ラルス・クリステンセン 「オークランド・アスレチックスが一時の勢いを失ったのはなぜ? ~効率的市場仮説に敬礼!~」(2012年2月23日)

オークランド・アスレチックスが辿った足跡は、「効率的市場仮説」の妥当性を裏付ける格好の実例となっている。
画像の出典:https://www.photo-ac.com/main/detail/3191028

映画版の『マネー・ボール』を見終えたばかりだ。素晴らしい出来というのが私の評価だが、映画通のスコット・サムナー(Scott Sumner)や家内(妻)とは違って、私は映画にはそんなに詳しくない。そんな私でもこの作品を興味深く味わえたのは、話の中で経済学がだいぶ大きな役割を果たしているからだ。マイケル・ルイス(Michael Lewis)作のかの見事な原作〔邦訳はこちら〕とは内容がかなり違っているが、私のような経済学オタクでも興味深く鑑賞できるくらいには原作の名残をとどめている。

このブログで金融政策や金融理論が主題にならないようなら、ロバート・トリソン(Robert Tollison)が言うところの「スポートメトリクス」(Sportometrics)についての私見が語られる公算が高いと思ってもらっていい。「経済学」に加えて「スポーツ」にも目がない私だが、私が愛してやまないそんな二つの対象が結び付けられているのが「スポートメトリクス」――スポーツの経済学――だ。ところで、「貨幣」(money)と「市場」(markets)について論じてばかりいるこのブログで『マネー・ボール』の話題を取り上げるのはなぜなのか? オークランド・アスレチックスが辿った足跡が「効率的市場仮説」に信を置くスコット・サムナーの言い分の正しさを裏付ける格好の実例になっているからというのがその答えだ。野球選手が売買される市場であっても「効率的市場仮説」は妥当するのだ。というわけで、私の話にしばらくお付き合い願いたいと思う。

アメリカ人男性であれば誰もがオークランド・アスレチックスの足跡についてよく知っているだろうが、この文章を読んでいる全員がアメリカ人男性というわけじゃない。そこで、アメリカ人男性以外の残りの方々のために、マイケル・ルイスが『マネー・ボール』で描いている物語を私なりに語り直すとしよう。

オークランド・アスレチックス〔以下、アスレチックスと略〕について語るということは、アスレチックスのGM(ゼネラルマネージャー)を務めたビリー・ビーン(Billy Beane)について語ることを意味する。ある特定のスキルを身につけた野球選手に市場で割安の値が付けられているというのがビリー・ビーンの考えだった。割安に評価されている(過小評価されている)スキルを身につけた選手を集めて育成すれば、チームの「生産性」を高められる。割安に評価されているスキルを身につけた選手の存在に他の球団が気付かないようであれば、資金力の面で劣っていても自軍が試合で勝利を手にする可能性は高まる。実に美しい理論だ。その通りになった――少なくともその通りになったように見えた――のだから、なおさら美しい。2000年代初頭のアスレチックスは、リーグで一番の貧乏球団だったが、その資金力から予想されるよりもずっと上出来の成績を収めたのだ。そのようなことが可能になったのは、ビリー・ビーンが「セイバーメトリクス」(Sabermetrics)――野球の経済学――を駆使したがゆえだ・・・というのがマイケル・ルイスが『マネー・ボール』で説いている仮説である。

マイケル・ルイスが説く仮説の妥当性については議論の余地があろうが、アスレチックスが2000年代初頭に他のチームを凌駕する抜群の成績を収めたことは確かだ。しかし、である。『マネー・ボール』が出版された2003年以降に、アスレチックスの運命に変化が訪れることになったのである。アスレチックスが他のチームを凌駕して抜群の成績を収めることはもう二度となくなったのだ。一体何が起こったのか? そうなのだ。ビリー・ビーンは、己の成功ゆえに打ち負かされる羽目になってしまったのだ。ビリー・ビーンは、「効率的市場仮説」の前にひれ伏す結果になってしまったのだ。

ビリー・ビーンは、「投機家」(speculator)だったと言える。彼は、市場における「値付けの歪み」(mis-pricing)に目ざとく気付き、割高の値が付いている選手(割高の値が付いているスキルの持ち主)を売る一方で、割安の値が付いている選手(割安の値が付いているスキルの持ち主)を買うという賭けに出たわけだ。しかしながら、彼のその賭けがうまくいったことが広く知られるようになるにつれて――マイケル・ルイスの『マネー・ボール』もビーンの賭けがうまくいったことを広めるのに一役買っている――、他の球団も気付くようになった。ビーンのやり方を真似たら、自分たちのチームも試合で勝利を手にできる可能性を高められることに。その結果、割安の値が付いている選手の値(年俸)が上がる一方で、割高の値が付いている選手の値(年俸)が下がることになった。野球選手を売買する市場が(これまでよりも?)効率的になったわけだ。少なくともそのことを実証的に裏付けている論文がある。ヤーン・ヘイク(Jahn K. Hakes)&レイモンド・ザウアー(Raymond D. Sauer)の二人が2006年に執筆している論文――“An Economic Evaluation of the Moneyball Hypothesis”(「『マネー・ボール』仮説の経済的な評価」)――がそれだ。論文のアブストラクト(要旨)を引用しておこう。

