Ben S. Bernanke “Communication and Monetary Policy” (November 19, 2013) At the National Economists Club Annual Dinner, Herbert Stein Memorial Lecture, Washington, D.C.
8年近く前に私が議長の職を務め始めた際、最優先の課題の一つはFedの透明性を高めることであり、とりわけても金融政策を合理的に可能な範囲で透明で開かれたものにすることでした。私は当時、そして今も変わらず、金融政策の透明性は人々の理解と信頼を育み、政策選択に関してより広い情報に基づいた議論を促し、課せられた目標を達成するにあたっての金融政策決定者の説明責任を向上させ、ひいては金融政策、金融の環境、そして実体経済の間の繋がりを密にすることで金融政策をより効果的なものにすると信じています。もちろん、その後すぐに金融危機とその余波への対処がFedの主要な焦点となりました。しかしながら、金融システムの安定化の後に明らかになったように、大恐慌以降で最も深刻なものとなった景気後退から経済が抜け出すのを支えるためには、金融政策のコミュニケーションと透明性がこれまでにないほど大きな役割を担っているのです。
本日は、Fedのコミュニケーションが近年どのような進展を見せたか、そして透明性の向上がどのように金融政策の効果を高めているかについてお話ししたいと思います。過去に類のない経済的・政策的環境において、完全に見通すことができない将来についてコミュニケーションを行うという内在的な困難にも関わらず、その経済的目標を達成するためのFedの戦略において、政策の透明性は欠かすことのできないものであり続けていると私が信じる理由をご説明させて頂きます。
政策枠組みとコミュニケーション
金融政策についてのFedのコミュニケーションがこのところ果たした決定的に重要な役割を理解するためには、政策コミュニケーションと、より広い意味での政策枠組みとの関係といったような、金融政策コミュニケーションの役割に関するより一般的な議論から始めるのが有益でしょう。
金融政策の決定は、車の運転に例えられることがあります。その時々の経済が加速や減速を必要とするのを見つつ、政策決定者はアクセルを踏みこんだり、ブレーキをかけたりします。こうした例えはしかしながら、少なくとも二つの理由から不完全であるといえます。まず、金融政策行動による経済への影響は即座に現れない代わりに、数四半期、場合によっては数年単位で効果を及ぼします。したがいまして、車の運転とは違い、金融政策決定者は単にすぐ目の前に横たわるものに反応してはならず、その先を見通すよう努めなければなりませんが、これは難しい仕事であると言わざるをえません。もう一つの理由として、今日の経済に対する金融政策の効果は、現在の政策行動だけでなく、政策が今後どのように展開するかについての人々の期待にも大きく左右するということが挙げられます。車の現在のスピードが、運転手の将来の行動に関する車の期待に左右されてはたまりませんので、この例え話は廃車にしてしまいましょう。
将来の金融政策行動に関する人々の期待が現在において重要となるのは、そうした期待が現在の金融環境に強く影響を与え、そして今度はそれが時とともに産出、雇用、インフレ率に影響を及ぼすからです。例えば、投資家は長期証券を保持し続けることと、短期証券の借り換えを繰り返すということの二つの選択肢を自由に選択できますから、短期金利が今後どのように変化するかについての市場参加者の期待が現在の長期金利に大きく関わってきます。金融政策決定者が短期金利を低く保ち続けると期待されている場合、他の条件が同一であれば、現在の長期金利も同様に低くなると見込まれるのです。一言で言えば、金融政策においては期待が重要となるのです。
実際、期待が非常に重要であるがために、そうした期待の形成に働きかけることによって、中央銀行は政策をより効果的なものにできる可能性があります。期待の管理に対する有力なアプローチ、これは透明性の基本原則ともしっかりと合致するものでもありますが、それには政策決定者が目標とそれを達成するための計画について明確に述べる必要があることが経験により明らかになっています。例えば、過去20年間を通じて、多くの中央銀行がインフレーションの明示的な数値目標を導入いたしました。中央銀行による経済の見通しや、中期の目標を達成するための暫定的な計画の定期的な発表に支えられつつ、インフレの数値目標は多くの国において透明性と政策の予見可能性の向上をもたらしてきました。
こうした精神に基づき、連邦公開市場委員会(FOMC)はFedの目標と政策戦略の明確化を行ってまいりました。議会より課せられた二つの使命とは、すなわち雇用の最大化と物価の安定という政策目標というものでありますので、Fedは数値的なインフレ目標のみを唯一の目標とすることは出来ません。また、雇用あるいは失業に関してFOMCが、インフレ目標と同じような何らかの定まった目標を単に設定するというのも適当ではありません。長期的には金融政策によって決定されるインフレーションとは対照的に、長期に渡って持続しうる雇用の最大水準は、人口や労働者技能の構成、労働市場の制度、技術進歩といった非貨幣的要因によって何よりもまず左右されます。さらにそうした要因の変化に応じて、最大雇用の水準は時とともに変わることもあり得るのです。したがいまして、根本的な経済構造とは無関係であったり独立しているような雇用の長期目標を設定することは、中央銀行の手には余ることです。 [1] … Continue reading
