マーク・ソーマ 「セールの粘着性」(2015年12月17日)

●Mark Thoma, “‘Sticky’ Sales’”(Economist’s View, December 17, 2015)


価格は粘着的なのだろうか?

“Sticky” sales” by Phil Davies:アメリカでは、セールが目白押しだ。ブラックフライデーに、プレジデントデー(大統領の日)セールに、母の日セールに、独立記念日セール。商品が値引きされるだけではない。セールの開催を知らせるために、派手な目印が用意され、風船が飾り立てられる。従来のメディアやソーシャルメディアを通じて、お買い得情報が拡散される。在庫一掃セールもあれば、開店セールもあれば、閉店セールもある。

経済学者がセールに興味を持つのはどうしてかというと、お買い得品を手に入れたいと思っているからではなく(ご多分に漏れず、経済学者もお買い得品には目がないだろうが)、セールがマクロ経済学の中心的な問い――「価格は、どのくらい伸縮的なのか?」という問い――と大いに関係があるからだ。価格がどのくらい伸縮的なのか――コストや需要の変化に応じて、価格がどのくらい速やかに調整するか――を知ることは、何らかのショック――例えば、財政政策や金融政策の変化――がマクロ経済に及ぼす影響を理解するために欠かせないのだ。

商品の実売価格は、セールの対象になると下がり、セールが終わると上がる(定価に戻される)。商品の実売価格が週ごとないしは月ごとに変動する理由の多くは、定価が見直されるためではなく、セールで割り引かれる(そして、セールが終わると定価に戻される)からだ。その点については経済学者の間で異論はないものの、「セールの伸縮性」については経済学者の間で活発な論争がある。セールによって商品の実売価格が頻繁に変動するのは確かだとしても、生産コスト(ないしは、仕入れコスト)が突然変化したり、経済環境が予想外に変化したりした場合に、それに応じてセールの予定も柔軟に見直されるんだろうか?

生産コスト(ないしは、仕入れコスト)が突然変化したり、マクロ経済ショックが起きたり――政府支出が増えたり、金融政策が緩和されたり、世界全体の景気が冷え込んだり――した時に、セールの予定がどのくらい柔軟に見直されるかによって、消費者物価(マクロレベルの価格)がどのくらい変化するかも違ってくる。「セールの伸縮性」には、金融政策の効果だったり、マクロモデルの予測精度だったりを左右する力が備わっているのだ。

金融政策が実体経済に影響を及ぼせるかどうかは、商品の実売価格が粘着的かどうかにかかっている。金融緩和によって総需要が増えた場合に、商品の実売価格が即座に上がらないようだと粘着的だと言われるが、商品の実売価格が粘着的じゃなければ、金融緩和によって景気が刺激される(生産量や雇用量が増える)ことはない。商品の実売価格が粘着的じゃないと、金融緩和に伴って商品の実売価格が即座に上がり、商品の実売価格が上がると消費者が支出を控えるからだ。逆の言い方をすると、商品の実売価格が粘着的であればあるほど、金融政策が景気を短期的ないしは中期的に刺激する効果は大きくなるのだ(「貨幣は、長期的には中立である」というのが経済学者の間での共通認識である。「貨幣は、長期的には中立である」というのはどういう意味かというと、商品の実売価格は長期的には伸縮性が極めて高くなるため、金融政策は長期的には実体経済に影響を及ぼせない、という意味)。

ミネアポリス連銀の主任エコノミストであるベン・マリン(Ben Malin)が共著者の一人となっている論文で、セールが価格(商品の実売価格)の粘着性(ひいては、金融政策)に対して持つ重要性が明らかにされている。その論文は、“Informational Rigidities and the Stickiness of Temporary Sales” (「情報の粘着性と、一時的なセールの粘着性」)と題されているが、マリンらは、仕入れコストの急騰やその他のショックに対する価格(商品の実売価格)の反応を探るために、米国の小売業を対象に選んで膨大な価格データを調査している。ちなみに、他の共著者は、経済学が専門のエミ・ナカムラ(Emi Nakamura)とジョン・スタイソン(Jón Steinsson)――ともにコロンビア大学に在籍〔2015年当時〕――、経営学が専門のエリック・アンダーソン(Eric Anderson)――ノースウェスタン大学に在籍――とダンカン・シメスター(Duncan Simester)――マサチューセッツ工科大学に在籍――の四人だ。

マリンらの論文では、CPI(消費者物価指数)の計算に使われる商品の価格データをもとにして、米国の代表的な小売業者が景気の良し悪しに応じてセールの内容をどう調整するかも調査されているが、驚きの結果が見出されている。仕入れコストが急騰したり、その他のショックに襲われても、セールを行うタイミングが当初の予定から変更されもしなければ、セールでの値引き額が見直されもしないというのだ。その代わり、仕入れコストが急騰したり、その他のショックに襲われると、「定価」が見直されるというのだ。マリンが語るところによると、「我々の研究は、『定価』の動向こそが、マクロレベルで見た価格(消費者物価)の伸縮性のほど――消費者物価がマクロ経済ショックに応じてどのくらい変動するか――を決める上で肝心な働きをしているとの説を支持しています」とのことだ。・・・(略)・・・

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