
時は来た
ぼくは,Googleドキュメントに,そのうち書こうと思ってる記事をずらずら連ねている.そのず~っと下の方の行には,こうある.「ニューケインジアンマクロ経済学はノーベル賞をもらう資格がある」.なんだかんだでその記事には取りかからずにいたんだけど,ここにきて,もう未来永劫,その記事は無用になった.なんでって,まさしく今日それが起きたからだよ.今年のノーベル経済学賞は,ボブ・ホールとマイク・ウッドフォードが受賞した.ニューケインジアンマクロ経済学を産み出すのにかかわった二大巨頭だ.
まずは一言.今回の授賞は遅きに過ぎたくらいだ.2009年に,博士課程でぼくの指導教員だったマイルズ・キンボールに訊ねてみたことがある.「存命のマクロ経済学者でいちばん偉大なのって,誰でしょうね?」 彼は即答した.「ボブ・ホールだよ.」 ホールがノーベル賞をもらえずじまいだったらホントに驚くね,とも彼は言い添えた.ホールの研究は,驚くほど広範にわたる.すぐれた要約が読みたかったら,(毎度のことながら)アレックス・タバロックとタイラー・コーエンの文章がおすすめだ.マイケル・ウッドフォードはどうかと言えば,ぼくの知る人たちはみんな,当たり前にこう考えていた――「ニューケインジアンマクロがノーベル賞とるなら,ウッドフォードは受賞者に名を連ねるだろうとも.なにしろ,ウッドフォードはニューケインジアンに関する本の著者だし.」[n.1]
ともあれ,ニューケインジアンマクロ経済学について語るとしよう――これっていったいどういう理論で,どうやって登場して,なんで重要で,いままでノーベル賞をもらわなかった理由はなんなのか.まずは,現代マクロ経済学の来歴を短くまとめよう.
1960年代から1970年代前半にかけて,マクロ経済を理解しようと試みた経済学者たちの大半は,マクロ経済の集計量どうしの関係に着目した.たとえば,「所得が 10% 上がったら,支出はどれくらい増えるかな?」とか,「もしインフレ率が 3パーセントポイント上がったら,失業率はどれくらい下がるかな?」みたいなことを見ていたわけ.[n.2]
それのどこが問題かというと,相関は因果関係じゃないってところだ.たとえば,インフレ率が上がると失業率が下がる相関がわかったとしよう.「フィリップス曲線」ってやつだ.そこで,キミはこう考える.「ははーん,インフレ率を上げたら,もっと多くの人が仕事を見つけるんだな.」 ところがいざやってみると,そうはならない――(お金をもっと刷って)インフレ率を上げてみても,失業率は高いまま変わらない.さっきの相関が崩れちゃってる.問題が1つどころか2つに増えちゃったじゃんね.
これはすごく単純化したかたちではあるけど,1970年代に起きたのはそういうことだと多くの経済学者が考えてる.本当にそうだったのかは,別の機会に語ることにしよう.ただ,1970年代のスタグフレーションをみて,経済学業界全体が,マクロ経済のモデル化を考えなおしはじめた.多くの研究者は,こう問いを立てた.「マクロ経済のいろんな部分のうちで,政策がどうだろうと変わらないのはどこだろう? なにか変更を加えようとしたときに自分たちの依拠する理論が崩れ去ったりしないような,堅固な土台はいったいなんだろう?」
大半の経済学者が落ち着いた結論は,「ミクロ的基礎」ってやつだった.彼らの考えは,こういうものだった.「個人や企業の経済行動を突き動かす基本的な要因は,金利や政府支出みたいなマクロ政策がどうなっても変わらないはずだ.」 なかでもとりわけ重視された要因は,こういうものだった:
- テクノロジー
- 消費者選好
- 人々や企業が未来の予想を形成するプロセス
「いまあげた3つは,ほんとに経済政策がどう変わっても不変なの?」 おそらく,完全に不変ってわけじゃないだろうね.ただ,これによってマクロ経済学者たちにはとっかかりができた.かくして,1970年代後半から1980年代前半に,経済学者たちは個人・企業の行動の理論にもとづくマクロモデルの構築にとりかかった.これを「ミクロ的基礎を備えたマクロモデル」という.
