Jan Fredrick P. Cruz, Ronald U Mendoza, “Dynasties versus development” (VOX, 31 August 2015)
クリントン、ブッシュ、ケネディ、- 政界に権勢を誇る名門家系は先進国、発展途上国を問わず民主主義の確立期を経た今もその系脈を保っており、或る所では尚その力を増し続けている。本稿では、政治的世襲系脈は今なお我々の傍に生き続けている事、そしてその理由も明らかである事を主張する。選挙こそ、最も富裕な市民の一票と最も貧しい市民の一票が等価となる唯一の場面である、そう述べる者は誰であれ、それが現在もなお妥当するのか、再検討すべき時が来たのである。
合衆国大統領選の闘いでヒラリー・クリントンとジェブ・ブッシュが繰り広げるやも知れぬ一大決戦の予感に、実に一日千秋の心持ちでいる政治通も中にはいようが、大半のアメリカ人はこの事態を前にして複雑な心境を抱いている事だろう。このところ合衆国の政治権力は、一部に集中し過ぎてはいまいか? 1981年から2009年の間のほぼ30年に亘る期間、『ブッシュ』 や『クリントン』 が合衆国大統領ないしは副大統領でなかった時はなかった。2016年の選挙は、この世襲の系脈をこの上さらに引き延ばすものとなるかも知れないのだ。
世襲系脈の相当部分を構成するのは、選挙で選ばれた、血統や婚姻の結びつきをもつ政治家であり、民主化・経済成長に対する彼らの関わりは先進国、発展途上国の双方において関連性をもっている。様々な民主的議会について、世襲系脈が占める割合の推定をしようという試みが最近幾つかなされたが、それによると、同割合は合衆国における6%という低い数値から、フィリピンの75%という高い数値に至るような幅のあるものだという事が示唆されている (図1)。
図1. 対象となった国で世襲議員が議会に占める割合
出典: Cruzら (2015)
競争と支配
世襲政治家はしばしば、自身が政権に留まるべき主たる理由として、自らの家系が誇る輝かしい経歴を挙げてきた。フィリピンのよく知られた或る世襲政治家が奇しくも言ったように、「国民に決して頂こうではありませんか!」 という訳だ。 他にも、世襲系脈が政策一貫性の確保にいかに資するかという点、つまり改革予定案を一族の若い世代に継承させるという事だが、この点も多くの者に言及されてきた。
例えば、リー・クアンユー (Lee Kwan Yew) といえば民主主義の世界で最も長い期間一国の長を務めた人物の1人であるが、彼も自身の地位を彼の息子で現シンガポール首相であるリー・シェンロン (Lee Hsien Loong) に継承させている。しかしその一方で、政治的派閥の支配が政治権力の過度の局在化をもたらし、新たなリーダーの登場を妨げ、政党の衰退につながるものであるとの旨をいう検証結果も近年その数を増している。
例えば、1983年から2008年にかけて行われたアルゼンチンの国会議員選挙に関する調査は、典型的なアルゼンチン国会議員よりも5年長い任期を努めた者は、その性別に関わらず、将来自身の親戚縁者が国会に加わる確率を8%上昇させるという検証結果を得ている。
加えて、カリフォルニア大学バークレー校およびカリフォルニア大学ロサンゼルス校の政治学者が、1789年から1996年にかけて政権にあった合衆国議会議員を精査したところ、選挙に勝利した議員はそうでない議員より将来親戚縁者を議会に加える確率が高い事を示す検証結果を得ている。(ただ老獪であるというだけの事ではなく) 政権の座に在る事自体が、世襲系脈の永続化を後押しする強い要因であったのだ。
さらに、政治的世襲系脈を政治的・経済的発展の阻害に関連付ける調査結果も存在する。フィリピンのケースに関して、数多くの調査が議会における世襲政治家の多くについて、その出自を地主家系にまで遡り関連付けている。こういった地主家系はスペイン及びアメリカ植民地時代に農業資本を蓄積してきたのである。以来、この様な初期に見られたパターンが経済権益の新たな形態へと変貌を続ける一方、様々な発展途上国で世襲政治家は建設、金融、テレコミュニケーション、鉱山経営などを初めとした高いレント分が期待できる部門に根を張ってきたのだ。多くの場合、政界の支配、即ち経済界の支配となる (逆もまた然り)。
フィリピンでは政治評論家によって、世襲政治家は政党の強化を目的とした投資よりも、自らの政策の継続をねらいとして自身の家族へと投資を行う傾向が優勢であると指摘されている。どうやら親戚縁者の根を張り巡らせる方が安くつくようなのだ。というのもこの場合、家名の憶えが良くなるところから規模の経済の恩恵が受けられるし、それに留まらず、強固なパトロン-クライアントの歴史的関係を生み出す場合もあるのだが、これが国民投票の場での世襲系脈の優位を確保するのだ。現職の親戚縁者が増すにつれ、政府のチェックアンドバランスがしまいには腐敗してしまうのではないかとの疑問を抱く者も多くなる。仮にこれが正しいとしたら、事態は国や地域の進歩発展に対しどのような影響をもつのだろうか?
