David Autor, Christopher Palmer, Parag Pathak, “Does gentrification reduce crime?”(VoxEU.org, 16 November 2017)
公共の安全を含め、ジェントリフィケーション(下層住宅地の高級化)や近隣のアメニティ(快適環境)に関しては、原因を効果と区別することが難しいとされている。本稿では、アメリカマサチューセッツ州ケンブリッジの家賃統制制度が突然終了した事例を取り上げ、ジェントリフィケーションが犯罪に影響を及ぼすかどうか、また、その影響はどの程度なのかについて研究する。賃貸管理制度の終了直後の数年間に、賃貸料の管理の程度が大きかった区域では犯罪が大幅に減少した。一方で、こうした区域は、居住者の入れ替わり率が最も高かった。このことが示すのは、こうした地域に元々住んでいた賃借人は賃料が高額すぎたために住んでいた不動産から追い出されていて、ジェントリフィケーションの恩恵を受けていないということだ。
ジェントリフィケーションをめぐっては、原因と結果を区別することが非常に困難であるとされている。コーヒーショップやヨガスタジオは、新しい住民の要望を受けてある区域にできるのか? それとも、こうした高所得者向けの施設ができたことを受けて新しい住人が現れるのか?
最も重要な近隣のアメニティの1つは、公共の安全だ。1980年代に都市犯罪が増加したことで郊外化が加速し(Cullen and Levitt 1999)、その後2000年代に都市犯罪が減少したことがジェントリフィケーションに寄与した(Ellen et al. 2017)。こうした傾向から次のような疑問が出てくる。地元の犯罪の変化が近隣の住民の入れ替わりに影響を与えるならば、近隣の構成の変化は犯罪に影響を与えるのかという問題だ。理論的には、ジェントリフィケーションは犯罪を増加させる可能性もあるし、減少させる可能性もある。比較的裕福な住民が流入することで、より魅力的なターゲットができ、犯罪が増加する可能性がある。また、近隣の住民の入れ替わりによって社会的一体性が減少し、犯罪が増加する可能性もある(e.g. Wilson 1987, Sampson et al. 1997)。一方、別の要因によって、ジェントリフィケーションが犯罪を減少させる場合もある。割れ窓理論では、ジェントリフィケーションの最中に一般的に起きることだが、明らかな衰退の兆候を和げる(例えば、割れた窓を修理する)ことで、犯罪活動が抑止される可能性があるとされている(Wilson and Kelling 1982)。裕福な住民が住んでいることによって、間接的に地方財産税の課税標準が増え、自治体が犯罪対策を優先するようになり、警報システムといった犯罪を抑止するための民間の警備対策への投資が行われるようになるかもしれない(Farrell et al. 2011)。最後に、賃料の上昇によって転居せざるを得ない地元の犯罪者がでてくることで、ジェントリフィケーションが犯罪を減らす可能性がある。また、地方の経済活動が増加することにより、犯罪者だった人が合法的に雇用されるようになるかもしれない。
こうしたあいまいな理論予測を反映しており、また、そうした状況下で因果関係を区別するのが難しいため、犯罪と近隣の変化の関係に関する既存の経験的証拠には様々なものがある(McDonald 1986, Taylor and Covington 1988, Covington and Taylor 1989, Lee 2010, Van Wilsem et al. 2006, Papachristos et al. 2011, Aliprantis and Hartley 2015)。
我々は最近の論文で、ジェントリフィケーションが犯罪に影響を及ぼすかどうか、その影響はどの程度なのかについて研究した(Autor et al. 2017)。我々は、厳しい家賃統制体制が急速かつ予期せぬ形で終了した際に起きた、意図せず行われた政策実験における近隣の変化について分析を行った。この家賃統制体制では、マサチューセッツ州ケンブリッジの住宅用賃貸物件の約3分の1について、市場価格をはるかに下回る水準に家賃を維持していた。1995年以前は、ケンブリッジの賃貸住宅の多くは家賃統制を受けていて、家賃はユニット固有の最大額で制限されていた。州規模で行われた住民投票によって、マサチューセッツ州での家賃統制は1995年1月1日に終了した。この住民投票により、家賃は市場レベルまで上昇し、ケンブリッジで近隣の変化の波が起きた。我々の以前の論文では、規制緩和直後の数年間で、家賃統制を受けていた物件の割合が最も多い区域では住民の入れ替わりが20%増加し、家賃統制が少なかった区域と比べて不動産価値が大幅に増加したことを示した(Autor et al. 2014)。
政策体制が急激に変化することによって、犯罪行為全体に影響を及ぼす都市全域の要因が保たれたまま、近隣の変化がどのように犯罪に影響するのかを調査することが可能になった(逆の場合はそうはならない)。我々はケンブリッジの警察のアーカイブから、1992~2005年のジオコード化された詳細な犯罪事件レベルのデータを収集した。その後、統制終了後の時期に家賃統制の集中度合いが高かった区域と低かった区域が経験したことを対比させるために、ケンブリッジを小さく分割して地理的に厳密に比較することで、犯罪活動の変化を追跡した。図1は、我々の主な研究結果をまとめたものだ。家賃統制終了後の数年間に、統制の程度が高かった区域では犯罪が大幅に減少した。1996年までに、高級化している区域(当初、1標準偏差より高いレベルで家賃統制が行われていたブロック)の犯罪全体は、家賃統制のレベルが比較的低かった地域と比べて16%減少した。表1は、通報された犯罪のカテゴリー別にどのように影響が異なるかを示している。犯罪事件の通報数が最も減少したのは窃盗犯罪だが、犯罪が減少したことにより回避できた損害額の大部分は暴力犯罪が占めている。
