ニコラ・ラチェテラ & マリオ・マチス 「利他主義へのインセンティブ? — 献血の場合」 (2015年9月4日)

Nicola Lacetera, Mario Macis, “Incentives for altruism? The case of blood donations ” (VOX, 4 November 2008)


輸血用血液の不足のエピソードは、例外というより寧ろ日常茶飯事となっている。『純粋な』 利他主義が安定した血液供給を保証するものでは無いのは如何にも明らかだ。かといって献血への経済的インセンティブを採用すれば、内在的動機は放逐されてしまうかも知れない。本稿では、献血者は物質的インセンティブや公の表彰に対して、通常の経済学理論が予見する態様での反応を見せる事を示す検証結果を紹介する。献血者への褒賞は、血液供給量増加の良い手段となる可能性があるのだ。

外傷による大量出血、外科処置の最中の血液交換、未熟児の治療といった人の命に直結した場面や、他にも或る種の慢性疾患の治療の際には、輸血が必要となる。現在のところ、人間の血液の代替物として利用可能なものは存在せず、したがって必要な血液は全て、個人からの供給に頼る他ない。近年、血液の需要は劇的な上昇を見せており、それには多様な要因が在るのだが、先ずは人口の高齢化や、臓器移植などの新たな医療・外科手法の登場に端を発しているといえる。献血適格者である個人は多く、しかも輸血の重要性を周知する啓発キャンペーンも数多く行われているのにも関わらず、西欧諸国において実際に献血を行っている献血適格個人の割合は極めて小さい (全体の5%から10%)。発展途上国ではこの数字はさらに低下する。その結果、輸血用血液の不足 (「供給血液量が3日間の必要分に満たない時」 と定義した場合) のエピソードは、例外というより寧ろ日常茶飯事となっている。

西欧諸国において、血液の供給は無償かつ自発的な行為によって賄われている。しかし前述の危機的血液不足に鑑みれば、『純粋な』 利他主義が安定した血液供給を保証するものでは無い事は如何にも明らかだ。だが追加的な 『物質的』 インセンティブは、より多くの供給者を献血へと促すものとなるだろうか? 通常 『内在的』 理由から行われるところの行為を促す経済的インセンティブの効果は、理論上定かではなく、実際のところTitmuss (1971) 以来、経済的インセンティブが内在的動機を (例えばBenabouとTirole 2006で言及された様に、『授かり物』 や 『市民的義務』 の感覚の破壊を通して、或いは無償の行為の真の動機への疑念の創出を通して) 放逐し、したがって無償行為の減少につながるものであるかも知れないとの主張が一部からなされてきたのである。概そのところをいえば、この懸念 (及び物質的給与を介して得られた血液の質への懸念) が為に、殆どの西欧諸国において、献血は自発的かつ無償の貢献に依拠するものとなり、他方で既存の諸規制が献血者への金銭給付を禁止するという状況になっているのである。

イタリアにおける献血インセンティブ

数多くの研究プロジェクトを通して、我々はどの様な戦略が血液供給の増加につながるものかを見出すべく調査に取り組んできた。より広い意味で我々の目標は、成果主義といった経済的インセンティブが望ましい方向に働かない事も在り得る文脈における、人間行動の決定因子の探究に在る。さらに例を挙げるなら、『内在的動機』 が肝心な職種における被雇用労働者 (福祉事業の従事者、ヘルスケアの専門家、消防士 etc.) の問題や、この種の労働者を明示的なインセンティブの下に晒す事が効果的か否かといった問題もこれに含まれるだろう。こういった問題がますます重要となっている分野として環境配慮的行為の領域 (リサイクル、公害抑制 etc.) があるが、同領域における所作の形成も社会規範の混合体・市場原理・規制に相当程度依存するものだ。

我々は、或るイタリアの町に住む献血経験者について、その献血歴や、人口動態・雇用状況についての情報を含む一連の長期的データを利用し、(1) 献血を行おうとするイタリアの被雇用労働者にはその献血日1日を有給休暇とするという立法規定の影響 [*訳注1]、(2) 社会的賞賛の価値を有するも経済的価値を持たない象徴的褒賞 (『勲章』) を提供し、贈与の反復を促そうというインセンティブ構想の影響、これらの調査に取り組んできた。最近の調査結果の示すところでは、贈与者は1日有給休暇のインセンティブを拒まないばかりでなく、連続した休暇を得られる点でリターンが大きいといえる特定の日 (金曜日など) に献血日を集中させる事で同インセンティブに反応を見せる事が分かっている。これは、『物質的』 考慮材料が、経済的インセンティブに対し積極的に反応した場合に生じ得る世間体を損なう効果 [possible negative social-image effects] を上回る事を示唆するものである。我々はさらに、当該有給休暇特権が被雇用労働者である献血者の年間献血回数を平均して1回増加させる事も示した。最後に、様々な献血者間には動機の異質性が存在する事を実証する結果も得られた。献血者の一部として、画然と物質的褒賞の利益を受け取ろうとしない下位集合が存在したのである。最後の発見は、利他行為や世間体問題に対する態度が人びとの間で異質性を有する事を前提としているBenabouとTirole (2006) の説とも符合する。

