ノア・スミス「この20年で日本はどう変わったか」(2026年4月1日)

この独特な国についてつらつら考えてみると

この独特な国についてつらつら考えてみると

ひょっとしてこの何年かで初めてかもしれない.先日,X で間違いなく興味深いことが起きた.X で日本語ツイートが英語に自動翻訳されて,英語圏ユーザーのおすすめに表示されはじめたんだ.他国に比べて,日本の人たちの X 利用率はずっと高い.その理由の大半は,X では本名を明かさずに投稿できるおかげで素性を知られないまま私的な生活について公開で発言できることにある.たいていの人は私生活でこのプラットフォームを利用しているので,もっぱら政治論議に利用されている英語圏の X に比べて,日本語の X はずっと毒性が低い.

だから,〔日本語ツイートの〕正気と健全性が流れ込んできて英語圏の X ユーザーが歓喜したのも,ムリはなかった.風変わりな日本のネット文化のいろんな楽しみに喜んだのは,言うまでもない.ぼくの予想では,このハネムーン期は短期しか続かず,やがて英語圏の文化戦争が日本語 X にも感染していってこれを圧倒してしまうだろうとみている.いわば,観光ブームのデジタル版といったところだ.安価かつ手軽に日本に旅行できて国際的に人々が喜んでいたのも束の間,やがて〔外国人旅行者の〕不品行が疫病のように日本各地に広まり,京都や東京西部の観光地をすっかり圧倒してしまう結果になった.

ただ,そういう陰気な予想を脇に置くと,日本語を学ぶ必要なく日本の文化をちょっと味わえるのは,すごく魔法めいたことではある.そう,日本はこういうものだっていうステレオタイプの多くは誇張されているかたんなる間違いだったりする――日本はそんなに体制順応的でもないし集団主義的でもない.人々は外在化された「恥」よりも内心の「罪責感」から行動するところがずっと大きい.ただ,日本の文化には,たしかに独特で興味深いことがとてもたくさんある.その多くは,日本語と地理的孤立という障壁の向こう側で発展を遂げてきた.そういう障壁が崩れていってるなかで,多くの人たちがこの不思議を体験できるようになるだろう――やがて世界規模のネット文化に同質化され,右翼と左翼のネット紛争で荒廃させられるまでの間はね.

それはさておき,このひとときの文化交流を祝って,この20年で日本がどう変化してきたかについて,個人的な初見を披露しようと思う.はじめて日本を訪れたのは,もう23年近く前のことだ.ここしばらく日本に暮らしてはいないけれど,毎年少なくとも1ヶ月は日本で過ごそうとできるだけつとめている.

その間,驚くほど揺るぎなく変わっていないこともわずかながら目にしてきた――2004年に住んでたご近所のお寿司屋さんは,当時とまったく同じ蟹サラダをいまも出してくれる.でも,変わっていることは山ほどある.海外の人たちの多くは(それに,一握りの不注意な長期滞在者も),こう考えがちだ.「日本は静的で変化のない社会だ.」 でも,いくつかの点で,日本はかつてと似ても似つかなく感じられるというのが本当のところだ.

3年前,そういう変化の一部をとりあげて記事を書いた

実は,その記事はほんの上っ面をひっかいたにすぎない.なので,もっとガッツリ掘り下げて書いた方がいいなと思った.2000年代中盤以降に日本の社会とそこにつくられた環境でぼくが気づいた変化をいくつか列挙していこう.ただし,ぼくは大半の時間を東京と大阪で過ごしたので,ここで話す内容は,もっと小さな都市や地方で起きた変化の多くを埒外においている.この点はひとつ頭の隅に入れておいてほしい.