FOMCが採用しているアプローチは、2012年1月に発表された長期的な目標と戦略に関する声明 [2] … Continue reading で述べられており、これは今年1月にも再確認されています。 [3]原注2;2013年1月の理事会の声明は次のアドレスで読める。www.federalreserve.gov/monetarypolicy/files/FOMC_LongerRunGoals.pdf この声明はまず、二つの法的使命に対するFOMCのコミットメントの確認から始まっています。そして次に、その二つの使命に照らし、2%の長期的なインフレ目標が物価の安定に合致するというFOMCの考えが述べられています。雇用についての使命に関しては、FOMCは最大雇用水準について出来得る限りの評価を常時行い、そしてそうした評価は必然的に不確実で、改訂の余地があるとしています。実際においては、FOMCはしばしば長期の正常な失業率という形でその雇用目標を発表しています。FOMCの委員による現時点での長期の正常な失業率の見積もりは、四半期ごとの経済予測の概況(Summary of Economic Projections)で公表されている通り、5.2~6%の間となっています。 [4] … Continue reading
先に触れたように、明示的な目標はそれを達成するための暫定的な計画を補完するために、その目標を達成するための計画を暗黙ないし明示的な形で示した将来予測を公表しています。FOMCの委員の数とその多様性は全員一致の見通しを形成することを容易には許しませんが、四半期ごとの経済予測の概況では、インフレーション、失業、産出の成長の将来経路について各委員の考えが述べられており、これらは適切な金融政策に関するそれら委員の考えの反映です。近年においては、FOMCの目標を達成する見込みが一番高いと思われる短期金利の将来経路についての各委員の考えも見通しのなかで公表されています。雇用の最大化と物価の安定というFOMCの二つの目標は、通常は相互補完的なものであります。ですがそうでない時においては、FOMCはその二つの使命を追求するにあたってバランスのとれたアプローチを志向すると述べてきており、それはインフレーションと失業の双方が長期的に望ましい水準に近づくことを確かなものとするということです。
端的に言えば、Fedは世界の多くの中央銀行と同じように、近年その目標と政策アプローチの明確化について顕著な進歩をしてきたのであり、それは目標を達成する見込みが一番高いとFedが考える政策の将来経路に関する定期的な情報公開についても同様です。こうした政策枠組みの透明性向上は、政策に対する人々の期待形成を容易にし、不確実性を低下させ、政策の効果を高めることとなりました。
しかし金融危機とその余波により、Fedのコミュニケーションはより大きな困難にさらされるとともに、その必要性も増しました。金融システムの機能不全による根強い影響、住宅価格と建設の急落、ヨーロッパを始めとする各地における新たな金融ショック、政府のあらゆる段階における緊縮的な財政政策、そしてもちろんのことながら産出と雇用に対して、大恐慌以来となる深刻な景気後退がもたらした大きなダメージ、これら全てについて取り組む必要があったのです。さらに、FOMCがフェデラル・ファンド・レートを政策金利として用いるようになって以来初めて、政策金利が実質ゼロ、有意な引き下げをそれ以上行うことのできない状態となりました。その結果、経済回復に必要となる支援を行い、デフレの危険性を最小化するために、Fedは新たな政策ツールを採用する必要に迫られましたが、これはコミュニケーションへ独自の問題をもたらすものでもありました。ここからは、現在のFOMCの二つの主要な政策ツール、つまり短期政策金利に対するFOMCの見通しと証券の大規模な購入のことでありますが、FOMCがそれらを先々どのように用いるかに関する期待形成のために、Fedがコミュニケーションを用いてより一層の情報提供を図った筋道についてお話ししようと思います。
政策金利についてのフォーワード・ガイダンス
2008年を通じて経済が弱まる中、FOMCは幾たびも短期政策金利であるフェデラル・ファンド・レートの目標の切り下げを行いました。その年の12月、目標金利は0~0.25%の範囲となり、市場金利もゼロ近くへと落ち込みました。したがって、さらなる金融政策緩和のための標準的な手段、目標金利の切り下げが不可能となったのです。
問題は、FOMCの政策金利のいわゆるゼロ下限と呼ばれるものだけではありませんでした。第一に、景気後退の深刻さは、金融システムの機能に関して蔓延していた懸念と相まって、回復の速度の見通しと、回復を支える金融政策の効果の双方に対し、大きな不確実性をもたらしました。第二次大戦後にアメリカで起きた景気後退のほとんどでは、その後の回復は比較的速く、生産、失業を始めとする重要な変数は6~8四半期以内に通常の水準近くまで戻ったのです。そうした事例においては、特に金融市場と関連する政策は数四半期で足りたのかもしれません。近年の危機による影響にあたってはしかしながら、非常に緩和的な政策が何年にも渡って必要となる可能性をFOMCは考慮しなければなりませんでした。
