ジョセフ・ヒース「ユルゲン・ハーバーマス追悼:ハーバーマスが格闘した2つの悪夢」(2026年3月24日)

自分がナチスドイツに生まれたと想像してみよう。〔…〕この状況で、自分がこの戦争において間違った側についていることに気づけるだろうか? どんな知的資源があれば、それに気づくことができるだろう? さらに、全体主義体制がそうした知的資源へのアクセスを妨げようとしたとき、どうすればそれを止められるだろう?

英語圏の学術出版の奇妙な点の1つは、題材がどれほど難解であろうと、本のカバーにイラストを載せたがることだ(フランス語圏やドイツ語圏ではこうはならない)。これは恐らくビジネスのためにやっているのではなく、単なる慣習に過ぎない。表紙を絵にしたところで学術書の売上が伸びるなどとは思えないからだ。いずれにせよ、こうして哲学者は苦境に立たされることになる。若手のデザイナーに「結局この本は何についての本なんですか?」と聞かれるはめになるのだ。

そんな事情もあり、大学院生の頃、私の学位論文の指導教員だったトマス・マッカーシーが、フランシスコ・デ・ゴヤのとある絵を見つけてきたときの興奮は、今でもありありと思い出せる。それは、「理性の眠りは怪物を生む」という文言が刻まれたエッチングの絵だった。マッカーシーは、長年にわたりアメリカにおけるハーバーマスの右腕として活躍し、ハーバーマスの記念碑的著作『コミュニケーション的行為の理論』の英語訳を行った人物である(ハーバーマスの思想を解説する有益な入門書まで書いた)。ハーバーマスの見解を擁護する著書を完成させた彼は、その議論において何が問題になっているのかを的確に捉えたイメージを探していた。ゴヤの絵は完璧だった。

フランシスコ・デ・ゴヤ「理性の眠りは怪物を生む」

ユルゲン・ハーバーマスは2026年3月14日、96歳にしてこの世を去った。彼は、合理性という概念が極めて不人気となっていた時代に、合理性を擁護した哲学者としてよく知られている(ハーバーマスの最初の著作は、1970年に英語訳が刊行されたが、そのタイトルは『合理的社会に向けて』だった)。フランクフルト学派の批判理論の最前線にいる代表者として、ハーバーマスは啓蒙思想の基本主張を擁護した。すなわち、人間理性の力は、自然の世界をよりよく理解するためだけでなく、人間の置かれた状況を改善するためにも用いることができる、という主張だ。ハーバーマスが理性を支持したのは、単なる気まぐれではなかった。ハーバーマスは、理性を放棄したときにどれほど怪物的な状況が生じるのかを、誰よりもよく理解していたのだ。

ハーバーマスは1929年にデュッセルドルフで生まれた。当時、世界はまさに怪物に支配されていた。実際、彼が生まれた当時のドイツは悪夢が現実化したような状況だった。1945年に連合軍がナチス体制を打ち負かしたことで、この悪夢は突然にして終わりを告げる。それなりに愛国的な中産階級の家庭出身だったハーバーマスは、戦争中は第三帝国に「入れ込んでいた」が、戦争が終わり、非ナチ化が進行するにつれ、自分がいかに全体主義国家のイデオロギーに洗脳されていたかを悟った。

虐殺の実態が詳らかにされると、「ホロコーストを二度と繰り返してはいけない(Never again)」というスローガンがシンプルな道徳的要請として受容されるようになった。ハーバーマスほどこのスローガンを深く胸に刻んだ人間も少なかろう。だがこのスローガンは、シンプルであるにもかかわらず、数々の哲学的難問を生み出した。「悪者がひどいことをするのを止めるべきだ」というだけの話なら、やるべきことは単純だ。残念ながら、誰が「善人」で誰が「悪人」かは自己申告で決まるものではないし、悪人は自分を「善人」だと思い込む厄介な習癖を持っている。こうした混乱に直面した際、どんな知性の力を行使すれば、善悪を上手く選り分けられるだろうか。

より具体的に言い換えると問題が分かりやすくなるかもしれない。自分がナチスドイツに生まれたと想像してみよう。あなたは12歳で、ヒトラー・ユーゲントのサマーキャンプに参加して「世界に冠たるドイツ」を仲間たちとともに歌っている。この状況で、自分がこの戦争において間違った側についていることに気づけるだろうか? どんな知的資源があれば、それに気づくことができるだろう? さらに、全体主義体制がそうした知的資源へのアクセスを妨げようとしたとき、どうすればそれを止められるだろう?

