タイラー・コーエン 「原発攻撃のゲーム理論 ~ロシア軍が原子力発電所を攻撃したのはなぜ?~」(2022年3月5日)

●Tyler Cowen, “The game theory of attacking nuclear power plants”(Marginal Revolution, March 5, 2022)


ブルームバーグに寄せたばかりの拙稿の一部より。

プーチンとしては、「核による威嚇」に打って出たと批判されずに済むようなかたちで、「核による威嚇」という札を切れたらと思っていることだろう。

そこで登場するのが、原子力発電所だ。ロシア軍が原発を攻撃するのに伴って、よからぬ出来事が誘発される可能性もなくはない。例えば、放射能漏れが起きたり。しかし、そうならない可能性の方が高い。原発は、頑丈だからだ。万一まずいことになっても、危険を回避する制御装置が働いて、最悪のケースは避けられる。プーチンは、そのことを踏まえた上で、「放射能漏れがごくわずかの確率で起こる札」を切ったと見なすこともできるわけだ。

どうしてそんな札を切ったんだろうか? 「場合によっては、威嚇するために使う『核』の範囲を広げる可能性も排除しない」っていう姿勢を示そうとしたのだろう。「場合によっては、どデカいリスクをとる覚悟がある」っていう姿勢を示そうとしたのだろう。

そして何よりも、報復を恐れる必要がそんなにないというのもあろう。西側諸国としては、ロシア軍による原発への攻撃が意図的な戦略によるものなのか、それとも、現場でのアクシデントで起きてしまった事故なのか、知りようがない。そのため、西側諸国としては、ロシアに対して倍返しで報復しにくいところがある。それとは対照的に、ロシア軍がエストニアにまで踏み込んだとしたら、NATO(北大西洋条約機構)によるこっぴどい報復が待っていることだろう。しかし、原発への攻撃に関しては、そうはならない。

「放射能漏れがごくわずかの確率で起こる札」を切って威嚇しようなんていう極悪非道の戦略は、プーチンが隠れ家でもみ手をしながら思い付いたに違いないって決めつける必要はない。ロシア軍による原発への攻撃は、プーチンが直々に指示したわけではなく、アクシデントによってか、現場の指揮官の指示によって起きた可能性もある。プーチンは、既に起こってしまった事柄を追認しただけかもしれないのだ。混沌を愛するがゆえに。少なくとも言えることは、プーチンは、原発への攻撃を何が何でも途中で停止させねばならないとは考えなかったということだ。

ゲーム理論で対象となるのは、明確な計画だとか、意図のある行動だけとは限らない。これといった計画も、はっきりした意図もないのに、あたかも意図的な戦略に導かれているかのようにして、次から次へと場面が展開していく(ゲームの木の上を突き進んでいく)こともある。ゲーム理論は、「見えざる手」のメカニズムの働きを説明する助けにもなるのだ。

ロシア軍による原発への攻撃は、ゲーム理論に備わる別の面も浮き上がらせている。ウクライナの国民は、これまでに大きな損害を被(こうむ)っていて、できることならNATOに介入してきてもらいたがっている。ロシア軍との争いがウクライナにとってだけではなくヨーロッパにとっても危険であると感じられたら、NATOが介入してくる可能性も高まることになる。

つまり、ロシア軍による原発への攻撃は、NATOの介入を招き寄せる可能性があるという意味で、ウクライナにとって悪い面ばかりではないのだ。ウクライナ政府は、自国民の安全が脅かされたこともあって、ロシア軍による原発への攻撃に対して恐怖を感じているが、ヨーロッパ人も同じく恐怖を感じるかもしれない。そうなれば、ヨーロッパ各国の世論が動いて、ウクライナへの軍事介入を自国の政府に求める可能性もある。放射能漏れが広範囲に及ぶ可能性がグッと高まれば、ドイツ、フランス、トルコといったヨーロッパの国々が軍事介入してくる可能性もグッと高まることになるだろう。

とは言え、ロシアは、見た目よりも劣勢じゃないかもしれない。ウクライナで放射能漏れが起こる可能性については、アメリカ人よりもヨーロッパ人の方が強く懸念している。地理的に近いからだ。プーチンは、米軍の介入を招かない範囲で、ヨーロッパ人の安全を脅かそうとしているのかもしれない(米軍が介入したら、おそらく勝負ありだろう)。米軍が介入してこないギリギリの線を攻めるという戦略なわけだ。

あなたがウクライナ政府を代表する立場に置かれたとしたら、どうするだろうか? ロシア軍による原発への攻撃がいかに危うくてヤバいかを喧伝(けんでん)しようとするんじゃなかろうか? ウクライナの大統領であるウォロディミル・ゼレンスキーがやっているように。

申し訳なく思うのは、記事を楽観的なトーンで締め括れなかったことだ。

Total
1
Shares

コメントを残す

Related Posts