そういう変化をひとくくりにまとめるなら,こういう言い方ができる――「日本は,かつてぼくが暮らしていた時代よりもずっと普通の国になってきている.」 2000年代の日本の特色だった奇抜なアート文化も,活力に満ちたストリートの様相も,モザイクをなすように寄り集まった小さな独立系店舗たちも,消え去りつつある.高齢化と経済の停滞とソーシャルメディアによる容赦ない攻撃が,その理由だ.日本人の服装はカジュアルになったし,腰回りは広くなってきてる.でも,その一方で東京はいわば都市まるごとが魔法のかかった宇宙船とでも言うべきものに変貌している.それに,日本全体も,かつてより国際的で開放的になっている.性差別はかつてほど強くないし,職場もかつてほど心を削って働く場所でなくなっている.

国じゅうが前より貧しく *感じられる* けど,実態はちがう

ぼくが住んでいた頃よりも日本は貧しい国になった感じがするけれど,実はそれは錯覚だ.実際には,かつてよりも少しばかり豊かになっている:

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前とちがうのは,2010年代中盤からアメリカ経済がもっと急速に成長していたおかげで,快適な生活水準かどうかをわけるぼくの基準が秘かにジワジワと上がってきている点だ――あと,ぼく自身の所得がその時期に伸びたのも理由かもしれない.たとえば,20年前なら,日本の安物家具は,もっと値が張るけれどくたびれたアメリカの家具と大差なく見えた.いま,アメリカ人(とぼくの交友のある人たち)は,かつてよりも素敵で新しい家具をもっている場合が多い.他方,日本の家具は基本的に変わっていない.

もうひとつ,劣化サイクルという要因もある.2000年代序盤,日本では10年続いた建設ブームが終わろうとしていた――その一部は,あの「失われた10年」が空けた総需要の穴を埋めようとして政府がつくったものだった.2004年にはピカピカで一つの瑕疵もなく見えた建物の外観も鉄道駅も,その多くはいまや老朽化して寂びて見える.日本は状態良く維持管理に努める傾向があってもなお,これを食い止め切れていない.だからといって,そういう建物やインフラの機能が新品の頃から劣化しているというわけでもない.ただ,ゆっくりと劣化が進むにつれて,みすぼらしく落ちぶれた国という錯覚がかすかに生まれてきている.(当然,2030年代の中国ではこれがいっそう顕著になるだろうけど.)

3つ目の要因は,円安だ.ぼくがはじめて日本に暮らしていたとき,ドルはだいたい100円~120円にすぎなかった.いまや,1ドル160円だ.外国人が日本に来ると,為替レートのおかげで王族暮らしができる.そのせいで,比較すると現地住民はかつてより貧しくなった感覚を覚える.

他にも,かすかな変化はある.20年前に比べて,親元で暮らす若者は減っている.2004年の「パラサイトシングル」たちは,低賃金やアルバイトで働いたり,ことによるとぜんぜん働かずに,けっこうなライフスタイルで暮らせた.なぜって,親の高所得や貯蓄が彼らの生活費を負担してくれていたからだ.いま,そういう財産はあらかた底をつき,高所得ベビーブーマー世代は退職しているなかで,海外旅行を楽しんだりデザイナーブランドのバッグを買ったりできる余裕のある若者はかつてほど多くない.(高級ブランドは増殖しているけれど,これは高齢化や日本観光ブームによる部分の方が大きい.)

他にも日本が貧しくなった錯覚をうんでいる要因はあって,それぞれ個別のセクションで述べる必要がある.たとえば,高齢化・有給雇用・ソーシャルメディアの影響といった要因だ.

誰も彼もが50歳

20年前に日本で暮らしていたとき,こんな感覚を覚えていた.「まわりに人たちはたいてい自分と同年代か,ちょっとだけ年上だ.」 いま,日本にやってくると,まわりの人たちは大半が…いまも自分と同年代か,ちょっとだけ年上に感じる.

