John Cochrane “In Box“(The Grumpy Economist, February 17, 2014)
経済学者であるということの喜びの一つは、いくつもの素晴らしい論文が書類箱に届くということだ。それら全部を読む時間がないというのは酷く残念に思っている。NBER、SSRN、AEAの優待メーリングリストから今日届いたいくつかのものを紹介しよう。免責条項:まだ要約部分しか私は読んでいない。(NBERのワーキング・ペーパーを見ることが出来ない場合には、大抵Google検索で著者のページやSSRN上の無料版が見つかる。)
1.アメリカ経済成長の死:再主張、反論、再考 by ロバート・J・ゴードン(The Demise of U.S. Economic Growth: Restatement, Rebuttal, and Reflections by Robert J. Gordon)http://papers.nber.org/papers/W19895
1891年から2007年にかけてアメリカは平均年間一人当たり実質GDP成長率2.0%を達成した。本論では、2007年以降25~40年間の成長は、とくに人口の大多数にとってよりずっと低くなるということを予測する。将来的な年間成長率は、経済全体の労働生産性は1.3%、一人あたりの産出は0.9%、所得配分上の下位99%における一人あたりの実質所得は0.4%、それら下位99%の実質可処分所得は0.2%となる。
こうした成長低下の第一の原因は、一連の4つの逆風であり、それらすべては広く認識されたもので議論の余地のないところだ。人口動態の変化は一人あたり労働時間を減少させるが、これはベビーブーマー世代の引退だけでなく若年層や第一線の大人たちが労働市場から退出するせいでもある。高等教育の拡大は過去1世紀における成長の中心的な原動力であったが、横ばいが続いており、高校および大学の修了率の世界ランキングでアメリカの順位は低下している。格差が拡大を続け、所得配分上の底辺99%の実質所得成長は全所得の平均成長よりもちょうど0.5%低くなる。あらゆる階層の政府 [1]訳注;各地方自治体と州・連邦政府 で予測されている債務GDP比の長期的な上昇は、(訳注;税の引き上げによる)税収のより急速な増加と所得移転支出成長の鈍化の両方あるいは一方を、この先数十年のどこかの時点で不可避的にもたらすことになる。
この憂鬱な見通しが実現するにあたって、将来におけるイノベーション速度の低下が予見される必要は一切ない。なぜならイノベーションの鈍化は既に40年前に始まっているからだ。1972年以前の80年間において、労働生産性は1972年以降の40年間よりも平均年率で0.8%早く成長した。将来におけるイノベーション速度の低下を予見する必要はないものの、ここでは懐疑論、とりわけても我々がより速い技術的変化へと繋がる変曲点に今あると現在のところ信じている技術楽観論者へのそれを提起する。本論では、将来の技術は50年あるいは100年前においてすら予見されうることを示す歴史上の例をいくつか示すとともに、薬剤研究、小型ロボット、3D印刷、ビッグデータ、自動運転車、ガス・石油のフラッキング [2]訳注;シェールガスに代表される、地層に高圧をかけて亀裂を入れることでガス・石油を採掘する技術。 など、この先数十年で現れると広く予見されているイノベーションを評価する。
あいたたたた、彼が間違っていることを願うね。「若年層や第一線の大人たちが労働市場から退出する」というのは自傷行為なんじゃないか [3]訳注;誤った政策が原因でこうした結果が招かれているという意。 って思うし、それは「高等教育の拡大(中略)の世界ランキングでアメリカの順位は低下している」というのもそうだ。
私は依然として技術楽観論者だ。私が思うに、グーテンベルグは科学の革命を巻き起こした。知識とは費用の掛かるものであって、そのうえ情報伝達が出来ない場合には、そうした知識が得られるという保証はない。情報伝達費用は近年実質的にゼロまで下がった。何が起こっても驚きじゃない。自傷行為で金の卵を産むガチョウを殺してしまうようなこと以外はね。
2.裁量的選択の最適化神経経済学モデル by マイケル・ウッドフォード(An Optimizing Neuroeconomic Model of Discrete Choice by Michael Woodford)http://papers.nber.org/papers/W19897[ungated版]
