サミュエル・ヒューズ「ヨーロッパの住宅政策はアメリカナイズされるべきか?|アメリカYIMBY運動からの学び」(2026年6月9日)

ヨーロッパの住宅不足は、アメリカ以上に深刻だ。それなのに、なぜ誰も「ゾーニング」について語らないのだろうか?

ソーシャルメディアをアメリカが牛耳っているために、ヨーロッパの政策論争はしばしば「アメリカナイズ」される。これは厄介な事態を招きがちだ。ヨーロッパ人が自国の政策課題を、実態にあまり則していない〔アメリカ的な〕フレームワークで捉えてしまうからである。しかし、こと住宅論争において、それも特に欧州大陸における議論に関しては、むしろアメリカ人のアイデアをいくらか借りた方が、実際には改善されるのではないかと私には思える。

多くのアメリカ人が賛同する共通認識としては、次のようなものがある。まずは、自国が住宅不足に直面していること。そして、その主因は土地利用規制、とりわけ郊外での住宅増築を阻むゾーニング(用途地域制)にあるということ。さらに、こうした規制の主な元凶が、郊外のNIMBY主義 [1]NIMBY(ニンビー)
「Not In My Back Yard(我が家の裏庭にはお断り)」というエゴイスティックな住民の反対運動
だということだ。また彼らは、住宅開発にコストのかかる環境義務や社会的負担をあれこれ課しすぎると、経済的な採算が取れなくなり、開発計画そのものが丸ごと頓挫してしまうと考えている(これには「エブリシング・ベーグル[2]エブリシング・ベーグル(Everything … Continue reading というキャッチーな名前までついている)。私の目から見ても、これらの主張はどれも概ね的を射ている。

こうした問題意識を背景に、アメリカでは「YIMBY主義 [3]YIMBY (インビー)
「Yes In My Back Yard(我が家の裏庭に是非)」という住宅開発を歓迎する運動
と呼ばれる巨大な運動が発展してきた。そこには、クリス・エルメンドルフやエド・グレイザーといった気鋭の学者をはじめ、ブライアン・ハンロン、アレックス・アームロヴィッチ、ノーラン・グレイ、ソニア・トラウス、マイク・キンセラ、アニー・フライマン、エミリー・ハミルトン、サリム・ファース、マシュー・イグレシアスといった優れた活動家や論客が名を連ね、カリフォルニアYIMBYやウェルカミング・ネイバーズ・ネットワーク、アバンダント・ハウジング・マサチューセッツ、オープン・ニューヨーク、YIMBYアクションといった、数えきれないほどの組織が林立している。私はかつて、全米のYIMBYが集結する全米規模のカンファレンス「YIMBYタウン」 [4] … Continue reading に招かれたことがあるが、全米各地から集まった代表団で巨大な公会堂が隅々まで埋め尽くされる光景を、ただただ圧倒されて眺めるしかなかった。

いくつか条件付きではあるが(これについては後述する)、イギリスでもこれと同じ構図が自国に当てはまると考える人が増えている。しかし、ヨーロッパ大陸に目を移すと、こうした視点が驚くほど見当たらないことに、私はいつも愕然とさせられる。大陸のヨーロッパ人も、もちろん住居費の高騰には頭を悩ませている。だが彼らが「住宅不足」そのものを議論することは滅多にない。仮に議論になったとしても、土地利用規制がその元凶として矢面に立つことはまずない。郊外のゾーニング問題に対してはほぼ完全な沈黙が保たれているのだ。ヨーロッパ大陸において、YIMBY運動は事実上存在しないに等しい。ヨーロッパ人が住宅問題を語るとき、その議題に上るのは決まって、家賃統制や強制収用、公営住宅の拡充、あるいは環境規制といった話ばかりである。

出典:Katharina Knoll, Moritz Schularick, Thomas Steger (2017)

ヨーロッパの住宅不足はアメリカほど切実ではないから、分配〔家賃〕や質〔環境〕の議論にリソースを割く余裕があるのだろう、そう考えるのは自然な流れだ。しかし、それは事実とは大いに反している。実際には、ヨーロッパの住宅不足は概してアメリカよりも深刻だ。カタリーナ・ノールらがまとめた膨大なデータセットを見れば、それは一目瞭然だ。ヨーロッパの住宅価格は、19世紀から20世紀初頭にかけてはほぼ横ばいだったが、第二次世界大戦を境に右肩上がりに高騰し続けている。今やその水準は、アメリカよりもはるかに高くなっている。アメリカの住宅価格は最近まで非常に安定しており、過去四半世紀を見ても(サンフランシスコやマンハッタンといった一部の都市中心部での急騰を除けば)全体としてはごく緩やかな上昇にとどまっているのだ。そしてカタリーナ・ノールの分析によれば、ヨーロッパにおけるこの価格高騰の約8割は、住宅建設に対する「規制」に起因している。

