スタイナー&フライ「世界遺産の選定についての新提案」

Lasse Steiner, Bruno S Frey “Selecting World Heritage sites: A new proposal” (VOX, 18 November, 2011)

ユネスコ世界遺産の数は1000近くに上る [1]訳注;2014年6月の世界遺産委員会で1000を超え、現在1007件となっている。 。これらのは観光によって莫大な便益を享受しており、したがって審査委員の判断には不正の疑惑がまことしやかにささやかれている。本稿では、判断の政治化を取り除くための新たな方法を示す。すなわち、無作為選択である。


ユネスコ世界遺産は文化観光の大きな寄せものとなっているとともに、国家のアイデンティティの象徴でもある。ユネスコ世界遺産一覧表に記載されることはメディアの大きな注目を集め、したがって当然ながら政府は、登録されるために相応の時間と労力を投資する。現在一覧表には、世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約の締約国186か国中153か国の936件、すなわち文化遺産725件、自然遺産183件、複合遺産28件 [2] … Continue reading が登録されている。

美しい、定義

世界遺産となるための手続きは、精緻に構造化されている。各国はその重要な文化的自然的遺産の目録を「暫定一覧表」として作成しなければならない。その後、この一覧表から一つの遺産を選択して「推薦書」を作成し、それはパリの世界遺産センターの指針の下、文化遺産であれば国際記念物遺跡会議(ICOMOS)、自然遺産であれば国際自然保護連合(IUCN)によって評価が行われる。ICOMOSとIUCNは21カ国によって構成される世界遺産委員会に勧告を行う。彼ら専門家はは各推薦物件を、登録を承認するもの、推薦書の修正と再提出を求めるもの、相当な不足の訂正を求めるもの(数年後に再提出の可能性あり)、完全に不登録とするものの4つに分類し [3] … Continue reading 、勧告を行う。

このように推薦され、世界遺産委員会で承認された遺産は世界遺産一覧表に記載される。それらは「顕著で普遍的な価値」を持ち、「人間の創造的才能を表す傑作である」、「現存するか消滅しているかにかかわらず,ある文化的伝統又は文明の存在を伝承する物証として無二の存在(少なくとも希有な存在)である」といった10の基準 [4]訳注;詳細はこちら のうち最低でも一つを満たしていなければならない。一番初めに一覧表に記載された遺産については、ある程度暫定的な方法で評価が行われたものの、「2つの勧告機関を備えたこうした制度による審査は今や厳密なものである」(Cleere 2006: xxii)と言われている。

醜さに至る病、そして

世界遺産一覧表は、保存されるべき文化史跡や自然景観の形をとった、世界共通の歴史を守ろうという素晴らしい試みであると一般的には考えられている。この一覧表の成功は広く認識されており、ここで繰り返す必要はない(例えば Frey and Steiner 2011を参照)。しかしながら強い批判もなされており、そのほとんどは世界遺産の選定に向けられている。一覧表に記載されている遺産が多すぎ、その特別性が損なわれていると言われているのだ。もう一つ別の面からの批判としては、ほぼ50%の遺産がヨーロッパにあり、国家や大陸間での遺産の分布が非常に不平等であるというものだ。選定が客観的な考慮に基づいておらず、政治的影響力に強く依存しているという主張もされている。私たちが最近行った計量経済学的研究(Frey et al 2011)もそうした指摘と整合的だ。2006年当時の182カ国について、過去のGDP、国土の大きさ、高度に文明化されてからの年数といった多数の決定要因が、世界遺産の数と有意に相関している。それに付け加え、官僚や政治家によるレントシーキング [5] … Continue reading や、国連安全保障委員会の理事国 [6] … Continue reading であるといった、遺産の価値とは関係のない様々な要因が一覧表の構成に優位に影響していることも示されている。別の先行研究では、世界遺産委員会の委員国になることと一覧への記載には、直接的な相関があることが示されている。1978年から2004年にかけて一覧表に記載された遺産の30%以上が、21カ国からなる世界遺産委員会委員国のものなのだ(Van der Aa 2005)。極端な一例として、1997年にイタリアの遺産が10個も一覧表に記載された際、世界遺産委員会の委員長国はイタリアだった。世界遺産センター所長であったフランチェスコ・バンダリンすら次のように述べている。「登録は政治的な話になった。それは名声、宣伝、経済発展に関するものなのだ。」 (Henley 2001)

