Aghion et al. 「経済成長を確実にするべくゼロCovid-19を目指す」(2021年3月31日)

[Philippe Aghion, Patrick Artus, Miquel Oliu-Barton, Bary Pradelski, “Aiming for zero Covid-19 to ensure economic growth,” VoxEU, March 31, 2021]

【要旨】 パンデミックが1年以上も続くなかで,健康と経済のトレードオフはないことがはっきりしてきた.パンデミックの管理に成功をおさめるかどうかは,コロナウイルスのない安全地帯をめざしこれを守るかどうかに左右されてきた.本コラムでは,迅速な駆逐戦略を選択することで世界の数カ国はウイルスを制御下においたことを論じる.そうした国々は,死者数と不確実性を最低限におさえることでこれに成功し,いまやすでに経済の再建をすすめている.これと対照的に,大半の欧州諸国はストップ・アンド・ゴーの論理にしたがった.だが,ストップ・アンド・ゴーの方がより〔人々の自由への〕制限が強く,より危険で,経済への打撃がより大きかった.


著者情報:

  • Philippe Aghion: コレージュ・ド・フランス教授,ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス教授,CEPR 研究フェロー.
  • Patrick Artus: Natixis チーフエコノミスト.
  • Miquel Oliu-Barton: パリ・ドーフィン大学准教授.
  • Bary Pradelski: CNRS 准教授,Oxford-Man Institute アソシエイトメンバー.

Covid-19 駆逐は,経済回復に向かうもっとも安上がりな経路だ.健康と経済の一方をとれば他方が犠牲になるというトレードオフは,駆逐戦略を採用した国々によって反証されている.首尾よいパンデミック管理,すなわち感染件数・死者数とあわせて経済的な苦難も最小限に抑えるやり方は,コロナウイルスのない安全地帯を育てることにかかっている.安全地帯の確保は,次の方法でなされることが多い――検査・追跡・隔離 (test, trace, & isolate; TTI) 政策,移動制限,適時な感染発生管理.オーストラリア・中国・韓国などの駆逐戦略を採用した国々は,ウイルスを制御下においたことで不確実性が低下し,経済成長がもどってきた.他方で,大半の欧州諸国は起こりそうな事態への反応にもとづくストップ・アンド・ゴーの論理にしたがった.自由と経済について各種の事情を考慮して協調をはかったとされながらも,この戦術は結局のところ我々の自由をよりいっそう制限し,我々の健康をいっそう害し,我々の経済にいっそうの打撃を与えた.とくに,ストップ・アンド・ゴー戦略は長期的な経済成長に有害だ.なぜなら,この戦略では企業が長期的に計画を立てるのが阻害されるからだ.イノベーションに投資するかわりに,企業は次の都市封鎖にそなえて現金を手元に積み上げる.技能に投資するかわりに,企業は短いスパンで人を雇う.

ウイルスを封じ込めてゆくゆくは駆逐するうえで,ワクチンが主要な役割を果たすことに疑いはない.これは,すでにイスラエルで見られるとおりだ.だが,欧州でワクチン接種キャンペーンが遅延したうえに新しい変異株(既知のものも今後発見されるだろうものも含めて)が台頭していることで,今夏までにウイルスを制御下におく見込みは薄まってきている.

ゼロ Covid-19 の経済的な長所

中長期で経済と健康への打撃を減らすのにもっとも有効なのが駆逐であることが判明している (Chetti et al. 2020, Dorn et al. 2020).1年以上にわたって Covid-19 パンデミックが続いたことで,実績を振り返ってどの戦略が最良のはたらきを示したのかを評価できるようになった.中国・オーストラリア・カンボジア・アイスランド・ニュージーランド・台湾・ベトナム・日本・韓国・ラオス・タイは,駆逐戦略を追求してきた.ただし,それぞれの地域で疫学的な状況はさまざまで,それに応じて各国が取った対応は性質が異なっている.こうした国々では,2020年4月からサービス部門(健康面での制限にもっとも影響を受けた部門)は強いプラス成長に転じた.欧州では,いまなおサービス部門での景気後退が続いている.それでも,同じこうした国々で2020年末に GDP 水準は2019年Q4 の水準に戻っている.欧州では,2020年末のGDP 水準が 2019年Q4 のそれを6ポイント下回っている.2021年には,ゼロ Covid 諸国の GDP は年間平均でみて 2019年を 6.2ポイント上回るだろう.欧州では, 3.4ポイント下回る見込みだ.総合すると,「ゼロCovid」を追究した諸国は欧州にくらべて GDP が 10% 高くなっている (Aghion and Artus 2021).

