カレンベルグ&レヴィンソン「国際環境協定は無駄な努力?」

Derek Kellenberg, Arik Levinson “Waste of effort? International environmental agreements” (VOX, 1 March, 2014)

経済理論によれば、国際環境協定はフリーライダーの問題によって失敗に陥るとされており、これまでの実証研究もそのような協定は実際のところ汚染物質の排出を減らさないということを示唆している。本稿では、バーゼル条約そのBan改正もまた非効率であったことを示す。Ban改正を批准済みの附属書 VIIに掲げられた締約国が、協定で義務付けられている通りに附属書 VIIに掲げられていない締約国への輸出を鈍化させたという証拠は何ら見いだせない。


国境を越えた環境問題を解決するために、各国は1000以上もの国際環境協定について交渉を行ってきた。しかしそれら協定に効果はあるのだろうか。ほとんどの理論的経済モデルでは、フリーライダーの問題によって国際環境協定は汚染をそれ以前の水準よりも大きく減少させることはできないとされている (Barrett 1994, 1997; Carraro and Siniscalco 1993; Finus and Maus 2008)。もちろんゲーム理論のモデルが現実世界の振る舞いを予測することは稀であるし、それからすると国際環境協定が実際においては効率的となりうるという希望にも余地が残されている。

残念ながら、この件については実証研究も理論を支持している。ヘルシンキ議定書やオスロ議定書の締約国が硫黄排出を全く減らしておらず(Murdoch and Sandler 1997a, Ringquist and Kostadinova 2005, Finus and Tjøtta 2003)、モントリオール議定書によってオゾン層破壊物質は減少していない(Murdoch and Sandler 1997b)ということが研究者によって明らかにされている。国際環境協定によるささやかながらも統計的に有意な結果を発見した唯一の論文はBratberg et al. (2005)であり、ソフィア議定書の締約国は非締約国と比較して窒素酸化物排出を減少させたことが示されている。しかしこの結果でさえ、国際環境協定による汚染減少は非効率なまでに小さくなることを理論的に示したFinus and Maus’s (2008)を支持している。

国際環境協定の効率性についてはもう一つだけかすかな望みが残っている。それは、これまでのあらゆる実証研究は2つの障害に直面してきたということだ。第一に、国際環境協定は大概において締約国に対し汚染に関するデータを報告するよう義務付けており、加盟以前に各国が何を行っていたかを知ることや、締約国と非締約国を比較することは不可能だ。もう一つは、国際環境協定加盟後の各国の行動と、そうした加盟がなかった場合にその国が取っていたであろう行動を区別するのが研究者にとっては難しいということだ。国際環境協定を施行した後に締約国が汚染を上昇させたとして、ただそれが協定の実施がなかった場合ほどには上昇しなかった場合、環境保護協定は汚染増大の鈍化に成功しているにもかかわらず、失敗と誤解されてしまう可能性がある。あるいは、汚染物質排出の減少を見込んでいる国ほど環境保護協定に加盟する可能性が高いのであれば、環境保護協定は成功と誤解される可能性がある。

近々出る環境資源経済学会ジャーナル(Journal of the Association of Environmental and Resource Economists)の創刊号における論文 (Kellenberg and Levinson 2014)で、この二つの問題の解決が可能となる一つの国際環境協定を私たちは検証した。すなわち、有害廃棄物の国境を越える移動及びその処分の規制に関するバーゼル条約である。この条約は「有毒な取引(toxic trade)」、すなわち有害廃棄物の処理が比較的安全でないと思われる国に対して先進工業国から廃棄物が輸出されることに関する懸念を解決するために採択された。有害廃棄物処理は地域的な問題であり、国際協力は必要でないように思えるが、廃棄処分の規制や自国への輸入の防止を適切に行えない国があるのであれば、貿易制限は次善の政策となりうる。その結果、バーゼル条約のBan改正において、附属書 VIIに掲げられている締約国(OECD加盟国、EUの構成国、リヒテンシュタイン)から附属書 VII国に掲げられていない全ての締約国への有害廃棄物の輸出が禁止されるに至った [1] … Continue reading

国際環境協定の実証的効果を研究するにあたってバーゼル条約とBan改正がもたらす重要な利点は、その国がバーゼル条約やBan改正を批准しているか否かに関わらず、廃棄物を含むあらゆる財の輸出が国連商品貿易データベースによって記録されていることだ。これまでの国際環境協定の実証研究とは異なり、私たちは国際環境協定を批准した国としていない国における規制活動を比較することができた。輸出入を分類する5000以上の統一システム関税コード(HSコード)の中から、私たちは各種廃棄物の分類となる60のコードに焦点を当てた。

図1はこれらのデータを図にしたものだ。一番上の線は世界における廃棄物輸出の年間合計だ。真ん中の線は附属書 VII国に掲げられていない国による輸入を示している。一番下の線は附属書 VII締約国から非附属書 VII締約国への輸出を示しており、つまりはBan改正で禁止されているものにあたる。

 

図1.廃棄物の輸出

levinson fig1 28 feb

出典: Keller and Levinson (2013)で定義された60のHS関税コードに基づく著者の計算

 

