これはレーガン時代の終わりだ.でも,話はそれで終わらない.
“Joe Biden” by Gage Skidmore, CC BY-SA 2.0
「1つ目の調合法でうまくいかなかったら,調合法を変えるんだよ」――エイリン・ハンソン
「『大きな政府の時代は終わった』は終わった」――ジェイムズ・メドロック
我ながらいかにも Vox っぽいタイトルだとは思うけれど,ここではバイデンの新たなインフラ投資プランを項目ごとに「ここがこうなっていて」と解説していくつもりはない.そういうのがおのぞみなら,本物の Vox 解説を読みに行くといい.あるいは,『ワシントンポスト』の Jeff Stein et al. によるいつもどおり華麗な文章でもいいと思うよ.また,ブラッド・デロングの考察やデイヴィッド・ロバートによる気候変動に関連するところの深掘りを読んでおくのもいい.これから数日中にもっといろいろ出てくるだろう.具体的な条項についても,ぼくなりに考えるところはたくさんある.
でも,ここでやりたいのは,バイデノミクスが意味するところを探り出すことだ.アメリカの経済政策でなにかが変わってきてるのは,すでにみんな気づいていると思う.バイデンの経済プログラム案の方向・歩調・射程を見ても,イデオロギー的な反対勢力が沈黙しているのを見ても,新しい政策パラダイムに入ったのがうかがえる――ちょうど,1933年にフランクリン・ルーズベルトが就任したときや,1981年にロナルド・レーガンが就任したときのような感じだ.どんな大統領も,率先して進めるべき事項をたくさん並べたリストを抱えて就任する.でも,20~30年に一度くらい,「政策はかくあるべし」という新しい哲学をもって就任する大統領が現れる.いまが,まさにそんな時だ.1.9兆ドルの COVID 支援法案が比較的にすったもんだを起こさずに可決され,しかもそれで機運が高まってさらに大きなインフラ投資法案のウォームアップになった.学生の債務帳消しみたいな他の「大きな」政策が後付けで追究されつつある.こうした事態のなりゆきをみると,バイデンが電撃戦を展開してるのがはっきりわかる.
でも,ここで全体を統合している哲学は,なんだろう? バイデノミクスの肝はなんだろう? ぼくなりに,いくつか考えがある.まず,どうして旧来のパラダイムがうまくいっていなかったのかを少しばかり話しておく必要がある.
新しいパラダイムが必要とされた理由ロナルド・レーガン(とポール・ボルカー〔高インフレを鎮めた FRB議長〕)によって後世に残されたかつての経済政策パラダイムの基礎は,減税・規制緩和・福祉削減・金融政策の引き締めにあった.こうした政策は,1970年代の二大経済問題に対する対策を意図したものだった――その問題とは,経済成長の低迷と高インフレだ.これをあわせて「スタグフレーション」という.減税すれば経済成長が促進されるという考えは,基本的な経済理論から出てくる.ほぼどんなモデルでも,課税すると経済にゆがみが生じる(炭素税みたいな例外はある).だから,減税すれば経済はもっと効率的になるはずで,効率的になれば少なくとも一時的にであれ成長が促進される.規制緩和すれば経済成長が促進されるという考えの方は,いくぶん信条の問題になってる部分が多い――「規制」が意味するものはものすごくたくさんあるから,一般的な意味での規制緩和をとらえられる経済モデルはひとつもない(実は規制緩和がはじまったのはカーター政権下のことだ.カーターは,レーガン以上に規制緩和を進めたと言える).福祉削減は,部分的に経済理論に基づいている――受給資格審査による福祉プログラムは,一種の暗黙の課税だ.これは,理論上は人々を就労に向かいにくくする.他方で,福祉削減はドグマによる部分もある.「依存の文化」に関するドグマだ.金融政策の引き締めについて言うと――より正確には,連邦準備制度理事会の反インフレバイアスについて言うと――これは明らかに高インフレへの対応にすぎなかった.
レーガン・パラダイムで経済成長が促進されたかどうかについては,賛否がわかれている.というか,ぼくは答えを知らない.80年代後半から90年代にかけて,アメリカ人の所得にとっていい時代が続いた.そして,90年代から00年代前半は生産性が良好だった.減税と規制緩和がこれとどう関連しているのかは,論争の的だ.また,インフレ率の低下でアメリカがどれくらい得をしたのかも,議論の余地がある.