無作為の選択を

そのような不当な政治的影響力を減らすため、私たちは無作為選択を適用することを提案する。これは、全ての案件について選定される確率が同一であり、それによって幅広い代表性 [7]訳注;特定の地域への偏重を減らす。 を確保し、不当な政治介入を減らすという点から公正なものだ。こうした手続きは、古代ギリシャやイタリアの都市においてデマーキー(あるいはロトクラシー) [8]訳注;政治家などを抽選で決定するというもの。 といった形で幅広く用いられていた。今日においても、例えば陪審制などで未だ用いられている。これを世界遺産の選定に適用するにあたっては、二つの無作為化の方式が考えられる。

世界遺産一覧表に記載される遺産は、専門家によって「記載可」とされた遺産全て、つまり記載不可とされなかったもの全てから籤引きで選ぶことができる。またあるいは、記載可の遺産を専門家による分類によって加重することもできる。記載を勧告されたものについては3、修正をすべきものには2、相当な不足があるとされたものには1を荷重するといったものだ。この手続きによって、記載可能な全ての遺産にその機会が確保されるとともに、最終的な選定が政治的影響力の及ばないものとなるために、政府にとっては資金や労力を投資しようとする気が薄れることとなる。

考えられる欠点としては、無作為選択は世界遺産委員会による真剣な選定(と主張されるもの)と同等の名声をもたらさないということがありえる。この問題を回避するために、私たちは二つ目の無作為化の方式を示す。この無作為選択は一歩前の段階、今日において政治的な決定を行っているとされる世界遺産委員会の構成について適用される。委員国の無作為選択は、事前の交渉や戦略的投票、相互投票 [9]訳注;世界遺産の選定について述べていると思われるが、世界遺産委員会の決議は多数決ではなく全会一致を原則としている。 などを難しくする。好ましくない政治的影響力はしたがって大部分排除され、合意された10の基準に基づく客観的な遺産の選定により大きな比重を与えるはずだ。

このような状況下において無作為選択が用いられることはこれまでほとんどなかったが、その理由の一つは政治的影響力の強い国家が反対(object)するからだ。さらに、多くの人が無作為決定に反対するのは、彼らがそれに慣れていないからだ。しかしながら、世界遺産一覧表はこの無作為化という社会決定方式を用いるのに素晴らしい対象(object)であるように思える。

参考文献

●Cleere, Henry (2006), “Foreword” in Alan Fyall and Anna Leask (ed.), Managing World Heritage Sites, Elsevier.
●Frey, Bruno S, Paolo Pamini, and Lasse Steiner (2011), “What Determines the World Heritage List? An Econometric Analysis”, Working Paper Series, Department of Economics, University of Zurich.
●Frey, Bruno S and Lasse Steiner (2011), “World Heritage List: Does it Make Sense?”, International Journal of Cultural Policy, forthcoming.
●Henley, Jon ( 2001), “Fighting for the Mighty Monuments”, Guardian Unlimited.
●Van der Aa, Bart JM (2005), Preserving the Heritage of Humanity? Obtaining World Heritage Status and the Impacts of Listing, Netherlands Organization for Scientific Research.

References

References
1 訳注;2014年6月の世界遺産委員会で1000を超え、現在1007件となっている。
2 訳注;数字はいずれも原文の執筆時点。なお、2014年6月の世界遺産委員会における結果を踏まえた現在の数字は締約国191か国中161か国の1007件、すなわち文化遺産779件、自然遺産197件、複合遺産31件
3 訳注;ICOMOSないしIUCNは、1)登録、2)情報照会、3)登録延期、4)不登録のいずれかを勧告する。このうち情報照会は推薦書の修正のみで翌年の世界遺産委員会に再提出ができるが、登録延期は専門家の実地調査の段階からのやり直しとなるので再提出は最低でも数年後となる。また、世界遺産委員会で不登録とされた物件は実質上再提出はできないので、2013年の世界遺産委員会で日本が鎌倉を取り下げたように、ICOMOSあるいはIUCNが不登録の勧告を行った段階で各国は通常推薦の取り下げを行う。
4 訳注;詳細はこちら
5 訳注;この論文ではレントシーキングの程度の目安としてGDPに対する公的支出額の割合を用いているが、論文内でも指摘しているように、公的支出の大きさは推薦書の準備がしっかりとなされていることを示している可能性もある。
6 訳注;フレイらは、安保理理事国がIMFや世銀から有利に扱われる傾向にあるという先行研究に触れつつ、世界遺産の選定についても同様のことが成り立つと仮定したうえで、変数として常任・非常任に関わらず、理事国であった年数を使用している。
7 訳注;特定の地域への偏重を減らす。
8 訳注;政治家などを抽選で決定するというもの。
9 訳注;世界遺産の選定について述べていると思われるが、世界遺産委員会の決議は多数決ではなく全会一致を原則としている。
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