これも一部は錯覚だ.ぼくもかつてほどは若者がよく訪れる場所には出かけなくなっている.ダンスクラブとかには,前ほど行かない.ただ,日本各地の都市は密度が高くて,誰もが歩き,公共交通機関を利用する.いまもぼくはとんでもなく人混みでごった返してる地区に出かける.たとえば,バーやクラブやカフェや服屋や安いレストランなどなどが集まってるところにちょくちょく向かう.単純に,そういう通りやお店にいる若者の数がかつてよりはるかに減ってるんだ.

これも一部は錯覚だ.その錯覚は,行動の変化からきている――年長の大人たちがいまだに出かけて物理的な世界を体験している一方で,キッズたちは家でスマホを手に TikTok を眺めたりツイートしたりしてるのかもしれない.ただ,統計は嘘をつかないんだよね.ぼくがはじめて日本に暮らしていた頃,この国の年齢の中央値はだいたい42歳だった.いまや,中央値は50歳に近い.かつて,2000年代中盤だと,65歳以上の高齢者1人当たり,就労年齢の日本人は3人以上いた.いまや,それが2人未満になっている.

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日本の人口ピラミッドには,これがはっきり見てとれる.ぼくよりちょっぴり年上の世代こそが――いま50歳代前半~中盤の人たちこそが――いまや層が厚い.その一方で,いま20代の世代は,どうやらそれに比べて6割にすぎないみたいだ:

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Graph by Mishomp via Wikimedia Commons

公共の場から若者がゆっくり姿を消していっているために,日本はかつてよりもよどんで活力に乏しく感じられる.2000年代中盤に東京と大阪であちらこちらの街にいけば,そこがまるごとウィリアム・ギブスンのいう「子供たちの十字軍」みたいに感じられたものだった――若者の群衆がとにかく活力と数の力にまかせて自分たちの美意識や思想を社会に見せつけていた.いま,そんなものはまったくない.

高齢化にともなって,人為的環境のなかで若者文化はかつてほど存在感がなくなっている――アニメも,流行の装いも,流行りの安価な飲食店も,20年前にくらべて段違いにモチーフとして存在感が薄れている.その一方で,ステキなレストランや高級ブランド,つまり年配の人たちが消費するモノの方が,着々と都市の空間を奪取しつつある.

日本をあれほど奇抜にした余暇階級は,消滅しつつある

2010年代に安倍晋三が進めた経済の各種改革が大きな目標にしていたのは,より多くの日本人を仕事に就けることだった.2000年代に,正規雇用に就いている日本人はすごく勤勉に働く傾向があった.でも,それは人口の一部にすぎなかった――高齢者・若者・既婚女性のかなり大きな割合は,正規雇用ではまったく働いていなかった.

安倍がこれを変えた.マクロ経済・ミクロ経済の両面の政策がとられた.いまや働く高齢者は増えたし,「ニート」や「フリーター」の若者はかつてよりもはるかに少ない.また,日本の性別役割も変わって女性の労働参加率は激増した(それに,企業経営陣に加わる女性もますます増えてきている).ぼくがはじめて日本に暮らしていた頃,15歳~74歳の日本人で職に就いているのはだいたい 63% だった.それがいまでは 75% に近い.

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これは,部分的にワークライフバランスの改善で補われている.働き盛りの男性の大半は,もう夜遅くまで働かない.地域の商店・企業も,もっとまともな時間帯に従業員を帰宅させている.日本からあの大きな余暇階級が消え去ったことで,かつての活気やゆったりした愉快な雰囲気が何割か失われている.

これによって,日本は物質面の生活水準を維持できている.それどころか,生産性の伸びが緩慢で人口減少が続く時代にあっても,生活水準がちょっぴり上がってすらいる.また,〔女性の労働参加率増加は〕男女平等が飛躍的に進む助けにもなっている――20年前とくらべて,日本社会の性差別ははるかに減っている.これは大いに歓迎すべき変化だ.安倍晋三の政策がもたらした売り手市場の労働市場なしに,これはムリだったろう.

