マーク・ソーマ 「『アニマルスピリッツ』という語の来歴」(2009年3月15日)

●Mark Thoma, “Animal Spirits”(Economist’s View, March 15, 2009)


「アニマルスピリッツ」という語の来歴について少々。

・・・(略)・・・何よりも求められているのは、「アニマルスピリッツ」が息を吹き返すことだと語る変わり者がいる。その名は、ロバート・シラー(Robert Shiller)。ノーベル経済学賞の受賞者であるジョージ・アカロフ(George Akerlof)との共著本――『Animal Spirits』。気が滅入るほど長たらしい副題付き――が出版されたばかりの彼が、数週間前のニューヨーク・タイムズ紙に論説を寄稿していて、・・・(略)・・・、次のように述べている。「・・・(略)・・・1930年代の大恐慌がよく引き合いに出されているが、そのような『大恐慌物語』への注目こそが目下の低迷を後押しする原因の一つになっている。この先に待っているのは大恐慌のような未来なのではないかという気運が醸成されて、ジョン・メイナード・ケインズが言うところの『アニマルスピリッツ』に冷や水が浴びせられてしまっているのだ。消費者の購買意欲や(雇用や事業を拡大しようという)企業の攻めの姿勢を背後で支える『アニマルスピリッツ』が萎(な)えてしまっているのだ。『大恐慌物語』は、『自己成就的な予言』になりかねないのだ」。

「アニマルスピリッツ」という語を広めるのに、1936年に出版されたケインズの『一般理論』(“The General Theory of Employment, Interest and Money”)が大きな役割を果たしたことは間違いない。ケインズが『一般理論』の中で述べているところによると、経済がたびたび動揺に晒(さら)されるのは、・・・(略)・・・、「投機」の結果であったり、「内から湧き上がってくる楽観」の結果であったりするという。「企業による投資の決断は、将来収益の期待値を事細かに計算した結果に基づくよりも、内から湧き上がってくる楽観によって左右される面が強い。・・・(略)・・・何か積極的なことをやろうという決心に至るのは、アニマルスピリッツ――何もしないでいるよりは、何かしなくちゃと駆り立てる内から湧き上がってくる衝動――に突き動かされる結果としか言えない場合が大抵であり、予想される(数値化された諸々の)便益に(これまた数値化された)確率を掛け合わせた加重平均――予想便益の期待値――を計算した結果なんかではないのだ」。

アニマルスピリッツが人を自信過剰にさせてしまうと警告されているわけだが、別の箇所では、リスクを厭(いと)わない挑戦が試みられるのはアニマルスピリッツのおかげと述べられている。「アニマルスピリッツが萎えて、内から湧き上がる楽観が鳴りを潜めてしまったら、予想便益の期待値という数字の他に何も頼れるものがなくなってしまう。そんなことになってしまえば、事業も衰退してやがては死に絶えてしまうだろう」。個人的には、こっちの文章の方が好きだ。

ケインズが経済学の世界で有名にした「アニマルスピリッツ」という語には、長い歴史がある。1543年にバーソロミュー・トラヘロン(Bartholomew Traheron)がイタリアの医師であるジョヴァンニ・ダ・ヴィーゴの著作を翻訳していて、その中に次のような記述が見られる。「医学の専門家たちの教えによると、人間のスピリット(霊気)には3種類あるという。アニマルスピリット、ヴァイタルスピリット、ナチュラルスピリットである。脳に宿る霊気であるアニマルスピリットは、魂――ラテン語では「アニマ」(anima)――の第一の手先を務める霊気であることから、アニマルという語が冠されている」 [1] … Continue reading

・・・(中略)・・・

イギリスの作家たちは、「アニマルスピリッツ」という語に備わっている躍動感を敏感に嗅ぎ取って、自らの作品の中に熱意を込めて取り入れている。ダニエル・デフォーは、『ロビンソン・クルーソー』の中で次のように書いている。「(刑が執行される直前に刑の取りやめが決まったことを知らされた罪人たちは)あまりの驚きで、アニマルスピリッツ(動物精気)が心臓にとどまり続けるかもしれない」。ジェーン・オースティンも『高慢と偏見』の中で、あふれんばかりの活力(ebullience)という意味で「アニマルスピリッツ」という語を使っている。「彼女(リディア)は、アニマルスピリッツ(活力)に溢れている」。ベンジャミン・ディズレーリ(英国の元首相であり、小説家としても活躍)も、オースティンと同じく「活力」という意味を込めて、1844年に『コイングスビー』の中で次のように書いている。「彼は、アニマルスピリッツ(活力)に溢れているだけでなく、愉楽に対する鋭い感覚の持ち主でもあった」。

References

References
1 訳注;「アニマルスピリッツ」という語の来歴については、アカロフ&シラー(著)/山形浩生(訳)『アニマルスピリット』でも簡潔に触れられている。その箇所を以下に引用させてもらうとしよう(注ページ pp. 24~25)。「(3)アニマルスピリットという用語は古代に生まれ、古代医師ガレノス(ca.130-ca.200)の著作が昔からその出所として引用され続けている。この用語は中世までは医学でふつうに使われており、Robert BurtonのThe Anatomy of Melancholy(1632)やRene DescartesのTraité de l’Homme(1972[1664], 邦訳『人間論』)まで続いている。スピリット(霊気)には3種類あるとされていた。心臓から生まれるとされる生命精気、肝臓から生まれる自然精気、脳から発する動物精気である。哲学者George Santayana(1955[1923], p.245)は『動物信念』の中心性をもとに哲学大系を構築したが、かれのいう動物信念とは『純粋で絶対的な精気、知覚不能な認知エネルギーであり、その本質は直感である』」。医学(ないしは生理学)の分野における「アニマルスピリット」論の盛衰の歴史については、こちらのリンク(英語)を参照されたい。ちなみに、ケインズは、デカルトないしはヒューム経由で「アニマルスピリッツ」という語を知ったらしいという説が有力なようだ。そのあたりの詳細については、例えば次の論文を参照されたい。 ●D. E. Moggridge(1992), “Correspondence: The Source of Animal Spirits”(Journal of Economic Perspectives, vol.6(3), pp. 207-212)
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