各国の経時変化を比較すると,ストップ・アンド・ゴーに比べて駆逐戦略には際だった長所が見えてくる.図 1 を見てもらうと,OECD諸国のうち,駆逐戦略をとった 4ヶ国(オーストラリア・日本・韓国・ニュージーランド)と,EU諸国でもっとも人口が多い 4ヶ国(フランス・ドイツ・イタリア・スペイン)の,週ごとの死者数と週ごとの GDP 成長が示してある.駆逐戦略の4ヶ国は,Covid-19 関連の死者を〔EU諸国の水準に比べれば〕ほとんど出さずに安定性をとりもどし,危機以前の水準にまで経済成長をもどした.他方で,EUの4ヶ国は数次にわたるパンデミックの波と経済の下降のどちらで見ても不安定なままにとどまっている.

都市封鎖がいつ開始され,どれくらい継続され,どれくらい厳しいものになるのかについて不確実であるため,企業は長期的な計画が立てられず,資産・人員の両面で投資をとりやめている.その結果,おそらく〔打撃を受ける企業とそうでない企業とあいだに見られる〕回復と成長の落差はパンデミックそのものに起因する以上に大きくなっている.

【図1】 100万人当たりの週ごとの死者数(面グラフ)と週ごとの GDP 推計(折れ線)

出典: 地域データは Roser et al. (2020); GDP 推計は OECD Weekly Tracker of economic activity.Woloszko (2020) も参照.

Covidゼロの安全地域の国際的ネットワークをつくりだすことで生じる経済的な便益は,一国内での苦難の解消にとどまらず,大きなものになるだろう.たとえば欧州ではパンデミックによって観光業部門がもっとも大きなマイナスの影響を受けている.これにより,北欧諸国と南欧諸国のあいだにさらなる経済的・政治的な明暗の分岐が生じるリスクが生じる.これまで,欧州内での摩擦なき貿易・移動により,強固な専門分化と断片化が生じてきた.地中海沿岸の諸国は観光業に偏って依存している.これはとくに夏期に顕著だ.イタリアとスペインでは,夏期の数ヶ月間にわたって GDP のおよそ 20% を観光業が占める.部門をまたいで考えると,〔一国の都合を優先する〕偏狭な政策をとると,部門をまたいだ経済回復をはぐくむのに失敗するだろうと Baldwin & Evenett (2020) は論じている〔日本語記事〕.〔コロナウイルスをゼロに封じ込めた〕安全地域をまたいだ移動の自由を――できることなら国境をまたいだ移動の自由を――取り戻すことで,人々の苦しみが緩和されるだけでなく,欧州がみずからの強みを示し,きたるべき観光シーズンを可能にできるだろう.

欧州での実践的な駆逐戦略

疫学的にも経済的にも,欧州はお互いにつながりあっている.そのため,共同戦略の採用が不可欠ではないまでもきわめて効果的となるだろう.共同戦略をとるためには,「安全地域化」(‘green zoning’; Pradelski & Oliu-Barton 2020) にもとづく駆逐戦略を協調して(しかし中央集権的にではなく)採用するのがのぞましいと我々は主張する.国々をより小さな地域に分けることで,より急速な離脱が達成されうるし,最悪の場合の対応策が回避できる.ウイルスの流布が十分低い水準に達ししだい,当該の広域地域や州・県,さらには都市に「安全」ラベルをつける.これにより,地域水準での検査・追跡・隔離策をとって地域内での野放図な感染拡大を効果的に阻止できる.安全地域はしだいに平時の生活に復帰できる.学校・レストラン・観光その他の事業は全面的に再開でき,旅行者は安全地域内および安全地帯間を自由に行き来できる.ここで重要なのは,安全地帯にふたたびウイルスが持ち込まれないように保護すべく,移動制限を実施する必要があるという点だ.安全地域へのアクセスは,他の安全地域からの旅行者か,妥当なワクチン接種または免疫の証明書,あるいは最近の検査で陰性と判定された証明書を提示できる旅行者に限られる.実のところ,こうした「グリーンパス」案は EUの数カ国から提案されており,最近になって欧州連合理事会 (2021a) からの支持を得ている.

