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マーク・ソーマ 「『ピン工場』と『見えざる手』との相克 ~クルーグマンによる『Knowledge and the Wealth of Nations』の書評~」(2006年5月3日)

●Mark Thoma, “Krugman: Review of ‘Knowledge and the Wealth of Nations,’ by David Warsh”(Economist’s View, May 03, 2006)


ポール・クルーグマンがデビッド・ウォーシュの新刊(『Knowledge and the Wealth of Nations』)の書評を物している(ちなみに、ウォーシュの本では経済成長論における「規模に関する収穫逓増」の役割がテーマとなっている)。興味深い内容だ。

The Pin Factory Mystery, Review of ‘Knowledge and the Wealth of Nations,’ by David Warsh”, Review by Paul Krugman, Sunday Book Review, NY Times:

経済学のアイデアは現実世界を形作る上で大きな役割を果たす。かのジョン・メイナード・ケインズも語っているように、「いかなる知的影響からも自由だと信じ込んでいる実務家も今は亡き過去の経済学者の奴隷である(受け売りをしている)に過ぎないことが往々にしてあるのだ」。そうだとすると、経済学上の数々のアイデアがいかなる社会的な背景や人的なネットワークを通じて生み出されるに至ったかを詳らかにする一般向けの書籍がたくさんあってもよさそうなものだが、その数は不可解なほど少ない。ジェームズ・ワトソンの『二重螺旋』やジェームズ・グリックの『ファインマンさんの愉快な人生』(リチャード・ファインマンの伝記)の経済学版は長らく書かれぬままという有様なのだ。 

その溝を埋めるべくデビッド・ウォーシュが渾身の力を込めて上梓した労作が『Knowledge and the Wealth of Nations』だ。本書では1970年代後半から1980年代の後半にかけて経済学の世界に旋風を巻き起こした(ものの、一般世間ではほとんど気付かれていない)「知的革命」の顛末が物語られている。「その革命の重要性はいかほどのものだったのか?」という問題についてはまた後ほど触れるとしよう。最終的な到着地点についての評価は各人各様ではあろうが、ウォーシュが本書を通じてアダム・スミスの昔から現代までにわたる経済思想の世界――および経済学者の生き様――への実に魅力的な旅に読者を誘ってくれることだけは疑いない。・・・(略)・・・本書が抱える些細な欠陥をあげつらうのは後に回してまずは本書の美点に目を向けるとしよう。

1776年に経済理論の中心部に「大いなる矛盾」が埋め込まれることになった。1776年というのはアダム・スミスの『国富論』が出版された年にあたるが、ウォーシュの口から語られるのはその「大いなる矛盾」――ウォーシュ本人による表現では「『ピン工場』と『見えざる手』との相克」――をめぐる物語だ。アダム・スミスは『国富論』の中で「分業」を通じて生産性が急上昇する可能性を一方で強調している。そのことを例示するために持ち出されているのがかの有名なピン工場の話だ。ピンの製造工程を細分化した上で従業員一人ひとりに別々の作業を割り当てる。従業員らは割り当てられた個別の作業に専念(特化)することになるわけだが、そうしたほうが(製造工程を細分化せずに)従業員一人ひとりにピン作りをはじめから終わりまですべて任せる場合よりも結果的にずっと多くのピンが作られるというわけだ1。その一方で、スミスは『国富論』の中で「見えざる手」の役割も強調している。市場経済には利己心を公共の利益に結び付ける力が備わっている可能性があることに誰よりも早く気付いたのはスミスだった。市場には各人をして「本人の意図していない目的の促進に向けて見えざる手」に導かれるかのように振る舞わせる力が備わっているというわけだ。

「『ピン工場』と『見えざる手』との相克」と言われてもなんでそうなる(両者が対立する)かはあまり判然としないかもしれない。そのあたりの事情を詳しく説明するとこういうことだ。ピン工場の寓話は「規模に関する収穫逓増」(以下、「収穫逓増」と省略)に関する物語でもある。ピン工場の規模が大きくなるほど分業の余地も大きくなり、それに伴ってその工場で働く従業員一人あたりに換算したピンの生産量も増える可能性があるというわけだ。その一方で、「収穫逓増」は産業の独占化を促す圧力ともなる。その理由は大会社ほど生産規模を拡張する余裕があるために「規模の経済性」の恩恵を受けられる(財一単位あたりの生産費用(平均費用)を低く抑えられる)可能性が高いからだ。「収穫逓増」が成り立つ産業では大会社が中小の企業を市場から追いやり、その結果としてその産業は少数の大会社によって支配される傾向にあるのだ。