ただ,国民総就労に向かうこの傾向には,対価がともなっている.それは,1990年代や2000年代に日本人の一部の層がつくりだしてみせた余暇社会だ.もちろん,あの余暇社会がずっと存続できるはずもなかったんだけど,あの時代の日本にあった独特さの多くは,あの余暇社会によってうまれていた.

余暇階級が奇抜な情熱的プロジェクトに絶え間なく取り組まなければ,日本は少しばかり「ふつうの」国に近づくだろう.イカレたガレージバンドで演奏したり,あちこちで座り込んで奇抜なアートを産み出したり,古着屋のアイテムを選りすぐって強烈な出で立ちをキメたりする暇人たちは,減っていくだろう.そうなると,真に才能を備えた独立系の表現者たちを育む土壌も減っていく――庵野秀明や,小島秀夫や,椎名林檎や,矢沢あいのような人たちが頭角を現せる場が減っていくことになる.

食べ物は素晴らしい(そして若者は太ってきてる)

日本の食事が品質に優れていることは,世界中に知れ渡っている.日本を訪れた人たちは,みんな揃って目を輝かせながら食べ物がいかに素晴らしかったか人々に語って聞かせる.ただ,その大半は近年の現象だってことは,日本の外にいる人たちのあいだでほとんど認識されていないようだ.

20年前にぼくがはじめて日本に暮らしていた頃,たいていの日本の食べ物はぼくにとってちょっと物足りなく感じられた――パッとしないランチセット,つゆでふやけた丼物,どこでも代わり映えのしない魚とご飯の組み合わせ,当時の食べ物といったらそんな感じだった.図抜けて美味しい店もあちらこちらでたまに見つかったけれど,日々の食事はアメリカに比べてとくに優れてはいなかった.それに,スーパーの品揃えもかなり限られていた――良質のチーズはとんでもなく見つけにくかったし,新鮮な果物には冗談みたいな値段がついていた.

その多くは,日本の農業政策の結果だった.世界でも指折りに保護主義色が強かったんだ.2010年代に,安倍晋三が農業ロビーの力を打破して,安価な輸入食品に国を開放した.インターネットによる供給の活性化や,観光ブームによる需要の喚起も相まって,これが日本の食の質を爆上げすることにつながった.

それからものの数年で,弁当やつゆまみれの丼物にかわって,高級居酒屋や独創的フュージョン料理,洗練されたイタリアン・レストランが台頭したり,そこかしこで A5 ランク和牛にお目にかかるようになったりした.日本の密集した都市は,競争の温床を産み出し,そこでいろんなシェフたちが新しい安価な外国産食材を取り込みつつ,互いに相手の上をいこうと切磋琢磨しあうようになった.それと同時期に,ヨーロッパその他の地域から一流レストランの経営者たちがこぞって日本に押し寄せてきた.

訪日観光客のあいだで「日本の食べ物」として知られているものは,実はこうして誕生した.素晴らしいことだ.いまや,東京は世界最高の食の都市で,比肩するところはない.その下に,あまり大差をつけずに大阪がくる.東京・大阪にやってきて「食べログ」を眺めててきとうにレストランを見繕って予約したり,行き当たりばったりでその辺の飲食店に飛び込んだりしたら,十中八九,そこの味はニューヨークやサンフランシスコあたりでキミが知ってるいちばん美味しい店と互角のはずだ.日本の外食シーンは,並ぶ者がいない.

レストランをはじめ,カフェも建築も,日本的デザインの全般的な美も,東京を世界でも指折りの文化都市にしている大きな要因だ.

ただ,日本の農業を開放したことで,それとは別に,悪しき影響も秘かに広まっていった.世界各地で肥満が蔓延するのをよそに日本は長らくずっとそれに抵抗していたけれど,2010年代の中頃から過体重の男性の割合がじわじわと上がってきている(男性ほどじゃないけれど,女性も同様だ).その大きな要因は,おそらく,安価なカロリーを前よりもっと手軽に摂れるようになったことにある.これは年月を重ねていくうちに波紋を広げていくだろう.というのも,研究によれば,幼児期に子供に与える砂糖が増えると,成人してから肥満になりやすくなるのがわかっているからだ.

