ユヴァル・ノア・ハラリの『サピエンス全史』は出版されてすぐに読んだが、宣伝が過剰だった割に、私にはひどく退屈だった。この本から新しく学べることは何もなかったのだ(そして、他の論者も指摘するように、この本で初めて出会った知見のほとんどは間違っていた)。『サピエンス全史』の知的基盤は完全に20世紀のもので、文化進化論という新しい分野が生み出してきた知見を取り入れることができていなかった。そのため、私はそれ以上ハラリの議論をわざわざ分析しようとは思わなかった。
だが昨日、ジョセフ・ヘンリックがリポストしてくれたおかげで、カナダの哲学者ジョセフ・ヒースによるSubstackの記事「ハラリ vs ヘンリック」の分析と出会うことができた。
ヒースの記事は、人間に特有の4つの特徴を扱っている。彼の定義は以下だ。
人類は、次の4つの性質(特性、能力、行動、……)において、他の動物から大きく隔たっている。この4つの性質が人間に特徴的だというのはかなり明らかなのだが、残念なことに、学術の世界では、どの特徴についても「他の動物だって同じような特徴は持っている!」と異議を突き付ける人がたくさんいて、一大分野を形成しているほどだ。もちろん、人間以外の動物にも似たような特徴を見出すことは可能だ 。そのため、以下のリストでは、こうした異議を払いのけるために必要な留保を加えつつ、人間が他の動物と確実に隔たっていると言える点を挙げよう。
- 知能。人間は優れた知能を持つ。道具的な課題を遂行するに留まらず、数学的推論、仮説的-反事実的推論、論理的推論を行う能力を持つ。
- 言語。人間は複雑な文法を備えた言語を用いる。それは命題的に差異化されており、文脈独立的な仕方で事態を表象できる。
- 協力。人間は、他の動物とは異なる種類の超社会性(ultrasociality)を有し、遺伝的に血縁関係のない個体からなる大規模集団において、複雑な協力を行える。
- 文化。人間は、領域一般的な学習行動の伝達を行い、膨大な文化的人工物と知識を生み出している。そしてそれらは、時を経るごとに蓄積的に改善されていく。
『サピエンス全史』におけるハラリの議論は、ヒースによると、最初に知能が進化し(紀元70,000年前の認知革命)、その後、言語、協力、文化が進化していったというものだ。それゆえ、1-2-3-4という順序を辿っている。これは、ロバート・ボイドやピーター・リチャーソンといった文化進化論者たちが展開してきた人間進化の説明とは正反対である。文化進化論の提示する進化の順序(4-3-2-1)を説明した最も人気の本は、ヘンリックの『文化がヒトを進化させた』だ(素晴らしい本なので心からおすすめする)。
ハラリとヘンリックが正反対の説明順序になっているという指摘は、非常に優れた洞察だ(これは、私たちが哲学者を必要としている理由を示している)。私の記事を読み進める前に、ヒースによるハラリの議論の脱構築を読んでおくことを強く勧める。とりわけ、人間における進化の順序が、なぜ優れた知能から始まるというのではあり得ないのか、という部分は読んでおいてほしい(ヒント:巨大な脳はエネルギー的にも発達的にもコストが高い——女性は出産期に非常に高いリスクに直面する——ので、どんな選択圧がこうしたコストを克服し得たのかは明らかでない)。
このエントリでは、文化進化論者(私自身を含む。私もまた文化進化論者の1人だからだ)が提示してきた進化の順序の説明をもう少し詳しく論じたい。ヒースが正しく述べているように、文化進化論者は、文化こそが他の3つの特徴(協力、言語、知能)の進化の基盤となった最初の特異な適応だと論じている。文化とは、社会的に伝達された情報のことだ。他の動物も文化を持っているが、人間が特異なのは、社会的に伝達された情報のストックが大規模に蓄積していることだ。

蓄積的文化を可能にする重要な基盤は、ヒースが言うように、「模倣性(imitativeness)の発生だった、というのが彼の主張だ。人間の幼児は、他人がしていることを単に真似ることだけでなく、機械的に(mindlessly)真似ることが非常に得意だ。観察した行動をそっくりそのまま繰り返すのである」。
だが、ヒースは、蓄積的文化を可能にする「機械的」模倣の能力がどんな選択圧によって進化したかを説明していない。ピーター・リチャーソンとロバート・ボイドは、何年も前にその説明を提示し、今も洗練させ続けている。2週間前、私はラッセル・ジェネとピーター・リチャーソン主催のワークショップ「主要な進化的移行:生物的、人間的、惑星的」(カリフォルニア大学デービス校、2026年8月15-17日)に参加した。リチャーソンは、彼の講演「人間文化の進化に対する外的影響」で、この議論のアップデート版を提示した。下に貼り付けたのは、彼のスライドの中でも最も重要なページだ。このページは、過去10万年における全地球的な気候変動の推移を示している。