これが、ハーバーマスの批判理論を突き動かしていた問いだ。同世代のドイツ人の多くと同様、ハーバーマスの著作には全体主義の亡霊が絶えず付きまとっている。ハーバーマスの特定の解釈では、これは2つの形態をとる。それぞれ、「オーウェルの悪夢」と「カフカの悪夢」と言えるだろう。

オーウェルの悪夢:言語を支配する者が思考を支配する

カール・マルクスはかつて、「どんな時代も、支配階級の思想が支配的思想となる」と述べた。背景にあったのは、次のような観察だった。どんなに残酷で不平等な階級構造を持つ社会でも、その残酷さや不平等を因果応報として正当化するような物語が必ずついて回る。こうした物語が広く受け入れられているせいで、人口の圧倒的大多数を占める貧困層や被抑圧者たちが、抵抗することもなく、自らの運命を甘受してしまうのだとマルクスは考えた。

これが、マルクスの有名なイデオロギー論だ。この理論によれば、ある種の信念は、単に社会が人々にそれを信じさせなければならないが故に、広く受け入れられているに過ぎない。ここから示唆されるのは、知識人はそうした思想を批判することで、人々の役に立てるということだ。支配関係を再生産するには、体制を正統化するイデオロギーを人々に受け入れさせる必要がある。であるならば、そうした物語はイデオロギーだと暴くことで、支配関係の維持を困難にすることができるはずだ。

残念ながら、イデオロギー論はほとんど即座に、数々の懐疑的問題を生み出した。支配階級が思想の生産をコントロールしているなら、わざわざ批判に対して脆弱な形で思想を組み立てるだろうか? ある批判が、支配層のつかさどる思考空間から抜け出せているのかどうかを、どうすれば判断できるだろうか? もしかすると、批判者もまた、批判されている側と同じようにイデオロギーの被害者なのかもしれない。こうした問いを突き詰めていくと、「全体的イデオロギー(total ideology)」の問題に行き着く。全てがイデオロギーなら、どうやってそこから抜け出せるだろうか? イデオロギーから脱した状態と、脱したと思い込んでいるだけの状態とを、どうすれば判別できるだろう?

20世紀の哲学者たちは、こうした問いに応答することが極めて難しいことに気づいた。啓蒙思想の時代には、私たち1人1人の心の内に「理性の法廷」(真実と虚偽を判別する特権的能力)が存在する、と考えられていたが、この見解は19世紀終盤には完全に信頼を失ってしまった。人間は「理性の法廷」を心の内に持つどころか、自分の思考に関してすらほとんど何も理解できていない(まして、世界のことなど分かるはずがない)、ということをジグムント・フロイトは示した。だが、恐らくもっと重要だったのは、哲学者たちが、思考を形作る上で言語が重要であるということに気づき始めたことだ。言語は、思考を他者に伝達するための単なるコードとしてではなく、思考それ自体を形成するための媒体と見なされるようになった。とりわけルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインは、言語の意味は、私たちの頭の中にあるものによって決まるのではない、と論じた。彼によれば、言語の意味は、私たちが他者と営む「言語ゲーム」においてその発話が占める位置によって決定される。

哲学において生じたこの「言語論的転回」は、イデオロギーの問題をさらに深刻化させた。言葉の意味が、私たちの私秘的な思考によっては決まらず、外的なコミュニケーション実践の中で生じることによって決まる、としよう。すると、社会的実践をコントロールできれば、その社会において思考可能なものまで支配できるようになるはずだ。では、社会全体、そして思考可能なもの全体をコントロールするような、完全な独裁状態が生じるのを防ぐにはどうすればよいだろうか? これはまさに、ジョージ・オーウェルの『1984年』が突き付けた問いだ。この小説において「党」は、批判の表明を禁じただけでなく、「ニュースピーク」を植え付けることで、批判それ自体を理解不能にしようとした。

哲学者も同様の懸念に悩まされていた。コミュニケーションが言語ゲームの集合に過ぎないなら、力の強い者がゲームを好きなように組み立てたり、組み立て直したりするのを、どうすれば防げるだろう? 例えば、私たちは「個人が他者に暴力を振るうなら、その行為に対して何らかの正当化を示す必要がある」と考えている。もしこれが、私たちの文化でそうなっているに過ぎないのだとしたらどうだろう? 遠く離れた地域では、暴力行為に対して正当化を要求しても、単純に理解されなかったり、「うちでのやり方とは違う」と拒否されたりするかもしれない。そうした可能性を排除するものなどあるだろうか?