各地域の疫学的状況を判定する共通の客観的規準についてEU 加盟国はすでに合意し,ウイルス感染例がとくに多い地域への移動制限を協調して実施することで一致している (Council of the European Union 2020, 2021b).EU 諸国の協調能力は期待できるものの,その戦略は安全地帯保護にフォーカスを移す必要に迫られている.EU 諸国が共同の駆逐戦略に合意できなかった場合には,せめて,EU諸国はゼロ Covid を採用する国々を支援すべきだ.とくに,そうすることで地中海沿岸の諸国は夏期の観光シーズンを救えるようになりうるだろう.これは,そうした国々の経済にとって死活的な重要要因だ.

回復への安全な道筋

数次にわたる感染拡大の波・都市封鎖・封鎖解除の繰り返しを経て,さらにワクチン接種キャンペーンが遅延したことで,欧州は Covid-19 パンデミックからの説得力ある離脱戦略を渇望している.医療と経済の面から駆逐戦略を支持する論拠は圧倒的だ.ワクチン接種の影響はいまだ限定されているものの,ゼロ Covid をめざすことで,できるかぎり早期に平時への復帰を確実にするもっとも安全な道筋がひらける.もちろん,ワクチン接種キャンペーンを加速させない口実にこれを用いるべきではない.その反対に,この戦略でもワクチンは重要な役割を担うことに変わりはない.


参照文献

  • Aghion, P and P Artus (2021), “La stratégie zéro Covid a montré sa supériorité sur les plans sanitaire et économique”, Le Monde, 24 January.
  • Baldwin, R and S J Evenett (2020), COVID-19 and Trade Policy: Why Turning Inward Won’t Work, CEPR Press.
  • Chetty, R, J N Friedman, N Hendren, M Stepner and The Opportunity Insights Team (2020), “The Economic Impacts of COVID-19: Evidence from a New Public Database Built Using Private Sector Data”, NBER, working paper 27431.
  • Council of the European Union (2020), “A coordinated approach to the restriction of free movement in response to the COVID-19 pandemic”, Interinstitutional File: 2020/0256(NLE), 13 October.
  • Council of the European Union (2021a), “Statement of the Members of the European Council”, File SN 18/21, 25 March.
  • Council of the European Union (2021b), “Amending Council Recommendation (EU) 2020/1475 of 13 October 2020 on a coordinated approach to the restriction of free movement in response to the COVID-19 pandemic”, Interinstitutional File: 2021/0021(NLE), 28 January.
  • Dorn, F, S Khailaie, M Stoeckli, S C Binder, B Lange, S Lautenbacher, A Peichl, P Vanella, T Wollmershäuser, C Fuest and M Meyer-Hermann (2020), “The Common Interests of Health Protection and the Economy: Evidence from Scenario Calculations of COVID-19 Containment Policies”, medRxiv.
  • Orsini, K and V Ostojić (2018), “Croatia’s Tourism Industry: Beyond the Sun and Sea”, Economic Brief 36, European Commission.
  • Pradelski B S R and M Oliu-Barton (2020), “Green bridges: Reconnecting Europe to avoid economic disaster”, VoxEU.org, 30 April.
  • Roser M, H Ritchie, E Ortiz-Ospina and J Hasell (2020), “Coronavirus Pandemic (COVID-19)”, Our World in Data.
  • Woloszko, N (2020), “Tracking GDP using Google Trends and machine learning: A new OECD model”, VoxEU.org, 19 December.

原註

n.1 観光客の流入数は Eurostat (2019) から.観光業への直接・間接の寄与に関する GDP データは,スペインの分を WTTC (2019) から,イタリアの分を OECD (2015) から得た.

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