しかしながら、「見えざる手」の力が十全に発揮されるためには産業内に数多くのライバル企業がひしめいていて互いに競争し合っていなければならない。独占力を行使し得る(価格に影響を及ぼし得る)企業がいてはならないのだ。「自由な市場に任せておけば何もかもうまくいく」という発想の背後には(「収穫逓増」ではなく)「収穫逓減」という前提が控えているのだ。

2世紀あまりもの長きにわたり、経済思想の世界では「収穫逓減」という前提が幅を利かせる一方で、「ピン工場」の寓話は目立たない舞台裏に追いやられる格好となっていた。それはなぜか?

ウォーシュも説明しているように、その理由はイデオロギーにではなく数学的に取り扱うのが楽な道を選ぼうとする経済学者に特有の姿勢に求められる。経済学の世界では思い付いたアイデアを厳密かつ明瞭に表現する道が探られ、そのために数字や方程式の助けを借りるというのが常だった。「収穫逓減」という前提に拠って立つアイデアはエレガントなフォーマリズム(数学的な推論)との相性がバッチリだった一方で、「収穫逓増」という前提――「ピン工場」の寓話――に拠って立つアイデアを数理モデルのかたちで表現するのは困難極まりなかったのである。

とは言え、「収穫逓増」は現実のあちこちに観察される見逃し得ない現象であり、時代が下るにつれてその存在感はますます高ままる一方だった。例えば、鉄道なんかは「収穫逓増」の特徴を備えていることがあまりにも明らかだった。そこで経済学者としても「ピン工場」の寓話を経済学の本流の中に組み込もうと試みはした。それも一度や二度の話ではなく何度も何度も試みた。 しかしながら、その試みは毎度のごとく失敗に終わった。「ピン工場」の寓話を十分な厳密さを備えた(数理モデルの)かたちで表現することは出来ず終いだったのである。この点についてウォーシュはケネス・アロー(Kenneth Arrow)――「見えざる手」の伝統にがっちりと連なる業績によりノーベル経済学賞を受賞した人物――による次のような言葉を引用している。曰く、「収穫逓増は経済思想という土壌の下に流れる『地下水』のようなものだ。その流れが絶えることは無いものの、日の目を見ることも滅多に無い」。

『Knowledge and the Wealth of Nations』の前半部は「地下水」としての収穫逓増に的を絞った経済思想史という趣を備えている。偉大な経済学者のお歴々――その多くは収穫逓増の重要性をよくよく承知していたにもかかわらず――がいかにして収穫逓増を経済分析の中から排除しようと試みたか。本書ではその模様が跡付けられている。さらには、収穫逓増を厳密なかたちでモデル化できないとすれば責めを受けるべきは「厳密さ」の方だと結論付けて数式に頼らない言葉による説明を心掛けた・・・ものの周囲の経済学者からは無視されるに至った一部の経済学者――その筆頭はジョセフ・シュンペーター(Joseph Schumpeter)――の姿も語られている。・・・(略)・・・そして本書の後半部では「地下水」としての収穫逓増が遂に地表に湧出するに至るまでの軌跡が辿られている。

経済学を生業とする研究者の世界を本書ほど見事に描き出した例にはこれまで出くわしたことがない。その世界に生きるのは頭は切れるが時としてエキセントリックな(風変わりな)顔も覗かせる面々。(ニュース専門放送局の)CNBCで放映される番組で簡素なデザインのスーツを身にまとって経済問題を論じるコメンテーターとは似ても似つかない面々。そんな面々が生きる世界は格式ばらない雰囲気に包まれてはいるが、激しい出世競争が繰り広げられる世界でもある。セミナーで発表した一本の論文のおかげで若い男女が一躍学界のスターに踊り上がる。そんな可能性が秘められている世界なのだ。