もう一つの問題として、実質ゼロとなったフェデラル・ファンド・レートは、政策形成に対して大きな非対称性をもたらしました。経済が急速に回復し、インフレも上昇するようであれば、金融政策決定者は通常の対応、つまりフェデラル・ファンド・レートの引上げを行うことが出来ます。しかしその一方で、経済が弱くあり続ける、あるいは回復の歩みがゆっくりとしたものでしかない、これは私たちが実際に陥っている状況でありますが、こうした場合においてFOMCは金利をさらに切り下げるということが出来ないのです。さらにその場合、経済はデフレーション、すなわち価格下落のリスクに大きく直面することとなります。日本の事例が示すように、デフレーションは経済成長を妨げる可能性がある上、そこから抜け出すのも非常に難しいものです。そうした事態に陥らないようにするため、通常時の物差しで測った標準的な政策ルールが示すものよりも、より緩和的な金融政策の必要性についての有力な主張がなされました。 [5]原注4;Eggertsson及びWoodford (2003)や、Reifschneider及びWilliams (2000)等を参照。
したがってFOMCはより緩和的な金融政策が、おそらくはかなりの長期にわたって必要となる状況に直面したのですが、基本的な政策ツールであるフェデラル・ファンド・レートの目標はその限界地点まで押しやられていたのです。別の表現をすれば、標準的な政策ルールや様々な分析では、FOMCの目的を達成するためにはフェデラル・ファンド・レートの目標値がゼロ以下になる必要があると示されていたのですが、当然のことなからそれは実現不可能でありました。しかし幸いなことに、先にお話しさせて頂いた通り、金融政策による緩和の度合いには政策金利の現在の値だけでなく、将来におけるその値の設定についての人々の期待も関わってくるのです。そこでFOMCは気付いたのです。政策をさらに緩和し、そして将来の政策に対する不確実性を減らすということは、FOMCが政策金利を一定期間、そして人々が当初期待していたよりも長い期間保ち続けると人々や市場に対して確約すれば可能なのだと。
手始めとして、FOMCは完全に質的な言葉を用いてメッセージを発しました。すなわち、2008年12月にFOMCは、フェデラル・ファンド・レートは「一定期間(some time)」に渡りゼロ近傍であることが適切である可能性が高いという声明を出したのですが、2009年3月には「長期間(an extended period)」と表現を変えています。 [6]原注5;連邦準備制度理事会(2008, 2009)を参照 しかしながらこうした言葉は、FOMCの意図を非常に正確な形で伝えるものではありませんでした。そこで2011年8月には、FOMCはガイダンスに特定の期日を入れることにし、経済状況はフェデラル・ファンド・レートを少なくとも2013年半ばまではゼロ近傍に保ち続けることを必要とする可能性が高いと声明しました。 [7]原注6;連邦準備制度理事会(2011)を参照。 期日に基づいたガイダンスは、これまでFOMCが用いてきた質的な言葉よりもより正確であり、非常に緩和的な政策に対するFOMCのコミットメントを効果的に伝えていると思われます。事実、FOMCの声明に期日を導入して以降、金利や政策に関する期待の調査結果は、ガイダンスとかなり近しい形で推移したのです。 [8]原注7;Campbell, Evans, Fisher及びJustiniano (2012), Swanson及びWilliams (2013), Raskin (2013)の他、ニューヨーク連銀が最近行った一次取引者に対する調査(Femia, … Continue reading
期日に基づくフォーワード・ガイダンスは、人々の期待へうまく働きかけを行っていると思えますが、しかしながら経済の見通しによって将来の政策がどのように影響を受けるかについては何も説明していません。これは注意すべき限界です。実際、ガイダンスで示された期日は2012年中に二度引き伸ばされています。まずは2014年後半、次に2015年半ばといった具合です。これにより、ガイダンスの更なる変化が起こるのかどうか、はたまたどういう状況であればそれが起こり得るのかということについて人々は分からなくなってしまいました。 [9]原注8;連邦準備制度理事会(2012a, b)を参照。 昨年の12月、FOMCは政策金利に関するフォーワード・ガイダンスを、経済目標により直接的に結びつけることによってこの問題を解決しました。 [10]原注9;連邦準備制度理事会(2012c)を参照。 これは経済状況ベースのガイダンス(state-contingent guidance)と呼ばれるものの導入でして、失業率が6.5%を越えており、インフレとインフレ期待が目標近くで安定的に推移している限り、フェデラル・ファンド・レート目標の引上げが行われると見るべきでないということを、初めてFOMCが発表したのです。 [11] … Continue reading こうした発表の仕方によって、将来の政策に対するFOMCの考えに影響を与える要因と、経済の見通しの変化によってそうした考えがどのように変わるのかということがより明確化されました。 [12] … Continue reading