コロナのパンデミックも,この傾向を後押しした.伝統的な日本の食事があ義務づけられていた学校給食があの時期に休止になったために,過体重の子供の割合が急増した:

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Source: Toshiko Mogi

通りを歩いていても,これは見てとれる――年少の日本人は,かつて見なかったほどぽっちゃりしている.さすがに,まだアメリカほどひどくはないけれど,GLP-1 受容体作動薬はどんどん普及していきそうだ.

東京はすごく国際的な都市になっている

日本の大都市にやってくれば誰でも気づく最大の変化といえば,体感できる国際色の濃さだ.その大半は,いまも進行中の観光ブームによるものだ.中国による大人げないボイコットがあってもなお,新記録を更新し続けている.他方で,日本の長期的な人口,とくに東京の人口も,しずかに国際色を強めてきている.日本の若者がどんどん減っていくなかで,企業は労働者を必要としている.政府はゲストワーカー制度と高技能人材の永住をうながす試みを組み合わせて対応している.

日本の居住人口にしめる国外出生者の割合は,ヨーロッパや英語圏に比べればまだまだ小さい(ヨーロッパはEUやシェンゲン協定があるし,英語圏には大規模移民の歴史がある).だけど,日本ではその割合が急速に増えつつある

出入国在留管理庁が金曜日に発表した統計によれば,2025年末時点の在留外国人数は前年末比9.5%増の412万人に達し,過去最高を更新した.国籍別に見ると,中国が93万428人で最多となり,次いでベトナムが68万1,100人,韓国が40万7,341人となっている.

外国人居住者の出身地に注目しよう.移民の圧倒的多数は東アジアと東南アジアの出身で,スリランカとネパールの出身者がごく小さな一角を占めている:

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外国人旅行者の目には日本への移民流入の大半が見えない理由が,ここにある.旅行者たちがあちこちの街角でアジア系の顔を目にしても,「みんな日本人だな」と思い込んでしまう.ちょうど,1915年のアメリカでギリシャ系もイタリア系もポーランド系も「みんなアメリカ人」と決めてかかるようなものだ.水面下では,巨大な変化が進んでいる.例外はネパール系とスリランカ系で,「日本は移民を受け入れない」という観光客たちの古い思い込みも,コンビニのレジに立つ彼らの姿に打ち砕かれる.

東京は,重要で影響力のある国外居住者たちの集住地へと,しずかに変貌しつつある.これには,テック系の起業家たちやアーティストたちも含まれる――その一部は,パートタイムで東京に暮らしている人たちもいる.東京の中目黒は,テック系業界で働くアメリカ人たちにとって流行りの居住地になりつつある――彼らは中目黒を生活拠点にしたり,第二の住宅を買ったりしている.

移民流入に対する反発はたしかに日本で生じているけれど,抑えられている.高市政権によって,日本の永住権取得は以前よりも厳格化されたけれど,まだそれほど難しいわけじゃない.それに,日本の移民政策が大転換を遂げたわけでもない.ただ,今後の火種はある.とくに,イスラーム教に関しては,少数とは言え特定地域に高密で集住するパキスタン人やバングラデシュ人が増加するにつれて,摩擦は生まれそうだ.

ともあれ,旅行客たちと移民たちがあちこちにいるいまの東京は,紛れもない国際都市に感じられる――たぶんニューヨーク市やロンドンほどではないけれど,弾圧前の香港に匹敵するほどになってきている.

