ノア・スミス「AI がちょっぴり期待外れになるどうかにアメリカの未来はかかってるのかも」(2025年10月12日)

アメリカ経済の支柱がひとつ倒れたら,トランプ政権は大コケするだろう

アメリカ経済の支柱がひとつ倒れたら,トランプ政権は大コケするだろう

いま大勢の人たちの脳裏でざわついている問題といえば,これだ:「なんでアメリカ経済は持ちこたえてるんだろう?」 トランプ関税で製造業は大打撃を受けているし,雇用統計の数字もふるわないし,消費者感情は2008年からの大不況レベルにまで落ちている:

こういう警戒信号がともっているのに,ギリギリ経済の瓦解に見えなくもない事態すら起きていない.失業率はちょっとだけ上がったけれど,まだまだ極めて低いし,働き盛りの人たちの雇用率は史上最高水準近くにとどまっている(労働市場の健康状態を見るときにぼくが重宝してる数字が雇用率だ).ニューヨーク連銀の GDPナウキャストでは,GDP 成長率の目下 2% をわずかに上回って推移している一方で,アトランタ連銀のナウキャストはそれよりさらに高い

「アメリカ経済は万事問題ナシ」という可能性はある――実はトランプ関税はあれこれの除外のおかげでそんなに高くないのかもしれないし,しかも/あるいは,経済学者はそもそも関税のマイナス影響を誇張しているのかもしれない.低調な消費者感情は,不況ならぬ党派的な「気分況」(”vibecession”) なのかもしれないし,雇用の低迷は違法移民が大量に強制送還されたり自ら出国したりしているために起きているのかもしれないし,製造業の苦境は分野固有の他の要因のせいかもしれない.

これとは別の理由も考えうる.関税はホントに悪いんだけど,もっと強力な要因が効いてるおかげで相殺されているのかもしれない.その要因とは,AI ブームだ.『フィナンシャル・タイムズ』の報道を引こう:

パンセオン・マクロエコノミクスによる推計では,かりに AI 関連の支出がなかったならば,アメリカが今年前半に達成していた GDP 成長率は年率換算で 0.6 パーセントにすぎなかっただろうと算出されている.これは,実際の成長率の半分だ.

ポール・ケドスキーも同様の数字を出しているジェイソン・ファーマンの計算ではこれらとわずかに違っていて,いっそう厳しい数字にたどりついている:

ジェイソン・ファーマン: 情報処理設備とソフトウェアの投資は GDP の 4%.ところが,今年上半期の GDP 成長の 92% をこれが占めている.これらを除外すると,GDP 成長は H1 に年率 0.1 % になる.

さらに,目を見張るグラフがこちら:

「テック系資本支出によるアメリカ実質GDP成長率への寄与」(Source: Derek Thompson)

『エコノミスト』誌にはこうある:

AI を除外すると,経済は低調に見える.実質消費は昨年12月から横ばいが続く.雇用成長は弱々しい.住宅建設数は低迷している.AI 以外の分野での事業投資も同様だ.

アメリカは AI に大きく賭けている」と題した記事で,ルーチア・シャーマンはこう記している.「これまでのところ,2025年のアメリカの株価値上がりのうち,実に 80パーセントをAI企業が占めている.」 というか,S&P500 の時価総額の5分の1以上をたった3社が占めてたりする――Nvidia,Microsoft,Apple だ.このうち2社は,AI に大きく賭けている.

ファーマンが指摘しているように,だからといって「AI なしではアメリカ経済は失速してしまっているだろう」という話になるとはかぎらない.もしもアメリカ経済が各種リソースを AI に注ぎ込んでいなかったら,かわりに別のなにかに注いでいたかもしれない.それなら,実際に起きた経済成長にほぼ劣らない成長が実現していただろう.他方,AI なしでは関税のせいでアメリカがガタガタになっていた可能性もある.