では、その規制とは具体的に何を指すのか。都市が成長する方法は2つしかない。上(垂直)に伸びるか、外(水平)に広がるかだ。住宅需要の大半は一般的に外延的な拡大によって満たされてきたが、地理的制約、城壁、あるいは交通の限界によって外への成長が阻まれた場合には、都市は「高密度化」することで対応してきた。

一つの仮説として、ヨーロッパの住宅不足は「外への拡大」が制限されているせいで起きており、ほとんど何の制約もなくスプロール〔無秩序な郊外拡大〕を許してきたアメリカとは事情が違う、という見解がある。ある程度まで、これは確かに事実だ。イギリスの読者には釈迦に説法だが、イングランドはその最たる例である。1950年代以降、イングランドは都市の周囲に「グリーンベルト」と呼ばれる建築禁止地帯を設けてきた。その結果、多くのイングランドの都市面積は、1945年当時と今でほとんど変わっていない。

画像:1937年のパリの地図を現在のサテライト写真に重ね合わせたもの。サミュエル・ヒューズ

ヨーロッパ大陸の都市にも外への拡大規制はあるが、イギリスほど極端ではない。実際、大半のヨーロッパの都市は1945年以降大幅に拡大した。上の画像では、1930年代のパリの地図が、現在の同じ縮尺の衛星写真に重ね合わされている。ご覧の通り、都市の表面積は何倍にも拡大している。ローマやマドリードといった他のヨーロッパの首都でも、同様かそれ以上の拡大が見られる。

しかし、外への拡大に対する制約が厳しい場所であっても、それが住宅不足の全容であり得るわけではない。イギリスでも時折指摘されるように、もし高密度化が許可されていたなら、グリーンベルトによって阻まれた住宅の大部分は、代わりに高密度化によって供給されていたはずだからだ。もちろん、低層住宅に比べて高密度な建物を建てるのはコストがかさむため、外への拡大を縛ったまま高密度化だけを許可すれば、いくらかの死荷重損失(社会的損失)は生じる。しかしそのコスト差は、1914年以降のヨーロッパにおける住宅価格の暴騰を説明するにはあまりに微々たるものだ。そもそも当時、欧州大陸の都市住民の大部分はすでに「集合住宅〔フラット〕」に住んでいたのだ。したがって、都市の外延的拡大がアメリカよりもヨーロッパで制約されていることが多いとしても、結局のところ、住宅を建てさせない「ゾーニング規制」こそが依然として決定的な障害であり続けている。高密度化への規制さえなければ、住宅不足がここまで深刻化するのは、香港のように物理的な土地が極限まで枯渇している都市に限られるはずだ。

出典:Eurostat EU-SILC (2025)

もっとも、ヨーロッパ諸国の中には、アメリカ的な「低密度の郊外住宅地」がそもそも存在しない国もある。スペインがその典型であり、イタリア、ポルトガル、ギリシャといった南欧諸国にもある程度それが当てはまる。こうした地域でも密度規制は機能しているが、地中海沿岸の都市では、都市エリアのほぼ全域にわたって「中層建築までの高さ制限」が厳格に課されているため、その規制の性質はアメリカのそれとは少々異なる。しかし、フランス、ドイツ、オーストリア、スイス、ベネルクス、アイルランド、そして北欧諸国(スカンジナビア)には、アメリカとそっくり同じような、広大な低密度の郊外住宅地が広がっている。1950年代以降のフランスやノルウェー、アイルランドの都市形成の性質は、アメリカのそれと大きく異なってはいない。人々がその酷似ぶりに気づかないのは、単にヨーロッパの建物ストックの多くが、アメリカよりも古い時代のものであるからにすぎない。