ただ,2000年代から2010年代までに,レーガン・パラダイムがやると言われていたことがやられていないのははっきりしていた.ブッシュは投資家のために減税したけれど,Danny Yagan が示したように,この減税で事業投資はまったく促進されなかった(ちなみに,Yagan はバイデン政権に参画していない.) それどころか,1980年~2020年の期間に,減税全般は民間の事業投資の全般的な減少に歯止めをかけられなかった:
それに,所得税を減税すれば人々がもっと働くのだとしても,間違いなくそれは全体を集計したデータには見受けられない:
生産性について言うと,2005年までにコンピュータ・ブームはしずまって,ぼくらは再び低成長に舞い戻っていた.これといっしょにやってきたのが,弱い競争力だった.産業は中国に逃げていった.
レーガン時代からいままで本当に存続している経済的な成功は,インフレを低く安定させている点だ.だけど,〔2008年金融危機からの〕大不況を経て,インフレ率が低くなりすぎているというまっとうな主張もある.もし,インフレ率がもっと高くなるのを FRB が許容していたなら,2010年代の景気回復をもっと迅速にしやすくなっていたかもしれない(たんにマクロ経済的な各種の効果をとおしてだけではなく,レバレッジ解消を速めることによっても).
こんな具合に,経済成長は低速になり,投資はペースをおとした.レーガン・プログラムはこうした問題を解決するものではなかった.一方,1980年以降に格差は急激に広がった.成長の減速と格差拡大が組み合わさって,2000年以降には所得中央値が伸びず停滞した.
2010年代後半になると心強い増加が見られたけれど,「平均的なアメリカ人にとっての進歩は失速してしまった」という世間の認識を揺さぶるには足りなかった.もはや,アメリカ人たちは,自分の親より暮らし向きがよくなってはいなかった.一方,アメリカの医療保険制度の欠陥・立ち退きの増加・失業・大不況での住宅価格下落からくるリスクは高まった.確定拠出年金の浮沈により,さっきのグラフからうかがえる以上に本当の生活水準はわるい.
こんな風に,レーガン時代の減税・規制緩和・福祉削減という政策プログラムはうまくいっていないのがはっきりした.そこで,ぼくらは新しいパラダイムをつくりだす必要があった.大不況のときに新パラダイムを考えつくべきだったんだけれど,そうはならなかった.そのかわりに,トランプ政権の愚行とコロナウイルスがあってようやく,「変化が必要だ」とぼくらは気づいた.
ともあれ,ついにみんなは目覚めたわけだ.そして,大きな変化がやってくる.バイデノミクスだ.
現金給付,介護職,投資バイデンのプログラムにはいろんな顔がある――組合への支援,環境保護,学生ローンの帳消し,移民などなど,他にもいろんなものがバイデンのプログラムには入っている.でも,「バイデンのプログラムとはようするに民主党が長らく掲げてきた政策の優先事項をあれこれつめこんだだけのシロモノでしょ」と思ったらまちがいだ.ごちゃごちゃ入り交じってるプログラムのなかで,ひときわ目立つ3つのアプローチがある:
すでに可決された COVID 支援法案の中核をしめるのが,現金給付だ.標準的な支援項目があれこれ並ぶなかで(ほぼ国民一律の 1400ドル給付,特別失業手当,住宅・医療支援,などなど),公式には一時的と言われているけれど,おそらく永続化しそうな特大プログラムがある:児童手当だ.その規模はすごく大きい――子供一人当たり 3000ドル~3600ドルだ.時限はないし,就業していないと受けとれないわけでもない.基本的には,家族への国民一律ベーシックインカムの試験版といったところだ.
バイデノミクスの2本目の柱は,介護職だ.新しい「インフラ」法案では、障害者や高齢者のための長期在宅介護に何十億ドルものお金が充てられている.大量雇用戦略の柱に介護職を据えるべく意図しているのをバイデンは早くからはっきり言っていた.