フランクフルト学派の伝統に連なる批判理論家たちは、実際に批判に取り組むことから遠ざかり、「批判はそもそもいかにして可能なのか」、「力の強い者が批判を不可能にしてしまうのを防ぐにはどうすればよいか」といった問いに悩まされるようになった、とよく言われる。こうした問いこそまさに、ハーバーマスを悩ませた問題であった。内的な整合性を持つだけでなく、他の仕方で思考すること自体を文字通り不可能にするような「全体的イデオロギー」の発生を、どうすれば防げるだろうか?

カフカの悪夢:完全に物象化された社会

ホロコーストが人々を深く動揺させた理由の1つは、虐殺が組織的かつ効率的に実行されていたことだった。収容所において殺害を実行したのは、人を殺したくてたまらない人間たちではなかった。個性なき官僚たちが、手続きのあらゆる側面で几帳面さを発揮しながら、虐殺を遂行したのだ。殺害のために毒ガスを用いるという決定がなされたのも、それまでの方法(後頭部を銃で撃ちぬく)では1人につき1発の弾丸が必要でありコストが高すぎると見なされたためだった。こうした残酷な計算は、科学的合理性の暴走を示す明白な事例に思われた。こうしたタイプの合理性は、効率的な手段を発見する上では大変な創造性を発揮するが、そうした手段によって追求される目標それ自体については全く評価できないのである。

マルクスは資本主義こそあらゆる悪の源泉だと主張したが、20世紀初頭の出来事(ソ連における全体主義体制の勃興など)が示したのは、ヒエラルキー的権威構造も同じくらい大問題であるということだった。この2つの見解を調停する1つのやり方は、資本主義と官僚制の発生をひとつながりの事象と見なすことだ。とりわけマックス・ウェーバーは、人類は「鉄の檻」に囚われ始めていると主張した。鉄の檻をつかさどる技術的合理性は、私たちに類まれなるコントロール能力を与える一方、私たちが自ら追求する目的に関してきちんと熟慮する能力を奪ってしまう。

この物語における悪役は、目的ではなく手段にばかり焦点を当てる、計算的、あるいは道具的な合理性だ。道具的合理性を他と分かつ特徴の1つは、全てを客体(object)として扱い、操作や支配の対象と見なす(つまり、物象化する)ことである。これは、経済関係において、マルクスが「商品物神崇拝」と呼んだ幻想を生み出す。官僚制においては、人間をコントロールすべき資源として扱う、現代的経営管理のイデオロギーを生み出す。思想領域においては、人間行動の予測精度を高めるために実験的手法を用いる、実証主義社会科学を生み出す。

初期フランクフルト学派の理論家たち(マックス・ホルクハイマー、テオドール・アドルノ、ハーバート・マルクーゼ)が展開したこの時代診断に説得され、左翼の一世代丸ごとが、拒否すべきは資本主義ではなく「システム」全体であると考えるようになった。マルクスは、資本主義はほっておいても崩壊すると予測していたが、第二次大戦後になると、資本主義は崩壊するどころか、官僚的介入によってますます安定するようになり、それが新たな懸念の種となっていた。資本主義を安定化させるために、巨大な政治・経済的技術構造が形成され、それがますます独自の機能的要請に統制されるようになったため、人間による介入や統制に反応しなくなっていくのではないかと懸念されたのだ。

この「完全に物象化された社会」というイメージは、フランツ・カフカが描いた世界の具現化である。すなわち、官僚制は機械のように予測通りの仕方で作動しているのだが、それを積み上げていっても全く合理的な結果にならず、なぜそのような仕方で作動しているのか誰にも分からない、そんな世界である。「全体的イデオロギー」の問題(オーウェルの悪夢)とは異なり、「完全に物象化された世界」においては、ある種のイデオロギーは必要ですらなくなるだろう。この世界ではインセンティブが常に適切に設定されているため、私たちがそれについてどんな物語を語るかにかかわらず、システムが私たちにすべきことを命じるからだ。

ハーバーマスによる解決

こうした問題の直面すると、ナイーブな人々は、哲学者の言う「アルキメデスの点」〔全てを基礎づける土台〕を探そうとしてしまう。その背景には、「システムを批判するには、システムのの視点に立たなければならない」というもっともな直観がある。だが、知恵に至る最初の一歩は、人間社会や人間の思考に関して、アルキメデスの点など存在しないと認識することだ。私たちはシステムの中でやっていくしかないのである(あるいは、ハーバーマスのやや分かりにくい表現を借りると、私たちは「ポスト形而上学的思考」に取り組む必要があるのだ)。

