Chartbook #152 The anti-inflation pivot of 2022 – How uncoordinated & contractionary monetary & fiscal policy risk a global recession.
Posted by Adam Tooze, on Sep 18
2021年夏から本格化した物価上昇を受け、世界各国の中央銀行は、利上げに踏み切った。この一連の政策は、1970年初頭から始まった不換紙幣の時代において、最も広範な規模での金融引き締め政策が実施されていると総括できるだろう。
金融政策の引き締めに加え、財政政策でも同じ転換が行われている。財政政策の転換については、利上げほど目立った報道となっていない。しかし、この転換も前例のない規模で行われている。財政政策を引き締めている国家の割合は、2010年からの世界的な緊縮財政の時期や、1990年代のワシントン・コンセンサスの全盛期よりも大規模となっている。
インフレによるパニックが起こっているとしても、この政策スタンスの変更の重要性は軽視してよいものではない。ボルカー・ショックにはならないかもしれない。実質金利(インフレ調整後の名目金利)の水準は依然として低いままだ。しかし、政策スタンスの変化としては、1980年代以降では最も劇的な転換となっている。この政策転換は、過度の緊縮となり、世界同時不況の引き金となるリスクを孕んでいる。アメリカは、四半期で2度続けての自律的景気後退に陥っている。プーチンによる戦争の影響で、ヨーロッパは、紛うことなき収縮の瀬戸際に立たされている。中国の状況は脆弱だ。このように、世界的な景気後退のリスクは深刻となっており、エネルギー市場はすでに反応を見せている。原油は売られており、〔北海油田から取れる〕ブレント原油は、6月の120ドルから下落し、1バレル90ドル前後で取引されている。
政策決定者は、自身をフリーハンドだと過大評価してしまってはいけない。世界的な金利の上昇は、相互の制約から生じているからだ。理論的には、変動為替相場の下では、各国はアメリカの政策に対して、ある程度の主体性を保持している。しかし、これは世界的なドル循環の力を過小評価している。FRBがいったん利上げを開始すれば、他の国もそれに追随する以外に選択肢はほとんどない。もし追随しなければ、輸入品の価格高騰によるインフレを引き起こす通貨の切り下げに直面してしまうからだ。世界経済は、変動為替相場制下にあると見なされているが、実際は、ハバマから香港まで多くの通貨が、明示的ないし非明示的にアメリカドルに固定している。アジア開発銀行の元チーフエコノミスト、シャン-ジン・ウェイは以下のように指摘している。
自国通貨をアメリカドルに固定している66の小規模国家の内、特に香港、パナマ、サウジアラビアのような資本規制があまり行われていない国では、アメリカが金利を上げると、その国では金利の上昇が好ましくなくとも、〔固定相場制によって〕自動的に金利が上がるのを余儀なくされてしまう。
〔各国の〕金利の上昇パターンは、驚くほど似通っており、しかも急激な上昇となっている。
各国の中央銀行の意思決定には相互依存的な関係にあるが、これまでのところ、表立っての協調努力は観察されていない。この協調性の欠如は問題である。なぜなら、〔各国中央銀行が〕金利の決定を個別に行ってしまえば、過度の引き締めになる可能性があるからだ。シャン-ジン・ウェイはこれを以下のように説明している。
主要中央銀行による金利の引き上げは、インフレを他国に輸出する効果があり、他の中央銀行は金利を引き上げざるを得なくなる。例えば、FRBが金利を上げた場合、BOEやECBが対応しなければ、ポンドやユーロはアメリカドルに対して切り下がり、輸入物価の上昇を招き、既に進んでいるインフレをさらに高進させてしまう。ここで、BOEやECBが金利を上げて対応すれば、アメリカや他の国の経済に追加的なインフレを輸出することになる。結果、〔各国間での〕金利の引き上げスパイラルが発生し、世界の生産と雇用に、該当国の想定以上の大きなダメージを与えてしまう。
