●Brad DeLong, “Nasty, Brutish, and Short”(Grasping Reality with at Least Three Hands, June 19, 2005)
スージー・マドラク(Susie Madrak)が次のように述べている。
Fooled: グーグル経由で、Motley Fool社が運営する掲示板に投稿されたポストへのリンクを辿ったのだが、中身を読むには登録する必要があった。早速登録したのだが、大きな間違いをやらかしてしまった。Motley Fool社のサイトに登録してからというもの、ペニー株をお薦めする大量のメールが殺到しているのだ。1日に100通以上。皆さん、くれぐれもお気をつけて。
この10年の間に、インターネットも大きく変わった。10年前のインターネットは、ピョートル・クロポトキンの教義――クロポトキン流の左派アナーキスト(無政府主義)的なユートピア思想――が実践された場であるように思えたものだ。労力を上回る報いが返ってくるはずだから、私も手を貸そう。誰も彼もが例外なく、得するに違いない。そのように当て込んで、友好的で頼りになる面々が寄り集まり、みんなのためになるあれやこれやに勤(いそ)しみ合う。
今はどうかだって? 今日のインターネットは・・・Motley Fool社の経営陣のような面々が蔓延る世界であるように思える。はした金欲しさに、マドラクの個人情報をあちこちの「お客」に売りつける。そして、その「お客」連中はというと、マドラクに大量のメールを送りつける。そのおかげで、マドラクの貴重な時間が奪われようとも、気にもかけない。儲けがどんなに些細であろうとも、構わない。儲けが得られるのであれば、己の行いに伴って他人にどれほど大きな負担が生じようとも、気にもかけない。そんな連中がインターネット上にどれほどたくさん蔓延っていることか。本当に驚かされるね。目の前に広がるのは、(ホッブスが語るところの、「卑劣で残酷で短い」人生を余儀なくされる)「自然状態」そのものだ。
というわけで、今日のインターネットは、10年前とは異なる教訓を投げかけている。教訓を垂れる主は、クロポトキンではなく、ジョゼフ・ド・メーストルだ。メーストルは、『サンクト・ペテルブルク対話篇』の中で述べている。安定と平和が保たれた、秩序ある社会の背後には、例外なく、処刑人の影がちらついている、と [1] … Continue reading。
References
↑1 | 訳注;ウィキペディアで言及されているメーストルの著書からの抜粋でいうと、次の言葉が該当するだろう。「処刑人は人間の組織の憎悪の的であると同時に、接着剤である。この世からこの不可解な人間を取り除くなら、まさにその瞬間に秩序は混沌への道を開き、玉座は倒れ社会は消滅する」。ちなみに、アイザイア・バーリンは、『ハリネズミと狐』(河合秀和訳、岩波文庫)の中で、メーストルの思想を次のように要約している。「〔ジョゼフ・ド・メーストル伯爵は〕個々人と社会の性質についてひどく風変りで人間嫌いな見方をしており、人間の本性は癒しがたいまでに野蛮で邪悪で、人間の間では不断の殺戮が不可避であり、戦争は神が制度化したものとしてであると見ていた。また、人間関係において自己犠牲への情熱が圧倒的な役割を果すもので、この自己犠牲への情熱が〔社会契約論者のいう〕人間生来の社会性や人工的な同意にもまして軍隊と市民社会の双方を創出していくことなどについて、皮肉な乾いた激しさでもって書いた。彼は、いやしくも文明と秩序が存続しなければならぬとすれば、絶対的な権威と処罰と継続的な抑圧とが必要であることを強調した」(pp. 90~91)。 |
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