バイデノミクスの3つ目の柱は投資だ――政府投資と、民間投資を促進するための施策がこれには含まれている.政府投資にはこんなものが含まれている:新規研究への支出,電気グリッドや充電ステーションといった新しいグリーンエネルギーインフラの大規模建設,既存インフラの改良(e.g. パイプからの鉛除去),道路や橋といった既存インフラの修理.GDP に占める政府投資の割合はこれまで数十年にわたって減少を続けてきたけれど,これによりかつての水準に一歩近づくだろう:
言い換えると,もし民間企業の投資が足りていないなら,政府にその穴をうめさせようってわけだ.というか,実は今回のインフラ投資では単に政府が穴を埋め合わせるだけじゃない.というのも,たとえば現代化された電気グリッドや充電ステーション網や鉛除去といった項目は,民間部門が勝手にやってくれそうにないこと(あるいは十分にはやってくれそうにないこと)だからだ.
とはいえ、長い目で見て投資を上向かせるのに,バイデン政権は政府の直接行動ばかりに頼っているわけではない.なにより、インフラは民間投資の補完だ.道路を修理すれば,民間企業はそういう道路を活用すべく車両を購入する.また,政府による研究も、民間投資の補完になる――政府が資金提供した研究室から民間資金による製品イノベーションとそれに伴う投資にいたる,はっきりしたパイプラインがある.そして最後に,バイデンが電力部門に設置するクリーン電力基準は,合衆国内の発電を2035年までに炭素排出ゼロにすることを強制するモノで、これには民間の巨大な投資が必要になる.
キャピタルゲイン減税や減価償却引当金みたいな間接的投資インセンティブにこの投資プログラムがいかにわずかしか依存していないか,注目してほしい.バイデノミクスは適当にツマミをいじり回して「役に立つ投資が出てきますように」と念じるだけのしろものとはちがう――バイデノミクスは,能動的に,特定の部門(グリーンエネルギー)と特定の活動(科学研究)に投資を差し向けている.
いま見てきた三つがあわさって――現金給付・介護職・投資がいっしょになって――新アプローチの柱になっている.これが,レーガノミクスにとってかわろうとしているわけだ.とはいっても,一対一でレーガノミクスの要素にとってかわるわけではない.その点は,レーガノミクスがニューディールを直接に否定するものではなかったのと同じだ.たしかにいくつかの点でレーガノミクスをひっくり返しているところはあるものの,バイデノミクスの多くは,旧パラダイムに対して斜交いになっている.というのも,バイデノミクスの焦点は,今日の問題に対処することにあるからだ.
バイデノミクス:複線の経済をつくりだすこの新パラダイムの正当化について議論する前に,いまみてきた「三本柱」を要約して,ひとつのまとまったビジョンにまとめたい.バイデノミクスがぼくらをどこに連れて行こうとしているのか,そのビジョンについて言っておこう.
基本的に,ぼくはこの考えを日本から得ている.1970年代から1980年代にかけて,日本は世界を打ち負かす輸出部門を育んだ.その基礎になっていたのは,みんながどこかで聞いたことのある企業たちだ(トヨタ,パナソニック,などなど).でも,その輸出部門は日本経済のせいぜい2割くらいでしかなかった.残りは国内向けの部門だ.国内向け産業のなかにも生産性が高いところはあった(医療!).でも,国内向け部門の多くは――小売り・金融・農業・ガスや電気の供給,そしてごく少数の競争力がない製造業は――アメリカに比べてとくに生産性が高くなかった.でも,そうした部門は,うまく大量の人々を雇用してみせた.日本は伝統的にとても失業率が低かった.それは,2012年以降に女性が大量に労働力に参入してからも変わっていない.いろんなかたちで,日本は世界でいちばん有効な企業福祉国家をつくりあげた.
バイデンと彼の仲間たちにしても,アメリカ経済の国内向け部門の生産性が低いのはきっとイヤだろう.でも,アメリカ人に雇用をもたらす方面で,彼らはそういう部門に大きな力仕事をしてほしがっている.ちょうど,日本がやったのと同じようにだ.こうした国内向け部門には,介護経済も含まれる.この分野で,将来の雇用の多くがもたらされるとバイデンのチームは考えている.
これには,テクノロジーの話になってる部分もある――自動化,大規模製造業での雇用のおわり,などなど.小売りでの雇用すら,新テクノロジーによってリスクが生じていると広く考えられているなかで,ぼくらが人間にやってもらいたがっているのが知られている最後の仕事として,多くの人たちは介護労働に目を向けている.でも,これはグローバル化の話,世界の経済活動がアメリカからアジアに移っていく話でもある.アジアが世界の工場になっていくにつれて,人口密度が低くて比較的に遠隔地でもあるアメリカは,世界の工場ではないなにかに変わらざるをえなくなっている――そのなにかとは,世界の研究広場だ.
