Bill Mitchell, “A response to Greg Mankiw – Part 1“, Bill Mitchell – Modern Monetary Theory, December 23, 2019
2019年10月2日、グレゴリー・マンキューからメールを受け取った。このメールは私、ランディ・レイ、マーティン・ワッツに送られてきたもので、2019年3月に大手教科書出版社Macmillanから出版された私たちの教科書 – Macroeconomics – についての質問だった。この本は、すでに第3刷が準備されており、うまくいけば来年後半に第2版が控えていて、好調な売れ行きを見せている。Macmillanはグレッグ・マンキューのマクロ経済学の教科書も出版しており、これは学部プログラムで支配的な教本となっている。以下にその後のメールのやり取りを紹介しようと思う。というのは、このやり取りが、グレッグ・マンキューが次に何をしようとしたのかという文脈に沿うものであるからだ。
彼の最初の問い掛けと我々の返信から鑑みるに、学術的方法でのやり取りを続けるのが妥当なものと当初は考えていたが)、その代わりに彼は1月上旬のアメリカ経済学会(AEA)に論文 – A Skeptic’s Guide to Modern Monetary Theory (2019年12月12日) – を提出することにしたようだ。当該論文は現代金融理論(現代貨幣理論、MMT)の”ガイド”(英語では「何かしらについて真の理解を伝えるための枠組み」という意味なのだが)であるなどと主張している。
彼の最初の懇願と我々の誠意ある対応の後、グレッグ・マンキューは、最初に試みた形で我々と関わることが彼の利益にならないと明確に判断し、それ以上の相談も我々との最初の接触への言及もなく、別の針路を取ったのである。私はそれに感心しなかった。彼が出した「ガイド」にはもっとがっかりした。それにはMMTについてほとんど書かれていない。支配的であるが壊れかけているパラダイムに深く囚われている者が少しの間でも既存の枠から離れて考えること、そして、新しく勃興してきているパラダイムは、簒奪対象である誤ったパラダイムの概念的枠組みに意味ある形で還元することができないのだと理解することが、如何に難しいことなのかを示している。
彼がそういう戦略をとる気持ちも分かる ー 結局のところー 我々の本は現在、彼の教科書の直接の競争相手であり、はるかに強力な実証的一致を持つ新しいアプローチを提供している。こうした状況では、どんな方法であれ我々の本を攻撃することが、グレッグ・マンキューの自己利益に沿うことになる。問題は、そうした攻撃には共鳴を得る何らかの基盤が必要であるということだ。グレッグ・マンキューの攻撃は全く的外れであり、沈黙を守っていた方がずっと良かっただろう。確かに、彼は主流派の集団思考(groupthink)のエコーチェンバー(訳注:参照)に働きかけている。しかし、主流派が最後の断末魔を上げていることにより多くの人が気づけば、そのような反響(echo)は最終的に死に絶えるだろう。本記事は、グレッグ・マンキューの論文に対する2部構成の回答のPart 1である。Part 1では、全ての始まりとなったEメールの軌跡をレビューする。パート2では、彼の反応について議論する。
メールの軌跡
2019年10月2日
2019年10月2日(水)のメールでは、グレゴリー・N・マンキュー氏は以下のように書いていた:
- 親愛なるミッチェル教授、レイ教授、ワッツ教授。
- あなた方の著書「Macroeconomics」を読ませていただきました。(ところで、執筆おめでとうございます。そのようなプロジェクトがどれほど大変なものか、私は知っています。)
- 私の頭の中でMMTのことを理解するために、あなたのお力をお借りしたいと思う質問があります。以下の通りです:
- MMTを従来のマクロ理論と区別するための実験を設計できるとしたら、それは何でしょうか?