確率的選択は選好のランダムな変化ではなく認知的プロセスによるものというモデルを提示する。神経物理学的証拠によって部分的に示されているところの、利用可能な情報処理能力の制約下において選択を行うために用いられる心理プロレスはそれでも最適である。この最適情報制約モデルは、選択頻度と反応時間に関する実証データに対し、純粋な機械的プロセスの選択モデル(ドリフト拡散モデル)や実現可能な選択プロセスの制約がより少ない最適化モデル(合理的不注意モデル [4]訳注;この論文を紹介しているhimaginary氏の記事には、これらモデルについての参考リンクがある。 )よりも当てはまりが優れていることが分かった。
おー!「非合理性」や「心理学」という名で時々呼ばれているものは、単に情報豊富な環境に対応するための経験則でしかないと昔から思っていたところだ。そして標準的な情報モデル、つまりここにカードの束があって、相手がカードを一枚引いたことは知っているけどそれが何かは分からない、というようなものは何の訳にも立たないとも。でも有用な情報モデルを一からかけるほど私は数学者や理論家としては優れていない。達人級の理論家であるマイクが、この論文でどんなことを書いたのか読むのが待ちきれないよ。
3.高割引と高失業 by ロバート E. ホール(High Discounts and High Unemployment by Robert E. Hall )http://www.stanford.edu/~rehall/HDHU012414, http://www.nber.org/papers/w19871
景気後退期においては、株式市場は企業の利益よりも大きい割合で下落し、株式市場における暗黙の割引率は上昇し、雇用創出に係る雇用者の投資をはじめとした、あらゆる種類の投資も落ち込む。失業に関する支配的な見解、すなわちDiamond-Mortensen-Pissaridesモデルでは、雇用創出のインセンティブが落ち込むと、労働市場も落ち込んで失業率が上昇する。雇用者は、雇用関係から得られる余剰の一部を集めることによって雇用創出に係る投資を回復させる。こうした流れの大きさは割引率が上昇すると小さくなる。したがって高い割引率は高失業を意味する。本論文では、景気後退期においてなぜ割引率がそうも高まるのかということの説明は行わず、それよりも割引率を用いて、景気後退期に株式市場が大幅に下落するような経済においては、失業の上昇は経済学的に完全に理にかなったものであるということを示す。
さて、どうして景気後退期に割引率が上がるのかについて良いモデルがある。それは「習慣の力によって」だ。これまでかなりの間にわたって、こうしたメカニズムや、景気後退期に高いリスクプレミアムをもたらす資産価格決定というこれと似たようなメカニズムを、生産側と一体化させて完全な景気変動モデルを作り出すというのを私は棚上げにしてきた。そうしたモデルは、リスクのない金利やマクロ経済における根本的な変化ではなく、リスクプレミアムによって動くものになるだろう。ロバートはそうした作業の一部について良い仕事をしてくれたみたいだ!
4.担保危機 by ゴートン、ゲイリー、ギレルモ・オルドネス, 2014(Gorton, Gary, and Guillermo Ordoñez. 2014. “Collateral Crises.” American Economic Review, 104(2): 343-78.)https://www.aeaweb.org/articles.php?doi=10.1257/aer.104.2.343
民間資金である短期債務担保は、債務に裏付けられた担保について費用の掛かる情報を作り出すことなく貸し出す意思が各主体にある場合には効率的となる。経済がそのような情報に不感応な債務に依存している際には、質の低い担保を持つ企業も借り入れを行うことができ、信用の急成長と産出の上昇をもたらす。金融的な脆弱性は内在的であって、取引相手に関する情報が劣化していくにつれ時間とともに脆弱性が高まる。ショック(小さいものでもありうる)によって情報を作り出すインセンティブを各主体が突如として持つようになり産出が下落することで、危機が発生することとなる。社会計画を行うものは民間主体よりも多くの情報を作り出すだろうが、脆弱性をなくすことを常に欲するわけではない。
以前には「情報に不感応な」証券、つまりレポ契約を結ぶにあたって誰も年間報告書に大した周囲を払わないものだったものが、突如として「情報に反応する」ようになる、言い換えれば情報の非対称性によって誘発された非流動性に私たちは陥ったのだというゲイリーと彼の様々な共著者の見解について、かねてから私は大ファンだった。今回の発表用の詳細版を読むのが待ちきれないね。
シカゴでは酷く雪が降っていて、これは暖炉の前で丸くなってこれらの論文を読んでそれぞれについて詳細なブログ記事を書くのには素晴らしい。さて、残念だけれど日々の仕事に戻らなくては。