画像:1905年当時のベルリンのゾーニング計画。Pharus

こうした郊外は、漏れなくゾーニングによって守られている。実のところ、ゾーニングという仕組み自体、19世紀後半のヨーロッパ(ドイツやオーストリア=ハンガリー帝国)で発明されたものだ。ここに1905年頃のベルリンのゾーニング計画図がある。当時のドイツの都市には、都市から西へと伸びる鉄道沿いに広がる「ヴィラ・コロニー(高級住宅地)」と呼ばれる富裕層の郊外と、高密度で多様な階層が混在する都市中心部との間に、非常に明確な分断が存在していた。私がこの地図上で「V」のマークをつけた場所が、そのヴィラ・コロニーだ。これらがすべて、緑色に塗られたゾーニング地区に収まっているのがわかるだろう。この地区では、2階建ての戸建て、または2戸連棟式住宅(セミデタッチド・ハウス) [5]デタッチド・ハウス / セミデタッチド・ハウスイギリスや欧州で一般的な住宅の建築様式。デタッチド・ハウス(Detached … Continue reading 以外の建設が基本的には禁止されていた。これらの計画は、当初からヴィラ・コロニーに住む富裕なベルリン市民の生活環境を守り、その特権的な排他性を維持するために機能していたのである。

画像:現在のベルリンのゾーニング計画。Berlin.de

それから120年が経った現在も、ベルリンのゾーニング計画は本質的にまったく同じ役割を果たし続けている。かつてのヴィラ・コロニーは、現在「Wohnbaufläche mit landschaftlicher Prägung〔景観的特徴を持つ住宅地域〕」 [6]Wohnbaufläche mit landschaftlicher … Continue reading という名称で指定されている。この地区に課されている制約は、1905年の計画における緑色のマーキングとほぼ同じだ。そしてこれと同じ構図が、他のほぼすべてのヨーロッパの都市でも見られる。

では、こうした規制を裏で支えているのは、やはりNIMBY主義なのだろうか。ヨーロッパ人にこの質問をすると、しばしば困惑される。彼らは郊外の高密度化に対するNIMBYの反対運動など聞いたことがないからだ。アメリカ流のYIMBY論壇で悪役として描かれる住民たちは、ヨーロッパのメディアや政治の舞台には登場しない。一見すると、ヨーロッパには高密度化への抵抗など存在しないかのようであり、ある意味ではそれは正しい。しかし、高密度化への反発が見られないのは、そもそもそれを行おうとする政治的圧力がどこにも存在しないからではないか。問題自体が発生しないため、明白な抵抗運動が表面化する必要すら生じていないのだ。

この構造は、イギリスの事例を見るとよくわかる。イギリスでも開発をめぐる政治的対立はあるが、その矛先が向かうのは、手つかずの緑地への建設や、公営住宅の再開発、あるいは都市のブラウンフィールド(遊休地)といった、現実に発生している開発ばかりだ。郊外の高密度化については、そもそも実施されないため、誰も議論すらしない。2000年代に政府が一時的に郊外の高密度化を容認しかけた際(「ガーデン・グラッビング〔庭の強奪〕」 [7]ガーデン・グラッビング(Garden … Continue reading という言葉が流行語となった。)には議論が巻き起こったが、NIMBY側が勝利を収めると、大半の人々はこの問題を忘れ、NIMBYたちも政治的に沈黙を守るようになった。

ヨーロッパの他の地域でもおそらく同じことが言えると私は考えている。フランスやドイツの政府が高密度化の規制を解除して住宅不足を解決しようとしない究極的な理由には、NIMBY主義がある。だが、NIMBY側の主張があらかじめ前提として受け入れられているため、NIMBY主義は表面化せず潜在的な状態にとどまっているのだ。だからといって、NIMBY主義がヨーロッパにおけるあらゆる制限的な土地利用規制の源泉であると言いたいわけではない。最近マドリードを訪れた際、同市の外への拡大を阻んでいるのはNIMBY主義というよりも純粋な行政の硬直化(官僚主義)であるという強い印象を受けた。とはいえ、高密度化に対する規制の背後にある鍵となる要因がNIMBY主義である可能性は高い。

要するに、ヨーロッパの都市は住宅不足に直面しており、既存の郊外への住宅増築を阻むゾーニングが存在し、そのシステムを支える背景にはNIMBY主義が存在する。この構図は、アメリカの状況と大きく変わらない。ではなぜ、ヨーロッパ人はこの問題を語ろうとしないのか。

確かな答えは私にもわからないが、いくつか推測できる。一つの可能性として、ヨーロッパ人のアイデンティティにおいて「郊外」の比重が小さく、政治的議論の対象になりにくい点だ。これは、ヨーロッパの社会的エリート層の多くが今なお都市の中心部に住んでいることや、そうした地域の歴史的・文化的な重みが大きいことに関係している。私はパリでこの現象を特に強く感じた。パリには、低密度で一戸建ての持ち家が並ぶ広大な現代的郊外が存在する。ル・ヴェジネやヴォークレソンのように、非常に裕福な地域もある。それにもかかわらず、こうした郊外の歴史や都市形成について書かれた文献は(フランス語でさえ)ほとんどなく、文学や映画に登場することも稀だ。パリジャン自身、そうした郊外の存在をほとんど意識していないように見受けられる。郊外は現代フランス人の生活の大部分を占めているにもかかわらず、アイデンティティにおける存在感はアメリカに比べてきわめて薄いのだ。

