●Tyler Cowen, “Knowledge and the Wealth of Nations”(Marginal Revolution, May 8, 2006)
ビル・ゲイツは、(ハーバード大学の)学部生時代に、マイケル・スペンスの講義を受講している。難解と評判の上級ミクロ経済学の講義。「バンドワゴン効果」に独占的競争、ネットワークの経済学といったテーマが経済学者の間でホットな話題となりかけている。ゲイツがスペンスの講義を受講したのはそんな最中でのことだった。その講義には、ゲイツの同級生で仲の良かったトランプ仲間のスティーブ・バルマーも出席しており、二人はテストで一位と二位を分け合うことになった。しかしながら、ゲイツは成績評価が出るまで待てなかった(成績評価が出る前に大学を中退した)のであった。
以上の文章は、デビッド・ウォーシュ(David Warsh)の手になる『Knowledge and the Wealth of Nations』からの引用だが、本書はこれまでに読んだ中では今年(2006年)を代表する最高の一冊と言ってもいいかもしれない(2006年に出版された本の中だと、確かダニエル・ギルバートの『Stumbling on Happiness』(邦訳『明日の幸せを科学する』)も大のお気に入りだったはずだが、そのあたりの記憶が定かでないときている [1] 訳注;ギルバートの件の本では人間の記憶の曖昧さも話題となっているが、そのあたりのことをもじったのであろう。)。
本書は一本の論文――内生的成長理論がテーマのポール・ローマーの1990年の論文――に焦点を合わせている・・・かのように見せかけて、成長理論の話題だけではなく、経済学者をはじめとした知識人の生態や科学という営みの実態をも一冊の中に取り込むという離れ業をやってのけている力作だ。クルーグマンやマンキュー、ソロー、ルーカスなんかが重要人物として登場する。勿論(ポール・)ローマーもだ。経済学を生業とする研究者の世界の内情を知るために何か一冊読んでみたいと思うのであれば、本書を手に取るべし。
ちなみに、クルーグマンも本書を書評の対象に取り上げているが [2] 訳注;クルーグマンの書評の拙訳はこちら。、その中で次のように述べている。
経済学を生業とする研究者の世界を本書ほど見事に描き出した例にはこれまで出くわしたことがない。その世界に生きるのは、頭は切れるが時としてエキセントリックな(風変わりな)顔も覗かせる面々。(ニュース専門放送局の)CNBCで放映される番組で簡素なデザインのスーツを身にまとって経済問題を論じるコメンテーターとは似ても似つかない面々。そんな面々が生きる世界は、格式ばらない雰囲気に包まれてはいるが、激しい出世競争が繰り広げられる世界でもある。
本書は、経済学の専門家だけではなく、初学者も楽しめる内容となっている。ウォーシュの調査は綿密を極めており、当の私なんかも本書の中にちょっぴり登場するほどだ。私にも登場する機会を与えてくれて、ウォーシュには感謝するばかりだ。本書は激しくお薦めの一冊だ。