マーク・ソーマ 「『誘拐犯とは一切交渉しない!』 ~時間整合性問題入門~」(2010年12月8日)

●Mark Thoma, ““Barack Obama’s Time Consistency Problem?””(Economist’s View, December 08, 2010)


オバマ大統領は、将来的に「政治版の人質事件(誘拐事件)」が起こる可能性を高めてしまったのだろうか?

Barack Obama’s Time Consistency Problem?” by Twenty-Cent Paradigms:

大学の講義で「時間整合性」(time consistency)の問題について教える機会がやってくると、はじめにきまって投げかける問いがある。「誰かが誘拐されて、人質にとられたとする。誘拐犯が人質の解放と引き換えに政府に交渉を持ちかけてきたとしたら、政府としてはどうするつもりだと公言しているだろう?」という問いがそれだ。学生の誰もがその答えを知っている。「誘拐犯とは一切交渉しない」というのが政府の公式の立場だ。

国の如何を問わず、どの国の政府も「誘拐犯とは一切交渉しない」と公言している。それはどうしてなのだろう? その理由は、政府が交渉のテーブルにつく気がないとわかっていたら、誰かを誘拐して人質にとってやろうと企む輩も出てこないだろうからだ。しかしながら、誰かが実際に誘拐されてしまったとしたら、どうなるだろう? 政府としては、「誘拐犯とは一切交渉しない」という約束(公式の立場)を反故にして、誘拐犯との交渉に応じるのもやむなしという判断に傾くだろう。というのも、(「誘拐犯とは一切交渉しない」との立場を貫いて誘拐犯との交渉に応じなかったせいで)人質が殺されてしまった場合にその責任を負わされたくないからだ。問題は、誘拐を企んでいる輩もそのことを承知していることだ。政府が『誘拐犯とは一切交渉しない』という公式の立場を何が何でも貫くつもりがないのを見透かしているのだ [1] 訳注;そのため、誘拐が根絶されない。

こんな感じで、誘拐犯との駆け引きを例に「時間整合性」の問題を説明するのがお決まりになっているのだが、来学期からはそれももうできなくなってしまうかもしれない。以下に引用するオバマ大統領の発言が学生たちの目に触れてしまうようなら。

「『富裕層向けの減税』もセットだ(同時に実施する)というなら『中流層向けの減税』も認める [2] … Continue readingというのは、『中流層向けの減税』が人質にとられているみたいなものだと過去に発言したことがあります。人質に危害が及ばない限りは、誘拐犯とは交渉する気はないというのが私なりの姿勢なのですが、そのことに疑問を抱かれる方もいらっしゃるでしょう。この場合の『人質』というのは、『アメリカ国民』のことなのですから。私としては、『アメリカ国民』に危害が及ぶのを目にしたくないのです。

「時間整合性」の問題についてのこれまでの研究成果から得られる結論の一つによると、政府が誘拐犯と交渉する「裁量」を持たないようなら、よりよい結果がもたらされる。しかしながら、「完璧なコミットメント」を可能にする [3] 訳注;政府の「裁量」を完全に封じる、という意味。テクノロジーは、この世には存在しない。そこで考えねばならないのが、(約束の)「信憑性」(“credibility”)だ。「誘拐犯とは一切交渉しない」という約束(発言)が口先だけではない(反故にされることは決してない)と未来の誘拐犯(誘拐を企む輩)に信じ込ませるためには、どうすればいいのだろう?

さて、質問だ。先ほど引用したオバマ大統領の発言は、どういう意味を持っているだろうか? (誘拐犯とは交渉しないという)約束の「信憑性」を損なう効果を持っていて、将来的に「政治版の人質事件(誘拐事件)」 [4] 訳注;「こちら側の要望を聞き入れないと、国民が痛い目を見ることになるぞ」という共和党側からの脅し。が起こる可能性を高めてしまっているのだろうか? それとも、周知の事実を暴露しているに過ぎない [5] … Continue readingのだろうか? 共和党側の脅し――「『富裕層向けの減税』もセットにしろ。嫌だというなら、ブッシュ減税の延長法案に反対して『人質』を殺すぞ [6] … Continue reading」――は、「信憑性のある脅し」と言えるのだろうか? [7] … Continue reading

References

References
1 訳注;そのため、誘拐が根絶されない。
2 訳注;この当時は、2010年末で期限が切れる「ブッシュ減税」を2011年以降も続ける(延長する)かどうかをめぐって、民主党と共和党との間で意見が対立していた。「低中所得層(年収25万ドル以下の世帯)に限って減税措置を続けるべき」というのが民主党の立場で、「年収25万ドルを超える富裕層も含めて全世帯をその対象とすべき」というのが共和党の立場だった。
3 訳注;政府の「裁量」を完全に封じる、という意味。
4 訳注;「こちら側の要望を聞き入れないと、国民が痛い目を見ることになるぞ」という共和党側からの脅し。
5 訳注;「誘拐犯とは交渉しない」という約束が反故にされがちなことは、誰もが知るところであり、オバマ大統領はそのことを明け透けにしたに過ぎない、という意味。
6 訳注;法案が否決されたら、所得税が(ブッシュ減税が実施されるよりも前の)2000年の水準に戻り、年収25万ドル以下の低中所得層も所得税の負担が高まる(「人質」が殺される)ことになる。
7 訳注;最終的には共和党側の意向を汲むかたちで決着し、年収25万ドルを超える富裕層も含めて全世帯がブッシュ減税の延長措置の対象に含まれることになった。
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