幾度かの失敗を経てハーバーマスが辿り着いたのは、言語コミュニケーションの構造に解決策を求めるというアイデアだった。一般に、言葉は異なる文脈でも同じことを意味する。つまり、言葉の意味は非常に体系的なのだ。そのため、言葉の意味をその都度バラバラの社会的実践に基礎づけることはできない。こうした観察に基づき、多くの哲学者が、発話の意味は任意の言語ゲームによって決まるのではなく、「議論」という特定の実践でその発話が果たす役割によって決まるはずだ、と考えるようになった。ハーバーマスは、このアイデアを次のような形で提示した。私たちは発話行為を行う際、その主張内容を正当化することにコミットしている(すなわち、「妥当要求」を提起している)。だが、これは発話にくっついてくる単なる付加物ではない。発話行為がどんな条件の下で正当化され得るのかを把握することは、言葉の意味を理解することそのものなのである。

そのため、ハーバーマスは、正当化の社会的実践(彼の言う「討議」)と、発話の有意味性との間に、内在的かつ必然的な結びつきが存在すると主張した。ある人の発話行為を理解することは、その人の主張を評価することと分かちがたく結びついている。同様の理由で、発話行為を行う人は常に、自身の主張を正当化することへのコミットメントを引き受けている。そのため、人の発話に対して正当化を要求することは、発話者に対して新たな義務を課すことではない。既に発話者が引き受けているコミットメントを、実際に果たすよう求めているだけだ。

この個人間コミットメントの構造は、言語の理解可能性を担保するが、それとは別に1つの重要な副次効果を持っている。それは、個人間インタラクションの調整を可能にすることだ。これにより、ハーバーマスの言う「コミュニケーション的行為」が生じる。コミュニケーション的行為は、道具的行為と違い、手段-目的推論によって行為を選択するのではなく、発話において提起された妥当要求の内容に基づき、直接に行為を選択する。ハーバーマスによれば、社会学者が伝統的に「社会規範」という概念を持ち出して説明しようとしてきたタイプのルール遵守は、コミュニケーション的行為の典型例だ。

コミュニケーション的行為の重要な特徴の1つは、インタラクションを調整する上で発話行為に直接依拠しているため、常に正当化の要求と異議に開かれていることだ。そのため、人間社会が複雑な協力システムを構築するために、言語に強く頼るようになるにつれ、そうした制度編成はますます正当化の要求に晒されるようになっていく。これは、人類史全体を通じて見て取れるダイナミクスであり、ハーバーマスはこのプロセスをやや刺激的に「聖なるものの言語化」と呼んだ。

では、以上の議論はオーウェルとカフカの2つの悪夢に立ち向かう上でどう役に立つのだろう? まず、この議論は、正当化の要求から完全に逃れられる社会が存在する、という可能性を直接に排除する。そうした社会は、論理的には可能だとしても、私たちにとっては(強い意味で)理解不可能だろう。そうした社会では、人の発話を理解することができなくなる(カント哲学に親しんでいる読者ならば、これが「超越論的論証」であることにお気づきだろう。ハーバーマスの最も重要な哲学的貢献の1つは、カール・オットー・アーペルとともに「超越論的語用論」を創始したことである)。

つまり、私たちは自分たち、そして自分たちの実践を正当化しなければならないので、どれほど全体主義的な社会でも、どれほど人民の操作に長けた社会でも、正当化の義務から逃れることはできない。だが、何が「正当化」と見なされるのだろう? ここでハーバーマスは形式主義の立場をとる。すなわち、何が正当化と見なされるかは、究極的には、他者が議論実践の中で何を受け入れるかによって決まる。だが、この議論実践は一定のルールに統制されており、そのルールの内容は道徳的に中立的というわけではない。具体的に言うと、議論は、参加者間の立場を平等なものとして扱う一連の対称性条件によって統制されている(「誰であろうと、どんな議論でも提示することができる」とか、「ある立場が妥当であるならば、それは誰が提示したものであるかにかかわらず妥当である」とかといった条件だ)。

そのため、社会がどんな条件からスタートしようと、制度の再生産において言語コミュニケーションに大きく頼るならば、社会の文化進化は一定の方向に向かっていくことになる。すなわち、普遍主義や平等主義の方向へとますます向かっていくのだ。これは、そうしたコミットメントが正しいということを証明するものではない。ナチス党員に対して誤りを認めさせることのできるような決定的な論証(ノックダウン・アーギュメント)を求めているなら、この議論は役に立たないだろう。ハーバーマスの議論が示しているのは次のようなことだ。すなわち、ナチズムを批判する際に私たちが依拠する具体的な道徳的資源(道徳的立場の平等、人権の不可譲性など)は、たまたま私たちが手にしたものではなく、個人間コミュニケーションに内在する論理の表出であり、この論理はあらゆる社会で時間をかけて現れてくるものなのだ。