- 私が知りたいのは、以下のようなことです。:政府がXを行う場合、従来のマクロ理論ではYを予測する一方、MMTではZを予測し、そしてYとZが確実かつ明確に異なっている、というようなケースです。
- 私がこうして尋ねるのは、MMTが異なる予測を提供しているのか、それとも従来の予測を理解するための新しい概念的枠組みを提供しているのか、疑問に思っているからです。マクロな実験は実際にはできないと思いますが、思考実験してみることは理論の明確化の助けになるかもしれません。
- 簡単な答えがあれば教えてください。また、お時間を割いてしまったことをお詫びします。
- グレッグ・マンキュー
当該メールは対話を始めるにあたって完全に妥当なものだと思われた。彼からのメールは我々からの意見を求めていて、そこには何らかの対話がありうることを示していた。
2019年10月3日
2019年10月3日(木)、Randy Wrayは、そうした文脈に沿って返信した(送信前にマーティンにも私にも相談はしていない)。
- 親愛なるグレッグ:対話の窓を開いてくれてありがとう。イエス、私たちはそうした仮説実験の数々を思いつくことができると思います。
- その一つから始めましょう。
- 政府は G > T となる形で支出を増加させ、これは通常、支出赤字(フロー)と呼称されます。従来の見解は、モデルに基づきます – なのでまず、貸付資金説と、それに基づくISLMを取り上げてみましょう。
- a) 資金需要の増加は、金利を押し上げ、投資を抑制する。
- b) 追加の支出フローは、資金需要を増加させ、金利を押し上げ、投資を抑制する。
- このようなことが起こらなかった特別なケースをあなたが思いつき得ることは分かっていますが、しかし私はあくまで簡素に考えています。
- MMTの見解では、G > Tの場合、銀行の準備預金が全体で見て入金超過なので、他の条件が一定なら、オーバーナイト金利へ下降圧力がかかるでしょう。
- 繰り返しになりますが、私はこれを単純化したまま考えています。
- つまり、オーソドックスなアプローチは金利に上向きの圧力がかかると予測しているのに対し、MMTのアプローチは下向きの圧力がかかると予測しているということです。
- こうして、従来のアプローチおよびMMTアプローチの双方におけるこうした効果への中央銀行の反応について、また、支出オペレーションや徴税オペレーションを達成するために中央銀行や財務省が採用している実際の手続きについても、取り上げて議論することができます。(言い換えれば、私が概説したシーケンスの前にも後にもオペレーションがあるかもしれません)。
このように、回答は明快なものに見えたし、これを読んだ後、グレッグ・マンキューがリクエストしたこの「実験」に応じて会話が続くことをランディは期待していたのではないか、と私は思った。
2019年10月3日
アメリカとオーストラリアの時差のため、私の返信はもっと後になってしまった(私は送信前にランディやマーティンには相談していない)。ランディの返事は、オーストラリア時間では一晩で出されていた。
翌日の仕事を終えたとき、私は次のように書いた(2019年10月3日(木) 19:07)。
- 親愛なるグレッグ(もしよろしければ)
- ご質問いただきありがとうございます。MMTを主流派金融マクロと差別化するための「実証的」なアプローチは興味深いと思います。
- あなたのお祝いの言葉を読んだとき、私は笑ってしまいました – 私たちは間違いなく教科書的な意味での旅の道連れです。このような本を書くことがこれほど難しいとは想像もしていませんでした。査読付きのジャーナル記事や通常の研究論文よりもはるかに難しい。
- さて、いくつかのアイデアがあります。
- ランディは、大学で教えられている主流派マクロ経済学とMMTのアプローチとの違いを示す良い例を提供してくれました。
- ここではさらに、容易に実例として示せるいくつかの出発点を紹介しますが、こうした例が現実の世界において眼前で起きているのを我々は既に目撃してきました。
- 第一の例は、貨幣乗数の存在の有無についてです。これは主流派の中心命題でありながら、MMTには存在していません − 現実には、我々はこの因果関係は逆方向に働いていると考えています。