たしかに,AI は金の卵を産むガチョウで保護する値打ちがあるとトランプは思っていそうだ.ジョーイ・ポリターノの指摘によれば,ありとあらゆる産業に関税をかけながらも,トランプは AI とその関連サプライチェーンにはほぼ手を付けていない:

Source: Joey Politano

ただ,トランプの関税免除にもかかわらず,AI 部門が来年や再来年に瓦解する恐れはおおいにある.いざそうなってしまったら,アメリカの雇用見通しや株式ポートフォリオは痛手を受けるどころの騒ぎじゃないかもしれない.

トランプ関税という悩みの種からアメリカを守っているのが AI ただひとつきりだとしたら,その AI 部門のブームが冷えたとき,アメリカの政治経済情勢がまるごと変ってもおかしくない.AI 部門がガタガタになって景気後退がはじまれば,トランプ政権全体に関する語り口はガラリと一変するだろう.ちょうど,2008年の住宅バブル崩壊でジョージ・W・ブッシュの評価が「失敗」一色に染まったのと同じようになるだろう.トランプ第2期政権はすごく変化が大きく見えているので [n.1],AI部門の命運がアメリカ一国まるごとの命運を決めてしまうおそれがある.

というわけで,AI ブーム崩壊でアメリカ経済が崩れるかどうかという問いには,すごく多くのことがかかっている.これほど掛け金が大きいことはそうそうない.

AI 市場暴落の論拠にみんなが挙げていること

バブルの多くは,純粋に金融の産み出す化け物だ.これを突き動かしているのは,株式・債券・金融派生商品の市場に備わった不合理性だったり調整問題だったりする.たとえば,「この資産は過大評価されているよな」と誰もが承知しつつも,「バブルが弾ける前に自分は売り抜けられる」と考えてみんながどんどん買い続けて価格を押し上げていくことで投機バブルが起きることがある.また,外挿的バブルってのもある.なにかの価格がどんどん上がり続けているのを見て,「これはなにか基底にプラスのトレンドがあってこうなっているにちがいない」と人々が間違って判断したときに,バブルが起こることがある.

でも,それよりずっと単純な場合もある.なにかのテクノロジーについて,その値打ちを投資家たちが大きく間違ってしまったときにも,バブルは起こりうる.心の底から「AI はとてつもない価値を生み出すぞ」と信じて,けっきょくそれが大間違いだったってオチになってもおかしくない.そうなったら,「このテクノロジーはぜんぜん世間で吹聴されてたほどじゃないんだな」と認識すると,投資家たちは自分が抱いていた期待を引き下げ,それにともなって AI 関連株の価格が崩れるだろう [n.2].ただ,この株価の値崩れは本物の問題じゃない.それよりはるかに痛手となるのは,AI の実際の力不足から生じるだろう融資デフォルトと金融の負荷の連鎖だろう.

AI 崩壊が起きたら,きっと,それはこの後者のタイプになるだろう.ジェフ・ベゾスはこれを「産業バブル」と呼んでいる.この手のバブルも金融現象には変わりない.というのも,金融システムが痛手を負うからだ.ただ,その原因は,資産市場がとち狂ったことにはなくて,まぎれもなくテクノロジーがらみの間違いにある.

AI バブルについて語っている誰もが,ようするに「テクノロジーそのものが期待外れかもしれない」と警告を発している.たとえば,AI バブルの可能性を特集したブルームバーグ記事からちょっと抜粋してみよう:

AI をもり立てる最大のチアリーダーたちのなかには,市場が過熱しているのは認めつつ,AI テクノロジーの長期的な潜在力への信念をいまなお公言している人たちもいる.彼らによれば,AI は複数の産業のありさまを大きく変え,さまざまな病気の治療法をもたらし,総じて人類の進歩を加速する力を秘めている.(…)だが,いまだに利益をどう生み出すのかいまひとつ判然としないままのテクノロジーにこれほど多くの資金がこれほど急激に投じられているテクノロジーは,かつてなかった(…)

データセンターに湯水のごとく注がれる支出には,根強い懐疑論が影を落としている.「AI は本当に儲けになるのか?」 この8月に,さまざまな AI 関連計画に投資した組織の 95% がまったくリターンを得られていないのをMIT の研究者たちが発表すると,投資家たちはざわめいた.

