タイラー・コーエン 「マーク・カーニー(前イングランド銀行総裁)に聞く(その1)」(2021年5月26日)

●Tyler Cowen, “Mark Carney on Central Banking and Shared Values (Episode 123 — BONUS)”(Conversations with Tyler, May 26, 2021)


カナダ出身の経済学者にして、イングランド銀行の総裁も務めたマーク・カーニーが、折に触れて何度も立ち返って論じているのが「価値」の重要性である。異国の地で公僕として信頼を勝ち取る場合であれ、中央銀行を取り仕切る場合であれ、気候変動問題に立ち向かう場合であれ、「目標の共有」と、「価値観のすり合わせ」が大きくものをいうのを目にしてきたという。世界経済がコロナ禍からの回復に向けて踏み出そうとしている中、一冊の本が出版された。カーニーがこれまでに学んできた教訓が詰め込まれている一冊。『Values:Building a Better World for All』がそれだ。

今回の特別対談では、多岐にわたる話題がカバーされている。海洋生物学ではなく経済学の道に進んだ理由について。アイスホッケーのゴーリー(ゴールキーパー)とセントラルバンカーの気質の違いについて。セントラルバンカーを務める上で、失敗する可能性に備えておくことが重要なのはなぜか? カナダの先住民と関わる仕事に就いていた父親から学んだことについて。オイルサンド(油砂)の近くで育ったおかげで市場の力に気付けたことについて。ゴールドマン・サックスに対する世間のイメージの中でも一番の誤解について。異国の地で公僕として働きながら、いかにして信頼を勝ち得たかについて。人前で語る時のアドバイスについて。大きな会合で早めに登壇しておきたいと思う理由について。「流動性の罠」の妥当性について。Fed(連邦準備制度)の制度改革に乗り出すとしたら、どこに手をつける? 中央銀行という組織を運営する際の最大の課題と言えば? 中央銀行が発行するデジタル通貨に規制を加えるとしたらどうする? 分散型金融(DeFi)に規制を加えるとしたらどうする? 中央銀行は、気候変動によって引き起こされるおそれのあるリスクにどう対応すべき? カナダの新型コロナ対策のどこが問題? カナダでポピュリズムの影が薄く見える理由は? トロント・ラプターズ〔NBA(全米プロバスケットボール協会)のチーム〕の未来について。カナダで食事がおいしいのはどこ? ザ・クラッシュ〔パンク・ロック・バンド〕で一番のお気に入りのアルバムは? イギリスで生産性の伸びが鈍化している原因は? 本を書いている最中に学んだことのうちで一番びっくりしたことは? コロナ後の世界経済の行方について。・・・などなど。

対談の様子を収めた動画はこちら

対談を文字に起こしたのが以下である。

タイラー・コーエン(以下、コーエンと略):みなさん、こんにちは。またお会いしましたね。Conversations with Tyler の今回のお相手は、マーク・カーニー氏です。ところで、カーニー氏が執筆なさった本が出版されたばかりです。素晴らしい一冊です。タイトルは、『Value(s):Building a Better World for All』(『価値について:万人のためのより良き世界を求めて』)。カーニー氏と言えば、カナダ銀行およびイングランド銀行で総裁を務められたことでよく知られています。しかし、彼がこれまでに成し遂げてきたことはそれだけにとどまりませんし、今後もますますご活躍されることでしょう。カーニーさん、ようこそ。

マーク・カーニー(以下、カーニーと略):お招きいただき、ありがとうございます。光栄の極みです。

マーク・カーニーの「生産関数」について

コーエン:まずはじめに、毎回の恒例になっているんですが、あなたの「生産関数」 [1] … Continue readingについてお伺いしたいと思います。早速質問させていただきますが、海洋生物学者にならなかったのはどうしてなのでしょうか?

カーニー:あら、よくお調べになってますね。(海から遠く離れた)プレーリー〔北米大陸の穀倉地帯〕で育ったというのが一番の理由でしょうかね。大学に入学したのは一回きりなんですが、その時点で既に海洋生物学を専門的に学ぶのは諦(あきら)めかけてましたね。入学したのはハーバード大学で、海の近くにあったんですが、経済学にハマってしまって抜け出せませんでした。海洋生物学よりも魅力的な学問に出くわしたわけですね。

コーエン:経済学のどこに満足させられたんでしょうか?