さっきの3つの「ミクロ的基礎」のなかで,予想はとりわけ厄介だった.ほぼ例外なく,どんな予想形成のプロセスを書きあげてみても,そのプロセスには政策担当者たちが筋道立てて何度も人々の不意を突いて欺ける余地があった.経済学者たちはこう考えた.「やがて,人々は賢くなって政府の手口を見抜くようになるはずだ.」 こうして経済学者たちはこんなアイディアにいきつく.「平均すれば,消費者や企業はモデルをつくってる経済学者と同程度に賢いはずだ.」 世の中はこういう仕組みだというモデルを経済学者が書くと,そのモデルは,まさにそのモデル内の平均的な人がもつメンタルモデルでもあるはずだ.ようするに,総じて人々は経済の仕組みについてわかっていて,それに沿って計画を立てるってわけだ.
このアイディアは「合理的予想」(合理的期待)と呼ばれている.
1978年に,ボブ・ホールが書いた論文は大きな影響を及ぼした.これを読んで「そうだ,これこそ正しい筋道だ」と多くの経済学者が納得したんだ.ホールは,とある単純な考えを検証したいとのぞんでいた.かつてミルトン・フリードマンが発展させた考えだ.「もし人々が前もって自分の消費をすっかり計画しつくしているなら,消費水準の変化は完全にランダムになるはずだ.」[n.3] 前の四半期のどんな要因も,いまの四半期の消費の変化を予測できるはずがない――なぜって,前の四半期のなにかがこの四半期にとって重大だったのなら,人々はとっくに前の四半期のうちに消費を変えていたはずじゃないか! そして,案の定,ホールが見出したのはこんな結果だった――消費にとっていかにも重要そうないろんな変数(とくに前の四半期の所得)は,消費の変化を予測する助けにならなかった.
もっと詳しい解説がおのぞみなら,ジョン・コクランの書いたこの記事をおすすめする.
あと,ブライアン・アルブレヒトもすぐれた(短い)解説を書いてる.
ぱっと見だと,大した成果には思えないかもしれない.なにより,証拠の不在は不在の証拠にあらずってやつで,たんにホールが検証しそびれていただけで,実は消費の変化を予測する変数が他になにかあるかもしれない.というか,ホール当人も消費の将来変化を予測する変数をひとつ見出した:それは,株価だ.なので,形式的な意味でも,この基本理論はいまいち持ちこたえなかった.それに,ホールの研究成果では,消費に関する伝統的なケインジアンの考えも排除されなかった――つまり,もしも人々の見込みに反して政府支出がなされたとしても,それをみてすぐさま消費が変動して,予想できる将来の変化はなんにも生まれないことがありうる.
それでも,これは重要な研究成果だった.理由は2つある.第一に,経済に関するいろんな意思決定の際に人々は先を見越して計画するのであれば,政策担当者の方は,将来に自分たちがとる行動について約束することで今日の行動に影響を及ぼせる.第二に,経済学者たちには消費の変化を予測できないのであれば,そこから,消費者たちは経済学者と同程度に将来の自分たちの消費をうまく計画できるという含意が導かれる.
もしそれが事実なら,政策に重要な教訓がうまれる:「人々の消費を増やしたいなら,あるいは,企業にもっと人を雇わせたいなら,総じて人々がこちらのやっていることを理解できるかたちでやらなくてはいけない.」
そこで,「人々が経済の仕組みを理解している」という前提に立つモデル構築に,マクロ経済学者たちは取り組み始めた.当初,これはうまくいかなかった.たとえば,とても人気のあった初期のアイディア(のちにノーベル賞をとったアイディア)をひとつ挙げると,「リアルビジネスサイクル」理論(RBC理論)というのがあった.不況や好景気を突き動かす要因は,純粋に技術進歩の速度の変化だという理論だ――この理論では,たとえば「技術者たちがこの四半期に発明したものがたまたまいまひとつ有用じゃなかったら,景気が後退する」と考える.
技術の発明が経済成長にとってすごく重要になる場合があることなら,誰も否認しない――いま AI ブームでアメリカ経済が追い風を受けてる様を見てみればいい.ただ,単純で機械的なかたちで技術進歩が景気循環(ビジネスサイクル)を突き動かしているという考えは,まるで証拠と合致しない.とくに,生産性がぐんぐん伸びた時期は,経済の好況が起きた時期と重ならないように見える.これは RBC 理論の予測と合わない.[n.4]
もっと重要な点を挙げると,RBC のモデルだと,金融政策,つまり金利の上げ下げは実体経済に影響するはずがないと予測される.RBC 理論を生み出したエド・プレスコットには有名な発言がある.金融政策が「経済の繁栄をもたらす効き目は,雨乞いが雨をもたらすのと同程度だ.」 ただ,手に入るかぎり最良の証拠は,プレスコットが間違っていると物語っている――金融政策はほぼ確実に実体経済に影響する.
