スコット・サムナー 「名目GDPの伸び率に目を向けると、視界が一気に開ける」(2023年12月31日)

インフレ率なんて無視して、名目GDPの伸び率という真に重要な指標に目を向けなくちゃいけない。

ネット空間に目をやると、いわゆる「ソフトランディング」(軟着陸)についてああだこうだと延々と論争が繰り広げられている。経済学の何らかの法則が破られたと信じ込んでいると思しき人もたくさんいるようだ。インフレがだいぶ鎮静化したにもかかわらず、労働市場は相変わらず堅調なまま。一体全体どうなってるんだ?・・・というわけだ。

この論争を眺めていて、個人的にいくつか引っかかることがある。ソフトランディングが既に成し遂げられたという前提で話が進められているようだが、ソフトランディングが成し遂げられたかどうかを判断するには時期尚早というのが一点目。「フィリップス曲線」を根拠にしてインフレ率の上下動について云々されているが、目を向けるべきは名目GDPの伸び率(変化率)というのが二点目だ。

名目GDPの伸び率に目を向けると、視界が一気に開けて何もかもが随分と鮮明になる。

過去を振り返ると、浮かび上がってくる傾向がある。名目GDPの伸び率が急落すると、不況に陥る傾向にあるのだ。とは言え、常にそうというわけじゃない。名目GDPの伸び率が急落したにもかかわらず、不況に陥らなかったケースもある。例えば、1952年、1967年、1986年がそうだ。不況に陥るかどうかを占うのなら、もっと優れた指標がある。名目GDPの伸び率がそれまでの過去10年の平均値を大きく下回るところまで落ち込む(落ち込んだ)かどうかというのがそれだ。1974年という例外はあるが(1974年というのは、賃金・価格統制が撤廃されたのが原因であちこちで歪みが生じた年だ)、不況に陥ったその他の年においてはいつであれ、名目GDPの伸び率がそれまでの過去10年の平均値を大きく下回っているのだ。

直近のデータによると、2023年第3四半期の名目GDPの伸び率は、前年同四半期比で測って6.2%という結果になっている。過去10年の平均値を大きく上回る数値だ。2年前と比べるとだいぶ低くなっているが、だからといって不況が招かれるとは限らない。1951年~1952年がそうだったように、名目GDPの伸び率が一時的に異常な高さを記録した後に過去10年の平均値に向けて回帰する結果として、名目GDPの伸び率が急落しているようならね。1953年、1957年、1960年がそうだったように、名目GDPの伸び率が過去10年の平均値を大きく下回ってしまうようなら、不況に陥る可能性が高まる。今のところは、そうなっていない。・・・まだね。

名目GDPが6.2%というこのままのペースで伸び続けるようなら、インフレ率も横ばいで推移する――4.4%という現状の値で高止まりする――だろう。しかしながら、名目GDPがこのままのペースで伸び続けるわけはなく、減速するに違いないと思う。名目GDPの伸び率が減速して、インフレ率が2%にまで下がった。でも、不況に陥らなかった・・・なんて展開になろうものなら驚異と言うしかないという声を耳にするが、「スゴい! スゴい!」ってはしゃぐんじゃなくて、どんな結果になるかもう少し待つべきかもしれない。

いや、そううまくはいかないって言いたいわけじゃない。うまくいくかもしれないのだ! ソフトランディングなんて不可能と言い切れる論理的な理由なんて一切ない。不況を招かずにインフレ率を引き下げるためには、インフレ率を「徐々に」引き下げる必要がある。Fedがこれまでにやってきている如くに(不況に陥る結果としてインフレ率が低下すると考えたために、ケインジアンは間違えてしまった。インフレ率を「一挙に」引き下げようとするとその副次的な結果として不況に陥るのであって、あくまでも金融引き締めの結果としてインフレ率が低下するのだ)。

6.2%という(前年同四半期比で測った)名目GDP(国内総生産)の伸び率はいくらか割り引いて考えないといけないっていう意見もあるかもしれない。(前年同四半期比で測った) 名目GDI(国内総所得)の伸び率はおよそ3.0%でしかないからだ。とは言え、GDIよりもGDPに着目する方がずっと妥当なんじゃないかと思う。2023年第3四半期の実質GDPの伸び率(前年同四半期比)は(2023年の)第2四半期の数値をいくらか上回る2.9%だが、2023年第3四半期の実質GDIの伸び率(前年同四半期比)はマイナス0.1%ちょいだ。雇用者数の伸びが趨勢(トレンド)並みの時の実質GDPの伸び率はどのくらいかというと、1.8%。これまでに雇用者数はどうなっているかというと、趨勢をだいぶ上回る勢いで増えている。さて、GDPとGDIのどちらがより妥当な指標だと思う?

インフレ率の歩みじゃなくて名目GDP(の伸び率)の歩みに目を向けたら、これまでの経済のパフォーマンスはそんなに驚くようなことじゃなくなる。名目GDPの伸び率は、過去10年の平均値を依然として大きく上回っていて、不況を招きそうな値にまで落ち込んでいない。この1年の間のインフレ率の実績値が名目GDPの伸び率から予想されるよりもやや低かったというのは確かだ。その一方で、2022年の半ばまでは、インフレ率の実績値は名目GDPの伸び率から予想されるよりもやや高かった。その理由は、一時的な供給ショックのせいだ。2021年~2022年に関してはマイナスの供給ショックのせいでインフレ率が予想以上にいくらか押し上げられた一方で、今年(2023年)に関してはマイナスの供給ショックが和らいだおかげでインフレ率が予想以上にいくらか押し下げられたのだ。フェイントみたいなものだ。インフレ率という紛らわしい指標に欺(あざむ)かれて、視界を塞(ふさ)がれるなかれ。インフレ率なんて無視して、名目GDPの伸び率という真に重要な指標に目を向けなくちゃいけないのだ。

Fedがインフレ目標を達成する――インフレ率を目標値である2%にまで引き下げる――ためには、名目GDPの伸び率を3.8%くらいにまで引き下げなくちゃならない。Fedは、不況を招くこともなく、名目GDPの伸び率をそのくらいの値にまで減速させるのに無事成功するかもしれない。あるいは、金融引き締めが行き過ぎてしまって、不況を招いてしまうかもしれない。未来を予測するというのは、愚者同士が競い合うゲームみたいなものだ。アメリカ経済はソフトランディングを成し遂げる公算が高いというのがマーケットの見立てだが、そうはならない可能性も十分にあり得るのだ。

実に単純な話なのだ。名目GDPの伸び率に目を向けて、インフレ率なんて無視すればいいのだ。

では、よいお年を。みんなが揃って軟着陸できますように。


〔原文:“With NGDP, everything becomes much clearer”(TheMoneyIllusion, December 31, 2023)〕

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