今週の政治ニュースの主役は、ゾーラン・マムダニがニューヨーク市長選で勝利したことだ。私の本『エリート過剰生産が国家を滅ぼす』の読者の多くが、「マムダニ旋風」を「高学歴資格保有のプレカリアート(雇用・将来・生活不安定層)」の完璧な実例だと指摘している(X上のこのコメントも参照)。
「高学歴資格保有のプレカリアート」とは何なのかについては、『エリート過剰生産が国家を滅ぼす』で説明している。
「『プレカリアート』という言葉を世に広めたイギリスの経済学者ガイ・スタンディングは、プレカリアートの中には高学歴資格保有の派閥が存在すると述べている。この進歩主義者の集団について彼は次のように説明している」
この層は、大学に行けば将来のキャリアが保証されると両親、教師、政治家から約束されて進学した人々で構成されている。彼らは入学直後に、宝くじを買わされたと気づき、将来への明るい展望を抱けないまま、多額の借金だけを背負って社会に出ることになる。彼らは他のプレカリアート層より積極的であるという意味で、危険な派閥だ。この層は、ポピュリストを支持する可能性が高く、同時に伝統的な保守政党や社会主義政党を拒否している。この層が直感的に希求しているのは、伝統的な政治的スペクトルや労働組合のような組織には見出すことができない、新しい「楽園の政治」だ。
ガイ・スタンディング『ポピュリズムの台頭を煽る新たなグローバル階層、プレカリアートとは』(2016年11月9日)
「歴史(そしてクリオダイナミクス・データベース)は、「高学歴資格保有者のプレカリアート」(クリオダイナミクスの専門用語では「挫折したエリート志願者」)が社会の安定において最も危険な階級であることを教えてくれる」
私が主に感心を持っているのは、この〔高学歴資格保有者のプレカリアートの増加という〕進展が、アメリカの政党の進化について何を教えてくれるかだ。10年前だと、アメリカの政治は2つの政党によって支配されていた。「1%」(富裕層)の党と、「10%」(高学歴層資格保有者)の党だ。両党とも、90%の人々の利益を無視する一方で、支配階級の利益を促進することに焦点を絞っていた。むろん、ここではかなり単純化している。もっと詳細で微妙な説明については『エリート過剰生産が国家を滅ぼす』を参照してほしい。
2016年、ドナルド・トランプは拡大する大衆の窮余化を利用して、共和党を右翼ポピュリスト(MAGA)政党に再編成する作業を開始した。このプロセスは現在も進行中だ。
一方、民主党は、弾圧(バーニー・サンダースを思い起こしてほしい)と、懐柔(オカシオ=コルテスを思い起こしてほしい)を組み合わせて、党内の左翼ポピュリストを効果的にコントロールしていた。その結果、2024年には、民主党は支配エリート層による唯一の政党へと進化した。2024年、民主党は選挙で壊滅的に敗北したことで、(少なくとも今のところは)幸いにも比較的流血の少ない、本格的な革命が行われた。アメリカ国民の間で民主党の好感度は過去最低に落ち込んだことで、エスタブリッシュメント・エリートは混乱状態に陥り、党内左派を復活させる機会をもたらしたのである。
マムダニのニューヨーク市での勝利は、MAGAが共和党に行おうとしたのと同じように、ポピュリストによる民主党乗っ取りの試みの兆候かもしれない。あるいは、そうではないかもしれない。結局のところ、ニューヨーク市は典型的なアメリカの選挙区とはあまりに異なった選挙区だからだ。
マムダニが、民主党主流派候補であるアンドリュー・クオモに勝利できたのは要因は何だっただろう?ここで、今回の選挙についてのCNN出口調査(4744人が回答)に基づいて分析を行おう。多くの有識者が、マムダニが若い有権者から支持を集めた件について言及している。実際、最年少層(18~29歳)の78%がマムダニに投票し、クオモにはわずか18%しか投票しておらず、マムダニは60%も上回っている(以下、階層別の投票率差を掘り下げる)。
