Nauro F. Campos, Martin Gassebner, “International terrorism and the escalation effect” (VOX, 07 April 2009)
通説ではテロリズムは収入や民主主義の欠乏に由来するものと説明される。本稿では、政情不安 [訳注: political instability] の方が国際テロリズムの予測変数としてより優れたものである事、また内戦 [civil war] およびゲリラ戦 [guerrilla warfare] は、テロリストがテロ行為を実行する際に必要となる人員および技能を集積する為の訓練場を提供してしまう事、これらの点を主張する。政治的暴力の減縮はそれに続くテロリズムの減縮をもたらす可能性が有る。
何が国際テロリズムの駆動力となっているのか? 一体何が、長年に亘り諸国を横断する形でテロ組織の行動に影響を及ぼしている根深い要因なのか? どの様な説を以てすれば、1980年代以来の国際テロ行為 『件数』 の減少と、その種の行為がもたらしている平均 『死亡者数』 の増加を同時に説明し得るのか? こういった重要政策問題を扱った文献はあまた在るが (また9/11以降、指数関数的な増加をみせているが)、実証研究に基く既存の推定値は依然として、その大小・正負符号 [sign] ・有意性の点で四分五裂の状態にある (現状把握には、諸文献の中でも特にKrueger, 2007, やLlusa とTavares, 2008を参照されたい)。
図1. アメリカ州 [Americas] における国際テロ事件およびそのが死亡者の (国当たりの) 平均数
図2. 欧州における国際テロ事件およびその死亡者の (国当たりの) 平均数
有力な説明因子としては次の2つが最も注目されてきた – 貧困と民主主義がこれである。1つの可能性として、極端な貧困が人を自暴自棄のテロ行為へと駆り立ている場合が考えられる。低次の経済発展状況が即ち職業機会の減少となり、テロ行為という選択肢の誘惑を増している事も考え得るだろう。民主主義についての洞察も、政治的機会の欠乏がテロリズムという選択肢の誘惑を増し、一定限度ではあるが、正当化可能なものにし得るという趣旨である点で、類似している。こういった問題に関して、実証研究に基く文献は未だ結論を出すまでに至っていない。一人当たりGDPが国際テロリズムの重要な決定因子である旨を示す種々の論文が在る一方で (例えばBlombergら, 2004)、その反対を主張するものも在る (例えばKruegerとMaleckova, 2003)。民主主義についても同様で、Abadie (2006) の伝えるところによれば、政治的権利が専らテロリズムを説明するものとなるのだが、Tavares (2004) の主張はそれと異なる。
CamposとGassebner (2009)で我々は、国際テロリズムの有力な説明因子新たに1つ提示しているが、これは実証的文献の中でこれまでほとんど注目されてこなかった。我々はこれを 『エスカレーション効果』 と呼んでいる。これは、国内の政情不安が国際テロ攻撃の深層に在る要因である (国際テロにまでエスカレートしている) との考えを反映するものである。我々の推定値は、国内の暴力的な政情不安の勃発は国際テロ攻撃を概そ30%、その種の攻撃に因る死亡者数を約50%も増加させている事を明らかにしている。
政情不安と国際テロリズム
我々の研究は、国際テロリズムの様々な側面を把捉しつつ、130を超える発展途上国および先進国を1968年から2003年までの期間対象にした、独自の年度毎データセットに基いている。主要な発見となったのは、内戦とゲリラ戦が国際テロリズムの勃発と頑健に [robustly] 関連している一方で、暴動 [riots] と罷業 [strikes] はそうではなく、またこの関連性が死亡者数に関して攻撃数よりも強く見られた事である。さらに、一人当たりGDP・貿易の開放性・外国の支援の要素が、国際テロリズムを説明する上で、画一的な重要性をもつものでは無い事も見出されている。それとは対照的に、合衆国に対する政治的な近接性はどうやら国際テロリズムを醸成する様である。この場合近似性とは、国連総会で合衆国の投票と同調する投票の割合に依って計測されたものである。
我々は他にも地域横断的に見られる極めて重要な差異を発見している。すなわち、アジア地域では内戦と暴動が国際テロ行為の主要な説明因子となっている一方で、アメリカ州地域ではゲリラ戦がそれに当たり、中東では内戦とゲリラ戦の組み合わせが国際テロ行為を引き起こしている。欧州については、国内政情不安が取るこういった暴力的形態の何れもテロ行為の勃発とは関連していない事が分かった。とはいえ、欧州における政治体制の存続時間が国際テロ行為の勃発と負の関連性を有する事については相当な実証成果が存在する。
エスカレーション効果はどの様なメカニズムで機能しているのだろうか? こういった入り組んだメカニズムを解きほぐしてゆく事の難しさは良く知られているが、我々は、同効果を引き起こしている主要メカニズムが、実戦学習 [learning-by-doing] およびテロリストとしての人的資本の集積過程と関わるものであると予想している。テロ行為は教育と、高度に洗練されたトレーニングの過程を必要とするのである。政治的に不安定な国々はそれにうってつけの環境を提供する。テロリストグループの人的資本方針が、教育程度の高い者あるいは収入の高い者を優遇している事、この点はこれまでにも正しく指摘されてきた。それと関連性をもちながら注目される事の少なかったのが、テロリズムが特定の人的資本を必要としており、また獲得・維持にコストの嵩む種々の技能を複雑に取り入れを行っているという側面である。付け加えるに、国内政情不安の或る種の形態 (例えばゲリラ戦や内戦) は、テロ行為実行に必要となる軍事・戦術・組織形成の技能の研鑽の場を提供する一方で、その他の形態 (反政府運動や罷業) が同種の技能あるいは同程度の技能の向上をもたらすものとは考え難い。
政治的暴力の削減を通してのテロリズムとの闘争
結論として、ゲリラ戦や内戦の封じ込め [containment] はそれ自体が褒むべき事業であるだけに尽きないのかも知れないといえる。国際共同体は、この様な封じ込めが価値ある外部性をもたらし得るものである事実にも注意すべきだろう。具体的にいえば、世界で起きている政治的暴力を封じ込める為に協力して取り組めば、国際テロリズムの勃発とその深刻度をかなりの程度縮減できるかも知れないのだ。
参考文献
Abadie, A. (2006), “Poverty, Political Freedom, and the Roots of Terrorism,” American Economic Review, 96(2): 50-56.
Blomberg, B., Hess, G.D. and A. Weerapana (2004), “Economic Conditions and Terrorism,” European Journal of Political Economy 20(2): 463-478.
Campos, Nauro and Martin Gassebner (2009), “International Terrorism, Political Instability and The Escalation Effect,” CEPR DP 7226.
Krueger, Alan (2007) What Makes a Terrorist: Economics and the Roots of Terrorism, Princeton: Princeton University Press.
Krueger, A.B. and J. Maleckova (2003), “Education, Poverty and Terrorism: Is there a Casual Connection?” Journal of Economic Perspectives, 17(4): 119-144.
Llussá, Fernanda and Jose Tavares (2008), “Economics and Terrorism: What We Know, What We Should Know, and the Data We Need,” in P. Keefer and N. Loyaza (eds), Terrorism, Economic Development, and Political Openness, Cambridge University Press, 233-254.
Tavares, J. (2004), “The Open Society Assesses its Enemies: Shocks, Disasters and Terrorist Attacks,” Journal of Monetary Economics, 51(5): 1039-1070