カーニー:この世の働きを理解したいと思ってたんです。少なくとも私の目からすると、その望みに応えてくれる学問は、経済学だけだったんです。経済学は、この世の働きをミクロレベルでもマクロレベルでも理解する術を授けてくれるように思えたんです。経済学の分野だと、どちらかというと、マクロレベルよりはミクロレベルの方が現実をうまく捉えられてるように感じるんですけどね。

コーエン:ハーバード大学のアイスホッケーチームでは、控えのゴーリー(ゴールキーパー)だったらしいですね。私の理解が正しければ、時速百マイルものスピードで迫ってくることもある硬いパック(ゴム製の円盤)を相手に、身を挺(てい)してゴールを守るのがゴーリーの役目です。ゴーリーには、ちょっとした変わり者が多いんでしょうか?

カーニー:面白いことを仰(おっしゃ)いますね。ちょっとした変わり者と言えるかもしれませんが、ただ、試合中に前から危険が迫ってくるのはゴーリーくらいでしょうね。ディフェンスだとかフォワードだとかだと、相手が背後からぶつかってくることもあります。横からぶつかってくることもありますね。よからぬことに出くわす可能性がたくさんあります。それにひきかえ、ゴーリーは、相手と対面しっぱなしです。少なくとも、そうしておかなくちゃいけません。

コーエン:ゴーリーとセントラルバンカーだと、気質の面で何か違いがあったりしますか?

カーニー:いい質問ですね。セントラルバンカーほど、先を見越すことが求められる職業はないでしょうね。相当高いレベルでマッスルメモリーを鍛えないといけません。つまりは、行動を終えた後に自分が何をしたかに気付くぐらいじゃないといけませんね。脳から体に「動け!」という信号が送られる前に、動いてなくちゃいけません。セントラルバンカーには、景気の先行きを見越して先手を打つことが求められているんです。

コーエン:未来のセントラルバンカー候補と目される人物と対面したとしたら、その人物がセントラルバンカーとしてどのくらいうまくやっていけそうかを見分けられるとお思いになりますか? その相手についていくらか知っているとしたら。

カーニー:その人物についていくらか知っていたら、見分けられると思います。セントラルバンカーでも上の地位になってくると、厳密な分析力だけでなく、自分なりに分析したことを周囲にわかりやすく伝える能力も求められると思います。なかなかにタフな要求です。

コーエン:あなたの新著では、価値がテーマになっています。未来のセントラルバンカー候補に求める価値と言えば、何でしょうか? それも、わかりきった価値ではなく、見過ごされがちな価値と言えば?

カーニー:謙虚さでしょうね。

コーエン:謙虚さですか?

カーニー:謙虚さは、セントラルバンカーが備えておくべき一番大事な価値だと思います。正直に告白しますと、さて自分はとなると、謙虚さを身に付けるまでにしばらく時間がかかりました。でも、謙虚さというのは、とてつもなく大事なんです。なぜそう言えるのかについて説明させていただきますと、私がセントラルバンカー(あるいは、政策当局者)を長年務めてきて学んだ教訓の一つは、失敗する可能性に備えておくべし、ということです。手抜かりはどこにもない、なんて思い込んじゃいけません。失敗する可能性に備えて、「失敗した時に、あの手を打っておけばよかったなって後悔しないだろうか?」って考えを巡らせるべきなのです。そして、「あの手」を前もって打つべきかどうかを考えておくべきなのです。

コーエン:あなたの父君は、カナダの先住民問題を扱う役所で働いてらっしゃったことがありますね。父君から学んだことは何かおありでしょうか? その役所に勤めていた間に父君が体験なさったことから何か学んだことはおありでしょうか?