図1 通報された犯罪に対するジェントリフィケーションの影響(年毎)
注:図は、家賃統制集約(RCI)の標準偏差が1増加することがエリアごとの犯罪総数に与える影響のイベントスタディ係数(1992~2005年)を示している。RCIでは、1995年以前に賃貸管理を受けていた物件の地域ごとの集約度を測定している。図に示された推定は、1,000平方メートル当たりの犯罪総数を従属変数としたイベントスタディ回帰から導き出されたRCI × Year(年)変数の係数。仕様には、年及び街区の固定効果が含まれる。1994年がRCI x Yearの欠落カテゴリとなる。ロバスト標準誤差は、街区レベルでクラスター化されている。1994年のところにある縦線は、家賃統制が解除される前の年を示している。
表1 通報された犯罪に対するジェントリフィケーションの効果(犯罪カテゴリー別)
注:表は、マサチューセッツ州ケンブリッジにおいて、1995~2005年の期間の間に、賃料の規制緩和にさらされた度合いが平均から1標準偏差高くなるごとに、犯罪カテゴリーごとにどれだけ犯罪が減少するかの推定を示している。これには、近隣ブロックの固定効果と年の固定効果、国勢統計区の線形傾向が考慮されている。犯罪の平均コストには、Cohen and Piquero(2009年)による様々なタイプの犯罪の直接コストの総額の頻度加重平均の推定を使用している。この推定は、被害者、刑事裁判のコスト、犯罪者の生産性に関する犯罪の影響を金額に換算したもの。回避できた犯罪の価値は、各カテゴリーに対するケンブリッジの犯罪の年間の減少を、5%の割引率を用いて現在価値で推定したもの。
単純に1990年代にアメリカ全土で起こった都市ルネサンスが原因で、こうした地域で犯罪が減った可能性はあるのか? 2つの重要な事実がそうではないということを示している。第1に、規制緩和後に大幅な転居が起きた地域では、規制緩和前の3年間に犯罪は特異的に減少していなかった(図1)。第2に、規制緩和の効果は、犯罪の初期レベルが高い地域での公共の安全の改善といった、規制撤廃に先立って発生した犯罪に関する他の地理的傾向を考慮してもなお存在する。
ジェントリフィケーションによってケンブリッジの犯罪は全体として減少した。このことは、FBI統一犯罪統計報告書を用いてケンブリッジの経験したことを同規模の自治体を比較することで確認された。我々の以前の研究では、規制緩和後の10年間でケンブリッジの住宅用不動産の市場価値の評価が20億ドル上昇したことが示されている。そうした価値の増加のどの程度が、同時に起きた犯罪の減少によって引き起こされたものなのか? 我々は、犯罪減少の経済的価値を測るために犯罪学の文献でよく使用される犯罪の金銭的・非金銭的コストの推定(Cohen and Piquero 2009)を用いる。この方法で、公共騒乱に分類される平均的な犯罪のコストは、住民に対するディスアメニティ(快適ではない環境)の点で約5,000ドルかかる一方で、平均的な暴力犯罪では、関連するディスアメニティの価値が60,000ドルを上回る(表1参照)。犯罪の減少を合算し、Cohen and Piquero(2009年)の推定を用いて評価したところ、ケンブリッジの犯罪の年間の減少は、都市住民に対して年間約1,000万〜1,500万ドルの価値があることが分かった。公共の安全の改善は安定しており、永続性があるように見えるため(図1参照)、このケンブリッジの犯罪の変化が物件の価値をどれだけ高め得たかを推定することができる。我々は、5%の割引率を用いて、規制緩和によって誘発された公共の安全の改善の価値を約2億ドル、つまり、家賃の統制の解除によって生み出された不動産価値の増加全体の10~15%と見積もっている。
ジェントリフィケーションは不動産価値を高めるが、勝者と敗者の両方を生み出す可能性がある。ケンブリッジの経験も例外ではない。賃料統制の撤廃により、犯罪の総数は16%、年間の通報件数で1,200件が減少した。その効果の大部分は窃盗事件の減少によって生じている。この犯罪の全体的な減少は、ケンブリッジ市で2億ドル分の経済的価値を創出した。こうした推定は、公共の安全の向上がジェントリフィケーション・プロセスの重要な部分であるという厳密な証拠を提供している。同時に、そのプロセスが必ずしも全ての住民に利益をもたらすわけではないことを示唆している。1995年以前に最も賃貸管理を受けていた地域で管理終了後の転居が最も多くなっており、これは、管理されたユニットの賃借人にとって、既存のユニットは高額すぎることを意味している。こうした住民の多くがケンブリッジを離れ、より費用のかからない自治体に移った可能性が高い。その後、新しい賃借人が流入したことで、税収と家主の純利益はおそらく増加したが、ジェントリフィケーションによって転居した人々は、必ずしも近隣の安全やその他のアメニティの改善から利益を得たわけではない。
【参考文献】
Aliprantis, D and D Hartley (2015), “Blowing it up and knocking it down: The local and city-wide effects of demolishing high concentration public housing on crime”, Journal of Urban Economics 88: 67–81.