ソーシャルメディアでストリートシーンはあらかた破壊された

日本といえば,人々が公共の場所に出かけて暮らす社会なのがよく知られている.広大な郊外の自宅にこもったり,車で駐車場から駐車場へと行き来したりする生活を送らず,電車を利用し,近所で外食し,通りをぶらりと歩く暮らしをしている.こういう暮らし方は,日本の「職住近接型」の用途混合開発から来ている(あと,低い犯罪率と効率的な政府も一役買っている).以前書いた記事はこちら

これによって,小さな独立系の自営業が多種多様に高密度でひしめきあうことが可能になっている.それに,かつては,これによって活気のあるストリート文化も生み出されていた.都市の中心地では,若者が電車の駅でダンスの練習に励んだり,たのしみ(とお金)のために歌や演奏を披露したり,イケてるデートスポットで顔を合わせたり,自分の装いをみせびらかしたり,ストリートで独立系アートを売ったり,アートその他いろんな創作を小さくて安価なギャラリーで展示したりしていた.

ところが,2010年代後半に,Instagram, TikTok, Twitter その他のソーシャルメディア・プラットフォームが日本で大流行してからというもの,こういうストリート文化はしだいに退潮していってる.ソーシャルメディアによって,自分の着こなしを見せびらかしたり,自作アートを売ったり,同じサブカルの同好の士どうしで集まったり,交際相手を見つけたりといったことを,ずっと簡単にできるようになった.物理的な広場は必要ない.なにしろ,デジタル版の広場があるからだ.そして,公共の広場にはネットワーク効果がある.ひとたび人々の半分がいなくなると,残り半分もそこにとどまる理由の多くをなくしてしまう.

独立系ブティックは消え去りつつある.ダンサーたちも駅や公園から姿を消した.インディー系アートギャラリーも閉じていったり,週末にしか展示しなくなっている.もう,とにかくお出かけすればイケてる日本人の若い子たちに通りで出くわす街区なんて,ほぼなくなっている [1]まだ残ってる1~2つは知ってるけれど,おしえてあげないよ. ――みんな,Instagram や TikTok にいってしまった.

もちろん,べつにソーシャルメディアだけのせいじゃない.若者人口が縮小していきつつ労働参加率は上がり,実質所得は下がってきていて,これら全部が大いにかかわっている.ただ,「2000年代の特色だったストリートシーンがどうして消え去ってしまったの?」って人々に訊ねると,ほぼきまってこんな答えが返ってくる.「インスタだよ.」 この新テクノロジーによって摩擦は減少したけれど,それには偶然の出会い(セレンディピティ)の減少という対価があった.そして,この偶然の出会い――物理的な開かれた街角でたまたま人と出会う機会が,かつての最盛期に日本の都市部をあんなにも素晴らしくしていた一因だった.

おしゃれにキメるのは流行遅れになった

ストリートシーンの消失に加えて若者の購買力が低下したこともあって,ぼくが日本に関して気に入ってるものの一つがゆっくりと死滅しつつある:それは,ファッションだ.ぼくがはじめて日本にやってきたとき,国中の人たちが自分の装いに真剣になってるらしい様子を見て,びっくり仰天した――ゆったりした T シャツとジーンズのかわりに,彼らはじっくり選び抜かれ身体にぴったりなサイズのブランド物衣類を重ね着していた.見た目にきれいで全体としてしっくりくる装いぶりをしていた彼らの姿こそ,ぼくがいっときファッション写真を趣味にしていた理由だ.

あれから20年ほど経過して,アメリカ人はちょっぴり上手に着こなすすべを覚えた(まだまだ未熟だけど,2004年に比べれば段違いだ).他方,日本人はあの頃よりずっとひどくなってる.身体にぴったりな衣服のかわりにブカブカのジャケットとジーンズを着るようになっている.ピカピカの靴はみかけなくなった.かわりに,ニューバランス・クラシックスが広まってる.複雑なカラースキームにかわって,単純で色味を抑えたブラウンや黒やダークブルーのコーディネートが多くなってる.ようするに,大半の日本人はもう前みたいにうまく着こなさなくなってる.