アメリカにはいまも世界最良の研究大学が各地にあるし,世界から才能が大量に集まってきている.この2つを維持できれば,世界のアイディア工場でありつづける安定した立場にいられる.イノベーションに,ぼくらの比較優位がある.これがつづくかぎり,非常に競争力のある知識産業が維持されるだろう.その特技は,政府による科学研究から下流に流れてくるイノベーションの継続だ――ソフトウェア・ハイテク製造業・製薬/バイオテックがそうなっている.これは,中国ですらけっして追いつけないかもしれないアイディア製造ラインだ.
でも,この部門は生産性を大いに産み出して,輸出からたくさんの収益をもたらすだろうけれど,この部門が大半のアメリカ人を雇用することはなさそうだ.大半のアメリカ人は,もっと競争力が低い国内向け部門で働くだろう――アメリカ人がアメリカ人を相手に,住宅を売買したり,親知らずを抜いたり,料理をしたり,日用品の配送をしたり,年を取ったときの介護をしたり.この巨大な国内向け部門は,とても競争力の高い知識部門で産み出された所得を分配することになるだろう(これこそまさに,集積経済モデルの仕組みだ.ポール・クルーグマンが藤田昌久とアンソニー・ベナブルズとの共著で出した本を読んでもらうとわかる.)
そして,国内向け産業によるこの所得の分配を補うのが,政府による積極的な所得再分配だ――世界中のイーロン・マスクたちからちょっとずつお金をとってきて,そのお金を使って,大衆が食料・住宅・就学・医療に事欠かないようにするわけだ.
というわけで,ぼくの考えでは,こんな風に研究/投資/移民受け入れ/介護職雇用+現金給付のに方面に注力するバイデノミクスとは,経済の2大部門を両方ともブーストさせようという試みだ――輸出部門をいっそう生産的にする一方で,その富を国内向け部門が国中にもっとうまく行き渡らせるように仕組む試みなんだとぼくは見てる.バイデノミクスがぼくらの未来につくりだそうとしてるビジョンの特色をひとまとめにつかむ方法があるとしたら,これだとぼくは思う.
バイデノミクスと経済研究レーガノミクスと同じく,バイデノミクスにもインスピレーションの源が複数ある――経済学研究,政治的な至上命令,直観,願望先行の思考,などなど.ここでは,経済学の部分を話そう.なにしろ,ぼくがいちばんよく知ってるのはこれだから,
「アメリカにはもっと研究支出が必要だ」という考えは,おそらく,ポール・ローマーから来ている.ローマーは内生的経済成長モデルの先駆者だった.このモデルによれば,新規アイディアを産み出すことが経済成長のカギを握っている(ローマーはこれで2018年にノーベル賞をとった).内生的経済成長の理論からは,こんな含意がでてくる――科学研究にもっとお金を使えば,経済成長はもっと急速になる.ローマーは,このアイディアを声高く広めてきた.もう一つ,Bloom et al. や Charles Jones による最近の研究も重要だ.彼らの研究からは,イノベーションが続くように科学にもっとリソースを投入する必要があることが示唆されている.John Van Reenen も,この分野で重要な研究をたくさんやってる.「アメリカの繁栄を復興するためのイノベーション政策」を彼が呼びかけているのを参照.また,Daniel Gross & Bhaven Sampat の研究も参照するといい.あと,Jonathan Gruber & Simon Johnson の研究も.後者の研究では,「科学研究にもっとお金使え」アプローチがかつてどのようにしてうまく機能していたのかを示している.
就業要件も時限もない現金給付の考えは,Hilary Hoynes の研究に多くを負っている.Hoynes はずっと目立たずにいる人だけれど,信じられないほど影響を広めている.子ども手当は,Hoynes & Diane Schanzenbach の 2018年論文から直接に由来している.バイデン政権ではたらいている Heather Boushey は,この文献に深い影響を受けている.一方,「無条件の手当を受けても,たいてい,みんなは働くのをやめない」のを示す実証研究はしだいに増えてきている.「アラスカ恒久基金」(Alaska Permanent Fund) の給付に関する Damon Jones と Ioana Marinescu の有名な論文を参照.また,無条件手当に関する Marinescu の文献レビューも参照.このレビューでは,無条件の手当を受けても労働算出にこれといった悪影響は大して見られないことを示している.この研究は,「依存の文化」論を基本的に反駁している.少なくとも,無条件現金給付に関しては,「依存の文化」論は否定されている.次に,勤労所得税額控除 (EITC) に関する Henrik Kleven の研究も参照.この研究では,同プログラムで評判のいい貧困削減の大部分に付随しているのはおそらく就労インセンティブではなくて現金給付の側面だということを示している.