Autor, D H, C J Palmer, and P A Pathak (2014), “Housing Market Spillovers: Evidence for the End of Rent Control in Cambridge, Massachusetts”, Journal of Political Economy 122(3): 661–717.
Autor, D H, C J Palmer, and P A Pathak (2017), “Gentrification and the Amenity Value of Crime Reductions: Evidence from Rent Deregulation”, NBER Working Paper No. 23914.
Cohen, M A and A R Piquero (2009), “New Evidence on the Monetary Value of Saving a High-Risk Youth”, Journal of Quantitative Criminology 25(1): 25–49.
Covington, J and R B Taylor (1989), “Gentrification and Crime: Robbery and Larceny Changes in Appreciating Baltimore Neighborhoods during the 1970s”, Urban Affairs Review 25(1): 142–172.
Cullen, J B and S D Levitt (1999), “Crime, urban flight, and the consequences for cities”, Review of Economics and Statistics 81(2): 159–169.
Ellen, I G, K Horn, and D Reed (2017), “Has Falling Crime Invited Gentrification?”, Census Bureau Center for Economic Studies Paper No. CES-WP-17-27.
Farrell, G, N Tilley, A Tseloni, and J Mailley (2011), “The crime drop and the security hypothesis”, Journal of Research in Crime and Delinquency 48(2): 147–175.
McDonald, S C (1986), “Does gentrification affect crime rates,” Crime & Justice 8: 163–201.
Papachristos, A V, C M Smith, M L Scherer, and M A Fugiero (2011), “More Coffee, Less Crime? The Relationship between Gentrification and Neighborhood Crime Rates in Chicago, 1991 to 2005”, City & Community 10(3): 215–240.
Sampson, Robert J, Stephen W. Raudenbush, and Felton Earls, “Neighborhoods and Violent Crime: A Multilevel Study of Collective Efficacy”, Science 277(5328): 918–924.
Taylor, R B and J Covington (1988), “Neighborhood Changes in Ecology and Violence”, Criminology26(4): 553–590.
Van Wilsem, J, K Wittebrood and N D De Graaf (2006), “Socioeconomic dynamics of neighborhoods and the risk of crime victimization: A multilevel study of improving, declining, and stable areas in the Netherlands.” Social Problems 53(2): 226-247.
Wilson, J Q and G L Kelling (1982), “Broken Windows,” The Atlantic Monthly, March: 29–38.
Wilson, W J (1987), The Truly Disadvantaged: The Inner City, the Underclass, and Public Policy, University of Chicago Press.
・翻訳ありがとうございます.「VoxEUであること」をタイトルで明示すると,それを目当てに読む人が増えるかもしれません.VoxEUは人気がありますので.他の訳者の方のフォーマットをご参考にどうぞ.(また,カテゴリも設定していただけると幸いです.)
・「政策体制が急激に変化することによって、犯罪行為全体に影響を及ぼす都市全域の要因が保たれたまま、近隣の変化がどのように犯罪に影響するのかを調査することが可能になった(逆の場合はそうはならない)。」
“as opposed to the other way around” はひょっとしたら「逆方向の因果関係ではなく」ということではないでしょうか.
「政策体制が急激に変化することによって、近隣の変化がどのように犯罪に影響するのか(逆方向の因果関係でなく)を調査することが可能になった。犯罪行為全体に影響を及ぼす都市全域の要因が保たれたままだったからである。」