アレックス・タバロック 「チャールズ・ストロス ~ハードSSF(ハード・ソーシャル・サイエンス・フィクション)の体現者~」(2013年10月21日)

●Alex Tabarrok, “Hard Social Science Fiction: Neptune’s Brood”(Marginal Revolution, October 21, 2013)


現代科学の知見(発見や限界)を踏まえたサイエンス・フィクションは、ハードSF(ハード・サイエンス・フィクション)と呼ばれている。その類推で、現代の社会科学――特に、経済学、政治学、社会学といった分野――の知見(発見や限界)を踏まえたサイエンス・フィクションを、個人的に、ハードSSF(ハード・ソーシャル・サイエンス・フィクション)と呼ぶことにしている [1]原注;正確には、ハード・ソーシャル・サイエンス・サイエンス・フィクション(hard social-science … Continue reading。ハードSFの基準からすると、ワームホールのような特定の仕掛けがないにもかかわらず、光よりも速い速度で移動できるかのようなシーンを描写するのは、ファンタジー(空想)以外の何物でもないと判断されることだろう。それと同様に、ハードSSFの基準からすると、エデンの園のような未来の共産社会を描くことは、ファンタジー以外の何物でもないと見なされることだろう。いや、ファンタジーを全否定してるわけじゃない。エンターテイメントとしてのファンタジーには何の問題もない。ただし、現実の世界で試されなければね。

ハードSSF作家の中でも私のお気に入りの一人が、チャールズ・ストロス(Charles Stross)だ。ストロスは、ハードSFも、ハードSSFも、どちらも手掛けている――時には、同じ作品が、ハードSFであると同時に、ハードSSFでもある、という場合もある――。例えば、ファンタジックな異世界旅行という趣を持つThe Merchant Princeシリーズは、開発経済学の知見を踏まえたハードSSF作品だし、『Halting State』は、近未来を舞台としたハードSSF作品であると言える(ちなみに、『Halting State』では、「ハイエク」・アソシエイトという名の会社の銀行口座が狙われる印象的なエピソードで幕が開かれる)。

ストロスの最新作である『Neptune’s Brood』は、遠未来を舞台としたハードSSF作品だが、そのことは本書の中の次の印象的な文章からありありと感じ取れることだろう。

繁栄を追い求める恒星間のコロニーは、例外なく、バンカー(銀行家)を必要とせざるを得ない。そのことは、広く認められた真実だ。

『Neptune’s Brood』では遠未来が舞台となってはいるものの、あちこちに散りばめられた隠された意味を慎重に読み解けば――言い換えれば、ストロシアン・リーディング(Strossian reading) [2]訳注;おそらくは、Straussian Readingをもじったものと思われる。Straussian Reading=レオ・シュトラウス(Leo … Continue reading を試みると――、現実の世界で最近起こったばかりの出来事に対する言及で溢れていることがわかる。例えば、本書が、デヴィッド・グレーバー(David Graeber)の『Debt』(邦訳『負債論:貨幣と暴力の5000年』)からの引用で幕を開け、利他的なイカのエピソードで幕を閉じるのも、偶然じゃないのだ。

本書では、恒星間航行が可能となっている世界で「お金」や銀行業がどのような形態をとるかを考えることで、「お金」なる代物に対する理解を深めようと試みられている。そうする中で、ポール・クルーグマン(Paul Krugman)の「恒星間貿易の理論」(pdf) [3]訳注;okemosさんによる翻訳はこちら。ちなみに、クルーグマンも自らのブログで『Neptune’s … Continue reading だとか、(クルーグマンのケースほど明示的ではないものの)ニュー・マネタリー・エコノミクス――ファーマ(Eugene Fama)、ブラック(Fischer Black)、ホール(Robert Hall)、コーエン&クロズナー(Tyler Cowen and Randall Kroszner)らが中心となってその発展に貢献した、貨幣経済学の新潮流――の知見だとかが踏まえられていることは、驚くに当たらない。貨幣の流通速度が劇的に高まるのがプロットポイント(ストーリーの転換点)の一つにもなっているほどなのだ。私掠船が登場するのも、個人的には嬉しいところ(pdf)だ。

ハードSSFで踏まえられているのは、経済学の知見だけにとどまらない。『Neptune’s Brood』では、テクノロジー、宗教、社会組織、生殖といった話題(そして、その相互の影響関係)についても興味深い言及がなされている。『Neptune’s Brood』は、ストロスの作品の中でも一番のお気に入り・・・とまでは評価していないが、楽しみながら読んだことは確かだ。愉快なアクションと、ミステリーの数々が織り交ぜられながら、目まぐるしい勢いで進行する、ストロス流のストーリー展開。他人に横から口を挟ませておいちゃだめだよ。激しくお薦めの一冊だ。

References

References
1 原注;正確には、ハード・ソーシャル・サイエンス・サイエンス・フィクション(hard social-science science-fiction)と呼ぶべきところだが、それだと長ったらしいので、ハード・ソーシャル・サイエンス・フィクションと縮めて呼んでいる。
2 訳注;おそらくは、Straussian Readingをもじったものと思われる。Straussian Reading=レオ・シュトラウス(Leo Strauss)流に、テキストの「行間を読む」こと。
3 訳注;okemosさんによる翻訳はこちら。ちなみに、クルーグマンも自らのブログで『Neptune’s Brood』を取り上げており、「ストロスのこの本は、恒星間ファイナンスの理論を扱ったものだ」と語っている。あわせてこちらの書評(Liz Bourke, “A review of Charles Stross’ Neptune’s Brood“)も参照のこと。
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