ここまではオーウェルの悪夢について論じてきた。では、カフカの悪夢についてはどうだろう? ハーバーマスによると、「完全に物象化された社会」もまた、完全に正当化の要求から逃れた社会と同様、不可能である。社会統合の手段としてコミュニケーション的行為を用いることの主な弱点は、それが異議と挑戦に開かれているというまさにその事実に由来する。誰もが知るように、「言語によって達成される合意」を実現することは難しい。そのため、物事を組織化するためにコミュニケーションに大きく頼るようになった社会は、その負荷を軽減するために、システムによって統合されたインタラクションの領域を創り出しがちだ。インセンティブを設定することで、個人が道具的観点から協力的にふるまうように動機づけるのである(そのため、妥当要求への明示的な依拠はなされない)〔すなわち、システム統合は道具的行為を利用した社会の統合形式である〕。ハーバーマスの見解では、そうしたシステムの典型例が、市場経済と官僚制国家だ。

「完全に物象化された社会」という悪夢は、このようなシステム統合された領域での経験から生じる。システム統合が社会全体へと広がるのを防ぐものなどあるのだろうか、という疑問が、「完全に物象化された社会」というイメージを生み出すのだ。だが、この問いには簡潔な答えがる。道具的行為だけでは、それ自体で存続するような秩序を生み出すことができない。道具的行為に対してなんの制約も補完もなされなければ、生み出されるのはカオスだけだ。こうした道具的行為のシステムをきちんと機能させ続けるためのインセンティブ体系は、コミュニケーション的行為において引き受けられるコミットメントに「錨」を下ろしていなければならない。システムがその矩を超えて拡張し、コミュニケーション的システムにまで干渉しだせば、病理的な帰結が生じる(ハーバーマスはこれを、「生活世界の植民地化」と呼んだ。なぜそう呼んだのかというのは、ここでこだわる必要がない話なので扱わない)。そのため、そうしたシステムがどれほど拡大し複雑化しようと、社会秩序を正当化するというコミュニケーション的義務から逃れることは決してできない。

民主主義に関するハーバーマスの見解(多くの論者が、彼の並外れた貢献と考えている)は、コミュニケーション的行為と道具的行為の関係に関する以上のモデルから帰結したものだ。この点については様々な議論がなされてきたが、恐らくここで述べておくべきは、ハーバーマスは多くの論者がそう見なしているよりも、民主主義に関してかなり現実主義的な態度をとっていたということだ。彼は国家を、かなりの程度自己完結的な官僚制システムとして捉えており、システム内の個々人はごく狭いインセンティブにしか反応しない、と考えていた。ハーバーマスの見解では、民主主義とはまずもって、日常的な議論をインセンティブに変換するメカニズムだ。そうすることで、日常的な議論が官僚制システムの作動に影響し得るようにするのである(官僚制システムを統制する、ではなく)。

最後に述べておくべきは、彼の中核的な哲学的プロジェクトは桁外れの野心を持っていたにもかかわらず、ハーバーマスは体系的な思想家というより折衷的な思想家であったということだ。ハーバーマスは、自分の立場をステップバイステップで構築していく、というやり方をとらなかった。むしろ、他の論者たちの見解を提示しながら、それらをどう組み合わせれば問題が解決できるか示す、というやり方をとりがちだった。これは、学生や解釈者にとって多大な困難をもたらした。ハーバーマスを理解するために理解しなければならない事柄が膨大に存在する、という事実は、恐らく彼の知的遺産に対する最大の脅威となっている。

私はこのエントリで、ハーバーマスのプロジェクトの意義を大まかに説明してきた。それは、ハーバーマスに時間と労力をかけて取り組むことにはそれだけの価値がある、ということを示すためだった。また、より間接的にではあるが、なぜ彼の死が1つの時代の終わりと多くの人に見なされているのかも説明しようとしたつもりである。ハーバーマスは間違いなく、20世紀の哲学における巨人の1人だった。それに比べると、現代の政治理論はなんとも精彩を欠いており、この時代の最も根本的かつ差し迫った問題に立ち向かうことに関心がないようだ。

〔本エントリは、政治学者のヤシャ・モンク(Yascha Mounk)氏が創設したオンライン・マガジンPersuasionに掲載されたものであり、ジョセフ・ヒース教授の許可に基づいて翻訳・公開している。〕

[Joseph Heath, The Two Nightmares of Jürgen Habermas, Persuasion, 2026/3/24.]
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