バイデンの環境関連への力の入れ具合について言うと,その多くは経済学外の研究に由来しているけれど,気候変動の各種リスクに関する Martin Weitzman の研究は一言触れておく値打ちがある.
これはめざましい研究だ.これで議論に終止符が打たれたわけではない――そんなことは起こらない――けれど,カクテル・ナプキンにちょちょいと描いたグラフよりははるかにすぐれている.
骨太で永続的な実験バイデンのプランには、まだここまでの話で触れてこなかった要素がある.数字で見ると、そんなに大きくないからだ.そのひとつは、インフラ法案に含まれている産業政策だ.この政策は、商務省に新しい部署を設ける.その部署は、アメリカ国内の特定産業とサプライチェーンを再配置しようと試みることになっている.インフラ法案のこの側面は、「産業政策ふざけんなダメに決まってんだろーがダメだっつーの」とこれまで判断してきたいろんな人たちから怒りの怒声を招くこと必至だ.
産業政策がダメのダメダメだと信じるべき、堅固な理由はほとんどない.反対の論拠は、いつも決まって証拠よりもはるかにドグマに基づいている部分が大きい.規制と同じく、産業政策もすごく多種多様でややこしい.だから、「うまく機能する」「いやうまくいかない」と結論を下すのは現実的に可能でない.産業政策は重要だと主張する研究は幾らかある――経済の複雑性に関する Ricardo Hausmann の研究だとか、Dani Roderick によるいろんな研究だとか、IMF によるごくわずかな調査論文だとか、輸出助成金に関するあれこれの断片的な研究だとか、そういうのならある.こういう研究文献の状況は、賛否の結論を下すには程遠い.そもそもどういう条件がそろっていたら産業政策と呼べるのかについてすら、意見は一致していない.
とはいえ、現実生活では、政策というのはそんな具合に進むものだ.専門家たちが理論的な論拠で「うまくいかないよ」と考える政策があっても、どこかの強気な政策のアントレプレナーや無謀な変わり者がそういう政策を「えいや」とやって見るまで、ほんとにうまくいくのかいかないのか、本当のところはわからない.
その偉大な例が、最低賃金だ.かつて 1970年代には、最低賃金は雇用を悪化させるとたいていの経済学者が思っていた.でも、経済学者たちは、自分たちの教科書モデルを買い被りすぎてた――いざ〔最低賃金を実際に試してみたケースの〕証拠が集まってみると、経済学入門講義で言われているのに比べて実際の最低賃金ははるかに雇用への悪影響が少なかった.これをみて、買い手独占みたいな古い理論の埃を払いとって新しく判明した事実を説明しようと試みる人たちが現れだした.ここでは、パイプラインはこんな具合に流れてる―― 1) 政策の開拓者的な実地→ 2)実証研究→ 3) 理論の改善.この逆方向には進んでいない.
バイデノミクスも、かなりこれと似た感じに収まるだろうとぼくは予想してる.組合政策.介護職への助成金.いろんなタイプの新インフラ.中国に対する競争力政策.などなど.さっき言った三本柱は出発点であって、それで話が終わるわけじゃない.
ケイトー研究所やヘリティッジ財団やマンハッタン研究所を始め、いろんなシンクタンクで旧来のレーガン正統教義を信じている人たちは、きっと、憤怒で頭を掻きむしることだろう.いまだに理論が先行すると考えてる一部の経済学者たちは、顔をしかめて不機嫌になりそうだ.レーガン時代に登場した年配の民主党政策アドバイザーたち,いまでも経済の深いところを直にいじくりまわすよりも技術屋政治のやり方であれこれツマミを回す方を直観的に信じている人たちは,きっと「これでだいじょうぶなのか」と心配しだすだろう.
