フランチェスコ・アゴスティネリ他「学校閉鎖はトリプルパンチで教育格差を拡大する」

Francesco Agostinelli, Matthias Doepke, Giuseppe Sorrenti, Fabrizio Zilibotti “The triple impact of school closures on educational inequalityVOXEU, 21 January 2022

新型コロナパンデミックにおける学校閉鎖は子供たちの教育にどのように影響するだろうか。本稿では、学校、ピア(同級生)効果、親による投資を通じた経路すべてがコロナ禍における大規模な教育格差の拡大に寄与したと主張する。第9学年 [1]訳注;アメリカでは一般的に高校1年目 のうち、アメリカの所得の低い地区の子供たちはGPA4点のうちほぼ0.5点に相当する教育損失を受けると予測される一方、所得の高い地区の子供たちは被害を受けない。


アメリカの教育改革者ホーレス・マンの言葉に、教育は「人類の状況を大きく均一にするもの、社会機構の天輪 [2]訳注;時計の回転を一定に保つための機構、らしい である」というものがある。教育による社会階層の均一化機能は社会学者、心理学者、経済学者らの研究によって確認されている(e.g. Growe and Montgomery 2003, Torche 2011, Stantcheva 2021)。新型コロナ禍において、多くの国で学校が何か月にもわたり閉鎖され、最近のデルタ・オミクロン株の拡散によって再度の閉鎖が引き起こされている。パンデミックにおける学校閉鎖は学校の均一化機能を危機にさらし、恵まれない環境の子供たちから教育と将来における機会を奪ってしまうのだろうか。

最近の研究では、オンライン授業と言った別の形の教育は学校での対面授業の不完全な代替でしかないことが既に示されている(Werner and Woessmann 2021)。新たな研究(Agostinelli et al. 2022)において、私たちは学校閉鎖による教育格差への影響の特定に焦点を当てた。私たちは、閉鎖によって格差が激化すること、そしてリモート授業への切り替えによる直接的な効果はこの問題のほんの一部に過ぎないと主張する。二つの追加的要因、すなわち同級生と親による影響がとりわけ重要なのである。

学校閉鎖の期間、子供たちは友達とのつながりを失い、維持される友人関係も自宅周辺のものに限られることが多い。これは社会経済的な分断を増大させる。私たちは、従来から学校において困難を抱えている子供たちは同級生との関係を失うことの弊害に一層脆弱であり、これが教育格差への影響をさらに増大させることを見出した。

同級生に加え、親も重要である。子供たちが自宅で学習する場合、親による積極的な関与が平時よりもさらに重要となる。親が提供できる支援は、家庭の社会経済的地位によって劇的に異なる。Adams-Prassl et al. (2020b)は、所得の低い親はパンデミックの中でも自宅から仕事をする可能性が低いことを示しており、これによって学校閉鎖中の子供の学習のためにできる支援が限定されてしまう。

技能教育の動的モデル

私たちは、学校閉鎖、同級生、親による教育格差への三重の影響を評価するため、Agostinelli et al. (2020)に基づいた高校生の教育に関する動的モデルを利用した。このモデルは学習過程の累積的な性質を捉えるとともに、ピア(同級生)効果(Agostinelli 2018)、子育てスタイル(Doepke and Zilibotti 2017, 2019, Doepke et al. 2020)、在宅勤務に関する親たちの能力差を組み込んでいる。私たちの構造的なアプローチは、教育格差の変化の根底にあるこれら3つの経路の重要さをそれぞれについて数値で示すとともに、子供たちの教育と将来における経済的豊かさに対する学校閉鎖の長期的影響の予測を可能としている。

私たちは、新型コロナの影響をパンデミックによって引き起こされた新たな一連の制約としてモデル化した。リモート授業への切り替えは、Maldonado and De Witte (2020)で示されているように学習過程の生産性を減少させる。さらに、学校閉鎖は周囲にいる同級生の顔ぶれも変えてしまう。すなわち、子供たちは一部の友人との接触を失うとともに、自分の住む界隈とは離れたところに住む子供たちと交流する能力が制約される。学校閉鎖と外出禁止は、普通であれば教師が行う活動を代替するないし補完することを求められることで親たちにとっても新たな困難をもたらす。

こうした困難に親たちがどれだけ取り組むことができるかは、彼らの仕事環境によって決定される。一部の親たちは自宅から働き、子供たちの近くにいることができるが、それができない親たちもいる(Mongey et al. 2020, Adam-Prassl et al. 2020a,b)。時間制約は社会経済的地位と相関している。すなわち、所得の高い親たちは自宅から働くことができる可能性がずっと高くなっている。

私たちは、新型コロナによる子供たちの学習に対する短期的な混乱の効果、同級生との関係が破壊されることによる低所得及び高所得地区の子供に対する効果、 それぞれの親で異なる時間制約について、これらの証拠に沿ったパラメーターを選んでモデルに用いた。続いて、モデルを用いてパンデミックによる教育格差への長期的な影響を数値的に評価した。

教育格差の永続的な拡大

私たちはパンデミックの年に高校に入った第9学年に焦点を当てた。私たちのモデルは、所得の低い家庭の子供に大きな学習損失が起こると予測した。この学年の中で、一番貧しい地区に住んでいる子供たちは平均で、GPA4点中0.5ポイント下落する(図1を参照)。恵まれない子供たちにおけるこうした損失は、全てB評価の通知表だったのが半数の教科でC評価をとってしまうのに相当する。一番裕福に住んでいる子供たちは、助けてくれる親が周囲にいる可能性が高いことに加え、周りを悪い同級生に囲まれるということもなく、悪影響は受けない。

