WILL MARTIN, KYM ANDERSON, MAROS IVANIC “Did Trade Policy Responses to Food Price Spikes Reduce Poverty?“(August 21, 2013) from blogs.worldbank.org
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国際市場における食料価格は、過去五年間で三度高騰した。2008年中盤、2011年初め、そして2012年中盤(図1)だ。この価格高騰のうちの最初の一つでは米の価格が二倍以上になり、数十もの途上国の都市部での暴動の原因となったし、アラブの春のきっかけとなった社会不安に寄与した可能性すらある。政府による対応で最も多かったものは、国内市場への国際価格上昇の影響を遮断するために、貿易規制を変更するというものだった。そしてこうした行動(輸出規制の厳格化や必需食料品の輸入障壁の緩和)の正当化として最もよく用いられたのは、それが貧困に陥る人の数を減らすというものだった。食料価格が政治的にデリケートなものであるというだけでなく、最貧困層の人々はその所得の大部分を食料に費やすため、食料価格の高騰に対して脆弱なのだ。
図1.国際市場における月ごとの実質食料価格指数(2000年から2013年6月まで)
こうした貿易政策行動は、実際のところ貧しい人々の数を、それがなかった場合に世界が抱えたであろう数よりも減らしたのだろうか。確かに政策対応を行った国々では、食料純購入者 [1]訳注1;食料を売る量よりも買う量のほうが多い人たち≒農家以外の人たち にとっての生活費の上昇は低減され、それによって貧困ラインを下回ることを免れた人々もいたのかもしれない。しかしながら、こうした政策行動には他にも二つの効果があり、それらは貧困に対して逆向きの影響を及ぼす。一つは、政策対応がなければ所得の向上によって貧困から抜け出たであろう貧しい食料純供給者 [2]訳注2;食料を買うよりも売るほうが多い人たち≒農家 の数を減らすというものだ。もう一つの効果はもう少し込み入っている。それは、輸出規制の厳格化や貿易可能な必需食料品の輸入障壁の緩和は、国際価格の高騰を深刻化させ、それによって政策対応を行わなかった国において貧困に陥る人の数を、政策対応を行った国においてそのような運命を辿ることから救われた人以上に増加させる可能性を高め、さらに対応を行った国の政策効果も減少させるというものだ。
この二番目のより込み入った効果は、個々の国々においてその政策行動が貧困数の上昇を食い止めるのに成功したように見える場合においてすら、そうした成功と呼ばれるものが幻想でしかない可能性があることを示す。この政策の見かけ上の成功は、自国内での食料価格の上昇を国際市場における実際の上昇と比較したことによるものでもあるのだ。しかしながら、どの国も貿易規制を変更しなかった場合、国際価格はどうなっていたであろうかということがここで問題となる。実のところ、輸出国と輸入国双方のグループが同じレベルの貿易規制を行った場合、双方のグループの国における国内価格の上昇の程度は、どの国も規制を行わなかった場合と等しいことが示されている(Martin and Anderson 2012; Anderson and Nelgen 2012)。これは、スタジアムで背丈の等しい人たちがもっと見えるようにと一斉に立ち上がったのと同じことだ。
現実においてはしかしながら、国ごとに介入の程度は異なり、任意の国における貧困に対する価格遮断 [3]訳注3;国内価格に対する国際価格上昇の影響の遮断 の影響は、その国が取った行動とその他全ての国による介入の集合的な効果の双方に依存し、各経済の構造、とりわけ貧困ライン近傍に位置している必需食料品の純購入者及び純供給者である家計の割合にも影響される。
国内経済を遮断する政策行動の国内及び国際的な貧困に対するそうした総合的な効果は、プラスマイナスのどちらにもなり得る。食料価格の上昇によって貧困層の被る悪影響が大きい国が、食料価格の高騰に対して貧困層が脆弱でない(もしくはそれにより利益を得る)国よりも強い遮断政策を取るのであれば、そうした遮断政策が貧困に陥る人々の数を減らしうる。生産者と消費者がそうしたショックを国内でどうにかする力が弱い国ほど、国内経済へ国際食料価格の上昇を反映させる割合が少ないのであれば、元々のショックによる世界全体の貧困に対する悪影響は小さくなるだろう (Timmer 2010)。
