ヨーク・ペッツォルト, ハンネス・ヴィナー 『脱税と社会環境』 (2016年12月17日)

Jörg Paetzold, Hannes Winner, “Tax evasion and the social environment“, (VOX, 17 December 2016)


 

『グローバル危機』 この方、世界中で数多くの政府が脱税および有害な租税回避に対抗する政策を打ち出してきた。本稿は、オーストリアの通勤者控除に関するデータの活用を通して租税制度および社会環境が法令順守状況に及ぼす作用を調査したものである。本研究の対象となった被雇用者の相当な割合が、より多く補償を受給するため、通勤距離を不正報告していた。また被雇用者はどうやら同僚の不正報告行動から影響されているようであり、脱税行為が波及効果を帯び得る構造を明らかにしている。

脱税と徴税業務に係る問題は近年ますます多くの関心を集めている。とりわけ2008年世界各国の政府が経験した金融危機とそれに続く財政不均衡の後、この傾向は一層顕著になった。こうした状況を受け、不正行為の撲滅をめざす数多くのイニシアティブが国内・国際レベルで着手されている。そうした例としては租税行政活動間の情報交換 (OECD 2014) 或いは多国籍企業の税源侵食と利益移転への対抗措置などが挙げられる (OECD 2013)。同時に、租税研究者の側でも、因果関係を特定するための巨大行政データべースと新戦略という武器で装いを新たにしつつ、脱税の原因と結果に対するより深い知見を提示してきた (その総括的研究はSlemrod 2016を参照)。我々の新しい論文は、個人の法令順守状況の決定因子を第三者報告という枠組み内で研究することで、こうした文献に一貢献をなすものだ (Paetzold and Winner 2016; Kleven et al. 2011も参照)。具体的には、脱税波及効果の存在に着目した。要するに、法令非順守的環境に曝された租税負担者はゴマカシ行為を開始する可能性が高くなる、という訳である。これまでの所、こうした類の脱税波及効果を示す実証データは僅かであり、しかもラボ実験に限られる (例: Fortin et al 2007)。本論文は脱税波及効果が個人の法令順守意思決定に如何なる影響を及ぼすのかについて初めてフィールド実験による実証データを提示するものとなる。

通勤者租税控除による脱税

租税負担者の法令非順守状況を研究するにあたり、我々はオーストリアにおける通勤者控除に着目した。通勤者控除は被雇用者に通勤に掛かる出費分の補償を行うという、租税控除のなかでもポピュラーなものである1。オーストリアの例では住居・職場間の距離で決まる階段関数として設計されており、控除額は通勤距離2-20km・20-40km・40-60km・60km以上の枠で非連続的に増加し、最大額では€3,672となる。租税法では、被雇用者が自らの控除資格を雇用者に通知すると、雇用者側は第三者としてこうした申告の適格性を確証しなければならず、そのうえで源泉徴収前段階 [before withholding] の課税所得に調整を加える段取りとなっている。とはいえ、雇用者はこうした申告を十分にダブルチェックしておらず、被雇用者に自らの控除資格を過大に通知する機会を与えているのが実情だ2

非順守を検知するため、我々は先ず納税申告データと被雇用者-雇用者データを突き合わせ、租税負担者の住居・職場ロケーションを確保した。続いてこれら2ロケーション間の走行距離を (様々なナビゲーション機器で一般に用いられているルートプランナーを利用して) 算出、これを以て実際の走行距離の近似値とした。この実走行距離に基づき、適正と認められる通勤者控除枠を決定した。適正控除枠と申告控除枠の比較により、脱税者が炙り出される。我々は、自らの適正控除枠を過大ないし過小に報告した個人を不正報告者と分類した。通勤者によるシステマティックなゴマカシ行為を検出するため、控除枠の閾値前後における不正報告の非連続性を調べた。諸個人が自らの控除枠資格をシステマティックに過大報告している場合、控除枠の閾値において不正報告の割合に何らかの非連続性が観察されるはずである。対照的に、人々にゴマカシ行為は一切なく、ただ実際の控除資格の推定が不正確なまま報告してしまっているだけなら、閾値周辺でも不正報告には対称的な増減が観察される一方で、非連続性は見られないはずである。図1は通勤距離目盛毎にみた不正報告割合を示している。租税負担者がこうした閾値に強く反応している様子が観察される。通勤者の住居地が各通勤距離枠に近いほど、不正な控除申告の通知をしがちになっている。特に、通勤距離枠最近辺の個人となると、職場までの実際の走行距離を不正に報告している者は60%を超える。さらに重要な点だが、各々の通勤距離枠閾値では不正報告の割合が下落しており、ここから租税負担者が控除制度の構造とそれが孕む過大報告インセンティブを認識している様子が伺われる。

図1. 通勤枠への距離と不正報告行動

原註: 職場への距離毎にみた通勤者の報告行動 (目盛=1.25km)。各目盛につき、不正報告者 (控除枠を過大または過小に報告した通勤者として定義) の割合が縦棒で表示されている。点線は控除額がより大きな金額へと非連続的に上昇する閾値を表わす (それぞれ20km・40km・60km)。1995年から2005人までの被控除者が組み入れられている。