私やFedの同僚がよく強調するとおり、こうしたガイダンスで述べられている条件は、閾値であって引き金ではありません。閾値のうちの一つを超えたからといって、自動的にフェデラル・ファンド・レートの目標が引上げが起こるというものではないのです。そうではなくて、これは目標の引上げが必要かどうか、FOMCが検討し始めるのが適当であることを示すだけなのです。閾値のそうした位置づけは、FOMCが唯一失業率という形でのみ労働市場に関してのガイダンスを行い、通例のように広く労働市場の各指標について検討するということをしなかった理由をご説明する助けともなるでしょう。失業率は、いくつかの欠点を抱えてはいますが、おそらく単一指標としては労働市場の状況を概観するためには最も優れたものであり、ガイダンスで示す閾値とするのには十分なものとFOMCは判断しています。しかし、失業率が閾値を超えれば、労働市場の健康状態についての包括的な判断についてその他の多くの指標が関わってきます。そうした指標は例えば、被雇用者数や就労率、雇用と離職の比率というようなものです。具体的には、失業率が6.5%を下回り、インフレも良い状態を保っている場合であっても、FOMCはフェデラル・ファンド・レートの目標の引き下げを検討せず、労働市場が十分に力強くなるのが確認できるのを待つということもあり得るのです。
大規模な資産購入とそれに関連したコミュニケーション
景気後退の深刻さや金融市場の混乱、そしてゼロ下限近傍となった短期金利といったことにより、短期金利の管理のみによる金融緩和では足りないことは早くから明らかとなっていました。それはそうした金利が将来に渡り十分低く保たれるというガイダンスを加味しても同様です。したがって、フェデラル・ファンド・レートをゼロ近くまで引き下げたのとほぼ同じころ、FOMCは金利政策と金利のフォーワード・ガイダンスを大規模な資産購入(large-scale asset purchases;LSAPs)で補完するということを開始し、とりわけ長期のアメリカ財務省証券や、政府系企業が発行した不動産担保証券(mortgage-backed securities;MBS)がその対象となりました。
LSAPsとフェデラル・ファンド・レートについてのフォーワード・ガイダンスは、両方ともより長期の金利に対する押し下げ圧力となることで経済を下支えしますが、両者が長期金利に影響を与える経路はいくぶん異なっています。この違いを理解するためには、長期金利を二つの構成要素に分解してみるのが良いでしょう。すなわち、一つは短期金利の将来経路に関する期待の反映であり、もう一つは期間プレミアムと呼ばれるものです。期間プレミアムとは、長期証券を満期まで保有するにあたって、同じ期間だけ短期証券の借り換えを行った場合に期待される利回りに加えて投資家が必要とする追加的な収益のことです。
繰り返しになりますが、金利のフォーワードガイダンスは、何よりもまず将来の短期金利に対する投資家の期待を通じてより長期の金利へ影響を与えます。LSAPsはこれとは対照的に、特に期間プレミアムに直接的な影響を及ぼすものです。発行済み長期証券のうち、Fedが買い入れる分を増やすことによって、民間部門のポートフォリオに組み入れることのできるそうした証券の量は減少することになります。Fedの買い入れによって証券の量が少なくなるにつれ、その証券の価値が高まります。その結果、そうした証券を保有するにあたって投資家が要求する期間プレミアムは小さくなり、利回りが減少するのです。これが成り立つかどうかは、Fedが購入する長期の財務省証券やMBSは他の種類の資産の完全な代替ではないという仮定に強く依存しますが、現実はこの仮定が正しいことを十分示しているように思えます。 [13]原注12;この効果についてのより完全な議論は、Bernanke (2012)で行った。そこで示した通り、Milton Friedman (2000) と James Tobin (1965, … Continue reading
金利のフォーワード・ガイダンスとLSAPsの両方が長期金利に影響を与えますので、こうした手段を用いることによって短期金利がゼロ近傍にある場合においても金融政策を効果的なものとすることができます。しかしながら、FOMCはこの二つの手段が完全に対等なものであるとは考えていません。それは一つには、LSAPsのように期間プレミアムを操作するための政策についての経験が、かなり不足しているからです。そのことから、FOMC委員の大多数は金利のフォーワード・ガイダンスとLSAPの両方とも経済回復のために頑張ってくれていると確信してはいても、資産購入のペースやFedのバランス・シートに積み重なる資産の量の変化が金融環境や経済に与える効果の強さについては、ややはっきりとしないところがあるのです。さらに、期間プレミアムを決定する要因についての経済学者の理解は、望ましいところまでは至っていません。