このモデルは、パンデミックの後の期間で教育格差がどのように変化するかを予測するのにも用いることができる。学校が再開すると社会経済的な格差は縮まるものお、パンデミックによって引き起こされた更なる格差のうち、半分は高校卒業まで持続する。さらにその後を見てみると、一番貧しい子供たちが労働市場に参入した場合、学校閉鎖は労働所得で平均して25%の下落を引き起こす。このことは、将来において社会がより不平等になり、社会階層の異動も少なくなることを意味している。

図1 所得の低い地区と高い地区の子供たちの学業成績に対する学校閉鎖の影響

教育格差の増大に関して3つの経路、すなわち学校、同級生、親の相対的な重要性を分解してみてみることもできる。3つともすべて重要ではあるものの、同級生による効果が最も大きいことが分かった。周囲の同級生が変わらないが他の効果はそのままという反事実的な想定をした場合、教育格差の増大は60%以上も軽減される。

政策介入

恵まれない子供たちの成績に対するパンデミックの影響を抑えるためには何ができるだろうか。私たちは、学習に困難を抱える子供たちを対象とした追加的な授業を行うために開校することを含む政策介入を検討した。こうした介入はパンデミックによる悪影響の大部分を相殺できることを私たちは見出した。この政策にパンデミック後に親が子供たちの技能に対して投資を行うための補助金をこの政策に組み合わせたプログラムも検討してみた。このプログラムは子供たちの学習成果を大きく改善させるとともに、格差の減少のためには政策の対象を絞ることが特に重要との結果となった。ただし、こうした政策は有用ではあるものの、パンデミックによる不均一な影響の全てを相殺するには至らない。

まとめ

新型コロナパンデミックには教育格差について長期にわたって続く影響をもたらし、それがひとたび起こってしまうと、後から解消するのは困難であることを私たちの研究は示している。現在の危機は今の子供たちの経済的な機会に今後数十年にわたる影響を及ぼすものと思われる(Engzell et al. 2020, Fuchs-Schündeln et al. 2020)。社会経済的に恵まれない環境にある成績の悪い生徒は特に厳しい打撃を受ける(Aucejo et al. 2020, Burgess and Sievertsen 2020, Grewenig et al. 2020)。政策議論は学習技術(学校での授業VSリモート学習)に焦点を当ててきた。私たちの研究は、構造的な手法を用い、子供たちの学習にとって重要であるが遥かに注目の薄かった、同級生との交流とパンデミックにおける親の対応の役割にに光を当てている。

平時においては学校は社会の均一化をもたらす。新型コロナパンデミックにおいては、学校閉鎖が教育格差に三重の影響を及ぼし、所得の低い家庭の子供たちに大きなハンデを課すことを私たちは見出した。対面授業をバーチャル授業に置き換えることによる直接的な影響に加え、貧しい地区の子供たちは危機の中で同級生からのプラスの波及効果を失ってしまうことに加え、自宅から働く両親の支援を受けられる可能性が低い。こうした要素すべてが重なり合い、様々な社会経済的な環境にある子供たちの間の学習格差を広げてしまい、将来における社会の連帯を脅かしてしまう。

参考文献

●Adams-Prassl, A, T Boneva, M Golin C Rauh (2020a), “Inequality in the Impact of the Coronavirus Shock: Evidence from Real Time Surveys”, Journal of Public Economics 189: 104245.
●Agostinelli, F (2018), “Investing in Children’s Skills: An Equilibrium Analysis of Social Interactions and Parental Investments”, unpublished manuscript, University of Pennsylvania.
●Agostinelli, F, M Doepke, G Sorrenti and F Zilibotti (2020), “It Takes a Village: The Economics of Parenting with Neighborhood and Peer Effects”, NBER Working Paper 27050.
●Aucejo, E, J French, P Ugalde Araya and B Zafar (2020), “COVID-19 is widening inequality in higher education”, VoxEU.org, 9 August. 
●Doepke, M, G Sorrenti and F Zilibotti (2019), “The Economics of Parenting”, Annual Review of Economics 11(1): 55-84.
●Doepke, M and F Zilibotti (2017), “Parenting with Style: Altruism and Paternalism in Intergenerational Preference Transmission”, Econometrica 85(5): 1331–1371.
●Doepke, M and F Zilibotti (2019), Love, Money, and Parenting: How Economics Explains the Way We Raise Our Kids, Princeton University Press.
●Engzell, P, A Frey and M Verhagen (2020), “The collateral damage to children’s education during lockdown”, VoxEU.org, 9 November. 
●Fuchs-Schündeln, N, D Krueger, A Ludwig and I Popova (2020), “The long-term effects of school closures”, VoxEU.org, 12 November. 
●Grewenig, E, P Lergetporer, K Werner, L Woessmann and L Zierow (2020), “COVID-19 school closures hit low-achieving students particularly hard”, VoxEU.org, 15 November.
●Growe, R and P S Montgomery (2003), Educational Equity in America: Is Education the Great Equalizer? The Professional Educator, annual 2003. Gale Academic OneFile.
●Maldonado, J E and K De Witte (2020), “The effect of school closures on standardized student test outcomes”, KU Leuven Discussion Paper Series 20, 17.
●Mongey, S, L Pilossoph and A Weinberg (2020), “Which Workers Bear the Burden of Social Distancing Policies?”, NBER Working Paper 27085.
●Stantcheva, S (2021), “Inequalities in the times of a pandemic”, forthcoming in Economic Policy.
●Torche, F (2011), “Is a College Degree Still the Great Equalizer? Intergenerational Mobility across Levels of Schooling in the United States”, American Journal of Sociology 117(3): 763–807.
●Werner, K and L Woessmann (2021), “The legacy of Covid-19 in education”, CESifo Working Paper No. 9358.

References

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1 訳注;アメリカでは一般的に高校1年目
2 訳注;時計の回転を一定に保つための機構、らしい
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