脱税波及効果の検出

通勤者租税控除制度に対する非順守状況の広がりは目に余るほどだが、それでも自らの通勤距離を誠実に報告している個人が依然として相当数存在する点にも注目する価値が有る。我々は潤沢なデータを活用することで、以上の様なゴマカシ行為の差異とも取り組んだ。具体的には、個人の脱税意思決定が身近な領域に居る他の租税負担者の順守行動によってどの様な影響を受けているのかを研究した。そうした脱税波及効果を研究する為、通勤者控除を誇大表示している労働者の割合で異なった複数の雇用者の下を渡り歩く、転職者サンプルに着目した。斯くして我々の識別戦略は、転職事例に見られる差異を活用することで、新たな職場環境が個人の法令順守意思決定に及ぼす波及効果を浮き彫りにするものとなった。

本転職者サンプルの研究結果から、個人の順守意思決定に対し租税負担者の労働環境が及ぼす相当なインパクトが明らかになった。加えて、個人が諸企業を渡り歩く場合には、同僚の中でゴマカシ行為を行う者が占める割合の増減からくる影響に非対称性が観測されている。図2は転職者のゴマカシ行動に関する変化を、ゴマカシ行為を行う同僚の割合に対して点示したもの。特筆に値するのは、ゴマカシ行為者の割合がより大きい企業に移った転職者が、転職後に以前より遥かに多くの過大表示をし始めている点だ。対照的に、ゴマカシ行為者の割合がより小さい企業に移った者は自らの報告行動を変化させない傾向が有る。転職の影響に見られるこの非対称性は、例えば或る企業では被雇用者の通勤者控除申告を徹底的に審査しているが、他の企業ではこれを行っていないからだ、といった、専ら企業レベルの機構的影響のみに依拠した説を退ける。実際のところ、個々の企業が持つ報告行動に対する実体的影響からは、以前の同僚のゴマカシ行為率が現在の行動に及ぼす前述の非対称的影響を説明できそうにない。そうではなく、この非対称性は同僚・仕事仲間からの行動学的波及効果を示唆するものなのだ。

図2. 同僚ゴマカシ行為率の変化に対する非対称な反応

原註: 図は転職前年度から転職後年度におけるゴマカシ行動の変化を、ゴマカシ行為を行っている同僚割合の新旧雇用者での変化に対してプロットしたもの。個人を、ゴマカシ行為を行っている同僚の割合の変化0.05パーセンテージポイントを目盛にグループ分けし (X軸)、続いて平均ゴマカシ行為率の変化を各目盛にプロットした (Y軸)。実線はミクロデータに基づき、観測値0の上下につきそれぞれ別個に推定した最良適合線形回帰を表わす。

結論

オーストリアの通勤者控除事例は、一方に控除額の著しい非連続性あるかと思えば、他方には政府側でその適否を確認するのが非常に難しい控除資格基準もあるといった、杜撰な設計の租税制度が孕む欠陥をはっきりと指し示している。本発見は、租税負担者がそうした類の制度体制に強く反応することを明らかにした。また、今回の実証成果からは第三者による報告が脱税に対する万能薬にはならず、とりわけ雇用者側にこうした申告を正確に記録するインセンティブが無い時には殊更そう言えることが伺われる。最後に、我々は非順守的行動が租税負担者の社会環境によってシステマティックに影響されている様子を明らかにしたが、この発見は徴税戦略とも関連してくる。租税負担者間の脱税行動が因果的に連動しているのなら、租税負担者の一グループにおける非順守を減少させる政策からはその他の社会グループに対する波及効果も望みうるはずなのである。

参考文献

Fortin, B, G Lacroix and M-C Villeval (2007) “Tax evasion and social interactions”, Journal of Public Economics, 91: 2089–2112.

Kleven, H, M Knudsen, C T Kreiner, S Pedersen and E Saez (2011) “Unwilling or unable to cheat? Evidence from a tax audit experiment in Denmark”, Econometrica, 79: 651–692.

OECD (2013) Addressing base erosion and profit shifting, Paris: Organization of Economic Co-operation and Development.

OECD (2014) Standard for automatic exchange of financial account information in tax matters, Paris: Organization of Economic Co-operation and Development.

Paetzold, J and H Winner (2016) “Taking the high road? Compliance with commuter tax allowances and the role of evasion spillovers, Journal of Public Economics, 143: 1–14.

Slemrod, J (2016) “Tax compliance and enforcement: New research and its policy implications”, Ross School of Business, Working Paper No 1302.

原註

[1] 通勤者への税制優遇措置は多くの国でよく見られる租税政策ツールで、一般的労働関連控除の一部をなす場合 (例: フランス・イタリア)、通勤者を対称とする個別的控除 [a single allowance] として設計されている場合 (例: ドイツ・オランダ・デンマーク)、雇用者が負担する非課税給付 [tax-free benefits] の形態を取る場合 (例: 合衆国) もままある。

[2] 税務当局は実走行距離および申告者の適格性をチェックするコンピュータ利用ソフトウェアを導入し、徴税業務を厳格化した。残念ながら、この変化の影響を研究するにはまだ時期早々だった。

 

 

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