アダム・トゥーズ「アメリカドルのグローバルな循環環境下での世界的な景気後退リスク」(2022年10月4日)

ニューヨーク・タイムズ紙の記事で論じたように、リスクは単なる景気後退に終わらないかもしれず、崩壊にまで至るかもしれない

Chartbook #158: Recession risk in a world in the grip of the global dollar cycle.
Posted by Adam Tooze on Tuesday,October 4, 2022

昨日付けのニューヨーク・タイムズ紙に、本サイトの先月28日の内容〔本サイトでの翻訳はここ〕を踏まえての記事を寄稿した。

https://www.nytimes.com/2022/10/04/opinion/the-all-too-real-risk-of-a-global-recession.html

世界中で利上げが行われている、かつてない規模で…。

世界規模での政策金利の上下動
出典:世界銀行

記事で問題としたのは以下の三件だ。

1.〔中央銀行による政策〕金利は、供給サイドのショックに対処するツールとしては、角を矯めて牛を殺すようなものではないだろうか?

2.世界的なインフレに国家単位で対抗すると、世界規模での引き締めの波及効果が生じ、各国にデフレ圧力をもたらす可能性がある。これは憂慮すべきことではないだろうか?

3.なんらかの破綻が生じる可能性があり、これは単なる不況に収まらず、危機となるかもしれない。そして、その危機に、グローバルな金融構造とセーフティネットは対処しきれず、災害(ディザスター)となるかもしれない。

モーリー・オブストフェルドの協力によって、今回は波及リスクについてはっきりと整理できたのではないかと思う。

一つ目は、通貨安圧力による囚人のジレンマ的な協調の失敗や、望ましくない結果の懸念からの、「近隣窮乏化」効果である。これは、以下のようなロジックに基づいている。ある国が〔通貨安による〕インフレと戦うために、自国通貨を切り上げれば、その国だけに限れば良好になるかもしれない。しかし、他の国も、同じ対応を取れば、あらゆる国家が競争的な通貨の切り上げを行うことになってしまう。これは、相対的な勝者と敗者を生み出すだけに留まらず、最終的には〔グローバルな〕金利の高騰を招いてしまう。これを避けるために、国家間での協調が必要とされている。

二つ目の影響として、世界的な景気後退を考察している。ある国のインフレは他の国のインフレに影響される、そして場合によっては、デフレ効果を持つ。これはゼロサムを意味しない。ある国が、デフレ(物価を押し下げ)を目的とすれば、他の国での同じ目標の達成にプラスの影響を与えるだろう。しかし、政策決定者が、この相互波及効果を無視してしまうと、皆が望んでいる以上のデフレ(物価の押し下げ)、つまり世界的な景気後退に陥る可能性がある。

明らかに求められているのは、〔国家間の〕政策協調である。そしてそれは欠けている。なんども指摘しているが、世界経済はグローバル化しているにも関わらず、ガバナンスはグローバル化していない。

FRBは、今回の〔グローバルな〕金融引き締めを先導したわけではない。引き締めの先陣を切ったのは、G20のメンバーのブラジルである。ブラジルは2021年の夏にはすでに利上げを始めている。

しかし、2022年初頭になって、FRBが主導権を握り、それ以降、世界経済の筋書を、FRBによる金融引き締めとドルの高騰が支配している。ドル高は、世界中のドル建てで借り入れを行っている様々な国家や企業の資金繰りを圧迫する。その総額は、BIS(国際決済銀行)によると総額で22兆ドルを超え、おおまかにしてその内の1/4が新興市場国や低所得国と見積もられいる。こうした債務の為替リスクは、主体によってはヘッジできていたかもしれない。しかし、ヘッジはあらゆる主体が行っているわけではなく、またヘッジにはコストがかかる。

2022年のドル高の原因については、コンセンサスは存在しないと言わざるをえない。世界経済フォーラム(Institute of International Finance:IIF)のロビン・ブルックスは、実際に起こっているのはドル高より、ユーロ、ポンド、円、人民元の下落だと主張している。新興市場国の通貨は相対的に強くなっているからだ。

ロビン・ブルックス「ドル高について語られているが、それは本当に起こっている事態についての誤診だ。まず、アメリカドルは、新興市場国の通貨(EM:青)に対しては強くなっていない。次に、ドルが強くなっているのは、ユーロやポンドなどのヨーロッパの通貨に対してである。眼前にあるのは、ドル高ではなく、ヨーロッパ市場の弱さだ…」

通貨に関して、このブルックスの主張は、既存の見解に見直しを迫るような解釈だ。しかし、この解釈は、ドルが覇権通貨であるという共通見解を否定するものではない。2022年、新興市場国の中央銀行は、自国通貨安を回避するために、金利を大幅に引き上げ、場合によって自国通貨を支えるための為替介入を行っている。つまり、〔新興国の〕通貨安となっているかどうかに関係なく、ドルとFRBの政策が、世界の金融サイクルを支配しているのである。 [1] … Continue reading

これは、カリフォルニア大学バークレー校のモーリス・オブストフェルドとプリンストン大学の周浩然による、非常に有益で読み応えのある新しい論文で力説されている。オブストフェルドと周は、一連の鮮明な図表を用いて、ドル高がどのようにして世界経済にデフレと景気後退の圧力になるのかを明らかにしている。

〔ドル高と世界的な景気後退の関係〕

1980年から2021年の全期間を通じて、1%のドル高につき、新興市場・発展途上(EMDE)国の成長率を0.63%低下させる関係が示されている。さらに、この関係性は、2000年以降に強まっており、特に世界貿易への影響はマイナス0.39から、マイナス0.69と増大している。