さらに最近では,ハーバードとスタンフォードの研究者たちがその理由を説明しうる説を提示している.従業員たちは AI を使って「やっつけ AI 成果物」(”workslop”) をつくっている.研究者たちの定義によれば,このやっつけ成果物とは,いかにもちゃんとしていそうな見た目をしているわりには,所定のタスクを進める上で意味のある中身がない AI 生成の成果物」をいう.(…)

AI 開発企業は,それと別の課題にも直面している.OpenAI や(…)Anthropic は,もう何年もいわゆるスケーリング則に賭けている.(…)だが,この1年間にそうした開発企業は収益逓減を経験している.(…)なかには,自分で膨らませた前評判に遜色ない実績をなかなか出せずに苦闘している企業もある.GPT-5 は大幅な躍進だと数ヶ月にわたって喧伝したすえに,いざ8月に OpenAI がその最新 AI モデルを公表すると,人々が寄せた評価は好評・不評が入り交じっていた(…)

また,AI 産業が大規模にデータセンターを新設したことによって電力消費が激増しながらも,国内の電力ネットワークの実態がこれに追いつかずに制約を受けるリスクもある.

こういう懸念を AI エンジニアや役員や創設者たちにぶつけると,たいてい,余裕たっぷりに微笑み返して,こう請け合う.「自分たちの発明は世間の評判に見合うものだし,もっといいモノがすでに開発中だよ.」

でも,そう言われてもぼくは安心できない.なぜって,産業バブルの歴史,ひいては新テクノロジー全般の歴史を振り返ってみれば,市場が暴落するのに,別に AI がコケる必要はないとはっきりわかるからだ.たんに,とびきり熱心な楽観論者たちをほどほどにガッカリさせるだけでいい.

だからこそ,テック業界の大勢の人たちが――あるいはトランプ政権が――認識しているよりも AI 暴落が起こる見込みが大きいとぼくは考えてる.

楽観論者たちが期待しているとおりに AI が便利だとしても AI 市場暴落が起こりうる理由

「バブルの原因は,みんなが必要としてもいなければ欲しがってもいないモノをやたらめったらつくったせいだ」と考える人たちは多い.その人たちは,微妙なまちがいをひとつやってしまっている.2000年のドットコムバブル崩壊のあと,多くの人たちは,Webvan や Pets.com みたいな企業をあざけって,「どうしたって利益を出せない役立たず企業じゃないか」って言っていた.2008年の住宅バブル崩壊後には,多くの人たちがこう思った.「みんなが必要としていない住宅をやたらにアメリカが建てまくったのが問題だ.」

実は,こういうバブルの主な原因は,ダメな事業アイディアじゃなかったんだよ.たしかに Webvan や Pets.com は,自分たちのビジネスモデルでまちがえていた.でも,いくらか賢い調整を加えてやれば,彼らだってかんたんに Instacart や Chewy になれたはずだ.他方で,2000年代に建てられた住宅のほぼすべてが,やがて住人を見つけている.それに,10年後には住宅価格はバブル時のピークにまで戻った

実は,これと同じことがかつて鉄道でも起きている.〔経済規模の〕比率で見ると,1800年代の鉄道網建設はアメリカ史上で断トツ最大の資本支出だった.これに比べれば,AI 産業がいまデータセンターに出している金額なんて小さく見える.1873年に,鉄道関連の融資が大量に破綻すると,金融危機が生じてアメリカ経済は10年にわたる大不況に陥ってしまった.

それでいて,鉄道産業でバタバタと破綻が起きたにもかかわらず,アメリカ国内の鉄道敷設マイル数は,まったく伸びるのをやめなかった――ただ短期間に減速しただけで,再び勢いをもどしていったんだよ.