- 主流派のコースでは、学生は、中央銀行がベースマネー(準備預金)の量をコントロールすることで、経済における融資の供給量を決定するという「貨幣乗数」を教えられます。
- 彼らは、ベースマネーに対する広義貨幣の(一定の)比があると学び、中央銀行が準備預金を追加すると、それが乗数倍されて銀行の融資と銀行預金が大きく変化すると学びます。
- この理論には、2つの要素があります。
- 1.準備預金が貸出を制約する。(供給主導アプローチ)
- 2.中央銀行は準備預金をコントロールしている。
- MMTは以下のように論じています:
- 1.準備預金は貸出を制約するものではなく、貸出が預金を生む(その逆ではない) 。(需要主導型のアプローチ)
- 2.中央銀行は、準備預金の量をコントロールしてはいない。
- 3.銀行は信用に値する借り手を探し、融資を行い、それが銀行預金を生み出す。
- 4.中央銀行は常に、準備預金を求める銀行に準備預金供給を行う – 貨幣乗数の物語とは異なり、ベースマネーは(信用力のある借り手からの融資需要によって内生的に動かされる)広義貨幣に追従する。
- 5.銀行は、インターバンク市場で過剰な準備預金を清算することはできない(これは、赤字と金利の関係についてランディが指摘していることに通じるものです)。
- 因果関係は、主流派アプローチとは逆です。
- このため、実証レベルにおいて主流派マクロ経済学は、中央銀行のバランスシートの資産側の劇的な拡大に伴って広義貨幣の総量が見合った(乗数的な)成長をしていない理由を説明するのに苦労しています。
- MMTではその現象を説明するのに問題はありません。
- 次の別の例は、中央銀行のバランスシート拡大によるインフレ誘導の成果に関するものです。
- 主流派の理論では、ベースマネーの増加が貨幣乗数を介して広義貨幣に波及し、貨幣数量理論に基づいて、銀行貸出が加速することで物価が上昇すると考えられていたため、量的緩和(QE)がインフレに帰結すると予測されていました。
- MMT は、銀行貸出の低迷は準備預金の不足ではなく(銀行は融資に準備預金を用いない)、GFC 後の不透明な状況によって生じた信用力のある借り手の不足によるものであるため、QE の結果として銀行貸出が加速することはないと予測したのです。
- さらに、MMTは、QEを資産スワップとしてのみ捉えており、関連する満期範囲の金利を低下させる可能性はあるが、広義貨幣の成長には直接的な効果を持たないとしています。
- 主流派の理論は、中央銀行のバランスシートの急速な拡大がなぜインフレを引き起こさなかったのかを理解しようとするにあたって問題を抱えています。
- また、関連して、中央銀行と国債利回りの問題もあります。
- 差別化のポイントは2つです。
- 1.中央銀行による国債購入
- 実際問題、近年、中央銀行はかなりの割合で国債を購入しています。日本銀行は現在、日本の既発国債の(約)43%を保有しています。
- ECBの保有シェアは、米国連邦準備銀行と同様に上昇しています。
- 主流派では、これを「紙幣印刷」とみなし、インフレになると予測しています。
- MMTは、インフレリスクは政府(および企業、家計など)の支出の選択に基づくのであり、金融オペレーションそれ自体に基づくのではない(金融オペレーションが支出に関係する可能性はあるが)ということを示しています。
- 標準的な主流の政府予算制約の理解では、政府は赤字財政支出の「資金調達」をするために2つの選択肢を持っていることになっています: (a)国債、そして(b)「紙幣印刷」です。(a)は金利を押し上げて(クラウドアウトして)、(b)は金利を押し下げて準備預金を膨張させるのでインフレになるということになっています。
- MMTは、これらの「資金調達」の選択から生じる赤字財政支出のインフレリスクに違いはないと予測しています。(いずれにしても、MMTは政府が金融的に制約を受けているとは考えていないことにご注意ください)
- というのは、債務を購入するための資金はどの道支出されることがないものなので、債務発行が支出によるインフレリスクを減らすことはないためです。
- 2.債券利回り
- 主流派の理論では、政府が赤字を続けた結果として政府の債務ストックが増加した場合、債券市場がリスクの増加と予想インフレ率の上昇を補うために、より高い利回りを要求するだろうと予測しています。