カーニー:傷というのがどんなに長く尾を引くかということを学びました。学んだといっても、最近になってようやくわかってきたんですがね。傷というのは、何世代にもわたって受け継がれるのです。直接傷を負った世代だけじゃなく。命を持ち始めるわけですね。世代を超えて傷が受け継がれていく連鎖から抜け出すのは、なかなかに難しい。

コーエン:失業の履歴効果みたいな話ですが、2乗、3乗、あるいは、それ以上で増幅されていくのでしょうね。

カーニー:そうみたいですね。引き合いに出すには適当じゃないかもしれませんが、ベンジャミン・フリードマン氏が登場なさった回のConversations with Tyler で、確かあれは数か月前でしたか、とにかく楽しく聞かせてもらったんですが、あの回では特定の価値観に殉(じゅん)ずることが話題になってましたね。具体的には、長老派教会の価値観でしたが、良くも悪くも世代を超えて受け継がれていくものがあるんですね。プラスに作用しているものをさらに強化するためにも、マイナスに作用しているものをプラスに変えるためにも、相当の努力が必要とされるんでしょうね。

コーエン:あなたは、カナダのノースウエスト準州とアルバータ州でお育ちになってますね。西部カナダ育ちということになりますが、そのことが経済に対するあなたなりの見方に何らかの影響を及ぼしているとお思いになりますか?

カーニー:ええ。アルバータ州で育ったおかげで、市場信者になったっていうのが一番大きな影響でしょうかね。具体的な例をあげますと、私が生まれたところは、タールサンドのすぐ北に位置していました。今だとオイルサンド(油砂)って呼ばれていますが、石油が大量に埋まってはいても、採取しようにも採算が合わないんです。地表に眠っているも同然なんですが、砂から分離するのが難しかったんです。でも、私が成長して大人になる頃には、すべて片が付いてましたね。瞬く間です。イノベーションや利潤動機のなせる業ですね。

コーエン:あなたの博士論文のタイトルは、『The Dynamic Advantage of Competition』(「競争の動学的な優位性」)ですね。その博士論文を書いてみて、どんなことを学びましたか? 論文のテーマについてではなくて、あなた自身についてどんなことを学んだでしょうか?

カーニー:ゲーム理論のために費やせる能力も意欲もすっかり使い果たしてしまったって感じましたね。ゲーム理論に括られるモデルを組み立てたんです。ケーススタディーだったり計量経済学の手法だったりを使ってあれこれ説明を試みてますが、ゲーム理論の観点からモデルを組み立てて抽象的な議論も展開しているんです。あとは、いつか公共政策に携わりたいっていう思いを持つようにもなりましたね。

コーエン:ゴールドマン・サックスについて世間で抱かれているイメージの中でも一番の誤解と言えば、何でしょうか?

カーニー:社員がみんな自分勝手で、自分のことしか考えてないって思われてるところでしょうね。

コーエン:どういうことでしょう?

カーニー:ゴールドマン・サックスには合計で13年いたんですが、あそこで働いていた時に学んだ教訓のうちで特筆すべきなのは、チームワークの重要性です。具体的な例をあげましょう。私が働いていた頃のゴールドマン・サックスでは、肩書はあってないようなものでした。社内で誰かに用事があると、必ず24時間以内に何らの返事が返ってきたんです。その相手が地球の裏側にいてもです。その相手がCEO(最高経営責任者)であってもです。まだ入社したてのペーペーだった時に、CEOに話しておかなくちゃいけないことがありました。当時のCEOは、ロバート・ルービンだったんですが、私のことなんて当然知りませんでした。でも、伝言を残しておいたら、すぐに返事がきました。大して重要な案件じゃなかったら、そもそも伝言なんて残さないだろうって考えたんでしょうね。私も、チームワークを大切にするように心掛けましたね。

コーエン:ところで、あなたは大勢から信頼されているようです。イギリス人からもです。自国の中央銀行の舵取りを任せてもいいと思われたわけですからね。信頼を得るというのは、スキルの一つです。そのスキルをどうやって体得したのでしょうか? 信用してもらえるように気を付けるというのは言わずもがなですが、信頼を得るために他に何か必要なことはあったりするのでしょうか?

カーニー:思うようにいっていなかったり、新たな情報を得たり、これまでとは考えが変わったりしたら、そのことを率直に認めるというのも大事かもしれませんね。難しいことですけどね。謙虚さを言い換えたに過ぎないかもしれませんね。あとは、成果を出すことでしょうかね。成果をあげてもいないのに、信頼を得るというのは難しいでしょうね。正しい決定を積み重ねていかないといけないでしょうね。成功のうちのどのくらいが運のおかげかについては意見が分かれるでしょうが、実力とか運とかが相まってってことなんでしょうね。