政治経済上の不平等
インド及びフィリピンの議会に関する最近の調査は、地域政府レベルでの派閥に関する広範なデータに目を向ける事で、一端を世襲パターン、他端を開発指標とするリンクの実証的分析を可能にしている。
第一に、インドのローク・サバー [訳注: インドの連邦議会を構成する議院] に世襲系脈が占める割合は約24%で、フィリピン議会の75%と対照的である。世襲事例が州 [state] レベルで (インド)、或いは州 [provincial] レベルで (フィリピン) 社会経済的指標とどうリンクしているか、これを精査した結果はどうやら政治的世襲系脈と経済的開発度に負の相関関係を裏付けるもののようだ。
インドの州レベルで世襲系脈が占める割合は、年換算した州レベルでの経済成長と負の相関を見せている。それだけではない。インドでは、市民の生活が比較的豊かで、平均的な人の社会経済的地位の上昇が見られる州では、世襲系脈の濃度は低くなっているのだ。
これと類似の分析をフィリピンの地域政府における政治的世襲系脈に焦点を合わせて行ったものがあるが、そこでも類似のパターンが確かめられている。さらに、フィリピン諸州における1人当たり実質国民所得と、地域政府役人らの世襲事例との間にはも負の相関が見られている。
したがって、インドでもフィリピンでも、世襲系脈の割合の指標は増加を見せる貧困層と正の相関関係をもっているのだ。換言すれば、世襲議員は、人間開発度が低く、大きな貧困・弱者層を抱える州において、しぶとく生き延びているのだ。
様々な解釈が在り得る。例えば、生活水準の上昇がパトロン-クライアント関係を弱体化させているのかも知れない。この関係は政治的世襲系脈を扶持する傾向のあるものだ。典型的な投票者が経済的独立を進めるにつれ、その人物が男性であれ女性であれ、地域のパトロンへの依存度も低くなると考えられる。他にも、収入の増加が中間層の成長に繋がり、候補者の選択ももっと競争の余地が生れ、政治的キャンペーンの際に多様な集団が利用出来るリソースも増加する、といった帰結を見るかも知れないのだ。
最後に、今日における近代的な、また発展途上の民主主義は、個々の人的特性がいまだに政界を支配しているその実態を我々に思い起こさせてくれるものである。事はワシントンDCであっても、ボンベイであっても、或いはマニラであっても変わらないのだ。特定の派閥が全体の均衡を破壊する様な大きな影響力と支配力を公共資源の上に振るう時には、民主主義も公平な場における競争を反映しているとは限らないのである。そして最悪の場合、この様に振るわれる政治権力の全てが、進歩の招来と貧困の追放を目的とするものではない事もあるのである。だが派閥は、これ目標をとするのではなく、低開発、広がる格差とつながっている様に見えるのが現状だ。特に民主的制度が比較的弱体な国や地域でこの傾向は著しい。
選挙期間こそ、最も富裕市民の一票と最も貧しい市民の一票が等価となる唯一の場面である、そう述べる者は誰であれ、それが現在もなお妥当するのか、再検討すべき時がきているのである。
参考文献
Cruz, J F, R U Mendoza, A Unnikrishnan (2015) “Do Socio-Economic Conditions Influence Dynastic Politics? Initial Evidence from the 16th Lok Sabha of India”, AIM Policy Center Working Paper, available at http://ssrn.com/abstract=2640575.
Mendoza, R U, E Beja Jr, V Venida and D Yap (2012), “Inequality in democracy: Insights from an empirical analysis of political dynasties in the 15th Philippine Congress”, Philippine Political Science Journal 33(2): 132-145.
Mendoza, R U and M A Lopez, Yap II, D Barua and T A Canare (2014), “The 2013 Philippine Mid-Term Election: An Empirical Analysis of Dynasties, Vote Buying and the Correlates of Senate Votes”, AIM Policy Center Working Paper, available at http://ssrn.com/abstract=2400874.