マイケル・ルイス作の『マネー・ボール』では、オークランド・アスレチックスの革新的なGM(ゼネラルマネージャー)が野球界の労働市場で長らく野放しになっていた非効率性(値付けの歪み)に巧みに付け入った物語が語られている。本稿では、1999年から2004年までの期間を対象に、野球選手の生産性や年俸に関するデータの分析に計量経済学の標準的な手法を適用して、『マネー・ボール』で語られている仮説の妥当性の評価を試みた。その結果はというと、ルイスが説くように、野球選手のスキルの評価(値付け)の面で歪みがしばらく続いたようであり、統計に関する知識を備えているGMがその歪みに付け入って大きな見返りを得た(安上がりで強いチームを作り上げるのに成功した)ようだ。しかしながら、ルイスの説とも経済学のロジックとも矛盾しない結果と言えるが、スキルの値付けに歪みがあることが他の球団にも広まるにつれて、歪みも正されたようである。

美しくないだろうか?  市場(野球界の労働市場)はスタート時点では効率的ではなかったが、投機家が参入してきたら価格システムの働きによって市場が効率的になったというのだから。野球界の労働市場でも「効率的市場仮説」は成り立つというわけだ。野球界の労働市場では金儲け以外にもあれやこれやが関わっているが、そんな市場であってもかなりの程度効率的だと見なせるというのなら、金融市場を効率的と見なさないでいる理由なんてあるだろうか? 金融市場にいるのは、一人のビリー・ビーンじゃない。何百万人ものビリー・ビーンのクローンがいるのだ。

世界中を見渡すと、どの銀行も、どのヘッジファンドも、どのペンションファンド(年金基金)も、金融市場における値付けの歪みを見つけるために、ビリー・ビーンのクローン――かくいう私もそのうちの一人だ――を雇っている。金融市場を根城とするビリー・ビーンのクローンたちは、各人各様にありとあらゆる種類の手法を使って値付けの歪みを探し出そうと試みているが――その中には、テクニカル分析みたいな華やかさに富んだやつもある――、各人各様の試みがすべて合わさった結果として金融市場はますます効率的になっているのだ。

ビリー・ビーンと同じように、金融市場における投機家たちは、金融資産の価格に歪みがないかどうかを絶えず探し回っているだけでなく、金融資産の価格を予測するために新しい手法を絶えず編み出し続けている。そうだというのに、金融市場が野球界の労働市場よりも効率的じゃないなんてことがあり得るだろうか? スコット・サムナーの言う通りだと思うのだ。サムナーがかねてから説いているように、「効率的市場仮説」は金融市場の実態をかなりうまく捉えていると思うのだ。幅広いタイプの資産の値動きを説明する上で、「効率的市場仮説」よりも当てはまりがいい「一般」理論にはこれまでお目にかかったことがないのだ。

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(追記)ビリー・ビーンは単に運が良かっただけという可能性も勿論ある。「サンプル数が小さすぎ」――当初のうち理論通りに事が運ばないでいた理由として、映画版の『マネー・ボール』で「ピーター・ブランド」が吐いた台詞(セリフ)――て、偶然が入り込む余地があるわけだ。

(追々記)映画版の『マネー・ボール』で「連勝モード」(“Winning streak”)という言い回しが出てくる。「スポートメトリクス」をいくらかかじったことがある人であれば、この言い回しに出くわすたびに少々興ざめしてしまうことだろう。「連勝モード」にしても「ホットハンド」(pdf)にしても幻想なのだ(少なくとも、実証的に裏付けられている現象ではない)。

(追々々記)『マネー・ボール』の主役は、ビリー・ビーンじゃない。真の主役は、ポール・デポデスタ(Paul DePodesta)なのだ。映画版では、ポール・デポデスタは、実名ではなく、ピーター・ブランドという名前で出てくる。

(追々々々記)実のところ、野球にはそんなに詳しくない。加えて、野球を観ているのはかなり退屈だったりする。 そんな私が野球についてどんなことを語ろうとも、免責してもらえるに違いない。


〔原文:“Why did the A’s stop winning? Scott has the answer”(The Market Monetarist, February 23, 2012)〕

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