オブストフェルドと周が指摘しているように、ドルの為替レートと、(実質ベースで測定した)グローバルなコモディティ(一次産品)価格は、逆相関的な動きとなっている。

緑線:名目ドルの推移
青線:グローバルなコモディティ価格の推移

コモディティ価格が下落すると、(コモディティが、グローバル貿易の大部分を占めているため)グローバル貿易の成長も鈍化する。しかしそれだけでなく、投資財の貿易も鈍化する。貿易と投資においては、ドル〔高へ〕の変動は世界の成長に対して負の相関関係を持っている。

これは、驚くべき事実だと強調しておきたい。1970年初頭にブレトンウッズ体制が崩壊して以降、段階を踏んで採用されてきた変動為替制度は、かつての固定為替制度や金本位制で生じた金融ショックのグローバルな伝播を隔絶する制度だとされてきたからだ。しかし、実際には、グローバル経済の大部分では、様々な形でドルへの固定相場が採用されているか、固定相場に依存した経済と非常に密接な関係にあるため、事実上、〔金融ショックは〕世界経済に伝播する。さらに、シルビア・ミランダ=アグリッピーノやエレン・レイらによって示されているように、グローバルな海外資本の流動性は非常に大きく、通貨の劇的な流入・流出によって大きく影響を受けるため、世界中の中央銀行はその意に関わらずFRBに追従せざるを得なくなっているのである。FRBとアメリカの金融市場は、事実上、グローバルな金融サイクルを支配している。

これは、大規模な資本移動という形で、実体経済の発展に大きな利益をもたらすことかもしれない。しかし、同時にリスクを生み出す危険性と合わせ鏡となっている。以前のブログ記事でも〔訳注:本サイトでの翻訳はここ〕、現在のドル・サイクル下でのグローバルな圧力についての最近の警鐘をいくつか紹介した。今朝、国連貿易開発会議は、2022年の貿易開発報告書を発表した。そこでは、世界経済のコロナショックから回復が、過剰かつ非協調的な引き締め・緊縮政策によって停滞する可能性が警告されている。

2021年、世界経済は勢いある経済回復が見られたが、それでも、コロナショック前のトレンドには程遠い。

コロナによるグローバル経済への長引く影響

ロシアによるウクライナ侵略を特殊な事例として置いておくとしても、いくつかの主要新興市場国、特にインドやインドネシアの経済トレンドは、コロナショック前の生産量に程遠い。これは、2022年の両国経済が、かなり悲観的なシナリオとなる可能性を高くしている。さらに、中国も5%のGDPギャップを見積もられている。世界経済では事前予測トレンドより低くる可能性が高い。これを人口で荷重平均すると、世界規模のコロナショックからの願望めいた楽観的回復論に大きく水をかけるものとなっている。

ニューヨーク・タイムズ紙の記事で論じたように、リスクは単なる景気後退に終わらないかもしれず、崩壊にまで至るかもしれない。危機の引き金となるのは、バランスシートだ。これはフローの数字であるGDPと同じくらい重要な鍵となっている。国連貿易開発会議は以下のように指摘している。

低所得国の60%、新興市場国の30%が債務危機に直面しているか、それに近い状態にある。世界的な債務危機が発生する可能性は高い。

世界的な引き締め・緊縮サイクルの圧力に、世界経済はいつまで耐えられるだろうか?

世界中の中央銀行は金利を引き上げているだけではない。自国通貨の切り下げに対抗するために、限られた外貨準備を切り崩している。これは、国連貿易開発会議の報告書で印象的に指摘されている。

途上国は今年になって、すでに自国通貨の防衛のために推定3,790億ドルの外貨準備を切り崩している。これは国際通貨基金(IMF)が最近、途上国に割り当てた〔外貨の〕特別引き出し権のほぼ2倍の額となっている。

2022年上半期には、世界で最も脆弱な経済状況を抱えている複数の国家が、急激な自国通貨安に見舞われている。

名目為替レートの下落率


あまりに危険な影響力が相乗している。グローバルの金融構造で判明している事実が一つあるとすれば、大規模な国債デフォルトへの対処が不可能となっている事実だ。またこれが起これば、世界中の何億もの人が、巨大で急激な不確実性に直面することになるだろう。懸命な人なら、グローバルな不確実性を許容しないはずだ。しかしながら、体系だったリスクを発生させる金融システムは存在しており、そのリスクを封じ込め、効率的に管理するためのセーフティネットは未だに構築されていない。そして、システム全体を大きな圧力にさらすような、協調性の欠けた政策行動が実施されてしまっている。今現在、政策立案者らは、自身が行っている引き締めが歴史的にかつてない規模となっているのを認識できているかどうか定かでない。公正を期すなら、ラエル・ブレイナードのような一部の政策立案者は、FRBによる政策のグローバルな影響力を問題視している。しかし、今必要とされているのは、中央銀行の単なる声明以上のものである。私たちはカントのいう「selbstverschuldete Unmündigkeit(人間が自ら招いた未成年状態)」、つまり未熟からの自業自得の状態にある。そして、その状態から抜け出すときが来ている。

References

References
1 訳注:アメリカ以外の国の通貨が弱くなることでドル高になってるにせよ、アメリカ経済の影響でドル高になっているにせよ、欧州先進国・日本といった国以外では、自国通貨をドルに連動させるしかないため、通貨安が生じていない構造を指摘したいのではないかと思われる。
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