ジョセフ・ヒース「民主主義理論についての付記」(2016年2月10日)

(規範的)民主主義理論に目を向けると、こうした現象を理解する上で役に立つような議論はどこにも見当たらない。社会がこの現象にどう対応すべきかについて考えたい場合はなおさらだ。

このエントリは前の投稿〔翻訳はここで読める〕への付記である。今朝、朝食を食べながらエコノミスト誌を読んでいて(そう、私はそういうことをしているのだ)、次の一節に出くわした(実際にはアメリカの上院議員テッド・クルーズに関する記事である)。

アイオワ州の共和党上位2人のうちの片方は、どの国にも見られるタイプだ。政策に乏しく、自惚れと誇張が激しく、自分が蔑んでいる国を、自分の意志の力で取り戻すと約束する。自分を強い男に見せるドナルド・トランプの仕草は、ブエノスアイレスからローマに至るまでおなじみのものだ。リアリティ番組と不動産ビジネスという要素が事態にひねりを加えているが。

トランプは「どの国にも見られる」タイプの人物で、アメリカ以外のほとんどの地域(特に南米)では民主政治のよくある特徴と見なされている、という考察はもっともだと思う。(ケベックのピエール・カール・ペラドーのことも思い出そう……)。実際、ある意味で、トランプの立候補はアメリカ政治の標準化を示している。

だが、(規範的)民主主義理論に目を向けると、こうした現象を理解する上で役に立つような議論はどこにも見当たらない。社会がこの現象にどう対応すべきかについて考えたい場合はなおさらだ。実際、民主主義理論という分野は、民主主義の実際の動き方を完全否定しているように私には映る。あるいは、私はこの点で勘違いをしていて、間違った文献しか読んでいないのかもしれない。私見では、トランプ(あるいはトランプのような人物)を懸念するなら、そのような人間が、妥協(これは言わば、民主主義の規範的中核だ)なしに政治権力の座に近づくのを困難にするような制度変革について、何か分かりやすい主張を持っておくべきだ。この問題に関して説得力のあるアプローチは、イアン・シャピロが提唱した、いわゆる民主主義の「競争理論」だけだと私は考えている(「競争理論」というのは「ネオ・シュンペーター主義」よりも良い語だ)。他のアプローチ(まずもって熟議理論)はみな、何も言うべきことを持っていないように見える(選挙キャンペーンの資金改革について、いつものようにくどくど語ることを除いては。だがトランプ現象が示したのは、これが問題ではないということだ)。これは真剣な疑問だが、私は何か見落としているだろうか?

以下コメント

クリス:こんにちは、ジョー。あなたが何を求めているかいまいち掴めてません。エントリでは規範的民主主義理論におけるギャップに触れていますが、あなたが知りたがっているのは政策的な対処策であるように見えるからです。前者に関しては、いくつかの文献がパッと浮かびました。
ピエール・ロザンヴァロン(Pierre Rosanvallon)の『カウンター・デモクラシー:不信の時代の政治』は重要な著作です。この本には、ポピュリズムは民主主義の行き過ぎというより、異なる形態のカウンター・デモクラシー(民主的な力に対抗する社会的・制度的形態)である、と論じている興味深いセクションがあります。ロザンヴァロンの次の著書、『民主的正統性』“Democratic Legitimacy”〔未邦訳〕では、歴史的な分析と政策へのインプリケーションが満載で、この傾向にいかに対処し得るかについて論じられています。
スザンヌ・ドヴィ(Suzanne Dovi)の『よき代表』“The good representative”(John Wiley & Sons, 2012)〔未邦訳〕は、選出代表が民主主義にとって悪いと言える場合や、有権者の利益を(間違いなく)増進していると言える場合を判断するための、明確な規範的基準を提示しています。ドヴィは別の場所で、悪い代表を排除するための制度的メカニズムについても書いていました。
ポピュリズムに関する民主主義理論の論文として有名なのは、マーガレット・カノヴァン(Margaret Canovan)の「人々を信頼せよ! ポピュリズムと、民主主義の2つの顔」“Trust the People! Populism and the Two Faces of Democracy.” Political Studies 47: 2-16です。
数年前、ポピュリズムについて考察した興味深い論文を読みました。この論文は規範理論をテーマにしていますが、熟議民主主義以外の議論も扱っています。クリストヴァル・ロヴィラ・カルトヴァッサー「ポピュリズムのアンビバレンス:民主主義に脅威をつきつけ、民主主義を修正するもの」“The Ambivalence of Populism: Threat and Corrective for Democracy” Democratization 19: 184-208です。
制度改革については、2つの問題に分けられると思います。1つは、選挙で当選したポピュリストが有害な政策を実行するという問題です。多数決が有害になる可能性に焦点を当てた民主主義理論や制度提案の多くは、この懸念を扱っていると思います。なのでこの問題については、立憲主義や権力分立、司法審査、公務員の専門主義、市民社会や社会運動の役割、市民的不服従といったテーマと同じくらいたくさんの文献や政策提案があります。
もう1つは、ポピュリストのレトリックやデマゴーグ的言動が、選挙プロセス自体にどんな影響を与えるかという問題です。比較政治の分野では、特に欧州の右翼政党に関して、たくさんの文献があると思います(私の専門ではないですが)。他の読者の方で、「デマゴーグに騙されないように、選挙期間中、市民にいかに『予防接種』すべきか」という問題について良い文献を知っているという方がいたら教えてほしいです。

ジョセフ・ヒース:クリスさん、ありがとうございます。実は、ロザンヴァロンの最初の著書は半分まで読んだところです。クリスさんが挙げてくださったロザンヴァロンの著書2冊は、私が関心を持つ問題を扱っているように思えたのでチェックしていました。他に挙げてくれたものもチェックしてみます。とてもありがたいコメントでした。

アレックス・タバロック:大統領制はこの点でウェストミンスター・システム〔議院内閣制〕よりも悪いですね。特にクエスチョン・ピリオド〔議会における自由質問の時間〕があると、実際に質問に答えることのできるタイプの人物が選出されやすいです。
また大統領制の場合、大統領が国のシンボルになってしまうので、大袈裟なことを言う人が選ばれます。ウェストミンスター・システムであれば、国家の誇りについては国王や女王が引き受けてくれます。
大統領が任期制なのは、シーザー主義〔独裁〕を回避するための最後の頼みの綱です。
ホアン・リンス(Juan Linz)はもっとたくさんのことを論じています。

ジョセフ・ヒース:ええ、リンツの論文はこの前読みました。アメリカでは国家体制の危機が差し迫った問題になっているようですね(笑)。

[Joseph Heath, A bit more on democratic theory, In Due Course, 2016/2/10]
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