タイラー・コーエン 「資本主義は『伝染』する?」(2006年8月28日)/「『アフター・ウォー』 ~民主主義は輸出可能か?~」(2007年11月1日)

●Tyler Cowen, “Contagious capitalism?”(Marginal Revolution, August 28, 2006)


遠く離れたウェストバージニアから、お便りが届いた。差出人は、ピーター・リーソン(Peter Leeson)&ラッセル・ソーベル(Russell Sobel)の二人(pdf)。

資本主義は、国から国へと伝染するのだろうか?

第一次世界大戦以降の外交政策の世界では、経済的な自由(あるいは、経済的な自由の抑圧)をウイルスのように――国境を越えて感染するウイルスのように――見なす考えが根強かった。最近はというと、それと同類の(自由に関する)「ドミノ理論」がアメリカの外交政策の領域で幅を利かせるようになっている。冷戦中の対アジア、対ラテンアメリカ、対カリブの外交戦略においてだけでなく、中東を舞台とする対テロ戦争の過程でも。

本稿では、経済的な自由が国から国へと伝播する可能性があるかどうかを検証する。とりわけ、二つの経路に着目する。「隣接国への波及」および「貿易を介した波及」である。1985年~2000年までの期間を対象に、計100カ国以上のパネルデータを用いて二通りの空間相互作用モデル [1] 訳注;空間自己相関(SAR)モデルおよび空間誤差(SEM)モデル。を推計して分析を加えたが、資本主義には伝染性があるとの結果が得られた。すなわち、地理的に隣接する国および貿易相手国の経済的な自由度(の指標)の平均値のおよそ20%相当が国境を越えて伝播する――加えて、地理的に隣接する国および貿易相手国の経済的な自由度(の指標)が変化した場合も、その変化のおよそ20%相当が国境を越えて伝播する――傾向が見出されたのである [2] … Continue reading

本稿では、アメリカによる軍事介入に経済的な自由を伝播させる力がどれだけ備わっているかについても検証を加えている。その結果はというと、アメリカが軍事介入して占領下に置いた国の経済的な自由度は高まる可能性があることが見出されたものの、アメリカの占領下に置かれた国から周囲の国々へと経済的な自由が伝播する傾向は見出されなかった。

本稿では、アメリカによるイラクの占領が中東地域の経済的な自由度に及ぼす影響もシミュレートしている。かなり甘めの想定をいくつか置いた場合であっても、中東地域の経済的な自由度をほんのちょっぴり高める程度でしかないとの結果が得られている。

リーソンにも直接尋ねたのだが、経済的な自由が国から国へと伝播するのにかかる時間としてどのくらいの長さをとるのが妥当なんだろうか? 5年だろうか? 10年だろうか? それとも200年? 伝播するのにかかる時間をどのくらいの長さに見積もるかによって、最終的な結果にも大きな違いが出てくるはずだ。例えば、デンマークは、12~13世紀のイギリスで育まれた自由(邦訳『イギリス個人主義の起源:家族・財産・社会変化』)に今もなお「ただ乗り」している最中なんだろうか? その答えは、たぶん「イエス」だろう。イギリスの鉄道にしても小さな庭園にしてもいけ好かないが、イギリスを訪れるたびに「自由の源泉」たる大地にキスをして感謝の念を示すのがお決まりになっているものだ。

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●Tyler Cowen, “After War”(Marginal Revolution, November 1, 2007)


クリストファー・コイン(Christopher Coyne)の労作である『After War』(「アフター・ウォー」)が刊行されたばかりだ。副題は、「『民主主義の輸出』をめぐる政治経済学」(The Political Economy of Exporting Democracy)。コインは私の教え子であり、現在(2007年11月時点)はウェストバージニア大学の助教授だ [3] 訳注;今現在は、ジョージ・メイソン大学の助教授。Coordination Problem ブログにも、たまに顔を出している。本の内容の一部を引用しておこう。

占領軍による再建(戦後復興)活動は、被占領国に自由民主主義(リベラルデモクラシー)を根付かせる手段としてどのくらい有効なのだろうか? 歴史上のデータによると、拳銃を突きつけて自由民主主義を「輸出」しようとしても、成功するよりも失敗する可能性の方が高いことが示されている。 占領軍による統治が終了してから5年後のデータに目を向けると、ベンチマーク(合格点) [4]訳注;それぞれの国の民主化の程度を測る民主主義指標のうちで、ここではPolity IV Indexが用いられている。Polity IV … Continue readingを上回った――民主主義が根付いたと判断できる――のは、25件のうちで7件。25件中7件だから、成功率(合格率)は28%だ。占領軍が撤退してから10年後のケースに関しても、成功率(合格率)は同じく28%。占領軍が撤退してから15年後のケースだと、ベンチマーク(合格点)を上回ったのは、23件中9件。成功率(合格率)は39%。最後になるが、占領軍が撤退してから20年後のケースだと、ベンチマーク(合格点)を上回ったのは、22件中8件。成功率(合格率)は36%だ。