Chart adapted from original by Charles Trenton, via Wikimedia.org

つまり,鉄道産業の大破綻が起きてしまった理由は,アメリカが鉄道を建設しすぎたことにはなかった.そもそもつくりすぎていなかった.なにが起きたかと言えば,価値を生み出せるペースを超えてアメリカが鉄道に資金を注ぎすぎてしまったんだ

小切手なんてササッとかんたんに書けるのを考えてほしい.1860年代ですら,他愛もないことだった――たんに紙切れに銀行家の名前を書き付ければおしまいだった.そういう融資を短期間にどれだけ出せるかに,技術的な限度は基本的になかった.

だけど,どれだけ迅速に企業が現実の価値を生み出せるかには制限があった.ある鉄道が利益を出すためには,まず鉄道を建設してから,それで貨物を運ぶのにお金を払ってくれる人たちを見つける必要がある.それには時間がかかる.とくに,鉄道によって可能となる新しい都市・新しい産業・新しいサプライチェーンが生まれるまで,その鉄道の真の経済的な価値は完全に実現しないのだから,なおさら時間がかかる.

ひとつ例をあげよう.有名なシアーズ・カタログだ.これを利用することで,アメリカのどこに暮らしている人でも,鉄道で品物を輸送してもらえるようになった.やがて,シアーズ・カタログによってアメリカの小売業は革命的な変化を起こす.でも,その変化がようやく始まったのは1888年のことだ――1873年の鉄道大破綻から15年も経っている

だから,1800年代に鉄道バブルでなにが起きたかといえば,銀行が鉄道網拡大にどんどん融資したとき,鉄道会社が価値を生み出して返済できるのよりも早く返済期限が来てしまうペースで融資がなされたんだ.融資がもっと長期で低金利だったら,1873年に破綻してしまった鉄道会社の多くは,おそらく返済できていて,鉄道大破綻も起こらなかったかもしれない.[n.3]

「なんでその件が AI にとって重要なの?」 なぜって,いまとりわけ大きく AI 推進に邁進している人たちの言うとおりの価値をいずれ実際に AI が産み出したとしても――成長を爆上げするだの,ほとんどの生産を自動化できるようになるだのって話が実現したとしても――データセンター「超大手企業(ハイパースケーラー)」たちが借り入れたお金を一文残らず返済できるペースでは実現が進まないかもしれない.その場合,債券や融資の債務不履行の波が発生するだろう.

ここで8月に書いたように,債務不履行の波が銀行や大手保険会社のバランスシートを直撃したら,実体経済に深刻な混乱が起きてもおかしくない.

いま,多くの人たちが「AI 大暴落が起こるんじゃないか」と心配している理由は,次の2点にある―― A) AI の進歩が失速する,あるいは,B) その創出に携わっている人たちが予想しているほど,AI は企業の役に立たない.総じて,こういう懸念の声に対して,AI 楽観論者たちはこう応えている.「このテクノロジーがものごとを長期的に変革していく潜在力を自分は信じている.」 でも,かりに彼らの信念が 100% 正しかったとしても,来年か再来年にも AI が暴落するおそれがある.なぜって,その長期ってやつは,彼らが受けている融資を返済するには長すぎるかもしれないからだ.

AI企業の収益は,顧客たちがいかに迅速に革新できるかにかかっている

たとえば,企業顧客にとっての AI の有用性を考えてみよう.『ハーバードビジネスレビュー』に,企業がいかに AI を誤用しているかに関する秀逸な報告が載っている.ようするに,多くの従業員たちは AI 生成された低品質な成果物を上司に提出している.この「やっつけAI成果物」(ワークスロップ)の品質はあまりに低くて,従業員たちが自力でその作業をやった場合よりもよほど多くの時間をやっつけ成果物の修正に費やすしまつだ――しかも,その上司たちは部下たちへの信頼を失う結果になって,職場の協力関係にヒビが入り,最終的には企業の生産性が前よりも下がってしまっている.最近,MIT の Challapally et al. による研究では,企業の 95% が AI 利用による金銭的な便益を得られていないのを見出しているけれど,こういう AI のおそまつな利用法こそが,その主な理由かもしれない.