1970年代後半からおよそ十年の間に一連の若手研究者を一躍スターの座に押し上げるきっかけとなった出来事の多くには「収穫逓増」が何らかのかたちで関わっている。「ピン工場」の寓話を(経済学者仲間のお眼鏡に適うに十分なだけ)厳密なかたちで語る術が遂に発見されたのだ。その結果として経済学のあちこちの分野――産業組織論に国際貿易論、経済発展論、都市経済学――が大きく変貌を遂げることになったのである。

ウォーシュはその大転換のドラマを実に見事な手さばきで伝えている。・・・(略)・・・しかしながら、欠陥もいくつかある。収穫逓増を国際貿易論の分野に持ち込んだ一連の経済学者――当の私もその中の一人――の研究も過分な扱いをしてもらっているが、ウォーシュによる説明には微妙ではあるが重大な間違いが含まれているのだ。

ウォーシュがそのようなちょっとした手抜かりを犯している原因は収穫逓増の応用の中でも経済成長論への応用を一番肝心なものと見なしており、そのために(国際貿易論をはじめとした)その他の分野への応用については比較的興味が薄いためなのであろう。ウォーシュはポール・ローマーによる(収穫逓増と経済成長との関わりがテーマの)1990年の有名な論文に経済学者のものの見方をぐるりと一変させた回転軸の役割を担わせているのだ。

「ローマーの1990年論文」と言えば傑出した業績であり、できれば私が書きたかったと思える論文の一つだ。・・・と経済学者が同僚に送る最大級の讃辞を惜しみなく捧げたいところだが、ウォーシュが言うほどローマーの件の論文が重大な役割を果たしたかというとそうとは思わないし、収穫逓増が経済成長に関する我々の理解を大幅に変えたかというとその点もはっきりしない。実のところ、ウォーシュ本人も大いに譲歩しているようだ。彼は本書の中で次のように述べている。「『知識の経済学』の革新なる。その結果として何が変わったろうか? 『大して変わりはない』というのがどうやらその答えであるように思える」。

おっと、気にするなかれ。高度な知性のやり取りが繰り広げられるドラマを味わいたい。(ケインズの言葉を借りると)「良くも悪くも危険な」アイデアの起源を是非とも知りたい。本書はそんな御仁のための一冊だ。

  1. 訳注;「そこで、ここに一例として、とるにたりない小さい製造業ではあるけれど、その分業がしばしば世人の注目を集めたピン作りの仕事をとってみよう。この仕事(分業によってそれはひとつの独立の職業となった)のための教育を受けておらず、またそこで使用される機械類(その発明をひきおこしたのも、同じくこの分業であろう)の使用法にも通じていない職人は、せいいっぱい働いても、おそらく一日に1本のピンを作ることもできなかろうし、20本を作ることなど、まずありえないであろう。ところが、現在、この仕事が行なわれている仕方をみると、作業全体が一つの特殊な職業であるばかりでなく、多くの部門に分割されていて、その大部分も同じように特殊な職業なのである。ある者は針金を引き伸ばし、次の者はそれをまっすぐにし、三人目がこれを切り、四人目がそれをとがらせ、五人目は頭部をつけるためにその先端をみがく。頭部を作るのにも、二つか三つの別々の作業が必要で、それをとりつけるのも特別の仕事であるし、ピンを白く光らせるのも、また別の仕事である。ピンを紙に包むのさえ、それだけで一つの職業なのである。このようにして、ピン作りという重要な仕事は、約18の別々の作業に分割されていて、ある仕事場では、そうした作業がすべて別々の人手によって行なわれる。・・・(略)・・・私はこの種の小さい仕事場を見たことがあるが、そこではわずか10人が仕事に従事しているだけで、したがって、そのうちの幾人かは、二つか三つの別の作業をかねていた。・・・(略)・・・それでも精出して働けば、一日に約12ポンドのピンを全員で作ることができた。1ポンドのピンといえば、中型のもので4000本以上になる。してみると、これらの10人は、1日に4万8千本以上のピンを自分たちで製造できたわけである。つまり各人は、4万8千本のピンの10分の1を作るとして、一人あたり一日4800本のピンを作るものとみてさしつかえない。」(アダム・スミス(著)/大河内一男(監訳)『国富論 Ⅰ』(中公文庫), pp. 10~12) []

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