ハーバード/ベルクナップから、セシリア・ヘイズの新著『認知ガジェット』が刊行された。副題は、「思考の文化的進化」だ。ときに文意が汲みにくいところもあるものの、重要な一冊だ。それに、きっと今年の社会科学本でいちばん思慮深い一冊となるだろう。
同書のホームページから:
(…)ヒトの大人は、種々の見事な認知装置を備えている。だが、著者の捉え方では、こうした認知ガジェットは遺伝子にプログラムされた本能ではなくて、対人的なやりとりをとおして子供時代に構築されたものだとされる。認知ガジェットは遺伝的進化よりも文化的進化の産物だ。生まれたばかりのとき、ヒトの赤ちゃんの精神は生まれたてのチンパンジーの赤ちゃんの精神とほんの微妙なちがいしかない。私たちヒトの方がもっと友好的で、注意がさまざまなモノに向けられ、さらに、学習と記憶の能力でチンパンジーの赤ちゃんを凌いでいる。だが、こうした微妙なちがいが文化に満ち満ちた人間の環境にさらされると、とてつもない結果が生まれる。周りの社会環境から、人間独自の思考法をアップロードできるようになるのだ。
このことから出てくる重要ポイントは、可鍛性 (malleability) と進化の速度だ。そして、著者の理論全体では、種々の認知的本能に依拠する度合いはずっと低くなっている。そこから、〔既存の議論と〕根本的にことなる社会進化の説明が提起される:「これと対照的に、認知ガジェット理論では、思考の仕組みに――行動を生成し制御する心的プロセスに――文化的進化の理論を当てはめる。」
さらに、「(…)乳幼児期から子供時代にかけての対人的なやりとりから、新しい認知的な仕組みが生み出される;こうして、私たちの思考法は変わるのだ。」
模倣に関する章は、ぼくが知るかぎりで、〔ルネ・〕ジラールの模倣(ミメーシス)論への最良の補論となっている。ここで面白い論点があって、それは、たとえばジョークを飛ばしたりセックスするときにじぶんが他人にどう見えるかを模倣するのはたいていの人にとってけっこう難しい、ということだ。首尾よく模倣するには、特定の感覚-運動能力を発達させる必要がある。そうしないと、一種の「対応づけ問題」につまずいてしまう。つまり、模倣の主観的な経験〔自分がどう模倣できているか?〕と客観的な経験〔他人にその模倣がどう見えるか?〕がどう合致するかわからなくて、うまくいかない。これもまた、文化的ガジェットをとおして学習される。
読心も心的ガジェットだ〔認知科学の界隈でいう「読心(マインドリーディング)」はべつに漫画にでてくるような超能力じゃなくて、たとえば相手がどうして怒っているのか推測したり、手の届かないところにあるコショウを指さすのを見て「コショウをとってくれってことか」と推測するような能力のこと〕。読心も学習するしかない。しかも、書かれた言葉を読むのと驚くほどよく似ている。ジュリアン・ジェインズに奇妙なひねりを加えて、著者のヘイズはこう提案する――5000〜6000年前のヒトの読心能力はあまり協力でなかったのかもしれない。また、書かれたものを読むのと同じく、読心にも文化をまたいだ多様性がある。読心本能のようなものはなく、ぼくらはみんなこれを学習するしかない。自閉症者もそうだ。
言語はどうだろう? チョムスキーの言う「普遍文法」〔生得的な言語学習装置〕ではなく「反復学習の領域一般的なプロセス」があるのだと著者は言う。さらに、このことがヒト以外の動物も言語をもちあわせているもののそれはぼくらの言語とはかなり異なるのはどういうわけかという問いに対するなかなか面白い取り組みにつながる。
ごく一般的に言えば、誰かが X を説明しようとしているとき、遺伝/本能による X の説明も文化的進化による X の説明もともにまちがっているかもしれない――そこで文化的ガジェットのアプローチを試してみよう! 本書は、ほかの動物たちに比べてヒトの奇妙なところを説明しようとする試みのなかで、本書はおそらくいまのところ最良の試みとなっていると思っていい。
もうひとつ留意しておこう――この説にしたがうなら、人類は文化的破局に対して比較的に脆弱だ。破局後も残る本能を使って単純にもとの状態に復帰する、というわけにはいかないからだ。さらに、ソーシャルメディアは非常に重要だ。また、修正主義的な観点から見て、マルクスの著作には実はそれほどどうかしていない部分もあるのかもしれない(この点はぼくの意見で著者の意見ではない)。
本書の内容を消化して同意できる部分とできない部分を判断するにはもっと時間が(年単位で?)必要だ。読みにくいとも読みやすいとも言えないけれど、このブログを読んでいる人たちならきっと通読できるはずだ。非常におすすめ。おそらく今年抜群に思考を触発した本になるだろう。
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