そうすると,そこでなにか起きてるわけだ.マクロ経済学者たちは,なにか大きなモノを見落としていた――金融政策によって経済成長が伸びたり雇用が増えたりする仕組みや理由が,彼らにはわかっていなかった.1990年代になると,「FRB が債券を買うと,どうして雇用が増えうるのか」,その理由をあれやこれやと経済学者たちが提案しはじめた.
そうしたアイディアが,「ニューケインジアニズム」という名前で括られた.ジョン・コクランをはじめ,いろんな人たちが指摘してきたように,これはちょっと命名を間違えていた.ジョン・メイナード・ケインズと彼の継承者たちは財政政策(政府支出と課税)について大いに考えた一方で,1990年代と2000年代のニューケインジアンたちはほぼ全面的に金融政策に関心を集中させた.ニューケインジアンのマクロは,当初,ケインズよりもミルトン・フリードマンに負うところがずっと大きかったし,初期には財政刺激策は放り投げられていた.
ともあれ,90年代から2000年代に,金融政策が実体経済に影響しうる仕組みについていろんなアイディアが溢れかえった.おそらく,ニューケインジアン経済学がノーベル賞をとるまでこれほど時間がかかった大きな理由のひとつが,そこにある――その創出に携わった人たちが多すぎて,そもそもいったい誰に受賞する資格があるのかはっきりしないんだ.グレッグ・マンキュー,デイヴィッド・ローマー,スタンリー・フィッシャー,ジョージ・アカロフ,ジャネット・イェレン,オリヴィエ・ブランシャール,清滝信宏,ジョルディ・ガリ,マーク・ガートラー,ジョン・テイラー,ギレルモ・カルボなどなど,大勢の人たちがこの大伽藍に貢献している.
彼らがやった貢献の大半は,マクロ経済におきた変動に応じた価格調整が緩慢な理由に関するいろんなアイディアだった.ようするに,「総需要を減らす出来事が起きたとき――たとえば FRB による 1980年の利上げとか2008年住宅バブル崩壊後の金融パニックみたいなことが起きたとき――どうして企業はさっさと価格を下げて産出水準を同じままに維持しないのか」という疑問が生まれる.価格がなかなか下がらない原因がなにかあるのだとしたら,それによって企業はかわりに産出を減らすことを強いられうる.ニューケインジアン理論の多くは,「企業がなかなか価格を切り下げられないのはどうしてなんだ」ということを問題にしている.
ボブ・ホールは,ここでもすごく重要な貢献をしてる.基本的なニューケインジアンモデルでは,金利が GDP に影響しうる仕組みを説明しているけれど,それが雇用に影響する理由は説明していない.経済成長が減速したからって,どうして大勢の人たちが失業する事態にいたるのか,自明な答えはない.2005年の論文で,ホールが提示したモデルでは,需要の変化に応じて賃金の調整が緩慢に進みうる仕組みを解明している――景気が悪くなったら,企業はただ賃金を切り下げるわけにいかず,かわりに従業員を解雇するしかない理由を説明するモデルを,彼は示した.[n.5]
ともあれ,ニューケインジアン経済学は,一握りの有名な創設者の頭脳から生まれたわけじゃない――いくつもの新しいアイディアが一気に溢れかえった産物だ.誰かが,そういう大量の新しいアイディアを総合して単純なものに仕上げて,中央銀行の人たちが実地に金融政策を設定するのに利用できるようにする必要があった.その誰かが,マイク・ウッドフォードだ.