IMFの元チーフエコノミストであるモーリス・オブストフェルドが、ピーターソン研究所に寄稿した記事で説明しているように、各国経済の相互作用を考慮すれば、利上げではなく、むしろ利下げによる緩和が必要な局面である。オブズフェルドは、為替レートではなく、財市場のスラック(ゆるみ・低迷)を問題にしている。中央銀行は金利を引き上げることで、結果的に自国経済を減速させ、スラックの水準を高めてしまっている。グローバル化した世界では、この影響は国内経済だけに留まらないだろう。
グローバル・バリュー・チェーン(世界的な価値連鎖)とグローバルな貿易統合の拡大は、中間財による国際貿易の水準の大幅な増加の反映である。これによって、国外市場でのスラックが輸入価格を引き下げ、インフレへの連鎖反応を起こす可能性が高くなっている。もしこれが現実であるなら、各国においてインフレは、国外依存度の高まりと、国内でのスラックとの依存率が低下し、国内インフレと純粋な国内スラックとのフィリップス曲線的関係が弱くなっている可能性がある[5]。もし、世界的なスラックが国内インフレに重要な影響を与えている、との仮説を受け入れるなら、現状からの処方箋は、各国の中央銀行は熱狂的に利上げするよりも、緩和が望ましい。なぜなら、国外の中央銀行によるインフレ対策は、国内のインフレ抑制に波及するからだ。中央銀行が、利上げの必要性局面において、その〔グローバルな〕波及効果を考慮しなければ、各国中銀は金融を引き締めすぎてしまうことになるだろう[6]。
〔各国の中央銀行による利上げによる〕原油価格の急激な下落反応は、この波及効果の強さを既に示唆している。エネルギー市場は、世界的な景気後退の可能性の高まりを織り込んでおり、これよって原油価格が急落すれば、世界中の多くの経済圏で輸入インフレに即時の影響を与えるだろう。世界的なエネルギー価格の下落によって、中央銀行はインフレを止めるために過激な行動を取る必要性がなくなってしまうのだ。
2022年に、緊縮モードとなっているのは、金融政策だけではない。財政面でも、政府支出の伸びは抑制されている。
世界需要の最大の原動力であるアメリカは、財政政策が深刻な負のショックを与えている。ハッチンズ・センターは2022年第3四半期を以下のように計測している。
財政政策は、アメリカのGDPを、2022年第2四半期で年率4.6%低下させたことが、ハッチンズ・センターの財政影響度測定(FIM)によって明らかになった。FIMは、連邦制・州・地方レベルでの税と支出の変化を総需要の変化に変換し、財政政策の実質GDP成長率への影響を計測している。政府による最新の推定によると、第2四半期のGDPは年率で0.6%減少した。
2020年のコロナ危機の際には、財政制限が撤廃され、政府支出の制約が解かれたように見えていたが、本当に財政政策の方針が変わったかどうかは、危機から数年経たないと分からないと、多くの人は警告した。2008年の金融危機の後に、緊縮財政の波が開始されたのは、2010年だった。2022年も、まさに前回と同じタイミングで、緊縮への軸足移行が行われている。
〔緊縮的な〕金融・財政政策の相乗効果によって、世界経済は非常に厳しいシナリオになる可能性がある。世界銀行の、ジャスティン・デミアン・ギュネットとM.アイハン・コーゼと菅原直剛の試算では、〔世界的な〕不況となった場合、コロナショック前にトレンド予測されていた2024年のGDP水準に達するのは、10年ほど遅れるとさしている。
こうした背景の元、緊縮トレンドに対抗している素晴らしい例外があることは心強い。日本銀行は、イールドカーブ・コントロールを維持し、円安ドル高を容認している。日本の数十年にわたるデフレとの闘いから、日銀は円安がもたらすインフレ圧力を積極的に容認している。
中国人民銀行も、この世界的な緊縮の流れに逆らっている。実際、先週には金利の引き下げを実施している。しかし、これは中国経済に対する懸念の深刻度合いの現れでもある。中国が直面しているのは、経済成長の劇的な鈍化だけではない。中国人民銀行は、金融の安定性についての深い懸念を抱いている。不動産バブルの漫然とした崩壊は、家計全体を崩壊させる危険性がある。