そして今年初めに目撃した通り、期間プレミアムの予見しがたい変化は、金利や金融環境の大きな上下の原因になりうるのです。LSAPsは他にもフォーワード・ガイダンスにはない欠点を抱えており、証券市場の機能を損なう危険性や大きく膨らんだバランスシートをFedが取り扱うにあたってのやっかいさ等がそれです。私としてはその両方とも上手く抑えることが出来るとは考えてはおりますが。 [14] … Continue reading LSAPsの使用を決断するにあたって、FOMCはしたがって考えられる費用やリスクの他、この馴染みの薄い手段の有効性についても注意を払ってきており、これはFOMC会合後の声明でも定期的に示されています。もちろん、高い失業率、目標値を下回るインフレ率、長引く経済の弱体化、そして長期に及ぶ失業が私たちの社会や経済の潜在力に及ぼす有害な効果といったものも大きな費用とリスクをもたらすものでありますので、FOMCはこれまでのところ、天秤はLSAPsを使用するほうに傾いていると判断してきたということです。
2008年11月から2012年6月にかけ、FOMCは一連の資産購入プログラムの発表あるいは延長を行いましたが、そのどの場合においてもそのプラグラムの下で購入される資産の予想量が明示されていました。期日に基づいたフォーワード・ガイダンスと同じように、事前決定された規模と期間という形でプログラムを発表するのには長所と短所があります。プログラムの規模の固定は、コミュニケーションを容易にしますが、その一方で経済の見通しの変化や、それによる金融緩和の必要性の変化に対応することは容易にはできなくなります。プログラムの固定規模を発表するにあたり、FOMCは必要であれば追加を行うという一般的な姿勢も明らかにし、そして事実それを実行に移してまいりました。しかしこのような声明は、既存のプログラムの変更や新たなプログラムの導入を必要としうる状況について、大きな不確実性を生むことになったのです。
期日に基づいたガイダンスから閾値という条件に基づいたガイダンスへの移行と大体同じような形で、FOMCは資産購入の全体規模を事前に定める代わりに、FOMCの経済目標に紐づけた資産購入プログラムを2012年9月に打ち出しました。具体的には、FOMCはひと月あたり400億ドルというペースでエージェンシーMBS [15]訳注;ファニーメイやジニーメイといった政府機関が発行したMBS の購入を開始し、この購入は物価安定性を保った形で労働市場の見通しが持続的な改善を見せるまで継続するという意図を合わせて発表したのです。 [16] … Continue reading 2012年12月、Fedが保有する財務省証券ポートフォリオの満期を延長するプログラムの終了に際して、FOMCはひと月あたり450億ドルの長期財務省証券購入を新たなプログラムへと追加し、ひと月あたりの購入を850億ドルへと引き上げ、これが現在の水準となっています。
今お話しした通り、FOMCは新たな購入プログラムの終了条件として、労働市場の見通しの十分な改善という基準を設定しました。FOMCはさらに、購入プログラム終了の後には金利政策とフォーワード・ガイダンスへ軸足を戻し、それは二つの使命を完全に達成するまで続くという見込みを次のような声明で示しました。すなわち、「非常に緩和的な金融政策のスタンスは、購入プログラムが終了し、経済回復が力強いものとなった後も相当期間適切であり続けると委員会は予想する」というものです。 [17]原注15;連邦準備制度理事会(2012c)を参照。 政策ツール間でこうした順序付けがなされているのは、先に触れたように、現時点の短期金利とフォーワードガイダンスを通じた将来の短期金利の管理というより馴染みのあるツールと比べると、LSAPsの費用と有効性の不確実性が大きいことが理由です。さらに、LSAPsの使用が追加的な費用とリスクを生み出す限り、このツールの有効性と費用のトレードオフが、Fedのバランスシートが拡大するにつれて悪い方向に向かうと考える人もいるやもしれません。
2012年9月に現行の資産購入プログラムが開始して以降の労働市場の進展を鑑み、FOMCは今年6月、このプログラムに対する将来の決定を知らせる基準について、より包括的なガイダンスを発するという合意に至りました。それにより、私は6月のFOMC会合後の記者会見において、購入プログラムをFOMCの経済見通しの進展とより明示的に関連付ける枠組みを発表することとなったのです。具体的には、雇用市場の改善は、経済成長の緩やかな回復に支えられる形で継続するだあろうというFOMCの予想について私は述べました。FOMCはさらに、インフレ率は時間とともに2%目標へと戻るだろうとも考えていました。これ以降に明らかとなるデータがこうした見通しと整合的であったなら、FOMCは2013年後半に資産購入ペースの計画的減速を行う見込みだったのです。予想された通りに経済が進展していたとすれば、資産購入の終了は2014年半ばでした。私はさらに、購入ペースの減少経路は将来のデータ次第で標準的なシナリオより遅くも早くもなりうることを強調し、そしてもし必要となれば、購入ペースを次第に加速させることもありうると述べたのです。