それはそれでかまわない.新しいパラダイムに注視しながらあれこれと批判する「忠実な反対派」がいるのは,いいことだ.ときに,その反対派の方が正しいことだってあるだろう.これまでのどんな政策パラダイムでもそうだった.バイデノミクスは,きっといくらか失敗をやらかすだろう.それは,進歩の対価だ.
ここで大事なのは,その失敗を大きすぎるものにしないことだ.
バイデノミクスがしくじるかもしれないところお察しのとおり,ぼくはバイデノミクスにずいぶん興奮している――バイデンがいまやっていることになんでも賛成してるわけじゃないけれど,全体の輪郭をみるかぎり,ぼくが長らく必要だと思っていた変化になっている.とはいえ,バイデンのプログラムが失敗しうる場合は何通りかある.プログラムを推し進めていくなかで,そういうケースに目を配っておくのが大事だ.
1) 債務の制約.バイデンがお金を借り入れて使おうとする意欲は,これまでの民主党系大統領よりもずっと大きい.コロナウイルスによる緊急事態で,政府債務はドンと大きく膨らんだ.「政府の借り入れにはなんら制約がない」と信じる人たちもいる(その大半は,オンラインのミーム戦士たちだ).また,「制約はあるけれど,現状は制約にぶち当たるのにほど遠い」と信じる人たちもいる.ぼくはといえば,いまのところ大した問題ではないと考える方にかたむいている.でも,同時に,政府債務の影響はよく理解されていないということも認識している.もしも国債を買ってる投資家たちが心配しだして,長期金利が急にガツンと上がったら,FRB はそうした金利を下げるかどうか決めないといけなくなる.金利を下げることになったら(おそらく金利を放置していたら政府の利払いコストがどんどん増えて手に負えなくなるのを恐れて),その結果は,インフレの加速だ.いや,そうはならないかも.ぼくにはわからない.なぜなら,金融政策・財政政策・インフレの関係がぼくにはわかっていないからだ.それに,この関係を理解している人がいるとも思わない.ただ,この点には注視しておくべきだ.
2) とんでもないコスト.アメリカは,2つの大産業で超過コスト問題を抱えている――医療(プラス育児)と建設,この2つだ.医療・介護と建設こそ,バイデンがお金を注ぎ込もうとしている二大部門だ.みんなはおぼえているだろうか.かつてカリフォルニアの高速鉄道プログラムにお金が注ぎ込まれて,壮大な無駄仕事におわり,大金が空費されたあげくに高速鉄道なんて実現しなかった.バイデンの新電気グリッドその他で同じことが起きたら,困ったことになる.長期介護にお金を注ぎ込んでコストがうなぎ登りに上がっていって手に負えなくなったら,労働力が無駄遣いになるし,アメリカの全体的な医療コスト問題がまたひとつ増える.そのどちらが起きても,生産性と経済成長は抑え込まれてしまう.そうなったら,アメリカの大衆に分配されるパイが小さくなる.そんなわけで,お金を無駄に使わないためには,バイデンと彼のチームは建設と医療の超過コストがどこから生じているのかつきとめて,これを改善することに力を振り向けるべきだ.「医療や建設にどんどんお金を放り投げてやれば事足りる」と決めつけておしまいにしてはいけない.
他にも危ういことはある.たとえば,あまり深慮のないバイデンの産業政策で消費者物価が上がることがそうだ.ただ,いま言った2つの問題に比べれば,そういうのは二次的な問題だ.2つの問題のうち,心配が大きいのはコストの方だ.超過コストはアメリカ経済の重荷になっている.だんだんのしかかってきてる問題だけれど,いまのところ,バイデンも彼と対立する共和党も,これについてあまり語ったり考えたりしていない様子だ.
ともあれ,この話を暗い話でしめくくるのはよしておきたい.アメリカがつねづね新パラダイムを必要としていたことを忘れないでおこう.旧来のパラダイムはうまく機能していなかった.そして,経済研究もデータ分析も,変化の明快な方向を提示している.変化をすすめていくなかで,つまづきやしくじりも起こるだろう.多くの人は変化に抵抗するだろう.そうした抵抗には,もっともな理由がある場合もあるだろうし,そうでもない場合もあるだろう.ただ,航路を変えるときには,とにかく舵を切るしかない.そして,バイデンはまさにそうしている.行き先を見守るとしよう.
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