この問題を引き起こしているのは,AI テクノロジーの根本にある限界なのかもしれない――ハルシネーションをあまりに多く出してしまうこととか,そういうことのせいかもしれない.でも,そうじゃないかもしれない.たんに AI 活用を試みている企業に限界があって,この問題が起きているのかもしれない.

実は,そういうことは前にも起きたことがある.蒸気機関から電力への転換で,実際にあったんだ.2021年に書いた記事から引用しよう:

電気関係の主要な発明(電球,発電機,AC, などなど)の大半は19世紀に登場した.とくに19世紀の終盤に入ってから相次いで続々と発明されている.ところが,その時期にアメリカの生産性成長はあまり速くなかった.加速しだしたのは,1920年代になってからだ.(…)いろんな工場で,電力の導入はすごく緩慢にしか進まなかった.初期に電化を進めた産業では,1920年代まで大して生産性が向上しなかった.

どうしてこうなったんだろう? 1989年と1990年に出された2つの有名論文で,経済学者のポール・デイヴィッドが説明を提示している(ティム・ハーフォードによる要約はこちら).ようするに,当時,工場は蒸気力を中心にすえて稼働していた.その力は巨大な機械で工場全体に伝達されていた.でかい蒸気機関を電気モーターにただ置き換えただけでは,ちょっとしか動力は上がらない.全体として,コストに見合うだけの向上にはならなかった.だから,電力に切り替えると,たいていの場合にかえって生産性は下がってしまっていた.

電力の真価を発揮できるようになったのは,工場所有者たちがまったく新型の工場を建設しはじめてからだった.ようするに,工場の各作業台に小さなモーターを設置して,送電線で電力を供給してやればよかったんだ.すると,巨大な機械をずっと回しっぱなしにしなくてよくなって,あちこちのモーターを必要に応じて回せるようになる.これによって,大量のエネルギーが節約できて,工場がかつてより安全で快適な場所に変わっただけでなく,従業員たちが巨大機械のリズムに自分たちの作業の流れを合わせる変わりに必要なときに作業できるようになった.このおかげで,蒸気力ではのぞむべくもないほど,ありとあらゆる種類の生産ラインが柔軟になった.こうして生産性が上がった.

AIも同様の結果になるかもしれない.やがて,ただボタンを押して AI が自分の成果物に代わるモノをお出ししてくれるのを期待するのではなく,このテクノロジーをもっとうまく活用する方法を従業員たちが見つけ出すかもしれない.それに,管理職たちも,部下たちにタスクを割り振る方法をあらためて,ただ既存の作業の流れのあっちやそっちに AI をはめ込めようとするかわりに AI を軸に部署を再編成するかもしれない.そのとき,AI はあらゆるところで企業の生産性を爆上げする結果になるかもしれない.

でも,このタイプの変化は,AI 活用を検討するさまざまな企業のあいだでビジネスモデルの革新が進むかどうかに決定的に左右される.その実現には,何年もかかっておかしくない.それまでの年月に,多くの AI 企業は債務を返済できないかもしれない.

だからこそ,スケーリング則をめぐる論争をぼくは余談みたいなものに感じている.「正しいスケーリング則を見れば,指数関数的にAI能力が急速に続いていくとわかる」とAI 楽観論者たちは信じている.でも,かりに彼らが正しくても,OpenAI や Anthropic みたいな AI 企業の収益は――したがって Nvidia や Microsoft などの収益も――同様のスケーリング則で伸びていかないかもしれない.なぜって,彼らの収益は,ただ彼らが発明するものだけに左右されるわけではなくて,顧客たちがいかにして活用法を見つけ出すかにもかかっているからだ.

AI は顧客の利益にはなっても AI 企業の利益にはならないかもしれない

それに加えて,競争と市場構造の問題もある.たびたび起こるバブルをめぐる論争では,ほぼ決まってこの点が見過ごされている.その問題とは,「AI テクノロジーは期待どおりのものになるかもしれないけれど,それによってAI 企業は融資を返済するだけの利益を上げられるとはかぎらない」という問題だ.