6月に発表した枠組みは、それ以降の数四半期に渡って十分な追加の資産購入が行われる見込みであり、経済の進展が期待はずれであることが明らかとなった場合には更に多くの購入もあり得るということを意味していました。しかしながら、6月の会合と記者会見の後、市場金利は鋭い上昇を見せました。例えば、9月のFOMC会合までの間に、10年物財務省証券の利回りは0.75%ポイント上がり、MBSの金利も同程度上昇したのです。
金融市場の動きを説明するのはしばしば難しく、それは事後においてさえもそうなのですが、この夏の金利上昇を説明する理由は三つあるように思えます。まず第一に、経済見通しの改善によって利回りのある程度の上昇が必要となったというもので、これは自然かつ健全な展開です。次に、金利上昇の一部は 実質上無制限な資産購入という前提に基づいてレバレッジされていたポジションの解消や、投資家の喪失と変動率の上昇によって自動的な清算(knock-on liquidations)が行われたポジションがあったことを反映していたと報告されています。これによって金融環境はある程度引締められましたが、こうした解消やそれに関連した期間プレミアムの上昇は、金融安定性に対する将来のリスクを減少させ、とりわけても後になって更により急激な市場の調整が起こる可能性を低めたという利点をもたらしてくれた可能性があります。第三の理由は、市場参加者が6月のコミュニケーションについて、目標を達成するために非常に緩和的な政策スタンスにを維持するというFOMCのコミットメントの全体的な弱まりとして受け取った可能性があります。実際6月以降、FOMCによる利上げの開始時期と市場関係者が予想しているものが、ガイダンスから乖離する形で前倒しとなり、フェデラル・ファンド・レートに対するFOMCのフォーワード・ガイダンスの効果が弱まったように思えます。 [18] … Continue reading
この第三の要因、目標を達成するというFedのコミットメントの減少という認識が利回りの上昇に寄与しているのであれば、歓迎したり受け入れることが出来るものではないとFOMCは考えます。こうした期待の変化が起こったとはいえ、目標を達成するために高度に緩和的な金融政策を行う必要があるというFOMCのコミットメントや意思は実際には何ら変化していないのです。
2013年9月の会合において、FOMCは6月に発表した枠組みを実施しました。この会合におけるFOMCの決定は、資産購入のペースを維持することが適切かつ過去のガイダンスとも完全に整合的であるというものでした。FOMCは、経済成長の回復によって支えられる形で雇用市場が改善を継続するであろうという兆候に目を凝らしていました。雇用市場が改善の兆しを見せ、9月の会合ではそうした兆候が先行きについて示唆するところの検討がなされましたが、それはせいぜいがどちらとも言えないというものであった上、その時行われていた財政論議は追加的なリスクをもたらすものでした。FOMCはしたがって、労働市場の継続的な改善についての予想を裏付ける更なる兆候を待つという決定を下したのです。 [19]原注17;連邦準備制度理事会(2013a, b)を参照。 このFOMCの決定は市場関係者の一部から驚きをもって迎えられましたが、この決定の後に長期金利は下落し、金融市場の価格から導かれる短期金利に対する期待はガイダンスとより整合的な動きを見せるようになったのです。
以降の会合においても、労働市場の先行きを評価するにあたっては、2012年9月以降続いた進展の積み重なりと、継続的な改善の見込みの双方を引き続き検討します。現行の資産購入プログラムが発表された2012年9月以降、労働市場では有意な改善が見られました。その一方で、失業率の最新の数値は8.1%であり、私たちFOMCと大部分の民間エコノミスト双方が失業率の改善は向こう数四半期の間はゆっくりとしたものでしかないと見通しています。被雇用者総数に関するこのところの報告も、いささか期待外れなものとなっています。しかし、購入プログラムの発表以降、失業率は0.8%ポイント下落し、被雇用者数は約260万人増えました。前を見据え、私たちは先々のデータを注視し続けます。最新の経済予測の概況と10月のFOMC声明に反映されているとおり、FOMCは労働市場の状況が改善を続け、インフレ率が中期的に2%目標へと近づくという予想を崩してはいません。こうした見通しを先々の情報が裏付けるのであれば、FOMCは資産の購入ペースを抑えることになるでしょう。しかしながら、資産購入の将来的な道筋は定まったものではなく、購入ペースについての決定はFOMCによる経済の見通し次第であることは変わりません。FOMCはこれまでの通り、購入プログラムの予想される有効性と費用の評価についても引き続き考慮いたします。
最終的に資産購入が減速するにあたっては、雇用最大化への歩みの継続と物価安定の達成のために、金利政策とそれに関連するフォーワード・ガイダンス、相当量の証券の継続的な保有へFOMCがより強く重点を置くに足るだけの経済回復が必要となるでしょう。 [20] … Continue reading 具体的に言えば、フェデラル・ファンド・レートの目標は資産購入の終了後も相当期間ゼロ近傍であり続ける可能性が高く、それはおそらくは失業率が閾値を下回った後もしばらく、そして少なくとも緩和的な政策の手じまいを支持するデータが優勢になるまでは続くでしょう。
終わりに
