タイラー・コーエン 「ノーベル賞選考委員会の目的は何?」(2006年10月7日)

●Tyler Cowen, “What do prize committees maximize?”(Marginal Revolution, October 7, 2006)


ノーベル賞選考委員会は、一体何を目的にしているのだろうか? 「賄賂をできるだけたくさんかき集める」という目的は、とりあえず脇に置くとしよう。スウェーデン王立科学アカデミーは、清廉潔白に違いないだろうしね。考え得る候補をいくつか挙げるとしよう。

a) 何らかの政治的な理念(political agenda)の実現を図る。

b) 評判の最大化/自らの評判を高める。ノーベル賞という賞の評判を高める。ノーベル賞の対象となっている学問分野の評判を高める。

c) 批判の最小化/識者からの批判をできるだけ避ける。b) と似てはいるが、識者全体の「平均的な意見」ではなく、意見分布の「左裾(ひだりすそ)に位置する声」 [1] 訳注;受賞者候補に対する批判的な少数意見、という意味。に注意を払うという違いがある。

少なくともノーベル経済学賞に関しては、b) と c) が一緒くたにされて受賞者を誰にするかが決められているのではないかというのが私の考えだ。もう少し突っ込んだ話は、拙著の『What Price Fame?』を参照していただきたいと思う。

ノーベル賞選考委員会が「批判の最小化」を試みているようなら、ポール・クルーグマンには不利に働くことだろう [2] 訳注;クルーグマンは、2008年度にノーベル経済学賞を単独受賞している。。クルーグマンだけじゃない。遺憾ながら、ゴードン・タロックにしてもそうだ。彼は、思ったことを迷わず口にしてしまうところがあるのだ [3] … Continue reading。その一方で、ノーベル賞選考委員会が「評判の最大化」を試みているようなら、オリバー・ハートをはじめとした多くの理論家に不利に働くことだろう。理論家の中で受賞する見込みが高そうなのは、ロバート・ウィルソン&ポール・ミルグロムの二人だ。彼らの研究は、オークションの設計に応用されていて、その成果がわかりやすいからね。オリバー・ハート [4] 訳注;ハートは、2016年度にホルムストロームと共同でノーベル経済学賞を受賞している。にしても、ジャン・ティロール [5]訳注;ティロールは、2014年度にノーベル経済学賞を単独受賞している。にしても、非常に質が高い業績を残していることは言うまでもないが、彼らが受賞したらノーベル経済学賞にさらに箔(はく)がつくことになるかというと、何とも言えないところだ [6] … Continue reading。彼らの研究をどれだけの人が理解できるだろうかね? 彼らの研究は、現実の政策に影響を与えているだろうかね? ポール・ローマーはどうだろうね? 彼の研究(および、「収穫逓増」のアイデア)は、時の試練に耐えれただろうかね? アフリカの国々を除外すると、世界各国の経済成長率は(ローマ―がその発展に貢献した内生的経済成長理論から予測されるところとは違って)次第に収束しつつあるように見えるのだ。

今年度(2006年度)の予想をしておくと、ユージン・ファーマ [7] 訳注;ファーマは、2013年度にロバート・シラーおよびラース・ハンセンと共同でノーベル経済学賞を受賞している。&リチャード・セイラーの二人が一緒に受賞するんじゃないかというのが私なりの予想[8] 訳注;ちなみに、2006年度のノーベル経済学賞受賞者はエドムンド・フェルプス。オリバー・ウィリアムソン [9] 訳注;ウィリアムソンは、2009年度にエリノア・オストロームと共同でノーベル経済学賞を受賞している。が受賞する可能性もなくはないと思う。その可能性は、多くの一流経済学者が考えているよりは高いんじゃなかろうかね。ジャグディーシュ・バグワティーという線も十分考えられるが、そうなると何とも厄介な疑問に答えねばならなくなる。クルーグマンとの共同受賞(貿易理論絡み)になるんだろうか? それとも、タロックとの共同受賞(レントシーキング絡み)になるんだろうか? 誰が受賞しそうかを予想する時に忘れないでおきたいことがある。ノーベル経済学賞の選考委員は、ハーバードやMIT(マサチューセッツ工科大学)といった主流派グループには属しておらず、どの業績が時の試練に耐えられそうかを見極める時にアウトサイダー寄りの判断を下しがちなのだ。

ところで、グレッグ・マンキューが「ノーベル賞選考委員会は、何を目的にすべきか(何を最大化すべきか)?」という規範的な問いを投げかけている。マンキュー曰く、「シングルヒット」(単打)級の研究――地道な研究――に取り組む研究者が一人でも多く増えることが望ましいのに、ノーベル経済学賞は「ホームラン」級の研究をぶっ放そうという気を研究者に起こさせているのではないか、とのこと。そうだろうかね? 経済学の分野における多くの偉大な功績は、「ノーベル経済学賞を獲りたい」という思いに駆られて成し遂げられたわけじゃないというのが私の考えだ。一流の学者というのは、外から与えられるインセンティブだけでなく、内から湧き上がってくる意欲にも突き動かされているものなのだ。ノーベル賞が研究者に何かをする気を起こさせるとすれば、スウェーデンへのロビー活動を促すくらいだろう。ハーバード大学に籍を置く某経済学者が、(自分の名前を売り込むために)毎年スウェーデンに「休暇旅行」に出向く慣わしになっていることはよく知られているところだ。

公益に資するかたちでノーベル賞を役立てるとすれば、経済学の認知度を上げられる人物にこそ賞を与えるべきだろう。世間の人々に科学を学びたいと思わせることのできる人物にこそ賞を与えるべきだろう。科学に対する(政治家からの/世間からの/メディアからの)信頼を高められる人物にこそ賞を与えるべきだろう。すなわち、理路整然としていて、語り口がわかりやすくて、学究的で、現実離れしていない業績を残している人物にこそ賞を与えるべきだろう。この点に関してこれまでを振り返ると、ノーベル賞選考委員会は、いい仕事をやってのけてきている。今回もまた、絶妙な判断が下されんことを祈るばかりだ。

References

References
1 訳注;受賞者候補に対する批判的な少数意見、という意味。
2 訳注;クルーグマンは、2008年度にノーベル経済学賞を単独受賞している。
3 訳注;クルーグマンにしても、タロックにしても、歯に衣着せぬ物言いのために「敵」が多く、彼らにノーベル賞を与えようものならあちこちから批判の声が持ち上がるに違いなく、ノーベル賞選考委員会が「批判の最小化」を試みているようなら、二人に賞を与えるのには二の足を踏むだろう、という意味。
4 訳注;ハートは、2016年度にホルムストロームと共同でノーベル経済学賞を受賞している。
5 訳注;ティロールは、2014年度にノーベル経済学賞を単独受賞している。
6 訳注;普通の人は、ハートやティロールの研究の真価を十分には理解できず、それゆえに、二人がノーベル賞を受賞しても世間におけるノーベル経済学賞の評判が高まるとは限らない、といったことが言いたいのであろう。
7 訳注;ファーマは、2013年度にロバート・シラーおよびラース・ハンセンと共同でノーベル経済学賞を受賞している。
8 訳注;ちなみに、2006年度のノーベル経済学賞受賞者はエドムンド・フェルプス
9 訳注;ウィリアムソンは、2009年度にエリノア・オストロームと共同でノーベル経済学賞を受賞している。
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