刺激を補完するものと考えていないという問題がある.この混乱には,もっともな理由がある.グローバル金融危機 (GFC) ののちに,多くの政府は財政刺激を実施せずに緊縮を実施した.金融政策で間に合うというのが,彼らの言い分だった.金利が下限にあるなかで,非伝統的金融政策が用いられた.そして,QE はその重要な構成要素だった.その後,景気後退が長引いたことで,QE が財政刺激のかわりにはなりえないことがはっきりした.だが,問題は財政刺激が欠落していた点(さらにはその真逆に緊縮がなされた点)であって,QE そのものではない.

QE に対する批判でもっとも多いのは,「量的緩和によって格差が悪化する」というものだ.以前にも解説したように,QE の目的のひとつは,短期金利を少し下げることにある.長期金利が下がると,資産価格は上がる傾向がある.そうした資産価格には,既存の政府債券の市場価値や,株価・住宅価格などがある.[*2]

そうした資産をもっているのは貧しい人々ではなく富裕層であるため,QE によって,その富裕層の富は増す.かくして,富の格差が開くことになる,だが,長期金利に影響をおよぼす最重要の要因は QE ではない.長期金利が変動するのは,将来の短期金利の予想が変動するためだ.[*3]

したがって,景気後退期に格差を減らす最良の方法は,大規模な財政刺激を実施することだ,それにより,需要とインフレは上がる傾向がある.その結果として,中央銀行は短期金利を引き上げ,それによって長期金利が上がり,資産価格は下がる,富の格差を懸念するのであれば,真の問題は財政刺激の欠如であって,QE ではないことがすぐにわかる.

もっと初歩的な QE 反対論に,「QE によってインフレが生じる」というものがある.なぜこれが初歩的かと言えば,単純なマネタリズムによる主張だからだ.大半のマクロ経済学者たちにとって,単純なマネタリズムは1980年代にお亡くなりになっている.QE でインフレが生じるという説がナンセンスである理論的な各種の理由を列挙していってもよいが,それよりも,次の点を言っておく方がかんたんだろう――前回,グローバル金融危機のあとに大いに QE が行われたときには,国内要因による顕著なインフレ率上昇は見られなかった.

QE と財政刺激を組み合わせるのと,たんに財政を拡大するのと,どちらが優れているだろうか? 唯一のちがいは,QE & 財政刺激の場合には中央銀行が政府債券をしばらく買い続けるのに対して,財政拡大のみの場合にはそれがない,という点だ.この2つの選択肢を経済学者たちは「貨幣と債券で資金調達した財政拡大」と呼ぶことが多い [*4].ごく単純な教科書的モデルでは,貨幣で資金調達する方が刺激は大きくなる.だが,そうした教科書では,政府がマネーサプライをターゲットにしていると想像されているからそうなっている場合が多い.そして,1980年代にはそういうことは起こらなくなった.

もっと現代的な反応は,こういうものになるだろう――「QE が長期金利の引き下げにいくらかの影響を及ぼすことに変わりはなく,その追加の刺激には,やるだけの値打ちがある. 他方で,財政刺激をただ拡大して〔QE をやらない分を〕補完し,QE をまったくやらなくてもいい.」 こうして,QE と財政拡大を同時にやることの意義はあるのかどうかという問いは残る.

QE と財政拡大をする方が顕著にすぐれている点として,貨幣による資金調達(財政刺激 + QE)の方が債券による資金調達よりも安上がりだ.政府が債務の金利を支払うかわりに,中央銀行に払ってもらい,中央銀行は財務省にそのお金を回す.だが,イギリスとアメリカでは,目下のところ,QE にコストがともなう.そのコストとは,市中銀行が保有する準備金の短期金利を中央銀行が払う分だ.とはいえ,短期金利は政府債券のもっと長期の金利よりも低く,QE は財政刺激の借り入れコストをなおも下げる.財政責任局 (OBR) の推計によれば,QE により政府は 2021/2 に180億ポンドを節約できるという.

だが,これを見て,一部の人たちは―― OBR も含めて――こう言い始めた.「政府債務の資金調達コストは,QE がない場合に比べて,ずっと金利に影響されやすくなっている. QE がなければ,イングランド銀行が短期金利を引き上げた場合にも,イギリス政府債務のコストにすぐさま及ぶ影響はごく限られたものになるだろう.なぜなら,そちらの満期は長いからだ.」だが,QE がなされたら,イングランド銀行が準備金の短期金利を支払い続けた場合に,公共部門が負うコスト全体はずっと素早く増加するだろう.」

この論理は,非常にありそうにない仮定にもとづいている.その仮定とは,これだ――「短期金利が上がっても,イングランド銀行は準備金の金利支払いを継続するだろう.もしなにもなければ,これはイングランド銀行から市中銀行への大規模な財政移転になる.」 Karl Whelan が実に明快に述べているように,イングランド銀行が日本銀行や欧州中央銀行を踏襲して Tiering System を採用する見込みの方がはるかに大きい.つまり,大半の準備金はなんの支払いもともなわなくなる,ということだ.QE によって政府は金利上昇の影響を受けやすくなるという恐れは,単純に,イングランド銀行が雲散霧消させられるしろものだ.

