Frances Woolley “Could you pass a 1950s Econ 1000 exam?” Worthwhile Canadian Initiative, March 29, 2018
経済原則の期末試験は,知らず知らずのうちに経済学という学問の核となる部分の一覧となっている。こうした試験問題は,経済学の基盤となる概念を問うように作られており,そうした概念は経済分析の基本となるアイデアだ。
というわけで,期末試験問題集と解答付のクリフォード・L・ジェームズ の「経済学の原則」(初版は1934年,参照したのは1956年の第9版)を手に取ったときに試験問題をスキャンしておいた。スキャンデータはのダウンロードはこちらから。私としては,経済学のという学問の60年前の基本原則と,それがどのように変わったかを知りたかったのだ。
数十年後の今も変わらないことの一つは,経済学が希少性と資源配分の問題から始まるということだ。
1.「豊富な経済」において,人々の欲求を満たす物とサービスは需要に比して希少に留まる。(正/誤)
2.生産における顕著な増加は,アメリカ経済における配分問題を完全に解決する。(正/誤)
希少性は避けることができない。人々は常にトレードオフに直面している。とはいえ,「豊富な経済」というのがどんなものであるかが分からない状況では,問題1の答えは「正」ではないかということもありえる。
1950年代では,希少性と資源配分は全く異なったツールで分析されていた。当時のアプローチはより制度的で,それは次の問題を見るとよく分かる。
6.経済制度同間の主要な差異は,生産と消費の調整メカニズムに現れる。(正/誤)
7.アメリカでは,比較的自由な市場取引から生まれる価格が生産と消費の調整の主要メカニズムを供する。(正/誤)
8.ソビエト連邦では,国家による所有は天然資源と基礎的産業における生産手段に限られており,個人はあらゆる種類の個人所有物を所有し,小規模な民間事業を商い,小規模な農場を私的に運営することができる。(正/誤)
9.アメリカにおける自由な民間事業は,個人の自由,個人の所有権,契約の自由を保護する基本法と慣習に基づいており,政府による一部の規制は市場の力が働く範囲を制限する。(正/誤)
上の問題に対する答えとしては,アメリカについてのものは正しくて,ソビエト連邦についてのものは間違っているように見える。ほとんどの経済学入門コースでは,もはや経済制度同士の比較について議論することはない。現在の教科書では大抵の場合最低賃金,炭素課税といったものについての分析が含まれている。そうした教科書の著者たちはすべて,バランスよく客観的であろうとしている。でもここでふと思ってしまう。今から60年後,現在の教科書も明確な政治性を感じさせるようになるのだろうか。冷戦時代の教科書が現在そうであるように。
1950年代の試験は,経済制度の比較の次に突如としてもっとビジネススクールじみたものに切り替わる。
10.個人所有権は,事業負債に対して「有限責任」を負っている。(正/誤)
11.企業は一般に所有者とは分別される法律上の団体ないし人格である。(正/誤)
実際のところ,1950年代の試験には現在の初級経済学の期末試験では基本的に出てこないようなビジネススクール的な問題が散りばめられている。例えば,次のようなものがある。
57.企業のバランスシートは一般的に(1)その企業の金融面の状態を判断するのに必要なすべての情報を含んでいる。(2)年間における受取と支出の詳細について示している。(3)その企業の金融面の状態を判断するためには損益計算書による補完を必要とする。
60.ヘッジには(1)用心のためのスポット売り,(2)スポット契約と先物契約の両方,(3)慎重な「空売り」操作,が含まれる。
これは,この数十年間で経済学がビジネススクールにどれだけ多くの領域を譲り渡したかを思い起こさせてくれる。
初級経済学の授業が企業ファイナンスの大部分を放棄した一方で,費用曲線と生産関数については経済学がしっかりと握ってたままだ。この分野の設問は60年間で変わっていない。
13. 固定生産要素と可変生産要素を用いるあらゆる企業にとり,費用を最小化する組み合わせが収穫逓減の段階になることはない。(正/誤)
14. 費用を最小化する要素の組み合わせは,ある企業にとって必ずしも利潤を最大化する産出ではない。(正/誤)
この分野に関してはもっと多くの設問があるけれど,これ以上挙げても退屈なのでここでおしまい。
1950年代の試験には消費者選好に関するものがほとんどない。実のところ1950年代流の経済学,少なくともクリフォード・ジェームズの教科書に代表される経済学は,私がよく出くわす類の経済学に対する認識に大部分沿っている。すなわち,経済学とはビジネスとお金が全てというものだ。
というわけでお金に関する設問をいくつか挙げよう。
29. 連邦準備制度の加盟銀行は,連邦準備銀行内に25%の準備金を金証券で維持することを義務付けられている。(正/誤)
30. 連邦準備制度における紙幣発行の弾力性は,現在ではビジネス取引によって発生するプライムコマーシャルペーパーの量によって制限されている。(正/誤)
31. 価格の一般的な変化は,お金の価値の変化を示しており,基準期間に対する任意の日付における指数によって計測される。(正/誤)
32. 交換方程式(MV+M’V’=PT)は価格水準の変化の原因を示しているが,貨幣数量説は数学的に自明である。(正/誤)
経済学者がやっていることに対する人々の考えは間違っていない。ただ60年遅れなだけだ。
時代は変わる。1950年代の試験問題を眺め見て,その答えがもはや解答集の答えとは一致しないものを特定するのおもしろい作業だ。例えばこんなの。
経済分析において用いられる手法は主として(1)定量的・帰納的,(2)条件をコントロールした実証的,(3)定性的,演繹的,統計的,なものである。
1950年代において,問52の答えは(3)だった。今日において,経済学は定量的である以上に定性的であると主張するのは難しい。
これなんかも。
76. 賃金の市場価格は大部分(1)労働サービス販売における独占的な条件,(2)労働サービス購入における買い手独占的な条件,(3)政府介入による調整を受ける経営側と労働組合の交渉過程(相互独占),の結果である。
解答集の答えは(3)だ。買い手独占や競争が労働市場を最もよく特徴づけていると主張する人がいないとは言えないにもかかわらず,解答集はアメリカの労働市場が大部分相互独占的であると主張している。
次はこれだ。
71. 景気循環は(1)気候の変化による農業産出の変動(2)投資機会に関する利潤追求,特に賃労働者の購買力におけるリードとラグ及び現金所得の貯蔵,(3)一般的な過剰生産及び過少消費,によって引き起こされる。
72. 景気変動を完全になくすことはできないが,景気変動は(1)適切な金融政策,(2)適切な財政政策,(3)金融政策と財政政策を組み合わせた政策とその他の関連する政府の施策,によって大きく軽減されうる。
問72の正解は間違いなく(3)だ。金融政策+財政政策は,どちらか一方よりもうまくいく。でも景気循環の原因に関する問いについてはどうだろうか。正解はおそらく2のように思われるけれども,はっきりとしない。
こんなのもある。
33. 長期的な価格変化を抑制するための目標及びそれを達成するための計画に対しては,大きな疑問が持たれている。(正/誤)
1950年代では答えは正だった。今ではどうだろうか。
最後にこんな問いもある。
86. 保護関税に対する経済的な主張は,主に(1)国防,(2)自国と外国における生産費用の平等化,(3)試行錯誤期にある幼稚産業の促進,に基づいている。(正/誤)
これに対する回答は今も(3)だ。現在の政策議論がどうあろうとね。