ポール・クルーグマン「ユーロ圏プロパガンダがこんなところまで」

Paul Krugman, “The Long Reach of Euro Zone Propaganda,” Krugman & Co., May 16, 2014. [“Eurozone Fiscal Myths,” May 9, 2014; “Already in the Lowflation Trap,” May 10, 2014]


ユーロ圏プロパガンダがこんなところまで

by ポール・クルーグマン

OBI/The New York Times Syndicate
OBI/The New York Times Syndicate

先日,マシュー・イグレシアスが Vox でこれまでのユーロ圏の状況について書いている.全体として,とてもすぐれた記事だ.イグレシアスは,そこでこんなことを解説してる――「必要とあればどんなことでもやる」金融介入と政治的なコミットメントが組み合わさって,金融の状況が安定化されているものの,ユーロ圏の経済と失業率は悲惨なことになっている.

ただ,そのイグレシアス氏でさえ,強力なプロパガンダにいくぶん絡め取られちゃっている.そのプロパガンダでは,いまの危機は主に財政的なものとして描き出される.イグレシアス氏が言うには,ユーロを採用し,その結果として借り入れコストは低くなったことで,「無責任財政」がイタリアでなされるようになってしまったんだそうだ.

ごめんね,でもそうじゃないのよ(こと財政の話題となったら,ほぼどんな話題でも,ぜったい必ず数字をじぶんで確かめてみなくちゃいけない.報道で伝えられてるらしいことだけをアテにしちゃダメだ).イタリアの債務は大きい.これは,ずっと昔になされた政策の遺物だ(グラフを参照).イタリアの財政状況は,実のところユーロブームの時期に改善してたりするんだな,これが.近年になってまた悪化してるけれど,これだって経済危機のせいにすぎない.

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現実に「無責任財政によってユーロ危機にいたった」って主張が当てはまる国を網羅したリストを以下に示すね:

  • ギリシャ

ほんとの話,スペインとアイルランドが責任ある財政のお手本だったのは2000年から2007年までのことだった.いや,「お手本だったように見えた」と言うべきかな.それに,イタリアだってそれほどひどいわけでもない.そうじゃないと想像してた読者は――無責任財政が実際以上に広くなされてたと思ってた読者は――報道に文句を言ってね.

© The New York Times News Service


とっくに罠にはまってる

ヨーロッパを脅かしてるデフレについてニール・アーウィンが先日『ニューヨークタイムズ』に寄稿した文章に,経済学者のディーン・ベイカーが反応してる.
ゼロ・インフレはなんらかの経済版ルビコン川じゃないってお決まりの主張をぜひしておく必要をベイカーは感じたらしい.インフレ目標値を下回るインフレ率はとっくに問題になってるし,とくに,経済刺激策を提供する方法がかんたんに利用できない国々にとっては,すごく深刻な問題になってる.

ちょっと考えて見よう.ある国で2パーセントのインフレ目標を採用してるとする.ただ,その国の中央銀行はすでに金利をゼロ寸前にまで下げていて,しかも現実のインフレ率は1パーセントなうえに,さらに下がりつつある.このとき,その国はすでに,幸運がおとずれないかぎりいっそう深く罠にはまってしまう累積的なプロセスを経験しているまっただ中にある.

なんでそうなるの? インフレ率が下がるにつれて実質金利は上昇し,それによって経済はいっそう落ち込んでいく.また,債務国では債務がますます重くなっていく.なぜなら,それまで予想されていたほどインフレが高くなくなってて,そのため,その国はデフレになっていないにも関わらず,債務デフレのサイクルに入ってしまうからだ.

というわけで,ヨーロッパでインフレが低くてさらに下落してるのはたしかに問題だけど,それは,デフレに陥るかもしれないからじゃあない――いままさにヨーロッパで起きてることゆえに,問題なんだ.

あ,そうそう.スウェーデンについても一言.スウェーデン経済はたしかにデフレに陥る寸前になってる.でも,スウェーデンの当局は,「産出はいま伸びてるから気にすんな」って言ってる.えー,スウェーデンの中央銀行ってインフレ目標を採用してたっけ,してなかったっけ? そりゃまあ,インフレが目標値を下回っていても,経済が拡大することもたまにはあるよ――でもね,インフレ率が低いせいで,悪性のショックに反応できる余地があんまりなくなってしまうんだよ.だから,現在の産出量の指標がどうなっていようと,目標値を下回ってしまうのは,政策の失敗なんだ.

ともあれ,ユーロ圏の話にもどるとしよう.問題は,なにかわるいことが起こりうるってことじゃなくて,すでにわるいことが起きちゃってるってことなの.あと,これも思い出そう――なにより,リスクは対称的じゃない.インフレを制御するには痛みが伴うこともあるかもしれない.でも,インフレの制御方法ならわかってる.

デフレや低インフレからの脱却はほんとにほんとにむずかしい.だからこそ,避けるべきだ.

© The New York Times News Service

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