スコット・サムナー「10%インフレ目標を日本が達成するのに必須なことは?」(2019年6月2日)

[Scott Sumner, “What would Japan have to do to achieve a 10% inflation target?,” The Money Illusion, June 2, 2019]

まさか日本が 10%インフレ目標を採用するとは思わないし,採用した方がいいとも思わない.ただ,かりに 10%目標を採用した場合を思考実験として考えてみると,なかなかつかみがたい考えをはっきりさせる役に立つ.

10% インフレ目標をとったときに,日本の金利とベースマネー需要がどんな風になるか考えてみよう.超過準備付利 (IOR) はないと仮定する.すると,こうなりそうだと推測できる:

#1. 日本の金利はおおよそ 10%(±2%)になるだろう.
#2.日本のマネタリーベースはだいたい GDP の 5%から10%ほどになるだろう.

1つ目の推測の根拠となっている事実はこれだ:日本の実質金利はいまゼロ近傍にあるか,もしかするとわずかにマイナスになっている.10%インフレになったとき,(ゼロ下限から少し持ち上がるので)実質金利は少し下がるか,(名目金利の課税〔上昇?〕により)少し上がる.ただ,歴史を見てみると,インフレ予想が高くなると,その上昇分の大半は名目金利の上昇へと伝播するようだ.

2つ目の推測について.5% はぼくがおおまかに予想してる数字だ.ただ,異例なほど大きい日本の通貨需要をふまえて,10% を上限にしてある.

さて,いまの日本がどのあたりにあるか考えてみよう:

#1.金利はおおよそ 0% だ.
#2.マネタリーベースはおおよそ GDP の 100% ある.

すると,10% のインフレ目標を達成するには,日本銀行は金利を 10% に引き上げつつマネタリーベースを 90%~95% 減らさないといけない.GDPの実質成長率 1% と 10% インフレを仮定した場合,その削減のあと,マネタリーベースは年率おおよそ 11% で上昇するだろう.

さて,ここで物事がまぎらわしくなってくる.金利を 10% に引き上げてマネタリーベースを 9割削減するだけで魔法みたいに 10% インフレが生じることはない.ニューヨーカー数百万人が外出時にそろって傘をもっていけば魔法みたいに雨が降ると思うようなものだ.そうじゃなく,事実は逆になっている.ニューヨークに雨雲がたちこめて雨が降り出せば,ニューヨーカー数百万人が外出時に傘をもっていくだろう.ネオフィッシャー的な気象学者なら,「均衡条件」をもちだしつつ「ニューヨーカーに傘をもって外出するよう命じれば雨をつくりだせる」と主張するところだ.市場マネタリスト的な気象学者は,「ニューヨーカー数百万人が傘をもっていくのを選ぶ条件をつくりだせば雨を降らせることになる」と主張する.

微妙なちがいがわかっただろうか? たしかに,ニューヨーカー数百万人に傘をもっていく方を選ばせるよう間接的に仕向ける非強制的な政策は同時に雨も降らせるけれど,強制してみんなに傘をもっていかせる政策は機能しない.このように,雨雲を生み出せば雨が降り出すけれど,どうかしてる独裁者が「傘をもって家を出ない者は処刑する」と言ったところで雨は降らない.

金融政策の場合,市場のインフレ予想を 10% に動かすのに必要なだけたくさんの資産を買うという信用できる政策で 10% のインフレ予想を引き起こす.じゃあ,政策が信用できるのはどんなときだろう? 政府がほんとにやるべきことをなんでもやって実際にその政策を実行する意図があるときだ.その場合,おそらく実際に資産を買う必要はない.それどころか,その逆だ――マネタリーベースは減少されることになる.

数年前,日本政府は 2% インフレ目標を採用したけれど,日本政府にはその政策を実行するのに必要なことをなんでもやる意図がないんだと市場は正しく理解した.そして,市場は正しかった.もしも日本政府になんでもやる意図があったなら,市場はほぼ確実にそれを見抜いただろう.市場はバカじゃない.政府が本気かどうかかなりあっさりと見抜いてしまう.あるいは,あっさり見抜けなかった場合にも,本気かどうかを探り当てるまでそんなに時間はかからない.

政府は3歳児みたいなものだ.ポーカーフェイスはできない.感情ははっきりと顔に出てしまう.

まとめると,量的緩和が「機能する」かどうかを尋ねるのは,傘をもっていけば雨が降るかどうかを尋ねるようなものだ.なんらかの文脈において問わないかぎり,そんな問いに意味はない.

追記: これを考えてみてほしい:

#1: 傘をもっていればみんな濡れずにすむだろうか?
#2: 平均でみて,傘を持ち歩いている人たちの方が,傘を持ち歩いていない人たちより濡れていないだろうか?

読者のキミがどうなのかは知らないけれど,平均でみると,傘を持ち歩いている日の方がそうでない日に比べて濡れている(傘を持ち歩いている日は風で雨を吹き付けられて濡れたりするのに対して,傘を持ち歩いていない日はたいてい雨が降っていない).さて,傘は「機能する」んだろうか?

量的緩和はより急速な名目 GDP 成長を導くことを狙っている.でも,平均でみると,量的緩和をやっている国々の方がやっていない国々よりも名目 GDP 成長が遅い.

病院は人々を健康にするのを目標にした施設だ.でも,平均でみると,病院にいる人たちの方がそうでない人たちよりも具合が悪い.

残念ながら,こういう比喩では予想の役割を無視している欠陥がある.とはいえ,これがぼくにできる最善の喩えだ.

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