コインの新著は、こちらから購入可能だ。コインの分析の鍵となるポイントは、被占領国民(被占領国の庶民)の「予想」が果たす役割に着目しているところにあるというのが私の考えだ。被占領国民がどういう「予想」を抱くかによって、戦後復興「ゲーム」が協調的なゲーム [5] 訳注;占領軍と被占領国民(ないしは、被占領国側の政府)との間で協調的な関係が成り立ち、戦後復興のプロセスがスムーズにいくケース。になることもあれば、好戦的なゲーム [6] 訳注;占領軍と被占領国民(ないしは、被占領国側の政府)との間に不和が生じ、戦後復興のプロセスが思うようにいかないケース。になることもあるのだ [7]訳注;コーエンは、コインと一緒にこのアイデアに沿った論文を書いている。次がそれ。 ●Tyler Cowen&Christopher Coyne (2005), “Postwar Reconstruction: Some … Continue reading。被占領国民が抱く「予想」を操るのは難しいが、本書では、アメリカの占領軍が被占領国民の「予想」の操作に見事に成功した――それゆえに、民主主義の輸出に成功した――ケースと、散々なまでに失敗した――それゆえに、民主主義の輸出に失敗した――ケースが詳(つまび)らかにされている。ソローの成長モデル(新古典派成長モデル)では、ボスニアの実状をうまく説明できないようだ。それは、どうしてなのか? イラク情勢が泥沼化の様相を呈しているのは、どうしてなのか? その答えを知りたければ、コインの新著を読むといい。

References

References
1 訳注;空間自己相関(SAR)モデルおよび空間誤差(SEM)モデル。
2 訳注;それぞれの国の経済的な自由度を測る指標として、フレーザー研究所が作成している経済的自由度指数が利用されている。この指数では、経済的自由度が0~10までの点数で評価されており、数値が大きいほど経済的自由度が高いことを表している。「地理的に隣接する国および貿易相手国の経済的な自由度(の指標)の平均値のおよそ20%相当が国境を越えて伝播する」というのは、具体的には次の通り。2000年時点のアメリカの経済的自由度は、8.5点。同年のカナダの経済的自由度は、8.1点。仮に2000年時点のアメリカの経済的自由度が5.4点(2000年時点の中国の経済的自由度と同じ点数)だったとしたら、アメリカの隣国にあたるカナダの経済的自由度はどうなっていたろうか? カナダにとっての隣国(国境を接している国)はアメリカだけなので、アメリカの経済的自由度が8.5点ではなく5.4点だったとしたら、0.2×(8.5-5.4)=0.62(点)だけカナダの経済的自由度は下落することになる。0.2という数が掛け合わされているのは、「地理的に隣接する国の経済的な自由度(の指標)の変化のおよそ20%相当が国境を越えて伝播する」からである。それゆえ、もしも2000年時点のアメリカの経済的自由度が5.4点だったとしたら、同年のカナダの経済的自由度は7.48点(=8.1-0.62)になっていた、ということになる。
3 訳注;今現在は、ジョージ・メイソン大学の助教授。
4 訳注;それぞれの国の民主化の程度を測る民主主義指標のうちで、ここではPolity IV Indexが用いられている。Polity IV Indexでは、民主化の程度がマイナス10~プラス10のいずれかの点数で測られており、点数が高いほど民主化が進んでいるという評価になる(最高は10点)。本書では、被占領国に民主主義が根付いたかどうかを判断するために、占領軍が撤退した後のPolity IV Indexの点数に着目し、Polity IV Indexが「4点」(=ベンチマーク、合格点)を上回ればその国に民主主義が根付いたと判断されている。
5 訳注;占領軍と被占領国民(ないしは、被占領国側の政府)との間で協調的な関係が成り立ち、戦後復興のプロセスがスムーズにいくケース。
6 訳注;占領軍と被占領国民(ないしは、被占領国側の政府)との間に不和が生じ、戦後復興のプロセスが思うようにいかないケース。
7 訳注;コーエンは、コインと一緒にこのアイデアに沿った論文を書いている。次がそれ。 ●Tyler Cowen&Christopher Coyne (2005), “Postwar Reconstruction: Some Insights from Public Choice and Institutional Economics(pdf)”(Constitutional Political Economy, vol. 16, pp. 31-48)
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