前回、中国が深刻な危機に陥ったのは2015年だ。この時には、FRBは9月に予定していた利上げを2016年まで延期している。FRBと中国人民銀行の間での協定、いわゆる「上海合意」による協調は誇張されすぎているかもしれないが、この時のFRBは、金融を引き締めて中国発の世界金融危機を招く可能性から、2015年9月の金融引き締めは必要ないと極めてはっきりと主張している。
今日の選択肢はどうなるのだろう? マウリーン・オブストフェルドは以下のように指摘する。
原理的には、各国の中央銀行は、政策動向とそのグローバルな影響を相互に正確に予測することで、表立っての協調を行わずとも、過度の金融引き締めを回避できる(2015に実際に起こったシナリオだ)。しかし、この算定問題は遡上にしてみれば、少なくとも〔各国中銀間での〕将来を想定した透明性の高いガイダンスとなる直接的な協議と比較すると、いかに困難であるか分かるはずだ。実際、中央銀行による共同行動と明確な公的なコミュニケーションは、世界的なインフレ期待を、和らげるのに有効な可能性が高い。中央銀行は、デフレの脅威が生じた金融危機の際には、互いに協調して良い効果を上げきたが、現在のインフレ環境においても同様に、こうしたアプローチを必要としている。(…)今こそ、金融政策の当局者らは、注意を払って周りを見渡す時期だ。各国は、他国の中央銀行との力強い行動によって、一様に直面しているグローバルなインフレ圧力をいかに低減させるか考慮すべきであろう。(…)中央銀行が共同して穏やかな引き締め路線を取ると同時に、その協調意図をはっきりと公的に伝えるなら、インフレの抑制において必要以上に過度な生産と雇用の犠牲を避けられるだろう。
2022年になり、アメリカドルの代替手段の可能性が空想的であるが語られるようになっている。我々は今、実在するアメリカドル・システムの機能についての真剣な検証に直面している。〔各国中銀の〕金利設定での表立っての協調は、おそらく無理な注文なのだろう。しかし、アメリカ国内のインフレを抑制しようとするFRBの決意が、〔各国中銀での〕非協調的な金利の急騰となり、世界的な景気後退に至れば、アメリカドル・システムの機能性に対して真の疑問が生じるだろう。
協調が必要とされているのは、金融政策だけではない。金融政策と財政政策が一体となった複合的な影響を念頭に置かねばならない。
我々は、インフレの不安を煽る脅迫に屈してはならない。現在実施されている政策的組み合わせは、まさにこう〔「インフレ恐怖の煽り」〕と呼ぶべき代物だ。これは、1980年代以降に我々が見てきた、金融の安定化を優先し、経済成長と雇用を減速させようとする、協調的な政策営為の最たるものに他ならない。2020年に我々は、経済を浮揚させ続けるのに、金融政策と財政政策の協調が顕著な力を発揮するのを目の当たりにした。2022年になり、アメリカを始めとする多くの国で、金融政策と財政政策が共に縮小に向かう、逆方向の協調政策が見られるようになっている。これは、特にアメリカにおいて、近年あまり経験していない組み合わせだ。我々は、現在直面しているリスクについてはっきりと認識しなければならない。
世界的な景気後退が生じれば、大きな代償を払うこととなるだろう。コロナ危機によるロックダウン下で教育を受けた世代が、閉鎖的な労働市場に直面することになるかもしれない。これは、単なる憶測に留まらない。世界最大の労働市場を持つ中国では、若年層失業率が20%に迫る危険な水準で推移しており、既に現実化している。中核要素以外では、世界的な景気後退によって、米ドル・チェーンの最も脆弱な部分のいくつかが切断される可能性も十分にある。インフレ阻止を名目に、財政・金融の引き締めを唱えている人は、インフレが勢いづくのを恐れている。たしかにインフレが勢いづくリスクは現実的かもしれない。しかし、これに劣らず現実的なのが、現在実施されている複合的な緊縮政策のコストである。もし、インフレの波が既に霧散しているのなら、もう実施されてしまっている複合的な緊縮政策が重荷となり、政策コストは後者〔緊縮政策の危険性〕に大きく傾く可能性が高い。5月に、モハメド・エル・エリアンが警告したように、「いたるところに小さな火種がある」世界状況に我々は注意しなければならない。