James_Hamilton”Negative interest rates” (Econbrowser, June 7, 2014)
木曜日 [1]訳注;2014年6月5日 に欧州中央銀行(ECB)は、ECBへ預金を維持することに対してプラスの金利を払うかわりに料金を課することで、金利をマイナスの領域に持っていくと発表した。これは、金利の引き下げ(今やマイナスにすらなった)がヨーロッパ経済にある程度の刺激をもたらすことで、ヨーロッパのインフレ率を2%というECBの目標へと近づける可能性があるという望みを託してのことだ。以下では、この動きについて思うところをいくつか書いてみよう。
まず、この方策がやらないことを明らかにするところから始めよう。多くの人もどうやらそう思っているように、この方策は銀行がECBへの預金を「貸し出す」ようになることを意味するわけではない。その理由は、各銀行が融資をしたり資産を買い入れたりする際に彼らが行うのが、自分たちがECBに持っている口座から、貸出を受けるないし資産を売却する取引相手銀行のECB口座へ預金を移すようにECBへ指示をすることだからだ。A銀行の預金は減るが、B銀行のそれは増え、結果としてその日の終わりには、常にどこかの銀行がそうした預金を抱えていなければならない。ECB自身による行動、あるいはECBからの直接借り入れないし現金引き出しは、銀行が口座に抱えている預金の総体的な水準を変化させることができるかもしれない。しかし各銀行の融資や投資判断はECB預金の総量を変化させない。
しかしだからといって、各銀行がこの追加的な費用を免れようとしないわけではない。その日の終わりに持っている預金に対して(年率)0.1%の費用が課される一方で、3か月物の政府証券は0.2%の金利を払ってくれるというのであらば、公開市場で証券を買いたくなるというものだろう。A銀行がそうした買い入れを行う場合、A銀行は0.1%の損失を回避して0.2%の利得を得る。しかし預金を受け取るB銀行もまた、預金を使って0.2%の利回りを得たほうが良いということに気付き、預金に費用を払うままでいることを逃れるために、0.2%の利回りを持つ何らかの短期証券を買うことになるだろう。こうした努力は、その日の終わりにはどこかの銀行が0.1%の費用を払わされることになるということを何ら変化させるものではない。しかしこうしたインセンティブによって、存在する全ての銀行が短期政府証券を買い入れようとするのであれば、その結果起こるであろうことは短期政府証券の価格が額面以上に吊り上りだ。こうしたことが起こった場合、3カ月物の証券はまさにECBへの預金と同じく実質的にマイナスの利回りをもたらすことになり、銀行は政府証券を買い入れることと準備預金に料金を支払うままでいることに対して無差別になる。例えば、下の図は2012年から今年4月まで導入された、デンマーク中央銀行のマイナス預金金利が実施された際の3カ月物の利回りだ。
3カ月物デンマーク債券利回り 出典:Investing.com
しかし3カ月物の政府証券がマイナスの利回りしかもたらさないのなら、銀行はその次により長期の政府債券の利回りを通常よりも競り下げるか、あるいは顧客に対して通常よりも低い利率での貸し出しやよりリスクの高い貸出を行う、もしくはユーロ以外の何らかの通貨建てでの資産を買い入れようとすることで、他の通貨に対するユーロの価値の下落を招いたりする。依然としてこれらの努力は預金の総量を何ら変えはしないが、その代わりに利回りの全体としての集合を-0.1%という新たな短期利回り曲線と整合的なものにする。これは借り入れの増加、資産価格の上昇、通貨の下落が支出の増加を促して、最終的にはECBがその2%インフレ目標を達成するのを後押しするかもしれないという望みを託してのことだ。
しかし個人的な感想を言わせてもらえば、ギリシャ国債のドイツ国債に対するスプレッドがさらに10ベーシス・ポイント開いたからといって、ギリシャ国債をこれ以上買いたいなんて気持ちにはならない。ドイツ国債には確実な(けれど小さい)損失というケチがついているといってもね。
そしてもちろん野心的な実業家にとっては楽しいゲームとなる。つまり、銀行(あるいは他に-0.1%利回りを抱えているあらゆる主体)に対して、彼らから生の現金を預かってそれを年間5ベーシス・ポイントの料金で3か月間保管するというサービスを提供するということだ。現金を預かって、それを3か月間単に眠らせておけばいい。そうすれば、100%他人のお金で年間1000ドルあたり50セント稼げる。銀行も、ECBに10ベーシス・ポイント払う代わりに、誰かに5ベーシス・ポイント払うだけで済むという利得がある。ニューヨーク・タイムズは、ハーバード大学のグレッグ・マンキューのマイナス金利に対する皮肉を紹介している。
生み出されるのは安全資産(safe assets)への需要だけだ。それはつまり、みんながたくさんの金庫(safes)を買って、銀行の代わりにその金庫に自分のお金をしまうようにするということだ。
そしてECBの戦略には明らかな欠点がいくつかある。まず、これは明らかに銀行システムに対する課税で、資本バッファー [2]訳注;最低自己資本比率を越えた分の自己資本。すなわち、これがあればあるほどリスクには強くなる。 を積み増そうとする努力を弱らせるものだ。金融安定性に懸念を抱いているのであれば、これはやってはいけないことだ。マネー・マーケット・ファンド、プライベート・バンクの顧客口座、証券口座といった様々な仕組みは、これらの口座を抱えていることで顧客が損失を受けることはないという前提を置いている。マネー・マーケット・ファンドに置いている資本を損なう危険に晒されていると投資家が気づく可能性、すなわち「1ドル割れ [3]訳注;1単位1ドルのMMFがその額面を割ること。 」こそ、一部の金融機関や金融商品に対する取り付けの引き金となった可能性があるものとして、2008年のアメリカの政策決定者の大きな悩みであったことを思い出してもらいたい。
短期利回り曲線をさらに10ベーシス・ポイント引き下げるという直接的効果以上に、将来に対するECBの意思を示すものとしてのほうが重要ということはあるかもしれない。確かに、ユーロを守るために「何でもやる」という、ECB総裁マリオ・ドラーギによる2年前の単なる声明は全くもって劇的な効果を示したように思う。この言葉が何を意味しているのか確信がある人は誰もいなかったけれども。
「僕が考え付けることはなんでも」という意味であることが分かった今週でしたとさ。
生み出されるのは安全資産(safea assets)への需要だけだ。
となっていますがsafe assetsではないでしょうか?細かい指摘で申し訳ありませんが・・・
原文にsafeaという語はないようです
コメントありがとうございます。御指摘の通り私のタイプミスです。修正させて頂きました。