最後にもう一つ指摘しておくと、誰かから信頼を得るには、その誰かに「私はあなたの味方なんだよ」って感じてもらう必要があるでしょうね。奉仕する相手との一体感を培う必要があるでしょうね。公僕として信頼を得るには、セントラルバンカーとして信頼を得るには、国民との一体感を培えるようにならなくちゃいけないでしょうね。一体感を培うっていうのは大事ですね。

コーエン:若者がやって来て、「どうしたら人前でうまく話せるようになるか知りたいんです。そのための術をあなたはどうやって身に付けられたんでしょうか?」と尋ねられたら、どうお答えになりますか? スピーチのコツを学ぶために、これをやるっていうのはおありでしょうか? 誰かの喋りを参考になさってるでしょうか? YouTubeなんかを覗いたりされるでしょうか? スピーチのコツを学ぶために、あなたなら何をなさいますか?

カーニー:私がスピーチのスキルを磨こうと励んでいた時には、YouTubeはまだありませんでしたね。いや、ありましたけど、まだマイナーな存在でしたね。何度も試してみる必要があるってことは言えるかもしれませんね。スピーチのコツを理解するには、実際に人前で何度も喋ってみる必要があるでしょうね。実際に人前で話してみると、「なるほど。こうしたら、真剣に耳を傾けてもらえるんだ」っていうのがわかります。複雑すぎて伝わりにくい言い回しがどれかもわかります。物語を入れ込むといいでしょうね。言いたいことの核心を伝える物語を。

セントラルバンカーだけに限らず、もっと一般的に通用する心得について質問なさっているんだとは思うんですが、私がセントラルバンカーという立場で人前で話す時には、細かい話はできるだけ脚注に回すようにしています。そうしておくと、出任(でまか)せじゃないんだよってことを納得してもらうこともできますし、話がややこしくならないので聞き手を置き去りにしないで済みます。

最後に指摘しておきたいのは、聞き手を一旦置き去りにしてしまったら――この対談をお聞きになっている方々がそうなっていないことを祈りばかりですが――、挽回するチャンスはないということです。一旦置き去りにしてしまったら、もう二度とついてきてはくれないのです。 聞き手を逃がさないように、ペース配分を考えて、勘所(かんどころ)をいい塩梅(あんばい)に散りばめるのがとても大事なんです。

コーエン:あなたが影響を受けた語り手はいらっしゃいますか?

カーニー:政策当局者でいうと、ゴードン・ブラウン氏〔イギリスの第74代首相〕でしょうかね。G7サミットやG20サミットで何度か彼のスピーチを拝聴したことがあります。彼は、政治家であると同時に、テクノクラートでもあります。ブラウン氏は、政治家として語りながら、聞き手にひらめきを与えることができる能力の持ち主なんです。「私は、今語っていることについてはとことん知り抜いているんですよ」っていう印象を与えつつ、聞き手にひらめきを与えることができるんですよ。

コーエン:中央銀行総裁という立場で会合なんかで話さなくちゃいけないとなったら、どのくらいの順番で登壇したいですか? トップバッターを務めたいですか? それとも、一番最後の殿(しんがり)を務めたいですか?

カーニー:早めに登壇したいですね。したいというか、そうしてますね。そうするのがいつだって最善の手かどうかはわかりませんが、早めに話すようにしてます。G20サミットなんかに何年も参加しているうちに段々と変わってきたことがあるんですが、それは何かといいますと、スマートデバイスをあちこちで見かけるようになってきたんです。その背景としてソーシャルメディアの隆盛があるんでしょうが、聞き手の集中力が続かなくなってきてますね。G20サミットでもそうなんです。世界経済が論題になっているにもかかわらずです。

コーエン:世界経済が論題になっているからこそ、かもしれませんね。

カーニー:ええ、そうかもしれませんね。世界経済が論題になっているからこそ、かもしれませんね。拙著でも触れたエピソードなんですが、 昨年(2020年)の2月にサウジアラビアのリヤドでG20サミットが開かれた時に、そこにいた全員がiPadの画面から顔を上げて、スピーチに聞き耳を立てていたんです。珍しくも。シーンと静まり返っていましたね。大多数にとって大いなる懸念となっていた新型コロナが論題でしたからね。

——————————(その2)に続く——————————

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1 訳注;生産関数=生い立ち、くらいの意味で解しておけばよかろう。今の自分(産出物)がどのような経験(投入物)を経て形作られたかを問おうとしているわけである。
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