Paul Krugman, “Anger, Not Envy, Is Raising Americans’ Ire,” Krugman & Co., March 14, 2014. [“Envy Versus Anger,” The Conscience of a Liberal, March 3, 2014]
アメリカ人が憤ってるのは妬みからじゃない,怒ってるんだ
by ポール・クルーグマン
いきなり――あるいは,いまさら突然であるかのように――格差が世間の意識にのぼっている.1パーセントの連中も,その忠実なる擁護者連中も,どう対処すればいいかわかってないご様子だ.
そうした反応のなかには,どうかしてるものもある――「水晶の夜だ!」だの「我々を殺しそうな勢いだ」だの.そのどうかしてるっぷりは,かなり広まっている.億万長者たちのいかに多くが,ベンチャーキャピタリストのトム・パーキンスを中心に結集してるかみてごらん.もちろん,『ウォールストリートジャーナル』もご同伴だ.(パーキンスは,1月に『ウォールストリートジャーナル』で,世間が1パーセントの連中を批判していることをナチのユダヤ人迫害になぞらえた人物だ.)
でも,そういうのよりは正気っぽく聞こえる声にしても,「21世紀の金融資本主義は,誰の目にもちょっぴり…まあ不公平に映るかも」という考えを理解するのに苦労している様子がありありと見える.
ここで大事な点を1つ:先日,アメリカ企業公共政策研究所所長のアーサー・ブルックスが書いた『ニューヨークタイムズ』の論説は,富に対する世間の態度が変化しているのを憂慮している:「Pew調査によれば,『出世したいと望んでいる人の大半は』勤勉に働くことで望みを叶えられると感じるアメリカ人の割合は2000年ごろから14ポイント減少している」とブルックスは3月1日に書いている.「2007年まで,ギャラップの調査で,勤勉によって出世する機会に満足している人は70パーセントで,不満は人は29パーセントでしかなかった.今日では,その差は縮小して,54パーセントが満足しており,45パーセントが不満をおぼえている.ほんの数年で,アメリカ経済は本物の実力主義だと見られていた状態から,運任せのコイン投げに近いものだとみなされるところまで来てしまったのだ.」
さて,こういう態度の大転換の理由はなんだと彼は考えてるんだろう? 「無論,お金持ちへの妬みがますます膨らんでいるせいにきまってるであろうに,まったくひどい話ではないかね.」
でも,世論調査のデータは,ねたみついてなんにも言っていない:勤勉が報われるってことを信じられなくなったと言うとき,人々が語っているのは,「お金持ちがねたましい」ってことじゃない.彼らが語っているのは,勤勉が報われると信じにくくなったってことだ.1パーセントの連中について人々が負の感情を抱いているとして,その感情はねたみじゃない――怒りだ.この2つはまるっきり別物だ.
ねたみってのは,お金持ちがお金をもってることに負の感情を抱いている場合をいう.怒りってのは,お金持ちがやってることに負の感情を抱いている場合をいうんだ.
考えてみよう:「ウォール街占拠」の抗議運動は,1パーセントの暮らしぶりに焦点を置いていたんだっけ? 醜聞あさりジャーナリズムは,ライフスタイルにばかりこだわってるんですかね? そうだね,たしかに元共和党大統領候補ミット・ロムニーの高級車エレベータについてはみんなよく知ってる.でも,これが話題になったのは,贅沢だからじゃなくって,バカっぽかったからだ.実際,超エリートの生活がふつうのアメリカ人の生活から懸け離れている度合いを考えてみれば,ハンプトンのパーティーだとかの話をケバケバしく書きたてる記事がいかに少なかったかに驚く.
そう,みんなの憤りの大半を駆り立てているのは,お金持ちの多くが働いていまの地位を勝ち取ったわけじゃなく,他のアメリカ人みんなを犠牲にしてお金持ちになったと受け取られているためだ.
2007年以降の出来事で,そう信じられていることを正当化しそうなことってなんだろう? ふーむ,自分がやってることがどんなに偉大な仕事かって吹聴してたくせに,ぼくらを破滅的な金融危機においやった0.01パーセントの連中はどうだろう? ウォール街は立派なことをやってると請け合ってたのに,実はなんにも事情をわかってなかったと判明した名誉ある指導者たちはどうだね?
あるいは,危機以来,収益は急増してる一方で労働者の所得は停滞してるっていう,刮目すべき事実はどうかな? 〔※参照:従業員給料と課税後の企業収益を示すグラフ〕
人々はねたんでるんじゃない.怒ってるんだ――それも,まっとうな理由でね.
© The New York Times News Service
【バックストーリー】ここではクルーグマンのコラムが書かれた背景をショーン・トレイナー記者が説明する
盛り上がる格差論議
by ショーン・トレイナー
合衆国では,金ぴか時代以来みたことのない水準に所得格差が到達している.ここ数ヶ月,政治的指導者たちやジャーナリストたちがその原因について議論し始めている.
経済研究者たちにより,下から90パーセントまでのアメリカ人所得者の賃金は,1970年代から停滞している(インフレに調整した場合)のに,その一方でトップ1パーセントは劇的な伸びを見せていることがわかっている.この傾向はとくに2008年の金融危機から顕著になっている:経済学者エマニュエル・サエズとトマ・ピケティによる研究では,今回の景気後退以降に生じた所得増加全体のおおよそ93パーセントがトップ1パーセントに流れ込んでいる一方で,大半の労働者の所得は実質値で減少していることが明らかになった.
こうした変化をわるくとらえる反応を,保守派の一部は嫉妬の問題だと特徴づけている.たとえば,今月はじめに『ニューヨークタイムズ』に掲載された論説で,保守系のアメリカ企業公共政策研究所の所長アーサー・C・ブルックスはアメリカの文化に「ねたみ」が台頭してきていると非難した.「所得の差違をめぐる敵意を助長するのは,政治的には大きな力になるのかもしれない」――と彼は記す.「だが,それは我々の国を損なうことになる.誰もが自分の成功を勝ち取れ得るという楽観的なビジョンを中心にアメリカ人を結束させるという厳しい仕事を背負う意欲をもった志ある政治家が必要とされている.」
評論家マット・ブルーニグは『ザ・ウィーク』で,ブルックス氏その他の分析は本当の論点を回避したがっていると論じている.「所得分布の格差をめぐる怒りをねたみと称することで,すでに暗黙のうちに,そうした怒りはまったく無益で正当性もないと想定してかかっている.だが,その点については実際になんの論証もせずにすませている」と彼は述べる.「〔ブルックスらの主張は〕極端な格差の正当性をめぐってまっとうに紛糾している問いを取り上げながら,なんら議論もせずに格差は正当だと仮定し,しかるのちに,『正当ではない』と考えている人たちのことを,たんに間違っているばかりか実は〔ねたみという〕悪徳と道徳的な欠陥にとらわれているのだと非難しているのだ」
© The New York Times News Service