画像:パリの都市エリアの大部分の光景。Google Maps

もう一つの可能性は、ヨーロッパのゾーニングには、アメリカのゾーニングのような政治的摩擦の歴史が存在しないという点だ。初期のアメリカにおけるゾーニングは、郊外の白人層が、貧しい非白人層に手の届く住宅のタイプ〔アパートなど〕を禁止することで彼らを排斥しようとした、人種差別的な動機が一因にあったと考えられている。この歴史的経緯があるからこそ、ゾーニング問題はアメリカ政治におけるきわめてセンシティブな対立点となっている。対照的に、ヨーロッパにおけるゾーニングは、感情的な対立をあまり伴わない、技術的な行政課題として扱われてきた(実際、イギリスの都市計画制度は左派的とみなされることが多い。これは制度の根幹が1945〜51年の〔労働党〕政府によって導入されたことに一部起因する)。

これらは単なる推測にすぎない。しかし、ヨーロッパ人がゾーニング改革に対して無関心である理由が何であれ、その姿勢は変化を求められている。ヨーロッパの住宅不足は悪化の一途をたどっており、すべての都市が「外への拡大」だけで問題を解決できるとは考えにくい。ヨーロッパ人が住宅ニーズを満たそうとするならば、アメリカと同様に、自国のゾーニング制度を見直す必要があるだろう。ヨーロッパの住宅問題をアメリカ的な視点から捉え直すことで、自らの視線では見えにくかった課題が明確になる。ヨーロッパの政策論争がアメリカナイズされることへの一般的な批判は概ね妥当である。しかし、住宅問題に関しては例外なのではないだろうか。

[Samuel Hughes, Should European housing politics be Americanized?, Works in Progress, 2026/6/9.]

References

References
1 NIMBY(ニンビー)
「Not In My Back Yard(我が家の裏庭にはお断り)」というエゴイスティックな住民の反対運動
2 エブリシング・ベーグル(Everything Bagel)
アメリカのアレックス・アームロヴィッチやグレー・カンキウらが提唱した都市計画用語。住宅開発プロジェクトに対して「環境基準」「手頃な価格の住宅(アフォーダブル住宅)の義務化」「地域貢献」など、ありとあらゆる社会的・政治的要求(義務)を盛り込みすぎた結果、開発の経済的採算が取れなくなり、最終的に1戸も建たなくなってしまう現象を指す。
3 YIMBY (インビー)
「Yes In My Back Yard(我が家の裏庭に是非)」という住宅開発を歓迎する運動
4 YIMBYタウン(YIMBYtown)
全米最大規模で毎年開催されるプロ・ハウジング(住宅供給推進)の全国年次カンファレンス。草の根の活動家、都市計画家、行政関係者、政策専門家など1,000名以上が一堂に会する。ゾーニング(用途地域制)改革や土地利用政策、アドボカシー(政策提言活動)を通じて、住宅不足問題の解決に取り組むことを目的に掲げている。
5 デタッチド・ハウス / セミデタッチド・ハウス
イギリスや欧州で一般的な住宅の建築様式。デタッチド・ハウス(Detached House)は完全に独立した一戸建て住宅(日本で言う一般的な戸建て)。セミデタッチド・ハウス(Semi-Detached House)は、1つの大きな建物を中央の壁1枚で左右対称に2分割し、それぞれが独立した玄関や庭を持つ「2戸連棟式(ニコイチ)」の住宅を指す。
6 Wohnbaufläche mit landschaftlicher Prägung
ベルリンの土地利用計画(FNP)における指定区分の一つ。直訳すると「景観的特徴を伴う住宅建設用地」。建物の高さや建ぺい率が厳しく制限され、ゆとりある緑地や良好な郊外景観を維持するためのゾーニング。
7 ガーデン・グラッビング(Garden grabbing)
住宅の私有庭園(バックガーデン)を遊休地(ブラウンフィールド)とみなして買い取り、そこに新たな戸建てや低層集合住宅を割り込んで建設(インフィル開発)する手法。2000年代のイギリスで急増したが、郊外の景観変化や環境破壊を懸念する既存住民からの強い反発を招き、政治的な論争となった。
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