最も最近の時期(図の左側)である完新世(過去11,700年を指す)の気候は、顕著に安定している(かつ温暖だ)。対照的に、完新世の前の地質年代である更新世は、激しい気候的カオスの時代であり、何度も氷河期が来て、その間に比較的温暖な(しかし短い)間氷期が挟まるという時期であった。リチャーソンとボイドの議論によれば、人間の世代時間が比較的長いことを考えると、遺伝的進化によってこのような激しく変化する環境に適応することは不可能だっただろう。遺伝的進化は単純に、激しく変化する環境に追いつくほどはやくは進まないからだ。
一方、文化進化は、瞬時に進むとは言えないが、人間が文化的に伝達された行動を進化させて更新世を生き抜くことができるほどには、十分はやかた。とはいえ、辛うじて環境変化に追いつけるというレベルだが。というのも、人類は幾度か絶滅の縁に立たされているのだ。最近発表された論文「構造融合モデルは、あらゆる現代人に共有された深い祖先の構造を明らかにした」は、更新世における地球上の全人類の数は数千人かそれ以下にまで落ち込んだ可能性があると推定している。
ヒースは記事の冒頭で、理論家に対して、言葉で定式化された議論を数理モデルに翻訳してみせよ、と挑戦状を叩きつけている(これは方法論上の課題であり、クリオダイナミクスの研究者も心から同意するところだ)。
人間進化の理論という分野が現在これほど興味深いものになっているのは、突き詰めると、こうした特徴がどのように進化したのかについて本当のところは何も分かっていないからだ。あるレベルでは、これらの特徴は適応的であったはずだ。しかし、具体的にそれらがなぜ、どのように適応的だったのかを真に理解できた人はいない。とはいえ、これらの特徴がどのような形では進化し得なかったか、については多くのことが分かっている。長年にわたり、たくさんの筋の悪い理論が生み出され、注意深く吟味された結果、棄却されてきたからだ。このプロセスは、典型的には次のように進む。誰かがなんらかの思弁的な理論を提示すると、別の誰かがやってきて「じゃあ、それがどうやって進化し得るのかモデルで示してくれよ」と問いかける。その誘いに乗っかってモデルを構築した結果、最初に論じたような仕方ではその特徴が進化し得ないことを発見するのだ。実際、上に挙げた4つの特徴をきちんと説明できるような進化モデルを構築するのは非常に難しいことが判明している。過去数十年の間に最も興味深い進展が起こったのは、まさにこうしたフォーマルなモデル構築の分野なのだ。
さて、実は更新世の気候カオスと人間文化の進化を結びつけるこの説明は、ボイドとリチャーソンによって既にフォーマルな数理モデルへと翻訳されている。

言い換えれば、ボイドとリチャーソンはモデルを構築し、「それ」がこのようにして進化し得たということを確かめたのである。
文化の蓄積に言語は必要ない、ということに注意しよう。社会的情報は、他人の行動を観察したり模倣したりするだけでも伝達され得るからだ。実際、蓄積的文化が可能にした次なる適応は、言語ではなく協力であった。
この話は私の著書『超社会性』“Ultrasociety”〔未邦訳〕で展開したものだが、長くなるので以下は要約バージョンだ。協力は集団にとっての便益を生み出すが、個体にとってはコストがかかる。「エージェント」は他人の努力にフリーライドする誘惑に駆られるため、協力の進化は困難である。協力が進化する一般的メカニズムは、マルチレベル選択だ。専門家でない人々の多くが認識していないのは、分散が決定的に重要になるということである。協力が進化するには、手段内の分散が最小化され、集団間の分散が最大化されなければならない。そして、集団内の他のメンバーを「機械的」に模倣することは、まさにこれを可能にする。この説明でもまだ難しいかもしれないが、完全な説明が知りたいという人は私の本を読んでほしい。
それゆえ、文化進化論者の論じる因果連鎖は、更新世の気候的カオスによって文化の進化が駆動された、というところから始まる。文化は、集団間レベルの分散を高めて、集団内の分散を最小化することで、協力の進化を可能にする。協力がより深化し複雑化すると、もっと洗練されたコミュニケーション手段が必要となる。これは、言語への強力な選択圧として働く。最後に、大規模に蓄積された文化、ますます巨大となる集団の中での協力、洗練されたコミュニケーション能力が、知能の進化を駆動した。つまり、ハラリ(そして20世紀の思想家たち)の考えに反して、知能は最初ではなく最後に来るのだ。
大集団における協力と知能との間の繋がりをより詳しく述べておこう。協力を維持するのが難しいのは、人々がフリーライドの誘惑に駆られるからだ。私たちの認知能力のかなりの部分は、誰が良き協力者で誰がそうでないかを覚えておくとともに、アンがサムに何をしたか、カレンは裏切り者にサンクションを与えたか、といったゴシップ(言語!)を記憶しておくことに割かれている(この説明はしばしばマキャベリ的知能仮説と呼ばれる)。
私たち人間は、個体としての認知能力が優れているから賢いのではない。社会的知能によって賢くなっているのだ。これは、ヘンリックが著書で説明するように、人間という種の成功の秘密である [1]訳注:『文化がヒトを進化させた』の原題は“Secret of Our Success”である。 。
そして、人間が文化、協力、言語、知能を獲得して、更新世が終わると、私たちは大完新世転換を経験した。だが、このSubstackではこのテーマについてたくさんの記事を書いてきたので、ここで議論を繰り返す必要はないだろう。
[Peter Turchin, What Came First in Human Evolution: Intelligence or Culture?, Cliodynamica by Peter Turchin, 2026/9/28.]
References
| ↑1 | 訳注:『文化がヒトを進化させた』の原題は“Secret of Our Success”である。 |
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