- 日本を例に考えてみましょう。
- 日本は、継続的に大規模な財政赤字とQEプログラムを実施しており、その結果、銀行システムに膨大な過剰準備預金が蓄積されているにもかかわらず、金利と債券利回りは、数十年間にわたって低水準(時にはマイナス)で推移しています。
- 実証的な現実は、主流派マクロ経済学が予測したものとは正反対です。
- MMTは、中央銀行が(日本銀行の場合のように)現金システムに過剰な準備預金を残している場合、銀行間競争によって短期金利が低く維持されると論じています。
- さらに、MMTは、中央銀行がその気になれば、すべての債券利回りを(どのような満期範囲でも)コントロールできることを示しています。これはまさに日銀が何十年も前からやっていることです。
- 多くの金融市場の投資家は、主流派マクロ経済学や主流派金融経済学に従って、GFC(世界同時金融危機)の間に債券から実物資産に資金を移しました。金利上昇(による資本損失)やインフレ加速を予想したためです。
- 彼らは両方の賭けに負けることになりました。
- そして、MMTは彼らの負けを予測していたのです。
- 10 年物日本国債における有名な「未亡人製造取引」(widow maker trade)について考えてみましょう: 当該取引は、負債比率が上昇すれば、利回りが必ず上昇するという主流派の理論に基づいていまし.た。
- この空売りトレードはすべて大敗することになりました。
- MMTは、(中央銀行がコントロールすることを選択した場合)利回りは上昇しないと予測していました。MMTにおいて債券市場は、利回りの操縦者ではなく、”嘆願者”(supplicant)なのです。
- また、主流派経済学は、以下のような事実をどのように説明しているのでしょうか。
- 1. 日本は公的債務総額GDP比が最も高いです。
- 2. しかし、日本の利払い「負担」は全体的にマイナスになろうとしています。つまり、投資家が長期債保有において政府に対して支払い行おうとしているわけです。これはプラスの利回りの債券が満期を迎えるににつれて、マイナスの利回りの債券に取って代わられつつあるからであり、その結果、間も無く債務「負担」が全体的にマイナスになろうとしているためです。
- MMTでは、既に上述したロジックで簡単に説明しています。
- これらのアイデアが、私たちの仕事について考察いただく上で参考になれば幸いです。
- もっと多くの例を挙げたかったですが、今日は時間がありません。
- いつか、私たちがお互いに会って、これらのことについてもっと詳しく話す機会があることを願っています。
- ではご機嫌よう。
- ビル
2019年10月4日
2019年10月4日(金)00:41に、グレッグ・マンキューからの返信がった:
- 早速の返信をありがとうございます。このすべてのことについて考察するのに数日かかると思いますが、私の質問に答えるために時間を割いてくださったことに感謝の意を表します。
- グレッグ
ここまではすべて妥当なやり取りに思え、彼が私たちの示した「実験」を検討して、それに対して彼自身の見解を述べてくれれば、さらに議論が深まるだろうと私は考えていた。
アカデミーでの経験がない人には楽観的に見えるかもしれないが、私の労働市場ではそれが普通のやり方だ。
日の目を見ることのない学者の間で議論が行われ、日の目を見たときには、通常、作成された学会論文や専門論文のクレジットに記載されることになる。
事前に議論が行われたことを認めても、全員が同意しているわけではない。しかし、学術関係者が標準的な慣習として、他の人の意見に感謝する場合は、議論があったこと、あるいは人が何かを読んだり、何かを刺激して最終的に論文になったことを認識しているだけに過ぎない。
それ以上の文通は届かなかった(他の著者にも)。
そして先週、彼は論文を発表した。私がそれをようやく知ったのは、MMTのフォロワーの一人がツイッターで知らせてくれたときだ。
グレッグ・マンキューは彼自身の都合で、これ以上我々との交流を持たないことを決めていたのである。
結語
第2部では、グレッグ・マンキューの「ガイド」、あるいはノンガイドについて、状況に応じて論じていこう。
今日はここまで!
0 comments