貧困はいまもアメリカ国内にあるけれど,ずいぶん減少した.リンドン・ジョンソンのおかげだ.
「一国を挙げての貧困との戦いを私は呼びかけてきました.我々の目的は,全面勝利です.いまアメリカでは我々の大半が豊かさを享受していながら,その豊かさをわかちあえていない人々が数百万もいます.実に,国民の5分の1が,です.」――リンドン・ジョンソン,1964年3月
先日,「貧困との戦争は大失敗だった」と保守メディア出演者のベン・シャピロが発言した:
出口戦略もなく終わりのみえない戦争に巨額が投じられているのを左派はひっきりなしに罵るけれど,その同じ面々が,逆効果で終わりのみえない「貧困との戦争」を支持している.あの戦争は,経済的にみて,村人を救おうとして村を焼き払ってるようなものなのに.
The same people on the Left who rant ceaselessly about expensive, supposedly endless wars with no exit strategies are in favor of the counterproductive and endless War on Poverty, in which we economically burned villages in order to save them.
— Ben Shapiro (@benshapiro) July 7, 2021
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こう信じている人は右派のあいだによく見られるけれど,左派にもたまにそういう人がいる.もちろん,これも合点のいく話ではある.総じて,「貧困を減らそうとする政府の対策は必ず失敗におわるし,依存の文化をつくりだしてしまう」と保守派は信じたがってるものだし,他方で,「アメリカはネオリベによる貧困の地獄」「資本主義体制は大衆の人生をそれなりに耐えられるものにできるほど十分な所得が再分配できない」と社会主義者たちは好んで考えてる.
リンドン・ジョンソンの貧困との戦争が失敗だったという証拠としてよく引かされるのが,公式統計の貧困率だ.グラフを見てみよう:
御覧のとおり,1964年~65年の時点ですでに貧困は減少して言ってる.のちに「貧困との戦争」や「偉大な社会」と呼ばれるようになる経済プログラムをリンドン・ジョンソンが公表したのが,この頃だ.
「リンドン・ジョンソンの各種プログラムが始まる前から,経済成長のおかげで貧困の減少は勝手に始まっていたんだよ.貧困対策プログラムは,依存の文化を創り出して貧乏人から働く意欲を奪うことでむしろ貧困の減少を止めてしまったんだ.んで,1988年にロナルド・レーガンが宣言するわけよ,『連邦政府は貧困に対して宣戦を布告し,そして貧困が勝利したのです』って.」
かたや,左派の多くの人たちは,貧困減少の事実をこう言って批判する――「貧困率はまだまだ高い.」 そして,貧困減少が止まっているのはレーガンやネオリベラルの時代のせいだと非難する.
どちらの筋書きも,実際の時系列とうまく合わない.貧困減少は「貧困との戦争」以降も数年にわたって続いて,その後1970年代に減少が止まった.その後,不景気になると貧困は増え,好景気になると減った.リンドン・ジョンソンの各種プログラムも,レーガンの大統領任期も,そんなにトレンドを変えているようには見えない.(ちなみに,レーガンは大して福祉を削減しなかった.)
でも,実際には,これはちょっとばかり的を外してる.というのも,公式統計の貧困率は貧困削減に向けた政府の政策の成否を評価するのにふさわしい数値ではないからだ.なぜふさわしくないかって言うと,そこには政府プログラムの大半が含まれていないところに理由がある.公式の貧困対策には現金給付しか含まれていなくて,フードスタンプや政府の健康保険などなどは含まれていない.それに,EITC や児童税控除みたいな福祉手当も含まれていない.こちらは,現金給付だとみんなには思われているけれど,実際には税控除に分類されてる.
この点はほんとに大事なんだよ.思い出してほしい.メディケアやメディケイドやフードスタンプ (SNAP) は,どれも「偉大な社会」プログラムだ.「偉大な社会」の成否を評価しようってときに,そのプログラムの価値を除外しておくなんて,ちょっとおかしいと思わないかな?
近年,政府援助の価値を反映する貧困の計測値を編み出すべく,経済学者たちがいろんな研究チームを組んで取り組んでいる.いちばん有名なやつは,国勢調査局の「補完的貧困値」(Supplemental Poverty Measure) だ.でも,他にもいろんな計測値がある.そうした数値を見てみると,どの数値でも,1963年以降に黄鐘の貧困率よりずっと大幅に貧困が減ってきているのがわかる.