ようするに,誰も彼もがこう予想しているように思えるんだよ――「AI モデルの市場は,ソーシャルネットワークの市場みたいなものになるか,あるいは,自動車市場みたいなものになるか,どっちかだ.」 ソーシャルネットワークの市場は,どこか一社だけが自然独占で市場の多くを獲得する.他方,自動車市場では,少数のトップブランドが品質やブランドロイヤリティで競争して,収益性の高い市場を取り合う.

でも,実は AI の市場が似ているのは太陽光パネルの市場だったりするかもしれない.太陽光パネル市場では,品質は基本的にどこでも同じで,生産者たちは躍起になってコストを下げあい,ほとんど利益をあげない.(追記: マット・イグレシアスは,別の例に航空会社を挙げている.その技術は素晴らしく,経済の多くを支えているけれど,当の企業たちは大して利益を上げていない.)

この可能性については,すでに8月に書いておいた

いまのところ,大手 AI モデル開発企業のどこも利益を出せていない.なぜかって言うと,どこも次世代モデルの開発と訓練にものすごくお金を投じているからだ.こういう企業を経営している人たちは――そしてそこに投資している人たちも――こういうモデル開発コストはいずれなくなる固定費だと見ていて,そのときには企業が収益を上げられるように変わると見込んでいる.

でも,AI 進歩がいつまでも止まらなければ,次世代モデル開発のコストもなくならない.すると,開発企業はいつまでたっても収益を上げられないままだ.それに,AI 進歩が止まったなら,それまで後れをとっていた企業もじきに先端企業に追いついてしまう.その時点で,競争は苛烈になる.ChatGPT なり Grok なり Claude への顧客の忠誠心が極度に強いのでないかぎり,99.8% の品質でも価格は 10分の1ですむ中国製モデルにたいていの顧客はあっさり切り替えるだろう.

もしも AI が競争の苛烈な産業になったら,そのテクノロジー自体がとてつもない経済的な価値を生み出したとしても,AI 企業はその価値を我が物にできない――豊かになるのは,安価に AI を買って利用する顧客たちだ.その未来では,OpenAi や Nvidia や Microsoft は,素晴らしい奇跡を生み出しているだろうけれど,融資は返済できず,破綻していることだろうね.

というわけで,巨額に積み上がる債務を返済するために AI 企業が直面するだろう困難は少なくとも2つある.そして,その困難は,いくら彼らのテクノロジーが優れていようと,ほとんど関係がない.第一の困難は,AI の企業顧客の創造力とビジネス洞察力.第二の困難は,AI 企業の業界で最終的に優勢となる競争構造だ.どちらの困難も,おおよそ企業が自分でどうにかできる範囲を超えている.

AI 産業を推進者たちが市場暴落の可能性を過小評価しているとぼくが考える理由が,これだ.最終的に,その暴落は AI テクノロジーそのものがたどる道のりの小さな障害物にすぎないだろう.AI テクノロジー自体は,実際に機能していて明らかに物事を変革する力をもっている.でも,アメリカ経済は――そしてトランプ政権は――その小さな障害物で手ひどい打撃を受けておかしくない.


原註

[n.1] そう,これは婉曲語法だよ.

[n.2] それどころか,「効率市場」を強く信じている一部の人たちはこう論じている.「1990年代のドットコムバブルや2008年住宅バブルは,たんに理にかなった失敗の事例にすぎない.」 こういうガチ信者たちはおそらく間違っている.1997年~2000年の株価急上昇と急落も,2005年~2008年の住宅価格急上昇と急落も,その速度を見るに,なんらかの不合理がはたらいていたのがうかがえる.

[n.2] もちろん,銀行がもっと低金利の融資を鉄道会社に行っていたら,もっと多くの「どこにもいかない鉄道」がもっとたくさん資金提供を受けて,融資を返済するだけの価値をまったく生み出せずに終わっていただろう.だから,「金利が高すぎた」っていう単純な話じゃない.


[Noah Smith, “America’s future could hinge on whether AI slightly disappoints,” Noahpinion, October 12, 2025]
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