私的に特に興味深かったのは、年齢層より、教育と富についての階層だ。
まず、学歴別で有権者を見てみよう。驚くべきことに、今回の選挙で投票した人のうち、少なくとも80%が「大学中退」以上の学歴を持っている。投票者のうち、31%が学士号取得者、27%が修士号または博士号取得者であり、両層ともにマムダニにクオモよりも19%上回って投票している(マムダニに57%、クオモに38%)。正直に告白すると、最初、この数値は信じられなかった。高学歴資格保有者が、ここまで集住しているのは驚くべきことだ。しかし、2023年のニューヨーク市当局の調査によると、2年前だと学士号以上の資格を持つニューヨーカーの割合は43%であり、2010年の33%から増加している。ニューヨークの(25歳以上の)白人成人のうち、2/3が4年制大学の卒業者だ。まさに、学位の過剰生産を見ることができる。
次に所得についてだ。所得層と投票先の関係性は非線形だ。最貧層(年収3万ドル未満)と再富裕層(30万ドル以上)は、クオモに多く投票しているが、その中間に当たる層はマムダニに多く投票している。つまり、30万ドル以上稼いでいる最富裕層はマムダニよりクオモに29%多く投票したのだ。クオモを苦境に追い込んだのが、最貧層でもなく最富裕層でもない中間の人々が、有権者の77%を占めていたことにある。マムダニに対して最も好意的(20%上回った)層は、5万~9万9千ドル稼いている層だった。この層は、最大のボリューム層でもある(有権者の27%)。次にボリュームが多い10万~19万9千ドル層も、次いでマムダニに多く投票している(18%多い)。
5万~10万ドル稼ぐ人々を「プレカリアート(生活不安層)」と呼ぶのは奇妙に思うかもしれない。しかし、ニューヨークの非常に高い物価を考慮に入れないといけない。ニューヨークの2ベッドルームの年間家賃の中央値はこの1年で15.8%上昇し、現代は5,500ドルだ(ジョン・カーニーによる『Zohran’s Park Slope Populists』を参照)。これはつまるところ、10万ドル収入があっても、その2/3を住居確保に費やさねばならない。そして、税金の支払いも忘れてはならない。食費や娯楽費にあまり当てることはできず、休暇旅行は望み薄だ。
有権者の選好が、高学歴資格保有者と富裕層の両方の側面でどう変化したのかを見るのは特に興味深いところだが、残念ながら、この公表された出口調査ではそこまでの内訳を提供していない。
それでも、この世論調査の数字は、マムダニの勝利が主に、ギリギリの生活しかできない収入の若い高学歴資格保有者によって後押しされたという考えを強力に裏付けている。これは、「ゾーラン・マムダニと苦闘するヤッピーの復讐:都市が『贅沢品』になれば、快適な生活層ですら反乱を起こす」といった最近の記事も同じように指摘されている。このジョン・カーニーの記事は特に優れているが、彼は実際に私の本『エリート過剰生産が国家を滅ぼす』を読んだかもしれない。彼が「困窮化」、「大学システムで過剰生産された卒業生」、「教育を受けたプレカリティ」について書いているからだ。
ニューヨークはおそらく、「高学歴有識者のプレカリティ」の最大の飛び地だが、唯一の場所ではない。東海岸にも西海岸の都市にも、過剰生産されたエリート志願者はたくさん住んでいる。これは、民主党主流派が今や、右派と、ポピュリスト左派に圧迫を受けていることを意味している。今週〔地方首長選で民主党候補の勝利が相次いだことで〕、2026年に民主党が下院を奪還できるだろう「青い波」が多く話題になっている。しかし、そうなった時の民主党勝利者は、これまでとは異なる種類の民主党員かもしれない。
〔原題直訳:「高学歴資格保有者の反乱」〕
アイキャッチ画像出展。
[Peter Turchin, “Revolt of the Credentialed Precariat ” Cliodynamica, Nov 08, 2025]