これにはいくつも理由がある.ひとつには,パンデミックの影響が続いて,自宅から外にお出かけしない習慣が日本人に定着した.また,ソーシャルメディアの台頭によって,ストリートはもはや他人の姿を見たり自分の姿を他人に見られたりする場ではなくなっている.さらに,実質所得が下がり,貯蓄もどんどん消えていくなかで,日本人はユニクロみたいな安物チェーン店で買い物せざるをえなくなっている.日本のお腹周りがだんだん大きくなってるのも,ここに一枚かんでるかもしれない.

ぼくにとってとりわけうれしくない変化のひとつが,これだ.これまで日本のファッションシーンは,ぼくにとってこの国のお気に入りのひとつでありつづけただけにね.とはいえ,いまも素晴らしい場はちらほら残っている.そういう場の一部は,TokyoFashion の Instagram で見られる.

モールと大手ブランドが制覇しつつある

日本の都市をあんなに独特なものにしている主要な特徴はいくつかある.そのひとつは,個人所有が大半を占める小さなレストラン・ブティック・カフェ・バーが多種多様にとんでもなくたくさんあることだ.日本の人工環境のおかげで多様な小規模店舗の群生が可能になった事情を『Emergent Tokyo』は見事に解説している

また,日本政府も,企業での「サラリーマン」キャリアに代わる選択肢として小規模店舗を促進するべく協調して取り組んでいる――息苦しい日本のオフィス文化と苦闘したくない独立心ある人たちが中流階層に仲間入りする入り口の代替案として,これを推し進めている.

ただ,日本が高齢化するにつれて,そういう小規模店舗はだんだん消えていっている.レストランやバーのオーナーたちは後を継ぐ人もなくなくなって言っているし,子がいても家業を継ぎたがらない場合もある.もっと若い世代の日本人は,企業勤めで給与をもらう方を好む傾向がある.とくに,日本のワーク・ライフ・バランスが改善し職場の文化もかつてほど心を折りにくくなっているなかで,その傾向はさらに強まっている.若者が少なくなり,観光客がどんどん増えてきたのにともなって,街中を歩く人たちの構成は大きく変わり,名もなきインディー系日本ブランドよりもルイ・ヴィトンや ZARA を好む傾向が強くなっている.

その空隙を埋めるかのように,日本の大手デベロッパーが進出して,かつては低層の雑居ビルが並んでいた街区に巨大な商業施設を建設していっている.東京のあちこちに,バカでかい施設が次々にできている――高輪ゲートウェイの NEWoMan や,麻布台ヒルズ渋谷サクラステージなど.東京以外も,どうやら同様らしい.こういう巨大施設の内装は美しくて見事なデザインだけど,徐々に取って代わられていってる町並みに比べると,はるかに無機質で整然としている.こういう複合施設に出店するのにかかる諸々の費用は莫大で,そのため,大手チェーンや有名グローバルブランドが圧倒的に有利になっている.

その結果,日本の小売店をたずねる体験はどんどん中国やシンガポールや東南アジアに似てきている.2000年代日本の,独特で混沌としていて突拍子もなくて雑然としていた都市の情景とはずいぶん変わってしまった.なにもかもが見事にデザインされているけれど,かつてと比べて中身は他の巨大国際都市に見られるものにずっと似通っている.

まとめよう.日本は,2000年代の魔法めいた生活空間をつくっていた独自色や特別な特徴の多くを失いつつある.それと同時に,深刻な高齢化の対策を余儀なくされている.それにともなって,市民には巨大な負担がのしかかっている.でも,日々の労働生活は前よりも耐えやすくなってきている――ワーク・ライフ・バランスは改善してきているし,性差別は和らいできているし,企業文化は前ほど息苦しくなくなりつつある.ちょうど日本の Twitter が海外の Twitter と混交していってるのと同じように,日本そのものも海外に収束しつつある.


[Noah Smith, “How Japan has changed in the last 20 years,” Noahpinion, April 1, 2026]

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1 まだ残ってる1~2つは知ってるけれど,おしえてあげないよ.
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