ポール・クルーグマン「ユーロ圏危機 2.0」

Paul Krugman, “The Eurozone, Back in Crisis,” Krugman & Co., October 17, 2014.
[“Europanic 2.0,” The Conscience of a Liberal, October 11, 2014]


ユーロ圏危機 2.0

by ポール・クルーグマン

Angelos Tzortzinis/The New York Times Syndicate
Angelos Tzortzinis/The New York Times Syndicate

国際金融経済学を研究してる人なら誰だって「ドーンブッシュの法則」に聞き覚えがある:「危機の到来までには思った以上に時間がかかるが,ひとたび起これば思った以上に急速に展開する」.経済学者の故ルディ・ドーンブッシュが1997年のインタビューで語った言葉だ.

最近のユーロ危機も同様だ.しばらく前に,ユーロ圏のマクロ経済政策を牛耳っていた緊縮派は,そこそこ成長が上向いたのを根拠にしてそれ見た事かと勝利宣言を触れ回っていた.その後,インフレ率は急落し,ユーロ圏経済のエンジンは「プスンプスン」といやな音をだしはじめた――さらに,おそらくこっちがもっと大事なんだけど,ファンダメンタルズにふたたび目を向けた人たちが誰も彼も,状況が相変わらずきわめて切迫しているままなのを認識した.

2012年の夏にも事態はすごく切迫して見えて,欧州中央銀行総裁マリオ・ドラギが崖っぷちからヨーロッパをすくい上げた.もしかしたら,あくまで「もしかしたら」だけど,今回もドラギがやってくれるかもしれない.でも,その任務は今回の方がずっと困難に見える.

2012年のとき,問題の所在は,ユーロ圏周辺国の借り入れコストがすごく高いことにあった.高い借り入れコストを引き起こしていたのは,〔国債返済の〕支払い能力以上に流動性の問題だったことが,いまではわかってる.つまり,市場が恐れていたのは,基本的にこんなことだった――「スペインやイタリアは文字通りお金がつきて債務不履行になるんじゃないか」.そして,こうした恐れによって,まさにそのシナリオが自己成就的な予言になる兆候がでていた.でも,この危機を鎮静化するのに必要なのはほんの一言だった「必要な手はどんなものでも打つ」 キャッシュ不足の見込みが退けられると,パニックはすぐさま静まっていった.現時点で,スペインもイタリアも,借り入れコストが歴史的な低水準にまで下がっている.

でも,いま起きてるのはそれと大きくちがってる.いま起きてるのはスローモーションの危機だ.ここにはユーロ圏全体が関わっていて,いまデフレの罠にずり落ちていってる.ドラギ氏は量的緩和によっていくらかこの罠から引き上げる試みができるけれど,それでうまくいくかどうかはまったくわからない.最善の条件ですらうまくいくかどうかわからないんだ.そして,現実には,ドラギ氏は打てる手にきびしい政治的制約をかけられてしまっている.

また,ぼくにとって驚きなのは,いまなお残ってる知的な混乱の多さだ.ドイツはいまだに,この危機全体を無責任財政の報いだと考えて譲らないつもりらしい.無責任財政のせいだとすると,効果的な財政刺激が打てなくなるばかりか,量的緩和にも足かせがはめられてしまう.だって,ドイツにとって,政府債を購入するなんて考えるだにおぞましいわけでね.

それに,金利がゼロ下限についたまま6年――6年!――経ったっていうのに,いまだに流動性の罠の論理がどれほど理解されずにいることかってことにも目を見張る.最低の例ってわけじゃないけど,最近『フィナンシャル・タイムズ』にモルガン・スタンレーの副会長 Reza Moghadam が書いたコラムを読んだら,こんなことが書いてあった――「賃金その他の労働コストはとにかく高すぎる.富裕国の水準で見ても高いのだ.まして,新興経済国の競争者たちは言うまでもない.」

うへええ.心配してるのが外部との競争力なら,ユーロの価値を下げるべきだよ.賃金切り下げじゃなくてさ.それに,流動性の罠にはまった経済で賃金切り下げをやれば,ほぼ確実に,不況を悪化させてしまう

ヨーロッパの回復力に驚いた人は多い.かく言うぼくも驚いた.それに,ドラギ時代の欧州中央銀行は強さの大きな源になっている.でも,ぼくは(それにぼくが話した他の人たちも)これがどう終わりを迎えるのか,ますます理解しがたくなっている――言い直そう,「破局にいたる以外のかたちでどう終わるのか」わかんなくなってきてる.

マリーヌ・ル・ペンがユーロからも欧州連合からもフランスを離脱させるなんてありそうにないって話を見いだす人もいるかもしれない.でも,だったらキミにはどんなシナリオがある?

© The New York Times News Service


【バックストーリー】ここではクルーグマンのコラムが書かれた背景をショーン・トレイナー記者が説明する

高まる圧力

by ショーン・トレイナー

10月10日,王立スコットランド銀行のアンドリュー・ロバーツが英『テレグラフ』紙にこう語った:「我々はヨーロッパの終局に近づきつつあります.年末までに本物[の量的緩和]を立ち上げてリフレを開始しなければ,まもなく生じるだろう帰結のおぞましさたるや想像もはばかられます」

ロバーツ氏は,ヨーロッパの金融エリート間につくられつつある合意を要約している.つまり,この9月にユーロ圏のインフレ率がほんの 0.3 パーセントにまで下落したのを受けて,デフレ回避のために欧州中央銀行は劇的な対応をとるべきだという見解がまとまりつつある.

今月,欧州中央銀行の当局は資産購入を開始すると公表した.これはいままでアナリストたちに「QE-ライト」と呼ばれてきた対応の一環だが,アナリストたちはこのプランはとうてい不十分だと考えている.同銀のマリオ・ドラギ総裁はドイツからの反対を乗り越えないかぎり十全な量的緩和プログラムは実行できないと考える向きもある.

デフレになれば,経済状況は低成長またはゼロ成長におちいり,しかもそこからの復帰はむずかしい.このデフレ化シナリオは,多くの経済学者たちが恐れていた.なぜなら,物価は下落すると予想されるなら企業と消費者はお金を使うのも借りるのも減らすことになるからだ.すると,今度は需要が減ってしまい,それが物価下落をさらに推し進める.このサイクルからの脱出はむずかしい.たとえば日本経済は1990年代にデフレ期に突入し,経済成長が失われた15年を経験した.いまも日本はそこからの回復に苦しんでいる.

だが,ユーロ圏最大の経済大国ドイツは,欧州中央銀行による介入に反対を続けている.『ブルームバーグ・ビュー』のコラムニスト,マーク・ギルバートは10月13日にこう論じている――ドイツによる反対は「自滅的だ」;「そろそろドイツ連邦銀行は文句を言うのをやめて,ドラギを支援すべきだ.」

© The New York Times News Service

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  1. 最後の
    「マリーヌ・ル・ペンがユーロからも欧州連合からもフランスを離脱させるなんてありそうにないって話を見いだす人もいるかもしれない」
    の原文は

    You may find a story in which Marine Le Pen takes France out of both the euro and the EU implausible;

    で要するに
    you may find a story~implausible

    クルーグマンはこんな長い長い第五文型の英語を書くんですね。

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