故フリオ・ローテンバーグとの共著論文で,ウッドフォードは単純なニューケインジアンモデルを提示した.景気後退時に企業がなかなか価格を下げられないのはどうしてなのかって問いを,ウッドフォードは放り投げた――理由がなんであれ毎四半期に一部の企業しか自分たちの価格を変えられないんだと,とにかく仮定したんだ.[n.6] (これを「カルボ価格設定」という.名前の由来は,その考案者ギレルモ・カルボだ.) モデルの残りの部分は,ごく単純だ.ウッドフォードはホールの1978年論文と同じ基本的な消費円滑化モデルを使っている.このモデルでは,人々がどれだけ消費してどれだけ貯蓄に回すのかに関する意思決定は,金利に左右される.中央銀行(FRB のことね)が金利を設定するときには,インフレリスクと失業リスクのバランスをとる単純なルールにしたがう――ウッドフォードはこう仮定している.他にもいくつか仮定はおかれているけれど,基本的なところは以上だ.
この単純なモデルは,金融政策の手引きになっている.短期に中央銀行が景気後退を引き起こしうる(たとえば1980年代前半にポール・ボルカーが金利引き上げでインフレを鎮めたときみたいに景気後退を起こせる)一方で,金利を永続的に低く維持してえんえんと雇用を増やせはしない仕組みが,このモデルでは説明されている.また,民間で需要がガクンと減少したときに(たとえば2008年金融危機みたいなことが起きたときに),中央銀行が金利を引き下げて短期に経済を安定させることで対応できる仕組みも,説明されている.
つまり,ウッドフォードのモデルは,1970年代から2000年代にかけて形づくられた分野全体の共通意見をまとめた一大総合説なんだ(のちに彼は有名な本でこれを拡張している).総需要がたしかにものをいうことはわかっていた.需要に起きた負のショックに経済がなかなか調整できなくてすごく混乱(産出低下や人々の失業などなど)が起きる結果になることも,わかっていた.金融政策が短期に経済に活力を与えられるけれど長期にはその効果がおそらく減衰していくことも,わかっていた.こうしたこと全部をまとめて記述し,中央銀行が切望していた経済安定化の道案内もしてくれるごく単純でありながらもっともらしいモデルを,ウッドフォードはもたらした.
すごく単純でとても応用しやすかったおかげで,ウッドフォードのニューケインジアンモデルは,世界中の中央銀行で標準的なツールになった.ところが,彼の総合が完了するかしないかというときに,巨大な問題にぶちあたった.2008年と2009年に,アメリカや欧州諸国の経済は,巨大な負の需要ショックに見舞われた.あまりに大きくて,ゼロまで金利を下げきっても,事態は正常化しなかった.他のなにかが必要だった.
その「他のなにか」が何であるべきかというと,基本的なアイディアは3つあった.一つ目は,ウッドフォードのモデルに含まれていて,ホールのいろんな論文の基本的なアイディアに依拠している.それが,「フォワード・ガイダンス」というアイディアだ.景気後退が終わっても長らく金利を低いままにしておくと中央銀行が約束できれば,それを受けて消費者たちが今日,支出を増やすよううながせる.こうして,景気後退からの脱出が早められるわけだ.[n.7] 二つ目は,量的緩和だ――長期金利を引き下げるために 短期債だけじゃなく長期債もFRB に購入させることをいう.量的緩和はウッドフォードのモデルにはなかったけれど,やがて,これを支持するにいたっている.
三つ目のアイディアは,財政刺激だ.金利がゼロまで下がりきったら,政府支出は需要押し上げの方法としてより効果的になりうる(中央銀行がまた金利を上げてその財政刺激を相殺しないかぎりは).《大不況》に見舞われたとき,ニューケインジアンの経済学者たちは,一斉にケインズを自分たちの理論に呼び戻して,財政刺激の役割を増やした.
ホールは2009年の論文で,財政刺激が効果的になりうる仕組みを説明している [n.8]:
政府購入と GDP をつなぐ乗数は 0.7~1.0の範囲にあるかもしれない(…)が,もっと高い数値も排除されない.ニューケインジアンモデルでは,乗数はその範囲にもある.(…)2009年のように名目金利がゼロ下限にあるとき,乗数はさらに高く,おそらくは 1.7 前後にある.
この論文では,かつて1978年に得た有名な研究成果にてらして財政刺激が効果的でありうる仕組みをホールは説明している.財政刺激を支出に直結させる単純な「消費関数」がないとしても,財政刺激が企業と消費者の行動に影響しうる経路はいくつもある.とくに,金利がゼロのときはそうだ.