私が議長の席に就いたときの目標は、Fedそしてとりわけても金融政策の透明性の向上でありました。金融危機と深刻な景気後退へ対処するに当たり、Fedの金融政策コミュニケーションは8年前に私が見越していたよりも遥かに重要性を増すとともに、様々な点で進化しました。
経済は景気後退の谷底から顕著な這い上がりを見せています。しかしながら、依然として私たちは望ましいところからは程遠いところにあり、したがって金融政策が正常なところに戻るのにはしばらくかかるかもしれません。同僚であるジャネット・イエレンが先週の議会証言で示した、金融政策のより正常なアプローチへ至る最も確実な道は、より力強い経済回復を促すために今できるあらゆることを行うことであるという考えは、私も同意するところであります。 [21]原注19;Yellen (2013)を参照 FOMCは、非常に緩和的な政策をそれが必要な期間維持し続けるということにコミットメントし続けます。政策についてのコミュニケーションは、Fedがその目標を達成しようとする際の中心的な要素であり続けることでしょう。
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Swanson, Eric T. and John C. Williams (2013). “Measuring the Effect of the Zero Lower Bound on Medium- and Longer-Term Interest Rates (PDF),” Working Paper Series 2012-02. San Francisco: Federal Reserve Bank of San Francisco, January.
Tobin, James (1965). “The Monetary Interpretation of History,” American Economic Review, vol. 55 (June), pp. 464-85.
—— (1969). “A General Equilibrium Approach to Monetary Theory,” Journal of Money, Credit and Banking, vol. 1 (February), pp. 15-29.
Yellen, Janet (2013). “Confirmation Hearing,” statement before the Committee on Banking, Housing, and Urban Affairs, U.S. Senate, Washington, D.C., November 14.
References
↑1 | 原注1;正確に言えば、長期に渡って持続しうる雇用水準に対する金融政策の影響力は限定的であるが、現在の雇用水準と長期的な水準との間のギャップを埋める一助としては使いうるのであり、これは今日行っていることでもある。 |
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↑2 | 訳注;邦訳は「リフレが正しい」(中経出版)に収録されている他、ロイター社のサイトでも読める。これ以外のFOMCの声明も基本的にはロイター社が邦訳を提供しており、参考文献にあげられている声明文にはロイター社の邦訳へのリンクを併記しているので、要すれば参照のこと。 |
↑3 | 原注2;2013年1月の理事会の声明は次のアドレスで読める。www.federalreserve.gov/monetarypolicy/files/FOMC_LongerRunGoals.pdf |
↑4 | 原注3;9月の長期の正常な失業率についての中心傾向(FOMCの各委員が出した値のうち、最も高いもの3つと最も低いもの3つを除いたもの)は5.2~5.8%であった。FOMCによる最新の予測は、理事会のウェブサイトを参照のこと。www.federalreserve.gov/monetarypolicy/fomcminutes20130918ep.htm |
↑5 | 原注4;Eggertsson及びWoodford (2003)や、Reifschneider及びWilliams (2000)等を参照。 |
↑6 | 原注5;連邦準備制度理事会(2008, 2009)を参照 |
↑7 | 原注6;連邦準備制度理事会(2011)を参照。 |
↑8 | 原注7;Campbell, Evans, Fisher及びJustiniano (2012), Swanson及びWilliams (2013), Raskin (2013)の他、ニューヨーク連銀が最近行った一次取引者に対する調査(Femia, Friedman, and Sack, 2013)によってそうした証拠が示されている。 |
↑9 | 原注8;連邦準備制度理事会(2012a, b)を参照。 |
↑10 | 原注9;連邦準備制度理事会(2012c)を参照。 |