ときおり,こういう話を聞くことがおありだろう――「QE(あるいは貨幣による資金調達)は危険だ,なぜなら中央銀行の独立性を損なうからだ.」 どういう話かと言えば,景気後退からの回復が完了したあとも,自らの債務を安くしようと政府が中央銀行に圧力をかけて新しい QE 発行を継続させる,というのだ.ここでも,その恐れは割り引きできる.グローバル金融危機のあとに,そうしたことはいっさい見られなかったからだ.[*5]

景気後退時に QE を拡大するのがよいアイディアである理由として,最後にもうひとつ付け加えよう.QE 拡大によって政府債券市場のパニックが防止される,というのがそれだ.「もう政府債券は買いたくない」と市場が急に判断した場合には,イングランド銀行が介入できる.これは,全世界 COVID パンデミックが始まった頃に起きている.各国の中央銀行が,まさにそうやって行動した.もっと一般的に言えば,債券市場を理由に景気後退時に財政刺激は打てないという主張は,これでつぶされる.この点は,ここの初期の記事で何度か述べた.そこで,私じしんの見解を言えば,QE はやるだけの値打ちがある.QE に悪評があるのは,かつて財政刺激のかわりに用いられたためだ.

残念ながら,そんな状況がイギリスで繰り返される恐れには現実味がある.首相自らの赤字・政府債務の目標達成がいっそう難しくなっているなかで,彼がいっそう強い緊縮を求めているためだ.現在のコロナウイルス感染拡大の波がひとたび過ぎ去ったら,ちょうど合衆国がやっているのと同じように,経済を拡大すべく財政刺激を用いることを我々は目指すべきだ.それなのに,どうやら,政府債務や財政赤字の恣意的な目標を達成しようとして,緊縮がなされるらしい.

いまの緊縮と2010年の緊縮には,多くの相違点がある.2010年当時,イングランド銀行の総裁は,「量的緩和で効果的に経済を安定化しつづけられる」と信じている人物だった.いま,各国の中央銀行では,「景気後退を終わらせるのに財政刺激が必要だ」と認める意見が増えてきている.合衆国の財政刺激は,パンデミックがなかった場合の水準にまでアメリカ経済が復帰するという予言だ.一方,イギリス経済が同じようにできていない現状は,現首相が債務目標にとりつかれていることに大方が帰せられるかもしれない.またしても,同時になされる必要がある財政刺激ぬきの QE がなされることになりそうだ.


原註

[1] ここでいう景気後退期とは,平時よりも産出の成長が鈍りはじめた時点(あるいは産出が減少しはじめた時点)から,産出が完全に回復した時点までの期間をいう.これは景気後退の「専門的」な定義(産出が減少している期間)とは関わりがない.そうした専門的な定義はときに誤解を招き,役に立たないと私は考えている.

[2] この理由は単純だ.キャピタルゲインを無視すると,こうした資産から得られる支払いは,大半の政府債券の固定金利(あるいは利札)や,株式価格の配当や,住宅価格の(実際あるいは陰の)家賃だ.こうした支払いが一定のままで金利が下がれば,こうした資産を保有しておく魅力はさらに高まる(低下した長期金利に比べてその支払いはより魅力的になる.) このため,こうした資産の価格は上がるのだ.

[3] 「将来,短期金利は上がる」とトレーダーたちが予測しはじめ,しかも長期金利が低い場合,長期債券よりも短期金利の方が魅力的になる.それでも長期債券を保有し続けようという場合,予想される短期金利が高くなった分を相殺すべく,長期金利が上昇する必要がある.

[4] QE がお金による資金調達なのかどうかをめぐって,いくぶん混乱が見られる.たとえば,このサイトでは,「ちがう」と述べている.QE は一時的にのみお金を創出するものだから,というのがその理由だ.つまり,新しくつくったお金で購入した政府債券を,将来のどこかの時点で売り払うことを中央銀行は意図している.とはいえ,財政刺激のたいていの事例は一時的なものであるため,お金により資金調達した刺激を,債券により資金調達した刺激と比較するのは,完璧に理にかなっている.両者の相違点は,QE だ.

[5] これをやった政府を,私は「中央銀行の悪夢の政府」と呼んでいる.そして,そうした政府は中央銀行の独立を終わらせる見込みが同程度に大きい.QE によって政府がこの悪夢状態に陥るよう後押しされると信じるべき理由が,私にはひとつも思い当たらない.

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