バーゼル条約とBan改正にも関わらず廃棄物輸出が増えたということだけでは、必ずしも条約に効果がないことを意味しない。国際環境協定がなければ、廃棄物はさらにもっと増えていたかもしれないからだ。そうした可能性については、図2においてBan改正批准の前と後の傾向を調べることで推定している。横軸は暦ではなくBan改正批准の年からの年数を表しており、上の線は廃棄物の輸入国家、下の線は輸出国家にそれぞれあたる。上の線は、非附属書 VII締約国が附属書 VII締約国から輸入する廃棄物が、非附属書 VII締約国がBan改正を批准する前と後の両方において着実に増えていることを示している。同様に、下の線は附属書 VII締約国から非附属書 VII締約国への輸出が、附属書 VII締約国がBan改正を批准する前と後の両方において着実に増えていることを示している。図2から判断すると、Ban改正の批准が廃棄物取引の既存の傾向を変更させるようには見えない。

 

図2.附属書 VII締約国から非附属書 VII締約国への平均年間輸出
levinson fig2 28 feb

その他の同時的な傾向をコントロールし、またバーゼル条約あるいはBan改正がそれら条約のなかった場合でも結局は起きていたであろうこと以上に廃棄物取引の傾向を変化させたかどうかを評価するために、Kellenberg and Levinson (2014) において私たちは国際貿易の重力モデルの変形型を用いた。Ban改正の規制は附属書 VII締約国から非附属書 VII締約国への輸出という特定の分類の廃棄物取引に対するものであるため、この点が私たちの一意的識別戦略が強みとなる。その他の国の特徴をコントロールしつつ、私たちはBan改正批准に関する指標と、附属書 VII締約国から非附属書 VII締約国への輸出に関する指標を組み合わせた。その結果、Ban改正を批准した附属書 VII締約国は非附属書 VII締約国への廃棄物の輸出を減少させるように見えるものの、そうした効果は国別の時間固定効果(country-year fixed effects)や国家関係の固定効果(country-pair fixed effects)を含めると消え去ってしまった [2] … Continue reading 。これは図2が示している、Ban改正はそれを批准した附属書 VII締約国による廃棄物輸出の既存傾向を変化させないということを支持している。

私たちのアプローチの実証上の利点によってこれまでの研究が抱えていた問題点を乗り越えることができ、それによって国際環境協定が環境面での結果を改善するということと整合的な結論が導かれると当初想定していたものの、Ban改正を批准した附属書 VII締約国が、条約が義務付けるとおりに非附属書 VII締約国への輸出を鈍化させたという証拠は何ら見つからなかった。

こうした結果は、気候変動を始めとしたこれ以外の国際環境問題と関わるところがあるだろうか。ある面では、論点ははっきりと異なっているように見える。気候変動は財が消費あるいは生産される場所から排出される世界的な汚染物質である一方、有害廃棄物はそれが生じた場所から切り離されて国際的に移動する地域的な汚染物質だ。このような違いから、世界における有害廃棄物の問題は、潜在的には国際的な協定なしに解決可能となる。なぜなら大抵の場合汚染が国境を越えないからだ。そうした潜在的に解決可能な問題に関するバーゼル条約とBan改正でさえ非効率であると事実は非常に残念なことであり、気候変動のような大規模な世界的問題を解決するには、自主的な国際環境合意を越えた、別の政策メカニズムと戦略が必要となる可能性が示唆されるところだ。

参考文献

●Barrett, Scott (1994), “Self-Enforcing International Environmental Agreements”, Oxford Economic Papers, 46: 878–894.
●Barrett, Scott (1997), “Heterogeneous international environmental agreements”, in C Carraro, (ed,), International Environmental Negotiations: Strategic Policy Issues, Cheltenham: Edward Elgar.
●Bratberg, Espen, Sigve Tjøtta, and Torgeir Øines (2005), “Do voluntary international environmental agreements work?”, Journal of Environmental Economics and Management, 50: 583–597.
●Carraro, Carlo and Domenico Siniscalco (1993), “Strategies for the international protection of the environment”, Journal of Public Economics, 52: 309–328.
●Finus, Michael and Stefan Maus (2008), “Modesty May Pay!”, Journal of Public Economic Theory, 10(5): 801–826.
●Finus, Michael and Sifve Tjøtta (2003), “The Oslo Protocol on sulfur reduction: the great leap forward?”, Journal of Public Economics, 87: 2031–2048.
●Kellenberg, Derek and Arik Levinson (2014), “Waste of Effort? International Environmental Agreements”, Journal of the Association of Environmental and Resource Economists, forthcoming.
●Murdoch, James C and Todd Sandler (1997a), “Voluntary Cutbacks and Pretreaty Behavior: The Helsinki Protocol and Sulfur Emissions”, Public Finance Review, 25: 139–162.
●Murdoch, James C and Todd Sandler (1997b), “The voluntary provision of a pure public good: The case of reduced CFC emissions and the Montreal Protocol”, Journal of Public Economics, 63: 331–349.
●Ringquist, Evan J and Tatiana Kostadinova (2005), “Assessing the Effectiveness of International Environmental Agreements: The Case of the 1985 Helsinki Protocol”, American Journal of Political Science, 49(1): 86–102.

References

References
1 訳注;Ban改正の批准国は条約加盟国181カ国中78カ国で未発効。日本は条約は批准しているもののBan改正は未批准。未発効の改正について効果を計測するというのには疑問にも思える反面、条文の解釈自体では即座に発効可能(なので揉めてる)であることを鑑みるとそうとも言えない向きもある。
2 訳注;普通に回帰分析を行うとBan改正の批准によって廃棄物輸出が減ったことを示す結果がでるが、そうした減少は実際には別の要因(同じ年に不景気になって廃棄物が減った、あるいは個別の二国間関係の事情によって減少した、など)によって起こったものだったという意。詳細は国際貿易における重力理論を参照。
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