アレックス・タバロック 「最終戦争の到来を見越して株を売るのは得策か?」(2017年8月12日)

●Alex Tabarrok, “Can You Short the Apocalypse?”(Marginal Revolution, August 12, 2017)


(北朝鮮による核開発の進捗に伴って)核戦争が起こる可能性が高まっているのだとしたら、その影響で株価が下落してもよさそうだが、そうなっていない。どうしてだろうか? ラルス・クリステンセンが指摘しているように〔拙訳はこちら〕、キューバ危機(キューバミサイル危機)時にも同じような現象が観察された。当時も株価は下落しなかったのだ。

第三次世界大戦の一歩手前まで迫っていたのだとすれば、キューバ危機の最中に株価が急降下していてもおかしくないはずである。石が坂を転げ落ちるように。

実際のところはどうだったか? そんなことは起こらなかった。1962年10月のあの13日の間に――米国とソ連との間で緊迫したにらみ合いが続いたあの13日の間に――、S&P500指数には何の波風も立たなかったのだ。

その理由は、「相互確証破壊(MAD)」戦略の卓越性をマーケットが察知していたからではないかというのがクリステンセンの言い分だ。「相互確証破壊」戦略のおかげもあって、核戦争が起こるリスクは世間で信じられているほど高くないというのがマーケットの見立てだったというのだ。実際に核戦争は起きなかったわけだから、マーケットの見立ては正しかったというのだ。

キューバ危機時にケネディ政権で大統領特別補佐官を務めていた歴史家のアーサー・シュレジンジャー(Arthur M. Schlesinger Jr.)は、キューバ危機を「人類史上で最も危険な瞬間」だったと回想している。大統領の周辺には、キューバ危機をあくびを誘うような退屈な出来事と考えていた人物は一人もいなかったようだ。私もそのうちの一人に加えてもらいたいところだが、キューバ危機が「人類史上で最も危険な瞬間」だったのだとすると、石が坂を転げ落ちるように株価が急落せずに済んだのはどうしてなのだろう? 核戦争という名の最終戦争が起こる可能性が株価に反映されないというのは分かりきった話なんかじゃなくて、実に奇妙なことなのだ。

その奇妙さを実感するには、(株式市場をはじめとした)マーケットが将来の出来事を予測するのに秀でているのはなぜなのかを思い出すといい。あなたは、IBM社の株を持っているとしよう。そして、将来的に配当が減りそうだと予想して、IBM社の株を売り払ったとしよう。その結果としてIBM社の株価が下落したら、将来の出来事について一つのシグナル(将来的に配当が減る可能性)が送られることになる。ところで、IBM社の株を売って得たお金で、あなたは何をするだろうか? 何か他の資産を買うだろう。IBM社の株は市場全体のごく一部のシェアを占めるに過ぎない。代わりの投資先は他にもたくさんあるのだ。

核戦争が起こる可能性が高まっていると予想して、手持ちの株式を売った場合はどうするだろうか? 株式を売って得たお金で何を買うだろうか? 債券だとかを買うというのは、無意味もいいところだ。核戦争が起きてしまえば、債券市場そのものが存在しなくなってしまうだろうからだ。土地を買うという選択もあるが、核戦争が起きた後の世界で誰が土地の所有権を保護してくれるのだろう? 何も買わずに現金を溜め込むという選択もあるが、核戦争が起きてしまえば、現金も何の役にも立たなくなってしまうかもしれない。金貨や缶詰食品を買い漁るというのは賢い選択かもしれないが、それも無駄に終わってしまうかもしれない。核戦争が起きてしまえば、肝心の「あなた」がもうこの世にいないかもしれないからだ。

核戦争という名の最終戦争が本当に迫っているのだとすれば、手持ちの株式をすべて(売り払って)現金化してすぐに使い果たすというのが最善の手なのだ。しかしながら、そうするのに伴ってどれだけの楽しみが得られるだろうか? 女とヤクをたっぷり楽しむというのも勿論ありだろうが、多くの人はもっと安上がりに済ませようとするんじゃなかろうか? 例えば、森の中を散歩してその時が来るのを待ったり。

最終戦争が迫っているとしたら、私であればチョコレートケーキを何個も買って食べるだろう。二個じゃなくて、三個買うかもしれない。しかしながら、チョコレートケーキを食べて得られる楽しみは、お代わりするごとに低下していく。つまりは、限界効用が逓減していく(徐々に低下していく)。限界効用が逓減していくとすると、 富(財産)をすべて現金化してすぐに使い果たしてしまうと、死ぬまでの間にちょこちょこお金を使うようにする場合と比べると、得られる楽しみの総量がだいぶ少なくなってしまうだろう [1] … Continue reading

限界効用が逓減していくという事実が意味しているのは、最終戦争に対する最善の対処策(手持ちの株式をすべて現金化してすぐに使い果たす)は、かなり高くつくということだ。IBM社が支払う配当が今後減ると予想して、IBM社の株を売り払ったとしよう。そして、IBM社の株を売って得たお金で何かを買ったとしよう。予想が外れてIBM社が配当を減らさなかったとしても、痛手は大したことない。その一方で、核戦争が間近に迫っていると予想して、手持ちの株式をすべて売り払ったとしよう。そして、手持ちの株式をすべて売り払って得たお金をすぐに使い果たしたとしよう。予想が外れて核戦争が起こらなかったら、残りの生涯にわたって消費を満遍なく楽しむ機会を失ってしまうことになるのだ。

結論をまとめるとしよう。核戦争が間近に迫っているとしても、手持ちの株式をすべて売り払うというのは得策じゃない。そんなことしても、核戦争が起きるまでの日々を充実して過ごせるわけじゃないのだ。だからこそだ。だからこそ、核戦争が起こる可能性が株価に反映されないとしてもどこもおかしくないのだ。予測市場の助けを借りたら、核戦争が起こる確率がどう変化したかを跡付けられるようになる可能性があるが、核戦争が起こる確率が上昇しても株価だとかが下落するとは限らないように私には思えるのだ。核戦争に備えて株を売って、その代わりにあれやこれやを買っても、無駄骨に終わるか、かなり高くつくかだ。だからこそ、予測市場で核戦争の確率が上がったとしても、その情報は大して役に立たないのだ。役立たずの情報なんか無視して、思うままに株を売買すればいいのだ。

最終戦争の到来を見越して株を売っても得にならないのだ。そんなわけで、最終戦争が到来するリスクが高まっているらしいのにマーケットが平静を保っているからといって、私としてはそこまで安心していられないのだ。

References

References
1 訳注;チョコレートケーキの例で言うと、チョコレートケーキを一気に10個買って1日で食べ切ってしまうよりは、1日1個ずつ買って10日で10個食べる方が得られる満足は大きい、という意味。
Total
0
Shares

コメントを残す

Related Posts