また,ウッドフォードの2011年論文では,財政刺激が彼の基本的モデルでどう機能するかを示している:
本稿では,解析的に解ける一連の単純な例を通じて,ニューケインジアンモデルにおける政府購入の産出乗数を決定する主要な要因を説明する.価格・賃金が硬直的であれば,新古典派モデルよりも大きな乗数が生じうる.ただし,乗数の大きさは金融政策による対応に決定的に左右される.金利ゼロ下限で金融政策が制約されているときには,1を大きく上回る乗数が生じうる.この場合,ゼロ以下に金利を下げられないことから生じる需給ギャップを部分的に埋め合わせるよう政府購入が拡大されると,厚生は高まる.
こんな風に,ついにニューケインジアンはミルトン・フリードマンのアイディアを超えて,ケインズもいくらか理論に取り込み直すことになった.
ただ,ニューケインジアニズム最大の成功は,おそらく《大不況》ではなくて2021年から2023年のポストパンデミック期インフレに現れている.2022年にインフレ率は 9% にまで跳ね上がったけれど,FRB による利上げ後,2023年序盤には 3% 程度にまで下がった.ここで目を見張るのは,1980年代前半とちがって,今回は失業率を大きく上げずに済んだところだ.

もちろん,正確なところ,どうしてこうなったのかははっきりわからない.ただ,ボブ・ホールとマイク・ウッドフォードが開拓したニューケインジアン・マクロの大勝利らしく見えるのは間違いない.この「無痛インフレ沈静化」(”immaculate disinflation”) が起きた理由としていちばん見込みがあるのは,「FRB はインフレを沈静化するために採れる手はなんでもやる」と企業が認識するやいなや,企業は値上げをやめ,インフレはあっさり鎮まっていった,という説だ.
1980年代前半にボルカーが引き起こしたような需要破壊は,これには必要なかった.失業して打ちひしがれた大量のブルーカラー労働者たちが生活必需品の購入を切り詰めてようやく企業が値上げをやめるしかなくなる,なんて事態は必要なかった.必要だったのは,FRB による明快なコミットメントと将来を見据えた予想形成だけだった――まさしくそれこそが,ボブ・ホールとマイク・ウッドフォードのモデルの核心にあるメカニズムだ.
2008年~2009年〔の《大不況》対応〕すらも超えて,ニューケインジアニズムの真価を測るテストになったのは,この出来事だった.そして,ニューケインジアニズムは華麗にこのテストに合格したように思える.この理論にはずっと疑問符がついてまわった――過去について物語を語るばかりでなく将来を形成できるのかどうか,当初からずっとはっきりしなかった.2022年・2023年いらい,その疑問への答えはかつてよりもずっと明快に「イエス」に見える.
今回の待望のノーベル賞受賞にこの点が関わっていたとしても,ぼくは驚かないね.
原註
[n.1] 信じてくれないかもしれないけど,ぼくは同書を始めから終わりまで読み通したよ.
[n.2] これらは単純な例だけど,こうしたモデルはときにすごく大きくてややこしくなることがある.
[n.3] なめらかなトレンドは除く.そういうトレンドなら人々は前もって織り込む.
[n.4] 同じことを示している優れた論文としては,これもある.
[n.5] ニューケインジアン・マクロにホールが行った貢献はこれだけじゃなくあまたある.別の例を挙げると,1986年の論文では,独占力によって好況と不況がいっそう激しくなりうる仕組みを示している.
[n.6] 不完全情報からカルボ価格設定が生じうる仕組みのモデルをウッドフォードは独立に書いている.ただ,このモデルがどれくらい重要なのかははっきりしないし,「価格調整が緩慢な本当の理由はこれだ」とウッドフォード当人(や他の人)が実際に思っているかどうかもわからない.
[n.7] 面白いことに,アメリカはまさにこれをやったように見える.需要が回復した2010年代後半になっても FRB はずっと金利を超低水準に維持した.2021年にインフレ率がどんどん上がっていくなかでも,低金利は維持された.FRB の反応関数の鈍さがフォワード・ガイダンスの代替品になって,一種の自動安定化装置として機能しうる――これ,面白い論文のネタになるんじゃないかな.
[n.8] ここでいう「乗数」とは,財政刺激の効果を測る数字だ.乗数が 1 より大きいとき,政府が1ドル支出すると GDP が 1ドルよりも大きく増える.
[Noah Smith, “Nobel for New Keynesian macro, at last!“, Noahpinion, October 13, 2026]