↑11 | 原注10;連邦準備制度理事会(2012c)を参照。厳密に言えば、少なくとも失業率が6.5%を超えており、向こう1-2年のインフレ見通しがFOMCの長期目標である2%を0.5%ポイント超上回らず、長期のインフレ期待がしっかりと固定されて続けているうちは、フェデラル・ファンド・レートの目標範囲は0~0.25%にあるのが適切となるとFOMCが見ているということがガイダンスでは述べられている。FOMCは声明の中で、こうした新たな閾値は過去になされた期日に基づいたガイダンスと整合的であると考えていることを明確にしている。Femia, Friedman及びSack (2013)では、一次取引者に対する調査への回答者も大部分こうした評価を共有しているという証拠が示されている。 |
↑12 | 原注11;経済状況ベースのガイダンスの利点の一つとしては、金融市場の状態が経済に対する自動安定化装置として振る舞う傾向を強化するということが挙げられる。例えば、労働市場についての暗いニュースは、失業率が閾値に達するために必要と人々が期待している時間量を伸ばす方向に働き、同様に政策が非常に緩和的であり続けると人々が期待している時間量も伸びることになる。こうした政策に対する期待の変化に対応し、金利が下落するとともに資産価格が上昇し、したがって金融環境が緩和されることで経済見通しの悪化による影響を打ち消す要素となる。 |
↑13 | 原注12;この効果についてのより完全な議論は、Bernanke (2012)で行った。そこで示した通り、Milton Friedman (2000) と James Tobin (1965, 1969)の2人も同じ主張を行っている。LSAPsはこれ以外に経路によっても金融環境に影響を与える可能性がある。より完全な議論についてはBernanke (2012)を参照のこと。そうした経路の一つとして「シグナリング経路」が挙げられるが、これは証券購入という直接行動が金利のフォーワードガイダンスのようなコミュニケーション・ツールの信頼性を高めるというものである(Posen, 2012)。 |
↑14 | 原注13;Fedのバランス・シート拡大についての更なる懸念として、金融環境は一定期間Fedのポートフォリオからの利子収支を減少させる方向に変化する可能性があり、それによってFedが財務省に対して利子を支払うことの出来ない期間が生じうるということを指摘する声もある。この点についての分析はCarpenter他 (2013)を参照。そうした状況は、起こりうる可能性は低いものの、Fedの評判を傷つけるという費用を生じ、Fedの独立性を脅かすリスクを高める可能性がある。そうした費用を考慮に入れる必要はあるものの、入念な分析によれば実際のところ、LSAPsはほぼ確実に政府の財政を改善する。というのもまず、財務省に対する支払いが行えない事態に陥ることがあったとしても、非伝統的金融政策が行われている期間の支払いは、LSAPsが行われなかった場合に比べかなり多くなる可能性が非常に高い。事実、2009年以降、Fedは3500億ドル以上を財務省へ支払っており、これは金融危機以前の18年間 (1990年~2007年)で支払われた総額とほぼ等しい。さらに、LSAPsによる財政への影響としては、税収、利子の支払い、政府支出に経済の強化が与える影響も考慮に入れなければ不完全である。これらによる財政赤字の減少は、Fedによる支払いのペースがどのように変化して財政赤字に影響を与えたとしても、それを補って余りあるものになるだろうことは間違いない。そして最後に、財政への効果は重要なものではあるが、FOMCによる政策の全体としての効果には、経済成長の向上や雇用の改善、物価の安定化によるその他の重要な便益も含まれているのである。 |
↑15 | 訳注;ファニーメイやジニーメイといった政府機関が発行したMBS |
↑16 | 原注14;この基準は、2012年9月から2013年1月にかけてのFOMCの声明の中では、若干異なった形で表現されている。2013年3月以降、声明には「委員会は、物価の安定を保った形で労働市場の見通しが持続的に改善するまで、財務省証券とエージェンシー不動産担保証券の購入を続けるとともに、その他の政策手段についても適切に用いる。」という一文が盛り込まれている。FOMCの各声明文は次のアドレスから入手できる。www.federalreserve.gov/monetarypolicy/fomccalendars.htm |
↑17 | 原注15;連邦準備制度理事会(2012c)を参照。 |
↑18 | 原注16;例えば、ユーロドラー先物の2015年半ばにおける将来金利は、6月のFOMC会合後の数日で約40ベーシス・ポイント上昇し、これは経済見通しの変更では到底説明できないものであった。 |
↑19 | 原注17;連邦準備制度理事会(2013a, b)を参照。 |
↑20 | 原注18;先に述べた仕組みから、(償還された元本の再投資と、満期を迎えた証券の借り換えによる)Fedの膨張したバランスシートの維持は、購入が終了した後においても期間プレミアムと長期金利への引き続き押し下げ圧力を加えることとなる。さらに、6月の記者会見でも述べたとおり、金融政策正常化の過程においてエージェンシーMBSの売却が行われることはないとFOMC委員の大多数が考えているが、長期的にはMBSの保有を減少ないし完全になくすために限定的な売却が行われる可能性はある。 |
↑21 | 原注19;Yellen (2013)を参照 |