最近の論文で,Burkhauser, Corinth, Elwell & Larrimore はこうした貧困のいろんな数値を比較している.彼らによれば,1963年時点の数値を 20% に揃えると――なんで 20% かっていうと当時の公式統計の貧困率が 20% だったからで,リンドン・ジョンソンも 1964年の演説でこの数字を引いてる――これらの数値は2019年には 10% 未満にまで安定して下がってきている.
[▲ 1980年時点の公式貧困数値に揃えた各種の貧困数値にもとづく貧困率,CPI-U-RS を使用,1961年~2019年〔赤い線は全所得貧困値,点線は補完的貧困値,破線は消費貧困値〕]
公式の統計よりもちょっとばかりよさそうに見えるよね! それに,こうした数値のどれを見ても,60年代後半だけでなく 70年代のおしまいまでずっと貧困が減り続けているのが見てとれる.経済成長や賃金が停滞していた時期だったにもかかわらずだ.すばらしい! みんなにお金をあげると貧しくなくなっていくんだ!
Burkhauser et al. の研究でも,独自の貧困計測値をつくりあげている.彼らはこれを「全所得貧困」(full income poverty) と呼んでいる.一部の技術的な変更に加えて(家族ではなく世帯を用いたり,インフレの指標をいままでのから変えたり),大きな変更もひとつやっている.それは,健康保険の価値を加えた点だ.メディケアやメディケイドは「貧困との戦争」の大きな要素だったから,リンドン・ジョンソンの各種プログラムでどれだけ貧困が減ったか評価するときにこれらも数え入れるのは理にかなってるよね!
(とはいえ,この点はややこしい.というのも,Burkhauser et al. は雇用主負担の健康保険も貧困の計測値に算入しているからだ.貧困を測るって点では,これは理にかなってる――雇用主が健康保険をくれたら,なにがしかの値打ちがあるじゃん!――それに,雇用主負担の健康保険に政府が税制度で助成金をつけているのも事実だ.でも,公的な保険と私的な保険をいっしょに数えると,「偉大な社会」プログラムそのものがどれくらい〔貧困削減に〕貢献したのか割り出すのがいっそう難しくなる.)
ともあれ,健康保険を算入して,さらにいくらかもっと小さな変更を加えてみたところ,Burkhauser et al. はこんなのを見出している:
[▲ 各種の貧困値にもどつく貧困層の割合,1960年~2019年〔赤い実線は絶対的な全所得貧困,赤い破線は相対的な全所得貧困,黒い実線は公式の貧困値〕]
これはまぎれもなくドデカい貧困減少だ.そして,その大半はリンドン・ジョンソンの「貧困との戦争」演説直後の10年間に起きている.赤い線と他の線のちがいがすべて「偉大な社会」のおかげだとは言えないけれど,メディケアやメディケイドがこの差の大きな部分を占めているのは明らかだ.
つまり,リンドン・ジョンソンの各種プログラムを統計に数え入れると,「貧困との戦争」はほんとに大成功だったのがわかるわけだよ.
さて,だからってすぐに「貧困との戦争」はぼくらの勝利だったと言うと,気が早すぎる.敵を撃退こそしたけれど,全面勝利をなしとげたわけじゃない.リンドン・ジョンソンの時代にもっと広く見られた心を削られるようなみじめなタイプの貧困は,アメリカ人の数パーセントにいまなお存在している.そして,これは受け入れられるものじゃない.
それに,他の種類の貧困もいろいろある.そうした種類の貧困に対して,アメリカはそれほど進捗を示していない.まず,相対的貧困がある.低所得の人たちがただ生存できるだけじゃなくって,まっとうで尊厳のある生活をおくるうえで必要不可欠だとぼくらの社会で判断されるあれこれのモノをどれくらいまかなえるのか――相対的貧困の数字がとらえようとしているのは,この点だ.それに,雇用不安もある.これは,リスクを考慮に入れている.同じ薄給でなんとか暮らしていても,急な病気で工学の医療費が請求されたり失業の憂き目にあってしまったりして,それまでコツコツ蓄えてきたささやかな物質的安楽があっさりと奪い取られてしまうようでは,満足度は低い.
こうした他の種類の貧困は重要だし,こいつらも撃退する必要がある.でも,同時に,1960年代前半に多くの人々のあいだに蔓延していた絶対的貧困にぼくらがしかけた攻撃は成功を収めたって点を認識しておくべきだ.「貧困との戦争は失敗だった」なんて,誰にも言わせちゃいけない.