次に象徴的褒賞であるが、これはどうやら贈与頻度を増加させるものの様であった。しかしこの傾向が見られるのは、賞与が公に授与され、かつ、地方新聞でレシピアントの氏名が公表される場合のみである。我々はこの発見をもって、贈与者が自らの自発的行為に対する社会的認知に関心をもっている事を示すものと解釈する。NeckermannFrey (2007) が指摘した様に、褒賞は多様な文脈で広く利用されているのであるが、経済学者による詳細な調査は行われてこなかった。我々の研究は、少なくとも献血の場面については、こういった褒賞のもつ肝心な要素の1つとしてその認知度の点、すなわち褒賞受領者が自らの世間体を向上出来る点にある事を実証するものである。これは、ArielyとBrachaとMeier (2008) による最近の研究結果とも符合している。

純粋に利他的な理由に加えて、(有給) 休暇の追加や社会的認知の形で表現される外部的褒賞の諸形態も、献血への強力な動機付け要因となっている様である。ここで質問の声が上がるかもしれない、すなわち、物質的褒賞の他の形態 – それは例えば現金インセンティブ等のいっそう直接的・即時的なものともなろう – でも、同様の成果が得られるのだろうか、また褒賞の大きさは人の振舞いに対しどの様に影響するのか、と。MellstromやJohannesson (2008) の発見したところによれば、スウェーデンの大学の女学生は、続く献血を行う為に必要な健康テストについて、金銭的インセンティブが提供された場合に、その受験を厭う傾向を増したという。同者らはこの結果をもってTitmuss (1971) の主張と符合するものであると解釈している。尤も、男性の間には全く放逐効果は見られなかった (一般的にいって、献血者の3/4は男性である)。

これらの結果と部分的な対照を見せているのが、GoetteとStutzer (2008) がスイスで実施した大規模フィールド実験であり、その発見によれば、宝くじ (期待値は約4米ドル) の提供は献血運動への参加者の増加につながったという。我々がイタリアの献血者に対し実施してきた調査の暫定的結果の示唆するところでは、人びとは現物でのちょっとした褒賞 (例えば献血後に図書券や軽食券を配布するなど) を貰う方を、現金での相当額を渡されるよりも選好する様である。褒賞のタイプに加えて、物質的褒賞の大きさに対する人びとの反応を解明する為のさらなる研究努力が求められるところであるが、例えばGneezyとRustichini (2000) は、物質的褒賞に対する向社会的行動の反応が非線形性を有する事を発見している。すなわち、小さな賞与が利他的行為の提供を減少させる一方で、大きな賞与はこれを向上させるものであるという。我々の研究で分析した有給休暇インセンティブはしたがって、大きなインセンティブであると見做すべきものかも知れない。

結論

利他行為の選好、および世間体問題に付与された重要性はどうやら、異質性を有する様である。しかしながら、最近の実験やフィールド調査から得られた実証結果が示唆するところでは、物質的インセンティブや公の表彰に対しては、(大半の) 献血者が通常の経済学理論の予見する仕方で反応をみせる様である。したがって贈与者に褒賞を与える事 – 但し、提供される褒賞が、大きさ・タイプの点で 『適切』 である場合に限るが -、これが血液供給量を増し、以て散見される血液不足の事例を減らすものとなる事も、十分考え得るのである。

参考文献

Ariely, D., Bracha, A. and Meier, S., 2008. Doing Good or Doing Well? Image Motivation and Monetary Incentives in Behaving Prosocially. American Economic Review, forthcoming.

Bénabou, R. and Tirole, J., 2006. Incentives and Prosocial Behavior. American Economic Review 96(5): 1652-1678.

Gneezy, U., and Rustichini,A., 2000. Pay Enough or Don’t Pay At All. Quarterly Journal of Economics, August, 791-810.

Goette, L. and Stutzer, A., 2008. Blood Donations and Incentives: Evidence from a Field Experiment, IZA Discussion Paper 3580.

Lacetera, N. and Macis, M., 2008a. Motivating Altruism: A Field Study, IZA Discussion Paper 3770.

Lacetera, N. and Macis, M., 2008b. Social Image Concerns and Pro-Social Behavior, IZA Discussion Paper 3771.

Lacetera, N. and Macis, M., 2008b. “Are all (cash equivalent) extrinsic incentives the same?”, working paper.

Mellstrom, C. and Johannesson, M., 2008. Crowding Out in Blood Donation: Was Titmuss Right? Journal of the European Economic Association, 6, 4, 845-63.

Neckermann, S. and Frey, B., 2007. Awards as Incentives. Institute for Empirical Research in Economics Working Paper No. 334

Titmuss, R.M., 1971: The Gift Relationship, London: Allen and Unwin.

 

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