その一方で、より悲観的な可能性として、国際食料価格からのショックに対する遮断を行った国の多くが、食料価格の上昇による国内の貧困への影響が小さかったり、有益でさえある国であったということが考えられる。例えば高所得国は、価格ショックを上手く吸収できるようになっている。消費者の支出における農産品の割合は小さく、生産者は先物やオプション市場といったリスク管理市場を利用でき、社会的なセーフティネットも比較的整備されているからだ。にもかかわらず輸入税を可変的にしたり、それどころかただ単に輸入取引価格(border price) [4]訳注4;関税が課される前、仕向国到着時点での価格。 と逆方向に変動する従価的な特定の関税を課すなど、遮断的な政策ツールを使い続ける高所得国も存在する。また他にも、大きいが貧しい食料輸入国においては遮断政策が交易条件を悪化させるためにその実施コストが高く、より規模は小さいが他の条件は同一である国ほどには遮断を行えず、その不十分な社会的セーフティネットから貧困の悪化を避けえないということもありえる。
こうした例を鑑みれば、他の条件が等しければ貿易規制の変更は、国際食料価格による国内及び国際的な貧困への影響を増加も低減もしうることは明らかだ。国内及び国際的な貧困に対する全体的な効果を確かめるのは、食料価格が急速に増加した時期における農産品の歪みの変化に関するデータを検討し、その結果として変化した国内価格が貧困層に与えた影響を推定することによってのみ可能となる。
そのため最近の論文 (Anderson, Ivanic and Martin 2013) において、その価格変化が貧困層にもたらす影響が大きいと思われる商品を算定するために、私たちはまず世界の貧困層の四分の三を占める30カ国の途上国をサンプルとし、低所得の家計の消費パターンと収入源についてのデータを調査した。私たちは、2006年から2008年の間に各国がその国内市場を国際食料価格の変化から遮断した程度を調べるために、農産品価格の歪みについての新たに推定を行った。そして、価格遮断的な政策がなかった場合においてもたらされたであろう国内価格の変化との比較には、単純なモデルを使用した。そして最後に、価格遮断的な政策行動があった場合となかった場合において、食料価格の変化が貧困に与えた影響を評価するために、先の価格シナリオを用いた。
このアプローチによって、価格遮断的な行動が国内及び国際的な貧困に与えた影響について、これまでよりもより幅広い評価が可能となった。私たちは、市場遮断的な行動が米、小麦、トウモロコシ、油糧種子 [5] … Continue reading の国際価格高騰を大幅に悪化させたことを発見した。結果は、一部の途上国においては遮断がなかった場合よりも国内価格の上昇は抑制されたものの、その他の多くの国においては遮断がなかった場合よりも価格が高騰したというものだった。
私たちの研究によって、遮断による貧困減少への実際の影響は、その見かけ上の影響よりも遥かに小さいということが明らかになった。国際価格に対する政策行動の影響を無視する場合、私たちの推計では(訳注;そうした政策行動がなければ)貧困から脱出したであろう食料純供給者の数を差し引いても、8200万人の人々が貧困に陥るのを免れた。しかしながら、国際価格に対する政策行動の影響を然るべく考慮すると、2008年における世界の貧困に対する全体としての効果の推計は実のところプラスではあるが、ゼロと実質上変わらないほど小さい。最も違いが出たのは南アジアだった。貧困に陥るのを免れた人数は、国際価格に対する効果を適切に考慮すると70万人からほぼゼロまで落ち込んだ。
表1.2006‐2008年の国際食料価格の高騰から遮断を行った国々における貧困への効果
貧困者への社会保護としては条件付現金給付のような、貿易規制の変更よりも遥かに効率的で公平な国内政策ツールがあるのであり、したがって国際食料価格が高騰した際の貿易規制変更を止めるための多国間協定を模索し、高騰した食料価格が貧困層へもたらす悪影響を単に押し付け合うのではなく、実際に低減する方法に今こそ焦点を当てる時であると私たちは提言する。